リハビリテーション研究(第96号) NO.3 はじめに 地域生活支援の時代の戦略・戦術の基礎として

 

はじめに
地域生活支援の時代の
戦略・戦術の基礎として

 

日本社会事業大学社会福祉学部教授 佐藤 久夫

 

本特集の趣旨

 この特集では、現在WHO(世界保健機構)から提案されている国際障害分類改正案(ICIDH-2ベータ1案とよばれる)について、社会福祉や職業リハビリテーションの視点から障害をもつ人の個別事例に当てはめてみる価値があるかどうか、検討しようとしている。
 とくに「環境との相互作用のもとでの障害の3つのレベル」という理解が、障害者福祉の実践(個別援助)や障害者自身の社会参加への取り組みに役に立つのかどうかを検討している。また、環境因子も含め各分類項目(主要部分を別掲した)の有効性も検討している。ただし社会福祉援助では機能障害レベルへの働きかけは弱いので、「参加」レベルを中心とすることになる。
 国際障害分類など障害構造の検討及びその知見の活用は、運動機能障害や精神障害分野では比較的活発になされているが、その他の領域では十分ではない。そこで本特集では、HIVによる免疫機能、高次脳機能障害、薬物・アルコール依存、知的障害、聴覚障害をもつ人々の事例をお願いした。執筆者は援助実践に長くかかわっている(いた)専門家で、国際障害分類についてもかなりの知識と関心のある人々である。
 

国際障害分類改正案

 1980年に発表された国際障害分類(ICIDH)は「障害」を機能障害、能力障害、社会的不利の3つのレベルに区分し、それぞれの詳しい分類を示した。近年その改正作業が進められ、現在は1997年に発表されたICIDHI-2ベータ1案の有効性をめぐって世界でフィールドテストがなされている。
この案(別掲参照)では、環境因子が概念図に示され、社会的不利の分類(案では参加の分類)が詳しくなり、環境の分類リストが新設され、能力障害と社会的不利が中立的な表現に変わるなど、いろいろな変化が見られる。
 予定では1998年末までに現在の案のテストを終え、その結果を踏まえて1999年4月にはベータ2案を作り、12月までさらにテストし、2000年5月の世界保健会議で国際障害分類第2版(ICIDH-2)を正式決定することになっている。英語圏以外では翻訳だけに数ヶ月から1年かかってしまうのでのでベータ1テスト期間を1年間延長したこともあり、ベータ2テストも同様にもっと時間をかけることになる可能性もある。その場合には正式決定は2001年ということになる。
 ベータ1テストでは概念図や分類項目が適当かどうか、翻訳できるかどうか、文化的にタブーとなっているような言葉はないか、欠けている項目はないか、などを主に検討する。ベータ2テストでは、ベータ2案とともにICIDH-2チェックリストも使われる予定である。
 

