リハビリテーション研究(第96号) NO.8 薬物・アルコール依存症の障害側面一背景因子の重要性一事例を通じて

 

薬物・アルコール依存症の障害側面
一背景因子の重要性一事例を通じて

 

日本福祉大学大学院(CクリニックPSW) 山口みほ
愛知県名古屋市同朋大学講師 杉山克己

1.はじめに

 本稿では、「障害」の枠組みでは捉えられることの少なかった、薬物依存とアルコール依存について、WHOの国際障害分類(特にその第2案ICIDH-2のβ版)を用いて理解しようと試みている。これは、ICIDH-2の利用が特に個別援助のレベルで実際に役に立つのかどうか検証してみるという目的と、同時に、実際に展開されてきた個別援助を新しい視点から見直すことによって、その問題点、限界、特徴などを相対化し、明らかにしようというねらいももっている。

2.事例1:薬物依存症

1)手例の概要

 Aさん(女性)、現在20歳代半ば、無職。大都市の市営住宅に母と本人の2人住い。シンナー精神病による精神障害(障害者手帳2級)。
 本人は、全社員の父と主婦の母のもとに、第2子の長女として生まれる。両親は職場結婚で、結婚後母は退職。本人が小学1年時離婚。2歳年長の兄は父方へ、本人は母方へ引きとられた。別居後、母は体調を崩し、本人は小学校高学年まで養護施設に預けられていた。本人が中学生の時に友人のもっていたシンナーを興味本位で吸って以来、シンナー吸引が続き、覚醒剤・マリファナ等の乱用もあった。最初の吸引から1年も経たない頃に、警察に保護され初めて母が本人のシンナー問題を知る。同年シンナー吸引中にパニックを起こし、精神科病院に3カ月入院。中卒後はアルバイト生活をするが、シンナーがやめられず、仕事は長続きしなかった。その後も4~5回保護され、鑑別所入所、保護観察処分歴あり。シンナー吸引時は、子どもがえりしたようになるか、暴力をふるうかのどちらかである。10代未にCクリニツクを受診、薬物(シンナー)依存症と診断される。以後、通院しながらの療養生活を続けているが、何度かシンナー・覚醒剤の再使用があり、時に幻覚・妄想状態となることがある。
 Cクリニック初診時は無気力・無関心で退行状態であった。焦燥感、不眠もあり、シンナーに対する精神依存が著しかった.継続的に通院し、カウンセリングと集団精神療法、薬物療法を受けていたが、シンナー吸引にて再度補導され、1年間医療少年院へ入院した。少年院を退院後、すぐにCクリニックヘの通院を再開。その後も、たぴたび包丁をもった人、虫等の幻視や「殺す」という幻聴、誰かにねらわれているという被害的妄想が出現し、20代前半で2回それぞれ2カ月ほど精神病院へ入院している。
 同時期、シンナー精神病にて精神障害者手帳2級を取得。20代半ばになって、半年間ほど婚約者と結婚を前提に同居していたが、そこが独身寮であったため問題となり実家へ戻った。婚約者との同居中は、比較的安定していたが、幻覚・幻聴は続き、不食やブラックアウト中の独語などもあった。母のもとへ戻ってからは、感情の波が激しくなり、ちょっとしたことで暴れ、そのあと鬱になるといった状態を繰り返している。自殺願望が出ることもある。
 母は以前働いていたが、本人の症状が悪くなったため思うように働けなくなり、自己破産をして生活保護の受給を開始。通院費公費負担利用。クリニックへの交通費は、自治体発行の地下鉄・市バス障害者無料パスを利用している。
 本人は、婚約者との結婚生活に希望を抱いているが、婚約者はギヤンブル好きで、借金をかかえており、それが解決するまでは結婚は延期ということになっている。
 

2)参加の制限を中心としてみた、各障害レベルの関係(図1参照)

