ケニアの障害者たちの現状

〈海外リポート〉

 

ケニアの障害者たちの現状

理学療法士、日本理学療法士協会国際部長 田口順子

 

はじめに

 アフリカは世界の陸地の4分の1を占める大陸でありながら、どのような国があるのかよく知らないのは私ばかりではないようでである。
 ケニアといわれてアフリカの西なのか東なのか、サハラ以北なのか以南なにか、サファリのできる動物園くらいにしか大半の日本人も知らない。ケニアを訪れる日本人観光客も昨年は年間1万人に達したそうだが、まだ遠くて未知なる国、人口約2,800万のこの国の国情を知る人も少ない。ましてやケニアの障害者の現状については、障害者の数は数知れぬほど多く、街頭での物乞いの中に毎日見かける彼らの姿でありながら関心をもつ者は現地人ですらわずかである。
 今年12月に行われる予定の大統領選挙準備のためともいわれるが、IDカードの交付が全住民にこの春やっと完了した。これまで明らかでなかった実態も調査によって少しずつ把握できることになるだろう。
 この度、1995年から2年程、夫の赴任に伴ってナイロビ滞在の機会を得、職業柄、現地の障害者や医療関係者とも積極的な交流をはかることができたので、知る範囲でケニアの障害者事情について報告したい。
 国連の提唱してきた「アジア・太平洋障害者10年」も中間点にきているが、地球規模の観点から決して無視のできない「アフリカ障害者10年」を次に期待したい。
 

アフリカ支援イニシアチブ

 ケニアはわが国の重点的なODA供与対象国の一つとして援助の最大供与国となっているが、支援目標として次の3本柱を打ち出している。

1.アフリカ人造り支援構造
2.アジア・アフリカ「南々協力」
3.地球上からのポリオ撲滅


ケニアの唯一の国立病院の理学療法室で訓練を受けている脳性マヒ児
 アフリカから貧国をなくすことが基本にあるが、日本の従来の直接支援ではなく側面的協力、援助の方針を示しており、地球上からのポリオ撲滅はこれまでアジア・太平洋地域中心であったものから、アフリカへと積極的な対策が進められている。日本などの援助によってポリオ予防のための経口ワクチン投与はケニアのかなり奥地まで実施されており、思いがけない所でホリオ撲滅スローガンのポスターやワクチン投与日の告知板を見かけることがある。しかし国全体の医療の問題は、エイズである。WHOの調査によるとアフリカでは1,700万人のHIV陽性者、そして1日7,000人の感染者が発生、うち4,000人がサハラ以南の住民であり、地方によっては妊婦の50%が感染者で、子供への垂直感染の確率は高い。首都ナイロビだけでもエイズ孤児は400人、いや4,000人だろうという話さえあり、深刻の度は増すばかりである。
 

ポリオ障害児の現状

 予防ワクチンの投与によって3歳以下のポリオ発生率は激減している。「2000年までポリオ撲滅」の目標は夢ではないかもしれない。しかし、一方で、すでにポリオに罹患し障害をもった者に対しては何一つ対策がとられておらず放置されている。「ポリオ撲滅プロジェクトはポリオ犠牲者を無視している」とケニア最大の障害者組織、ケニア身体障害者協会(APDK. Association for the physically Disab1ed of Kenya)の会長は嘆く。この国には「強い者が勝つ」というジャングルルールの考え方が強く、弱者はいつも追いやられているという印象だ。
ポリオワクチン接種の呼びかけポスター
 ポリオに罹患すれば国情柄、充分な医療はとても受けられないため重症であれば死亡する。平均寿命54歳といわれるこの国の乳児死亡率は、消化不良による下痢や感染症、マラリアによるものが多いが、ポリオが原因となっている例もかなりの数に上っているものと思われる。生き残されたポリオ障害児の80%は中等度の機能障害といわれている。従って、杖や装具が適切に支給され指導を受ければ活発に歩行の出来る子供たちだ。しかし杖をはじめ装具の支給は間に合わず、発育盛りのポリオの子供たちが家牢(Home jai1)と呼ばれる家の片隅に閉じ込められているという。地方ではテレビのあるのは村長の家くらいで、電気も届かない家ではラジオもなく、訪ねてくる友達もない。彼らは社会から完全に断絶されており、まさに家牢の中で生きている。
 障害児を忌み嫌い虐待する親も多いらしく、このような親を罰する法律も検討中と聞くが、抜本的な問題解決にはならない。人口2,800万人に僅か700人の理学療法士ではリハビリテーションの機会はまずない。そのために二次障害による下肢の変形拘縮は著しくひどいもので、今の日本では到底みることのできない様相を呈している。ポリオの予防は発生を未然に防ぐ対策の重要さは勿論のことであるが、もたせなくても済んだこのような二次障害をみすみす作らせてしまう環境に専門職の一人として胸が痛み、責任を痛感し無力と不甲斐なさを味わった次第であった。
 ケニアでは、義務教育は8年制の小学校であるが、普通の子供たちでさえ8年の過程を順調に全うできるのは、その経済的理由から65%前後といわれる。障害児では75%の子供たちが教育を受けられずにいる。障害児には日本の制度と同じように養護学校があるが、その数は少なく日本の国土の4倍の広さの中では、どこに存在していてもそれは自宅からほど遠い。例えば、ナイロビでは人口20万人に身障児の数8,000人であるが、養護学校の収容能力は1,200人である。「障害児にも義務教育の機会を」と前述の組織、APDKは働きかけているが、福祉の展開は民間の仕事という印象が強い。
 

