アジア・太平洋地域におけるCBR(地域に根ざしたリハビリテーション)の取り組み

■特集■

 

アジア・太平洋地域におけるCBR(地域に
根ざしたリハビリテーション)の取り組み

インドネシアCBR開発・訓練センター所長 Dr. HandoJo Tjandrakusuma

 

はじめに

 1992年4月、国連アジア太平洋経済社会委員会(UN ESCAP)に参加する33カ国が、1993年から2002年までの期間は「アジア太平洋障害者の10年」であるという第48回総会決議を採択した。アジア太平洋地域の国々が障害をもつ人の福祉に配慮することは特筆すべきことである。この地域では障害をもつ人の生活レベルを向上させようと努力している国々、特にそういう発展途上国が増えてきているからである。障害をもつ人に社会活動に参加する完全に均等な機会を与えるための手段の1つとして、CBR(地域に根ざしたリハビリテーション)が選択された。
 

CBRへの理解

 CBRプログラムは、障害をもつ人の問題を解決する有効な手段であると認められた。しかしCBRは比較的新しいコンセプトで、さまざまな形をとっているが、常に成功しているとは限らないし、また、障害をもつ人に均等の機会を与え、障害をもつ人が社会における活動に全面的に参加させる手段として最善のものであると万人に認められているわけでもない。従ってCBRに関する世間の理解を深め、CBRプログラムを実施するためのより有効な技法を開発するためにはさらに努力が続けられなければならない。
 国際的には、1994年に世界保健機関(WHO)と国際労働機構(ILO)とユネスコとがCBRを次のように定義することに合意した。

 「CBRとは、全ての障害をもつ人にリハビリテーションの手段と、均等な機会と、社会的無差別待遇とを与える共同体発展のための戦略である。CBRは障害をもつ人自身、その家族、地域社会、保健、教育、職業ならびに社会サービス機関による一体となった努力によって達成される。」

 CBR開発・訓練センターを通じて実施されるCBRは、障害をもつ人が日常生活において直面する諸問題は障害をもつ人自身の障害によるものでなく、むしろ彼らが属する地域社会の態度や偏見によるものであるという認識に基づいている。社会の無理解によって発生する諸問題(例えば社会が障害をもつ人を受け入れてくれないとか、就業機会に恵まれないとか、教育における差別等)は、障害をもつ人が均等な機会を与えられ、完全な参加を許されるならば全て解決されるに違いないのだ。従ってCBR開発・訓練センターのプログラムは個々の障害をもつ人だけではなく、地域社会全体に向けられている。
 このような理解に基づき、CBR開発・訓練センターはCBRを次のように説明している。

 CBRとは「地域社会の振舞い(態度、知識と技術を含む)を改めさせ、地域社会を構成するメンバーの一人ひとりが障害という問題(社会経済的問題、社会文化的問題、医学的問題、心理的問題等)に対する理解を深め、障害の予防活動に参加し、その結果、障害をもつ人がその生活水準を高めることができるよう有形無形の社会文化、経済等の面において積極的に障害をもつ人を受け入れる環境を創り出すこと」。

 CBR開発・訓練センターは、CBRとは1つのシステムであるという認識をもっている。このシステムは3本柱を有する家に喩えられるだろう。(図1)その基礎は共同体開発という概念であり、すべての活動は共同体開発という概念に基づかなければならない。3本柱とは、次の3つのCBRプログラムの実施機関である。
1.地域社会、すなわち地元地域社会の構成員。
2.CBRワーカー。彼らはボランティアであるとないとを問わずCBRのいずれかの面における専門的技術を有し、CBRプログラムが実施される地域に在住している人。
3.専門家達及びCBRプログラムが実施される地域以外の地域に存在する機関(リハビリテーション専門機関とそれ以外の機関)でCBR活動を支援する資源を有するもの。
図1:ハンドヨ・チャンドラクスマ博士によるCBRのコンセプト
 もしもこのシステムが円滑に実施されたならばCBRプログラムは更に輝かしいものとなるだろう。それは(1)自己開発の能力と、(2)CBRプログラムの他地域への波及効果の中心点としての機能を生み出すだろう。
 CBRプログラムに公式の定義はないが、一般にCBRプログラムの目的は、地域社会の参加を通じて障害をもつ人の問題を解決することと理解されている。
 