事例報告を読んで

 総合的な考察と分析をする力はないが、5本の報告の初稿を読んでみて気づいた点を述べてみたい。
 知的障害者の事例について.重例についての飯村報告では、(ほかの例でも共通するが)サービス、支援ネットワークを含む「環境」が「参加」の程度に大きな影響を与えていることが述べられている。これは「階段」という「環境」が車椅子利用者の「参加」を妨げるようなものとはかなり異なり(漢字情報が理解できず参加が制約されるという面では似ているが)、「必要な社会生活経験を蓄積してゆくという視点に立った計画的援助が不十分で、どちらかといえば、場当たり的な事後的対応に止まっている」という「環境」を問題としている。これは理解力や判断力などの「活動」レベルが「本人の興味や認識、経験によって幅があり、適切な援助が得られれば、かなり改善される余地がある」との指摘と通じる。これとともに、本人自身の「自己認識」「価値観」「障害:苦手な部分(のある自分自身)の受容」が(エンパワメントの)ポイントになるのに「個人的因子」がこれらを明記していないことの問題も指摘している。
 高次脳機能障害者の事例をとりあげた生方報告では、「障害状態をき認知できないため、受傷以前に形成される形成された経験・知識・価値観・人格と実際の能力との間に乖離が生じ、それを埋める学習・適応能力に期待ができず、・・・」とし、「個人因子が活動と参加レベルにおける制限を強めている」とした。また「活動」や「参加」の評価の仕方についての詳しい検討を行い、「援助により軽減される活動の困難」などの独自の整理方法を工夫している。
 HIV感染者をとりあげた磐井・小西報告では、身体障害者福祉法の障害認定に社会生活上の制限が取り入れられた経過を説明しており、注目される。事例検討では、性に関する問題や人間関係の問題など、HIV感染者の特徴がかなりの程度ICIDH-2によって描けるとしながらも、感染者であることをオープンにできないために困難が生じていることを「活動」レベルとするのか「参加」レベルとするのかはっきりしない、環境改善提言につながるような具体的な鋭敏さ・表現方法がない、などを指摘している。
 聴覚障害者の職業生活をとりあげた朝日報告では「『聞こえないだけで後は問題は少ない』と考えられがな聴覚障害者の職業生活について」、「参加の質」の観点から検討し、職場のコミュニケーション、研修機会、昇進の保障をめぐる法制度、事業主の理解や態度、職業リハ援助の不備などを総合的に論じている。
 薬物・アルコール依存症者をとりあげた山口・杉山報告は、「おそらく依存症では障害部分と疾病の部分、ひいては治療の部分が分離しがたく、状況もかなり変化していくためにモデルへの当てはめには困難を感じた」とし、しかしそれゆえにむしろ「全体としての背景因子(特に環境因子)の重要性が際立つ」とする。背景因子とは具体的には、薬物依存の事例では「人間関係とそこからくるストレスにうまく対処できるようなサポート体制」が特に重要であり、アルコール依存の例では「家族関係を中心とした環境因子、それに対するBさん本人の自己目標を中心とする個人因子よりなる背景因子」が重要であるとする。2事例とも非常に詳しい要因関連図を独自に描いて報告しているのが特徴で おそらく多様な因子が関連し時間とともに変動してゆく現象を1つの絵に描いて整理することによって、常に基本的な課題を意識化させ、効果的援助を可能にするのであろう。
 いずれにせよ、ICHDH-2案は社会福祉援助に有効であろうが、さらに個々の活用場面での柔軟なマイナーチェンジが必要と思われる。なお、提起されている要点はWHOにも伝え、改訂作業に役立てたい。

国際障害分類改正案の概念図
 

国際降車分類改正案の分類項目

<機能面の機能障害>

第1章 精神機能
第2章 音声、会話、聴覚、前庭機能
第3章 見る機能
第4章 他の感覚機能
第5章 心血管・呼吸器系機能
第6章 消化、栄養、代謝機能
第7章 免疫学的・内分泌学的機能
第8章 泌尿・生殖機能
第9章 神経筋骨格系と運動関係の機能
第10章 皮膚とその関連構造の機能

<活動の分類>

第1章 見ること、聞くこと、そして認識すること

a00100 見ること
a00200 聞くこと
a00300 感覚入力により認識すること
a00400 空間と時間における関係を認識すること

第2章  学習、知識の応用、課題の遂行

a10100 記憶すること
a10200 知識を獲得することと応用すること
a10300 問題解決
a10400 課題の学習
a10500 課題を遂行すること
a10600 異なる種類の課題を扱うこと
a10700 遂行を維持すること
a10800 一般的な心理的要請に対処すること
a10900 知識の獲得と使用に関連するその他の活動

第3章  コミュニケーション活動

a20100 言語と手話によるメッセージを理解すること
a20200 非言語的メッセージを理解すること
a20300 書字を理解すること
a20400 音声言語または公認手話
a20500 メッセージをやりとりすること
a20600 公認手話以外に非言語的メッセージを生成する
a20700 書字を作成すること
a20800 コミュニケーション補助具/技術を使用すること

第4章 運動活動

a30100 姿勢保持
a30200 姿勢変換
a30300 姿勢の転換
a30400 歩行及び関連動作
a30500 座位あるいは臥位における移動
a30600 手の繊細な使用を含んだ動作
a30700 腕と手の粗大な使用を含んだ動作
a30800 物を動かすための動作

第5章 移動

a40100 日常の環境での移動
a40200 登る
a40300 特別な環境における移動
a40400 交通場面での歩行者としての移動
a40500 交通手段の利用
a40600 運転手として交通場面での移動

第6章  日常生活活動

a50100 自分自身を洗う
a50200 身体の部分、歯、爪、髪のケア
a50300 排泄に関連した活動
a50400 着脱
a50500 飲食
a50600 自分の健康のためのケア
a50700 日常生活物資や用具の取り扱い