 各障害レベルの詳しい内容は表1~4をみて欲しい。これは、ICIDH-2β版の分類項目を基に試みに作成したものである。実際の分顆には異論があるかもしれないが、ご指摘いただければと思う。
 さて、本事例は、シンナーを中心とした薬物依存症とその結果もたらされた薬物性精神病の事例である。この事例を見るにあたって2つの側面を考慮した。1つは、薬物乱用の結果としての諸側面であり、いま1つは依存症と不可分の性格傾向よりもたらされたと考えられる部分である。
 まず図1に示した機能障害(表3参照)は基本的には薬物乱用の結果、もたらされたものであると考えられる。この中で、特に諸々の精神機能の異常は、本人の生活のしづらさに直結しており、重要だと考えられる。例えば、Aさんは現在もほとんど1人では外出しない。薬物の影響による物理的・身体的な移動困難もあるが、ここでは外出先でのさまざまな事態に対する対処能力に自信がないことが大きな原因となっている。Aさんが住む地域では地下鉄の利用が重要なのであるが、あの閉ざされた空間や人々の動きに刺激されるらしく、しばしば幻覚・妄想に襲われたり、情緒不安定、意識混濁状態になる。その結果、時に車内で奇声をあげるなど異様な行動をとることもありそれを人に見られたくないという気持ちが強い。結果、外出できないでいる。このために本人の社会参加は著しく制約的となっている。 一方、依存症と不可分の性格傾向の側面として、諸々のプレッシャーやストレスにうまく対応できず、人間関係にも依存的な部分が現れる点があげられる。例えば、同居中の母親は以前よりサポーティブではあるが、必ずしも依存症について十分に理解しているとは言えず、時には本人にとってプレッシャーやストレスとなるかかわりもある。
そういう状況を幾度も経験しながらも、避ける工夫やうまく対応する工夫ができないでいる。
 諸々の精神機能の異常を中心とした機能障害は、特に学習・知識の応用能力や課題の遂行を制約しており、さらに性格特性がこれを助長する結果、特に人間関係の側面で社会関係への参加が著しく制約される結果になっている。そのことがまた、自助組識・自助グループへの参加を制約し、本人にとってのストレスやプレッシャーとなる結果、薬物をはじめとした依存的な関係の形成へと向かわせてしまうことにつながっている。
 これに対し、精神科への通院・入院そして現在のクリニツタの利用などの医療的なかかわりはかなりな部分で生活を支える役に立っている。それは、例えば母親や婚約者とのトラブル状況に対して対処の余裕を与える場を提供し、プレッシャーやストレスを流す場や機会を提供している。もちろん、処方される薬によって精神機能の安定が図られるなど直接的な援助ともなっている.また、生活保護の受給は、現実的な生活を支えるためには必須のものとなっている。
 

図1 Aさんの全体的な状況を示す図


図2.Aさんの改善・軽減が示される参加の制約を中心にした図
 

表1.Aさんの参加・参加の制限及び対応
本人の状況 対応
l 身辺維持への参加  依存傾向が強く、家事はしておらず、調子が悪くなると入浴や着替えも自力ではできなくなる。鬱の時には食事をほとんどしない。また、時々通院を中断してしまうことがある。  日常的な介助は母が行っている。また、本人が通院中断中、不安時には医院スタッフが電話で話を聞く、母のみでも通院する等の対応をしている。
2 移動への参加  通院と婚約者宅へ行く時を除き、ほとんど1人では外出しない。幻覚妄想により地下鉄やバスに乗れなくなることがある。  外出には母か婚約者が同行している。また、地下鉄、バスに乗れないときはタクシーを利用
3 価報交換への参加 幻覚出現時等、人と会話できないときがある  処方薬を服用し、幻覚がおきまってからあらためて話す。
4 社会関係への参加  本人の薬物乱用等により父親からは交流を断たれている。また、薬物乱用歴のない友人がおらず、母や婚約者と一緒にいることに執着している。1人でいると母の出先や知人宅に電話を頻回かけて困らせることがある。母に対しては、暴力・暴言もある。本人・母ともに近所づきあいはほとんどない。  医院での個別面接やグループミーティング等で、本人と母の不安・恐怖等の軽減をはかっている。また、治療グループ、自助グループへの参加を促し、まずは薬物使用をやめている、あるいはやめようと努めている仲間との交流をはかっている.電話に関しては、極力出ない等対策を講じるが、対応困難な状況である.
5 教育、仕事、 余暇及び精神活動への参加 一般就労は困難な状態。
余暇時間がうまく使えず、イライラしていることが多い。
 就労ではなく、結婚後あるていど主婦業がこなせるようになることを目標とする。そのために、まずは薬物依存からの回復をめざし、通院を継続する。
 余暇については、医院のデイケアを利用する、家で母がゲームの相手をするなどして一緒に過ごす、1人ているときは処方薬を飲んでから寝てしまう、等の方法をとっている
6 経済生活への参加  1人で買い物に行けないときがある。また金銭管理が適切に行えないが、自己名義の金銭は他者の管理を拒否するため、障害年金の受給申請はしていない。  母または婚約者に買い物に同行してもらっている。小遣いは母が医師との相談の上、毎月定額のみ本人に渡すようにしている。年金に関しては、結婚して母と別居する時点で給付を受け取れるよう、申請準備中である.
7 市民生活・共同体的生活への参加  選挙等にも行ったことがなく、市民としての行動はほとんどできずにいる。
 自助グループへは以前参加したこともあるが現在は中断したままである。
 医院にて治療を続けるとともに、自助グループのメンバーと接する機会を提供している。