アジア太平洋地域におけるCBR

 アジア太平洋地域にはいくつかの国家が存在しているが、その数字に関しては定説はない。しかし国連機関の1つ、アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)には、先進工業国、発展途上国双方を含めて53の加盟国がある。加盟国のほとんどは発展途上国で、全体の94%を占めている。アジア太平洋地域の人口は世界総人口の3分の2にあたる。
 CBRプログラムの実施には一定の方式があるわけではないので、アジア太平洋地域においてCBRプログラムを実施している国々はそれぞれ独自の戦略をもっている。
 インドネシアでは、CBR開発・訓練センターには地域社会をCBR活動に参加させるための地域社会開発計画を手段とするCBRプログラムがあり、成功している。バングラデシュもCBRプログラムの参加国であるが、そこでは障害をもつ人を自活させるプロジェクトが障害をもつ人の生活水準を向上させた。インドでは補助具を開発するという極めて独創的な活動が行われている。フィリピンでは、障害をもつ人が自助努力で社会に溶け込むための、障害をもつ人のグループを通じてのCBRプログラムが広く知られている。
 アジア太平洋地域におけるCBRに関しては、さらに多くの情報がある。しかしそのような情報は十分に伝達されていないため、私たちはそれに関して十分な知識をもっていない。

 

アジア太平洋地域の諸国とその発展

 1995年の国連ESCAPの調査によると、アジア太平洋地域は経済分野で、著しい発展を遂げた。世界経済全体の成長率は1990年には1.5%であり、1995年には3.0%であった。発展途上国全体の経済成長率は1990年には3.0%であり、1995年には5.5%であった(1995年国連統計による)。同じ研究によれば国連ESCAP地域における発展途上国は1994年にも力強い成長を持続した。これら国々の国内総生産(GDP)合計の成長率は1993年には7.2%で、1994年には推定7.7%であった。これらの国々の1995年と1996年の見通しも明るく、国連統計によると、そのGDP成長率はそれぞれ7.5%、7.0%であった。
 国家のGDPが成長したということは、その国の健康状態が向上したということを意味する。調査によると、ある国々ではその経済成長の期間中に教育のレベルが向上し、また別のある国々では教育のレベルが向上した期間に経済が発展したことがわかった。
 科学技術の分野でも、アジア太平洋地域は急速に進歩している。過去10年間にますます多くの国が工業国になったという証拠がある。
 1995年の国連ESCAP閣僚会議は今日、アジア太平洋地域において一世代前どころか10年前に比べても人々の平均寿命が伸びており、健康状態が向上し、高い教育を受け、飲料水は安全になり、衛生状態は改善され、収入が増加し、経済的、社会的な夢を実現する一層多くの機会に恵まれているという事実を確認した。福祉レベル一般のこのような向上はいうまでもなく、障害をもつ人からの生活水準向上の要求を強めるだろう。
 

アジア太平洋地域におけるCBRの直面する難題

 CBRプログラムは急速に変化する環境とサービスに関する膨大なニーズと取組んでいるが、アジア太平洋地域におけるCBR開発と実施に関連して、CBRプログラムは現在少なくとも次に掲げる4つの難題に直面している。
1.CBRプログラム実施の戦略または方法の改善
2.CBRにおける人的資源の開発
3.CBR活助のための資金調達

 