第7章  必要事項に対する配慮と家手

a60100 生活必需品の獲得と配慮をすること
a60200 住居の獲得と配慮
a60300 食事の準備をすること
a60400 洗濯と衣服や履物の手入れをすること
a60500 住居の手入れををすること
a60600 世帯や家族などの世話をすること
a60700 所持品、植物や動物の世話をすること

第8章  対人行動

a70100 一般的な対人関係技能
a70200 その他の対人関係技能
a70300 個人行動を管理すること
a70400 親密な個人的関係を維持すること
a70500 友人および同僚との関係を維持すること
a70600 公的場面において人と交流すること
a70700 他の環境にいる人と交流すること
a70800 ロマンチックなまたは身体的情交

第9章 特定の状況への対応

a80100 特殊な気候や温度の中で対処すること
a80200 その他の環境条件に対処すること
a80300 危険な環境に対処すること
a80400 仕事や学校に関係する行動
a80500 仕事を得て、それを続ける技能
a80600 個人的社会活動
a80700 経済的技能

第10章 自助具、テクニカルエンドの使用、その他の活動

a90100 治療訓練機器を使うこと
a90200 義肢装具を使うこと
a90300 身辺ケア・保護機器を使うこと
a90400 個人用移動機器を使うこと
a90500 家事のための機器を使うこと
a90600 家具・建具・建設設備を使うこと
a90700 コミュニケーション・情報・シグナルの機器を使うこと
a90800 製品や物を扱うための機器を使うこと
a90900 環境改善機器、道具、機械を使うこと
a91000 レクリエーション機器を使うこと
 

<参加の分類>

第1章 身辺維持への参加

p00100 身辺ケアヘの参加
p00200 健康維持への参加
p00300 栄養への参加
p00400 住宅や居所への参加

第2章 移動への参加

p10100 家庭環境での移動への参加
p10200 家庭外での移動への参加
p10300 交通への参加

第3章 情報交換への参加

p20100 話し言葉や非話し言葉による情報交換への参加
p20200 書き言葉による情報交換への参加
p20300 標識や身振りによる情報交換への参加
p20400 公共の標識による情報交換への参加
p20500 電気通信による情報交換への参加

第4章 社会関係への参加

p30100 家族関係への参加
p30200 親密な関係への参加
p30300 友人・知人との関係への参加
p30400 仲間との関係への参加
p30500 面識のない人との関係への参加
p30600 その他の社会関係への参加

第5章  教育、仕事、余暇、及び精神活動への参加

p40100 教育への参加
p40200 仕事への参加
p40300 遊び、レクリエーション、余暇への参加
p40400 精神活動への参加

第6章  経済生活への参加

p50100 経済取引への参加
p50200 経済保障への参加 

第7章  市民生活・共同体的生活への参加

p60100 市民としての参加
p60200 コミュニティヘの参加

<環境因子のリスト>

第1章 製品、用具、消耗品

e00100 製品または個人的消費物
e00200 金銭および他の資産
e00300 補助機器
e00400 日常生活で個人が使う製品
e00500 商業、工業、または雇用で使われる製品
e00600 教育製品、教育器具
e00700 輸送やコミュニケーションのための製品
e00800 レクリエーションおよぴスポーツ器具
e00900 文化的、宗教的な物

第2章  対人支援・援助

e10100 家族
e10200 友人
e10300 知人、仲間や同僚
e10400 対人援助者その他のケア提供者
e10500 保健サービス提供者
e10600 動物

第3章  社会的・経済的・政治的制度

e20100 社会保障システム
e20200 社会的援助および保健のシステム
e20300 教育および訓練システム
e20400 団体や組織
e20500 経済制度
e20600 政治制度
e20700 他の公共的インフラストラクチャー

第4章  社会文化的構造、規範と規則

e30100 社会文化的構造
e30200 非公式の社会的態度、規範と規則
e30300 公式の社会的規則
e30400 人口構成、変動、移動

第5章  人工の物理的環境

e40100 建築
e40200 土地利用

第6章 自然環境

e50100 地理
e50200 植物群相と動物群相
e50300 天候と空気と質
e50400 時間に関係する変化
e50500 音
e50600 光

注) 2桁レベルの分類。機能については構造面を省略し、機能面の1桁レベルのみ。また「その他」と「詳細不明」は省略した。


主題・副題:

リハビリテーション研究 第96号
 

掲載雑誌名:

ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第96号」
 

発行者・出版社:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 

号数・頁数:

96号 2~5頁
 

発行月日:

西暦 1998年10月20日
 

文献に関する問い合わせ:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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