福祉は民間の仕事?

 人に恵みを施すという宗教的な教えもあるが、「ハランベー」と呼ばれる、困っている人を助け合う民間相互扶助の精神がある。部落の小学校の増築費用を住民集会を開いて集める。ハランベー集会で葬式の費用の寄附を集める。先ず集会をもつことが基本で、行事の少ない市町村のお祭り代りになっているのかもしれない。ナイロビのロータリークラブでは今年の3月、ストリートチルドレンを大統領公邸の庭に次々とトラックで運び、実に3,000人の孤児たちにランチを振る舞い、ボロボロの服を取り換えたりして一日だけの幸せを与えた。Port Reit 3ポリオクリニックはわずか60床のベッドながら、1972年以来、効率のよいポリオ対応策のため車による移動クリニックを始めた。ここは民間病院で、医者不在や医師がいることが少ない病院を巡回し治療を行っている。
 また部族内の結婚が多いせいか先天性奇型の一つである兎唇が多く、700人に1人発生しているといわれる。これに対してもケニア人医師たちのボランティア活動によって「スマイルミッション」を結成、1,500人の乳児たちが早期手術を受けることができ、今も活動中である。
 ケニアでは地雷による四肢切断はないが、交通事故をはじめ労働上の切断事故は多い。義肢義足、車いすは専ら寄附に頼らざるを得ない。義肢義足は1本6万シリングで公務員の1年分の給料に価する。車いすも義手、足も他国ものにくらべて安く入手しやすいのだろう、インド製が多く国内にメーカーは一社もない。ロータリークラブはじめ各財団による寄附であるが恩恵にあずかれる人は少ない。問題となっている増加しつづけるエイズ孤児の収容所がFoster-care programmeによってこの3月やっと着工された。福祉はほとんど民間の善意に頼っているのが現状だ。
 日本のNGOも14団体ほど入り込んでいるが、何から手をつけてよいのか分らない程の多忙さで支援運動を行いながらも、成果は確実に見られる。その姿には頭の下る思いがするが、障害児・者対策だけにしぼった団体のないのは残念である。
 

盲人・ろうあ者の現状

 世界銀行からの借り入れ金にも見離され、国全体が大きな借金を抱え、最貧国に属する国では、民間の善意と他国の援助だけが頼りというのも事実だが、政策的な努力が全く見られないわけでもない。KBC(ケニア国営放送)を使っての盲人、ろうあ者に対する教育対策などは国策としてでしか実現不可能である。25万人といわれる聴力障害者に対して教育大臣Kamothoはラジオ、テレビというメディアを使った教育対策を出した。ろうあ者のための小学校は全国に12か所しかなく、家に閉じ込もりがちな障害児に対し、KBCを通して特別のプログラムを編成し教育を提供していこうという計画だ。ヒンズー式の読唇術をSign 1anguageとして習得させようというものである。Kenya National Library Servicesはやっと盲人のためのinformationユニットをライブラリーに設けることにした。点字のための道具とカセットテープがやっと少し揃う。
 