1.CBR戦略の改善

  アジア太平洋地域の開発途上国では一般的開発計画に投じることができる資源は限られている。しかも障害問題には高い優先順位が与えられていない。CBRプログラムを含む新たなシステムを構築することは大仕事であり、しかも大きなコストがかかる。そこでCBR開発・訓練センターは「つぎはぎ作戦」をとってきた。「つぎはぎ作戦」とは、CBR活動を既存の計画にはめ込むことである。
 例えばインドネシアではPosyandu(農村の総合保健サービスポスト)というプログラムが各村に存在し、地域社会によって管理されている。これは月例計画であり、5歳未満の子供たちの目方をはかり、予防接種を行い、食料の補給をするものである。人口と地理的状態によっては1つの村に4つか5つのPosyanduがある。CBR活動の一つに5歳未満の子供の障害の早期発見があり、Posyanduプログラムの中に組込まれている。既存のプログラムに組み込まれているその外のCBR活動の例としては、ヘルスセンターのプログラムに組み込まれている早期予防、女性能力開発機構のプログラムに組み込まれている障害問題に関する関心、障害の予防活動がある。従ってCBRはその活動を行うために新たなシステムを構築する必要がないわけだ。
 障害をもつ人に温かい社会文化的環境を創出し、共同体の資源を動員するための戦略作りという点では、CBRは今日までのところ大したことをしていない。またCBRは障害をもつ人の要求や地域社会のニーズに充分に応えていない。CBRの当面の課題は障害をもつ人の要求や地域社会のニーズをカバーしそれに応えるプロジェクトやプログラムをいかにして構築するかということだ。
 CBR開発・訓練センターは地域社会をCBR活動に参加させるために参加型農村評価(Participatory Rural Appraisal, PRA)という地域社会開発法を実施してきた。その経験に基づき、地図作成、ベン図形(集合を円で表して集合相互の関係を示す図形)作成、マトリックスランキングのようなPRA技法を、CBRプログラムを立案し、障害をもつ人の立場を理解し、障害問題に関するニーズや優先順位を決め、地域社会の将来性を見定め、既存のプログラムをモニターし発展させる目的をもって地域社会に参加するために応用することができる。
 それぞれの国が直面している諸問題に、自分の国がもっている資源で取り組むにはさまざまな戦略があるはずだ。
 

2.CBRにおける人的資源の開発

 CBRプログラムにはリハビリテーションだけでなく社会やコミュニティの行動様式を熟知し、理解する人材が必要とされる。CBR開発・訓練センターが国際ワークショップを運営してきた経験からみると、CBRプログラムに携わる専門家は、医者であれ理学療法士であれ、作業療法士であれ、大抵はリハビリテーションに関する経験と学歴をもっているが、その上に、社会学を勉強した者はほとんどいない。CBRに従事している人々の教育的背景は主としてリハビリテーションの分野なので、CBRプログラムを、リハビリテーションプログラムとして組み立ててしまう。従って彼らにリハビリテーションのみならず地域社会開発に必要な知識と技能とを授け、CBRに従事する人材の質を高める必要があるわけだ。
 全世界の人口の3分の2を有するアジア太平洋地域ではサービス需要も膨大だが、CBRに従事する人的資源は限られたものなので、人的資源を開発しなければならない。
 であるから、CBRのための人的資源開発には解決されなければならない次の2つの問題がある。
1.人的資源開発のための専門知識と技術の不足。CBRの様々な面を理解し、それに必要な技能を有する人材が必要である。
2.利用しうる人的資源が限られていること。
 これらの問題と取り組むために現在、CBR開発・訓練センターは、現在次に掲げる3つの要素からなる三角形によって説明される人的資源開発のコンセプトを開発中である。(図2)
図2:ハンドヨ・チャンドラクスマ博士によるCBR人的資源開発コンセプトを表す三角形
1.管理者。プロジェクト開発、管理能力、人的資源の発見と開発、提案を起草する能力、スポンサーとの交渉力、ワークショップを組織する能力にすぐれている人々。
2.技術者。医学的リハビリテーション、地域社会開発、失業対策、CBRプログラムに関連して必要な情報にアクセスできること、といったような分野における専門的技能をマスターしている人々。
3.科学者。CBRプログラムを実施するための戦略とテクニックを向上させるための研究に必要な技能を有する人々。
 この三角形の中央にはCBRプログラム実施に必要な資金を提供し、政策を立案し、上述の3つの要素の活動を支える機関が存在する。
 

