リハビリテーション研究(第96号) NO.6 HIV感染者の身体障害者認定の経緯とICIDH-2への期待

 

HIV感染者の身体障害者認定の
経緯とICIDH-2への期待

 

東京都職員共済組合 磐井 静江
桃山学院大学社会学部 小西 加保留

 

はじめに

 エイズ患者、HIV感染者の数は、先進諸国において新規感染者に若干の減少傾向が見られるものの開発途上国においては、依然として深刻な状況にある。わが国でも血液擬固因子製剤による感染者を含め1998年4月現在5,000人を越えており(死亡者数を含む)、昨年は新規HIV感染者397件・エイズ患者250件が報告され、感染の拡大傾向が続いている。
 著者らは、「エイズ」が日本で話題になった1986年当初からこれら感染者の問題に取り組み現在に至っている。わが国の「エイズ」問題の背景には、薬害の被害者としての血友病患者の問題が大きいことは周知のことである。被害者救済の問題が社会にクローズアップされるに従い、厚生行政の失態に代表される「日本社会の閉鎖性の問題」をはじめ「医師と患者との関係のあり方に関する問題」「差別・偏見といった社会全体にかかわる問題」にも国民の関心が向けられるようになってきた。
 一方、国は薬害エイズ裁判の恒久対策の1つとして原告団の要望を検討した結果、1998年4月より免疫機能障害の障害名をもって身体障害者福祉法の障害者としてHIV/AIDS患者の障害者認定を開始した。
 本稿では、今回の認定の過程で社会背景から生まれた感染者の「社会的不利」の問題が、どのように論議され加味されたかを説明するとともに、HIV感染者の生活実態をICIDH-2でどこまで表現できるかを考察する。

1.認定に至る経過とソーシャルワーカーの関わリ

 1996年3月薬害エイズ裁判の和解時より恒久対策として取り組まれた今回の認定は、当初現行の身体障害者福祉法における「医学モデル」中心の判定基準では、(1)障害の固定という現行法の基準をクリアーできないこと (2)「障害」といえる中身は何かを明らかにすることが困難であること (3)可変的な症状を呈する他の慢性疾患にも影響する事などの理由から、実現困難と思われた。しかし、結果としては1997年5月より設置きれた厚生省障害福祉部長の私的懇談会である「障害者認定に関する検討会」における9回にわたる議論を経て、同年12月身体障害者福祉審議会に諮問され、了承された。
 この検討会のメンバーは、HIV感染症の医療に携わる医師と従来身体障害者の認定に関わってきた医師がほぼ同数で構成されていた。HIV感染症の治療に携わる医師のメンバーは、カウンセリングや患者の自己決定、ボランティアの活用など他の疾患の医師に比べて心理・社会的な問題に関心の強い方が多かったが、「医学モデル」を中心としたこれまでの障害認定にHIV感染者の特徴的な問題である社会の差別や備見が生活全般に影響し、障害を重くしているという実態を説明するだけの十分なデータや知識を持ち合わせていなかった。
 そこで、検討会のメンバーが代表をつとめる「東京HIV診療ネットワーク」の会員であった磐井が中心となって以下のようなアンケート調査を行い、先の検討会のヒヤリングにおいてソーシャルワーカーとしての提言を行った。
 

HlV感染者への生活障害調査(75例)

質間項目
 年齢・性別・職業・CD4数・ウイルス量・抗HIV 薬の投与状況・機能障害・能力障害・社会的不利に関する13項目の生活障害・抗HIV薬の投与と服薬による生活障害

結果
・発病者は介護の問題をはじめ重度の生活障害を感じている。
・CD4の数は生活障害の程度とあまり関係ない。
・生活障害の程度は、むしろ服薬によって決定され、服薬開始とともに顕著となる。
 発病することによって社会から隔離される状態が生じるため、感染者や服薬者が社会に出ようとすればするほど差別・偏見に関する生活障害が多くなる。

 以上の結果から磐井は「機能障害」「能力障害」ではHIV感染者の障害を掴むことは困難であり、偏見にまつわる社会的不利を加味した認定方法が必要なことを主張した。
 検討会では当初「なぜ、性感染者に生活保障をしなくてはならないのか」「社会的不利があるということは理解できるが、そのこと自体を障害認定すると他の慢性疾患の人も障害者となってしまう」と言った声が強かった。しかし、ヒヤリングを通してこの障害への本質への理解を深めた検討会のメンバーは、社会的不利を認定基準の中に入れ込む方法を模索した。その結果、今回の認定基準に以下のような特徴が生まれた。