知的障害児の現状

 知的障害児は50万人以上といわれる。うち75%は軽度の障害で、適切な療養指導と教育を早期に実施すれば将来の社会参加は可能だと、ケニア知的障害児協会のMartha Menyaはいう。ケニアでは、今年の旱魃(かんばつ)がひどく主食とするトウモロコシが不作で、地方によっては餓死者も出ている。そのため緊急物資として政府からウガリ(トウモロコシの粉)が各家庭に配給された。この他にも配給のために行列をつくるというのはこの国の風景であるが、行列の最後はきまって知的障害児集団であるという。
 差別はいたるところで見られる。男と女、金持と貧乏、部族と部族、障害者と非障害者……数年前から街頭でのタバコ、アメのバラ売りはほとんど障害者がやっている。この商売は、もともと乞食を救済する措置としてとられたものであった。障害者が技術を身につけるための組織はわずかにあり、ほとんどは民間の零細企業やNGOによるもので、職業訓練所はまず非障害者優先である。「アフリカの空は女性によって支えられている」などという諺にもあるように、現実に女性の重労働は何十年も続いているし、女性蔑視も歴然としてある。今月の2月、女性職員が公的機関でスボンをはくことがやっと解禁となった。教育省によれば20万人の女生徒が中退しているという。子供の数は一家に平均4人、教育費の高くなった昨今、生計の4分の1がもっていかれるため男子の教育は継続し、女子は早々に結婚させて口べらしの犠牲となっている。ケニア身体障害者協会ではアトランタでのパラリンピックに初めて選手を送った。26歳の脊損者Cristopher Mooriは初めての出場にもかかわらず車いすの槍投げで44.44mの世界記録を出し合計3つの金メダルを取った。帰国して金メダルを高く掲げている写真は日本の新聞と変りがないが、彼は新聞記者にこう述べている。「私は金メダルは要りません。私たち障害者は人間として認められていません。無視されています。金メダルを取ったことで報酬は何一つもらえないし評価されないのです。食べさせていかねばならない女房子供がいます。どうか仕事を下さい。」
 

ケニア女性身体障害者協会の結成

 身体に障害をもつ女性の数は不明だが、とりわけポリオは多いようだ。チャリティやテレサといった若くて優秀な障害者とのめぐり合わせでケニア女性身体障害者協会を今年の3月に結成した。私は間もなく帰国となってしまったが、植木を植えて水をやらないようなやり方では育たないのでいつも気がかりなことだ。会長になったチャリティから時折、手紙が届く。補装具がなくて学校に行けなかった女の子に支給したところ、この子が実に優秀でクラスでドッブだという。
ケニア女性身体障害者協会のメンバー
 ケニアでは全国一斉に総合テストが行われていて、毎年全国一の生徒は新聞に大きく掲載され、両親まで写って誇らしげだ。学校別の得点まで公表され、親は無理をしても良い学校に入れたがる。頭の良い子はそれなりに一目おかれる。画一的なテスト結果で人間を分別する問題は別として、障害児が知的レベルで評価を受ける機会があるなら、一般の人々の目が少しでも彼らに注がれるよう努力すべきであろう。
 障害者までがAid Syndrom(援助症候群)という合併症を併発しないうちに、つまり他から愛護的な保護ばかりを当てにするのではなく、基本的な生活技術を学び合い教え合い、自分たちに出来る仕事を見つけ出し、障害者が非障害者たちに「自立」を示そうではないか。Disabitity is not inabilityという協会のモットーにIndependentを加えてむしろ社会の手本としたい。手をかりるのではなく手をかしてみよう。非障害者でさえ自立は困難な状況の中で、この考え方は彼女たちの共感を呼びプライドを与えた。障害者であれば誰でもメンバーにするのではなく将来、リーダーとして育っていく人たちの集まりとなった。人材不足のこの国ではあらゆる分野で人材育成が不可欠で、民間相互扶助精神を生かして社会開発の一部である地域単位の福祉は、障害者自身がイニシアチブをとって進めていく。援助を受ける者、与える者の差別が逆転する、そんな社会が世の中に1か所くらいあってもよいだろうという夢は障害者を振るい立たせる。政府公認もやっと取り付けたこの協会を、来春には訪れて彼女たちと夢に向けての具体的な話が一つでも出来ればと願っている。
 


 

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1997年11月(第93号)28頁~31頁
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