3.CBR活助を支える資金調達

 リハビリテーション事業に資金を提供するスポンサーは、リハビリテーション事業が慈善事業として実施されることを望んでいる。慈善事業の場合にはプロジェクトの進捗状況を評価することが容易であり、しかももっと大切なことは、成果が目に見えるからである。それに必要なものはリハビリテーションサービスを受けている障害をもつ人の写真と数字だけだからだ。それに反してCBRプログラムは地域社会開発プログラムであるから、評価はもっと複雑だ。
 しかし、CBRは有効なプログラムとして知られている。CBRでは障害をもつ人に援助の手を差し伸べるばかりでなく彼らの家族をも含めた彼らが住む地域社会を開発しようとするからである。CBRは障害問題に対する地域社会の態度(行動、知識、技能)を変革することをも目的としている。CBRにおいて変革は大変大切な要素であるが、それを評価したり、目で見たりすることは困難である。スポンサーにとって、特に開発計画を支援することに慣れていないスポンサーにとってはわかりにくいものとなってしまう。
 従って今後のCBRプログラムの立案、実施に際してはスポンサーとCBRプログラムの実施機関との間に十分なコミュニケーションをはかり、CBRコンセプトや、開発の面に関係する戦略に関してCBRは開発計画であり、慈善事業ではないという了解を両者間であらかじめもつことが必要だ。
 

4.CBR活動に関する情報の配布

 CBRプログラムはアジア太平洋地域の多くの国々においてさまざまな戦略や方法を用いて実施されてきた。それぞれの戦略やそれぞれの方法には長所と短所とがある。しかしお互いの戦略や方法に関する情報は他者に伝達されていない。例えばCBR開発・訓練センターは今、CBR訓練に関する英文マニュアルを作成中だが、コミュニケーションの手段が不十分なため、多くの施設や機関はいかなる種類の資源がCBR開発・訓練センターで入手可能であるか知らない。従って全ての国が開発に関する相互間の情報が得られるように、CBRに関する情報を普及させる必要がある。またそれぞれの国も積極的に情報を公開する努力が求められる。
 一方、情報伝達やコミュニケーションにはインターネットのようなハイテク手段がある。CBRにとっての課題は、アジア太平洋地域でCBRプログラムを開発する上においていかにそのようなハイテクの情報伝達やコミュニケーション手段を使いこなすかである。
 

結論

 今日、膨大な人口をかかえるアジア太平洋地域は生活のあらゆる面で力強く発展を遂げてきた。その全ての面における変化があるがゆえに、CBRはこの地域における障害問題を解決するという目標を達成するために戦略及び方法を新しい環境に適応させなければならない。
 もう一つの考慮しなければならない問題はCBRにおける人的資源の問題だ。量的に限られている人的資源を増加させるだけでなく、その技能レベルを向上させなければならない。アジア太平洋地域におけるCBRの実施には資金援助が必要である。スポンサーとCBRプログラム実施機関との間に緊密なコミュニケーションを確立することが必要だ。アジア太平洋地域は広大な地域だが、既存の情報伝達技術は距離を克服できるだろう。
 以上のような多様でしかも巨大な課題を考慮すれば、CBR職員、CBRプログラム実施機関、スポンサー、その他CBRにかかわっている人々や諸機関は、21世紀に向けてチャレンジに立ち向かうため互いの連携を密にし、その活動を整合させ、共同プロジェクトを組織しなければならないだろう。

(監訳:日本障害者リハビリテーション協会)

 


 

(財)日本障害者リハビリテーション協会発行
「リハビリテーション研究」
1998年3月(第94号)13頁~17頁
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