1.複数の身体上の障害を加算する認定方法が取られた。
2.検査所見と並んで2つの日常生活活動制限が加えられた。
 (1)生鮮食料摂取禁止等の日常生活上の制限がある。
 (2)軽作業を越える作業の回避が必要である。

 (1)では、生鮮食料摂取制限以外に生水の接取制限長期にわたる密な治療、厳密な服薬管理、人混みの回避が含まれた.また、(2)の軽作業とはデスクワーク程度の作業を意味するとされた。
 社会生活を念頭に置いた基準が、検査所見と横並びに明記されたことは、これまでの障害認定基準にはなく、今回初めてのことである.また、従来の内部障害者の等級が1、3、4級の3ランクであったのに対し、1、2、3、4級の4ランク認定となったことで社会生活を支える福祉サービスの利用の機会が増えたことも特記すべきことである。ここに検討会の成果をみることができる。
 

2.1CIDH-2を使った事例紹介

事例概要
年齢・性別 20代男性 同性愛
学歴     大学卒
世帯     単身
家族     両親と弟
職業     フリーター 週3回 半日勤務
経済状況  アルバイト料 月約6万円
        障害厚生年金 月約5万円
        パートナーからの援助 随時
        家賃 7万円
        医療費 *約5万円
 *身体障害者2級認定後は無料となったが、今回の評価は、取得以前のもの

 

生活状況
 大学時代に感染。大学入学を契機に家族から独立し、単身生活。感染したことについては、「したいことをして感染したのだから自業自得といわれても仕方ない」とのとらえ方をしている。
 予後不良との認識から刹那的な生活を送っている。医療費の自己負担分は、障害年金で支払っている。生活は地味で、パートナーと生活が継続できることが精神的な充足につながっている。
 感染から7年経過し、同時期に感染した人が次々に発病し死亡するなかで生き抜いてきたのは、「無理をしない生活」と「セックスを続けた成果」によるものと考えている。しかし、パートナーとの関係は、告知はしていても深く陶酔することができないため、そのことを大きな生活障害と感じている。また最近、カクテル療法によって延命が期待できるようになり、40才過ぎても生き続けられる可能性が出てきたことにより、逆に将来に対する不安を強く感じるようになっている。
 家族との関係に関しては、両親には告知しているが、弟には告知していない。また親戚や友人との付き合いもほとんどなく、新しい関係は、感染者同志の付き合いくらいである。

能力障害(ソーシャルワーカー記載)
 問題のあるコード(1桁分類)
  i40600  血液系の機能
  s60100  免疫系
  i60100  免疫学的機能
  s90100  皮膚

 免疫力の低下により疲れやすい。湿疹が絶えずできる(アトピー性のものとされているがHIV感染者によく見られる)

活動障害
問題のあるコード(用語定義付き分類及び修飾)
a60780.2.9
 孤独を癒すために動物を飼うことが生きがいとなるが、ペットを飼える住宅事情ではない(アパート)。
a70110.2.9.
 精神的に自己紹介したくない。新しい人間関係を作りたくない。
a70210.3.9
 独りでいることのほうが気楽で、社交したいができない。
a70320.2.9
 急に感情を剥き出しにしてしまい、コントロールできない。
a70250.3.9.
 好きな人に肉体的な接触をストレートに求められない。
a70410.2.9.
 家族と同居しておらず、感染を家族に告知してから実家にあまり戻らなくなった。
a70450.2.9.
 就職や結婚の話題が出ることを恐れる。
a70510.3.9.
 友人に心から話ができないことが苦痛なため新しい友人は作らない。
a70660.3.9.
 仕事でも個人的な興味をもたれて感染の事実を知られることを恐れて対人関係が制限される。
a70830.3.9.
 愛情または欲望の身体的表現はできるが陶酔できない。
a70850.3.9.
 親密な性的関係は、その場限りになりやすい。
a80230.2.9.
 騒音への適応が悪くなってきている。
a80459.3.9.
 病状の変化があるため急に約束を守れないことが良くあり、信頼関係を築きにくい。
a80510.3.9.
 感染の事実を知られないようにする工夫ができにくいため、職を得にくい。
a80520.3.9.
 病状の変化があるため、満足の行く仕事はできない。
a80620.3.9.
 家のなかにある薬や本を見られたくない。