 

表2.Aさんの活動・三活動の制限及び対応
本人の状況 対応
1 見ること聞くこと認識すること  小さい音が聞き取りにくい。幻臭があることがある。  契機となる薬物使用を断つための行動をすすめたり、不安を伴っている場合にはそれへの対応はするが、聴力や幻臭自体への対処は特にはしていない。
2 学習、知識の応用課題の連行  物事に集中できない、注意散漫になる。また、物忘れがひどい.薬物乱用時以外でも記憶がとんでいることがある。
 ものごとのメリット、デメリットを判断できないなど、問題、課題を認識したり取り扱ったりできないことがあり、時には問題に直面してストレス、プレッシャーを感じると薬物を乱用してしまう。
 本人と母の依存症治療プログラムへの参加をすすめ、個別面接等の中で援助者と共に考えたり、不安への対応を行う。
3 コミュニケーション活動 無表情になることがしばしばある  個別面接、グループミーティング等、感情表出の機会を利用する。
4 運動活動  退薬症状や後遺症状により、手をうまく動かせくなったり、体にカが入らず一人で立っていられない、歩けなくなる、といった状態になることがある。また、落ち着かず、じっと座っていられないことがある。  必要に応じて主として母が身体介助を行っている。また、原因となる薬物の使用を断つ行動をすすめる。
5 移動  バスや地下鉄に乗れないことがある  タクシーを利用する等、代替策を講じるが、経済的な負担が大きくなるのが実状である。
6 日常生活活動  常時ではないが、自分で食事を口に運べなかったり、入浴や衣服の着脱ができない時がある。失禁することもある。  主に母が介助している。
7 必要事項に対する配慮と家事  しばしば不調となり家事を全く行えなくなる。また、母が体調を悪くしていても、自分の行動につきあうよう強要することがある。  家事に関しては母、婚約者等が行なう。
 母の通院の確保につとめ、母自身が本人から離れられるよう援助者がサポートする。
8 対人行動  不安が強くなると一人でいることができない。また、母に暴力をふるったり暴言を吐いたりすなど、感情の制御ができない。自傷行為、自殺企図もある。
 社会ルールに反するとわかっていても薬物を乱用してしまうことがある。その乱用の事実や依存症の症状を隠すため、隣人との交流はほとんどない。
 依存症治療プログラムへの参加や薬の処方等で不安の解消や感情表出をはかる。また、近隣との交流に関しては特に対応していないが、プログラムへの参加は孤立化を避けるのにも役立っている。
9 特定の状況への対  暑さに極端に弱い。
 決めたとおりに治療プログラムに参加できない
 スポーツはほとんどできない
 予算を立ててお金を使うことができない。また複雑な金銭のやりとりはできない
 受診にでられない際には、電話での相談で対応している。また、金銭管理については、話し合いの上、母から毎月決まった額だけ渡すことにしている。
 その他は特に対応できていない。

 

3)参加の制限の改善を目指して

 現在の本人の目標は、まずもって薬物使用の停止の継続であり、その延長上の婚約者との結婚、2人での自立生活である。
 実際には、特に母親や婚約者との関係悪化による強いストレスを受けたときに、再使用したことがしばしばある。それゆえ、この両者との関係を安定化させ、人間関係の広がりを形成していくことが現在の重要な課題であり、改善可能なポイントともなっている。
 実は、この婚約者にはギャンブルによる浪費癖があり、それが始まると巻き込まれてしまい、生活そのものも破綻していく傾向が見られる。例えば、母親を殴るなどの暴力行為や脅してまでも婚約者にお金を渡そうとするようなことがある。こうした点で、金銭管理もうまくできなければ問題解決能力にも欠けている
 これに対して、1つには本人の人間関係を整える力を増大きせる支援が考えられ、PSWはグループワークや個別面接を通じてアプローチしている。また、個別の具体的な生活困難状況に関しては、もちろん可能な限りの支援体制がとられている。きらに、問題の1つが、母親との関係にあるため、現在この母親にもグループワーク等を通じて対応しており、母親自身の自立を目指している。
 現在のサポート体制で問題なのは、Aさんのような場合、強いプレッシャーによって精神的な危機状況が訪れるのは、大半がクリニックの診療時間外である点である。現在、クリニックの医師がかなり遅くまで残って仕事をしているために、夜の遅い時間でも電話で相談を受けていることが多く、その結果として危機的状況から脱することができたことも幾度かあった。しかし、サポート体制としては個人的な努力に頼っているために、不安定要素が大きい。全般に精神科領域では、不意の危機的状況が起こり得るために、24時間体制での専門的な支援体制の整備が必要だと感じている。事例のAさんの場合も、ケースワークの原則にのっとった面接、相談がたとえ電話を通じてでも可能であれば、ひとまず危機回避できることが分かっている。しかし、未だにそれを保障する確実な体制整備には至っていない。医療保険等制度的な部分でもこれを支援するようにはなっていない。
 