 本事例の活動制限は、感染の事実をオープンにした上で活動したくても社会状況が整っていないことによる障害の要素が大きい。

参加分類
 問題のあるコード
p00220 2 6f e30120
 医療機関には行けるが、保健所に出入りすると病名が知られる機会が増えるので利用できない。
p00410 2 6f e30200
 仕事をもっていないとアパートが借りられない。医療機関の通院に合わせて住居を選ばざるをえない。働いていれば、もっと広いところが借りられる。
p30180 3 6f e30200
 親戚との付き合いは感染を知ってから全くない。忙しいと嘘を言って従兄弟の結婚式にも出席していない。
p30200 2 6f e30200
 同性愛者のため、親密な関係を公にできない。
p30300 2 6f e30200
 感染の事実を知った日からなるべく付き合わないようにしている。
p30400 1 6f e30120
 感染者同志の仲間以外、仲間意識が無くなっている。
p30500 3 6f e30120
 新しい人間関係を作るのは苦痛である。
p30600 2 6f e30120
 アルバイト先の雇用主は感染者であることを知っているが、重要な仕事を与えてくれない。
p40210 1 6f e30120
 障害者と認定されても内部障害者の職業訓練校は入所しなければならず、通所の訓練施設がない。自費では経済的余裕がない。
p40220 2 9b e30120
 体力的にも他に仕事を見つけられないので低賃金・短時間労働に甘んじている。
p50200 2 6f e20130
 障害年金金額では生活費が成り立たない。
p50220 1 5b e30210
 身体障害者手帳の申請をすることは、社会に対する甘えだと解している。
p60100 2 6f e30210
本事例の参加分顆の特徴は、
・就職して経済活動を行う意欲を社会的に奪われていること。本人が努力しても体力的に見合う仕事が存在しない。
・障害年金金額の増加によって社会参加が拡大する可能性がある.
・抗HIV剤が高額なため医療費自己負担が困難である。障害認定により医寮費が助成されても、わが国の薬事法が新薬導入に時間を要するため治療を困難にしている(抗HIV剤の導入は改善が検討されている)。
・感染者であることをオープンにできないため新しい友人関係や人との関係が結びづらくなっている。この分野は、社会の理解が高まるように政策を講ずることによって緩和されることが考えられる。

 背景因子の特徴は、ほとんどが、社会・政治的制度と社会の偏見からきていることである。
 

3.考察

 HIV感染者の身体障害者認定にあたっては、社会的不利を加味することがポイントとなり、検討会のメンバーもICIDH-2の概念に着目したが、時間が不足していたことや余りにも複雑な内容のために行政への活用は困難と判断したとのことである。
 HIV感染者には介護を必要とする症状を呈する機能障害に重点のある方や、抗HIV剤の服用のために活動が制限される方も多いが、今回の事例は、機能障害による活動制限はほとんど無い方である。この事例の障害をICIDH-2により分類すると、性に関する問題や通常の人間関係を結べているかなどHIV感染症による免疫機能障害の障害たる要素がかなりの程度まで明確に表現することができる。
 今回の事例分析を通じて、多分に消化不良の感を拭えないが、ICIDH-2の障害分類につい若干の考察を試みたい。
1.活動の制限については、例えば下肢機能障害で車椅子が必要といったように、明確な状況は表現しやすいが、対人関係に関わるような項目は、背景に環境因子と個人因子(意欲や機会など)が絡んでいるため、現状では表現の方法及び領域において困難がある。
2.特に1で述べたような領域において、活動の制限と参加の制限の区別がつきにくくなる。
3.コードの数が非常に多く複雑で、実用に困難が予想される。
4.個別援助における援助課題につなげるには、個人因子の分類が不可欠である。
5.政策的な提言、戦略に繋げるには、例えば保健サービス提供者、社会保険システムの問題が背景にあるとして、その質や態度に関わる部分の表現方法が欲しい。
 免疫機能障害の身体障害者手帳の申請状況は、関東地区では、都市部の申請が多く、郡部では申請者が出ていない状況である。全国的にも同じ傾向があると各地から報告を聞いている。これは、プライバシー保護について、日本社会のシステムに問題があるため、社会制度の活用による社会参加を阻んでいる現れである。
 ICIDH-2の活用により、「申請できない理由」を共通のコードを使って表し、行政に改善を迫っていくための科学的な資料として活用できるのではないかと考える。
 いずれにしても今回のHIV感染症による障害認定が、いわば厚生省の課題としてなされ、さまざまな議論も予想される中で、ICIDH-2が日本の障害概念を基本的に見直していくための大きな原動力になるものと期待している。


主題・副題:

リハビリテーション研究 第96号
 

掲載雑誌名:

ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第96号」
 

発行者・出版社:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 

号数・頁数:

96号 15~19頁
 

発行月日:

西暦 1998年10月20日
 

文献に関する問い合わせ:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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