表3.Aさんの機能障害及び対応
本人の状況 対応
機能面 1 精神機能  長期に渡り不眠が続いている。情緒的にも安定しておらず、時にイライラしたり、興奮状態となったりする。また、しばしば強い抑鬱状態となる.薬物乱用時でなくても頻繁に幻視・幻聴が出現したり、時に意識消失や失歩、見当識の異常もみられる。また、依然として薬物への渇望が生じることがある。  精禅安定剤、睡眠剤等の処方、個別面接・グループミーティングを通しての不安・焦燥感・抑鬱気分等の軽減、依存対象の薬物の断薬継続の支持。
2 音声、会話、聴覚前庭機能  呂律が回らなかったり、会話のリズムがおかしくなることがある。経度の聴力低下もみられる。また、めまいがすることもある。  処方薬の服用、依存対象の薬物の断薬継続を支持。
3 見る機能  若干視力が低下している。  特に対応せず。
4 他の感覚機能  臭覚の異常、暑さ寒さに対する皮膚感覚の異常がある。 依存対象の薬物の斬薬継続を支持
5 消化、栄養、代謝機能  しばしば下痢や便秘があり、体重の増減も激しい。  処方薬の服用。
6 免疫学的・内分 泌学的機能  暑さへの耐性が弱い。  特に対応せず。
7 泌尿・生殖機能  生理が止まることがある。  依存対象の薬物の斬薬継続を支持
8 神経箭骨格系と運動関係の機能  脱力して身体保持ができないことがあるまた、手のふるえ(振戦)が出る。  必要に応じて介助する。
構造面 1 脳、脊髄に関連する構造物  脳委縮あり  特に対応せず。

 

表4.Aさんの背景因子(環境因子・個人因子)
環境因子 1 製品、用具 消耗品 有機溶剤、覚醒剤等、依存の対象となる薬物(-)
2 対人支援・援助  母による支援は、本人にとり精神的な支えであり、直接的な介護者であるが、母の共依存がかえって本人を薬物に接近させる結果となる時がある.(+/-)
 婚約者による支援は本人にとりj精神的な支えであるが、ギヤンフル、借金等の問題に本人を巻き込む(+/-)
 通院仲間とは依存対象の薬物の断薬継続を支えあうが、仲間が薬物提供者にもなりうる。(+/-)
 福祉事務所ケースワーカー、PSW、医師、看稚婦等専門職によるサポートは概ね有効である.(十)
3 社会的・経済的政治的制度  給付されれば本人名義の収入を得ることができるが、金域管理の能力が十分回復していない状態では婚約者のギヤンブルにつぎこまれてしまう可能性があるため、障害年金は未申請。(+/-)
 生活保護制度、通院賛公費負担制度、精神障害者福祉手帳の取得とそれに依拠するサービス(バス、地下鉄無料パス等)の利用は、生活基盤の安定に必要なものとなっている。(+)
 少年院への入所、医療機関への受診・入院は、断薬と依存症からの回復には必要なものと考えられる.(+)
4 社会文化的構造、規範と規則  毒物および劇物取締法、覚せい剤取締法、大麻取締法等各種取蹄法は、本人を薬物から遠ざける効果をもつが、薬物乱用の事実を告白しづらくさせ、治療の導入を遅らせる側面もある(+/-)
 薬物依存症者への偏見は、依存症者とその家族を孤立きせ、本人の回復のための行動を阻害する。(-)
5 人工の物理的環境  市営住宅への入居により、経済負担の軽減をはかった。(+)
6 自然環境  都市部での生活は、回復のための社会資源を・得やすいが、薬物も入手しやすい(+/-)
個人因子 自己目標
 婚約者と結婚し、2人で自立生活をする。

 

3.事例2:アルコール依存症

1)事例の概要

 Bさん男性、40歳代後半。現在無職(元会社員、食品衛生管理)。大都市近郊のベッドタウンに本人、妻、長男、長女の4人家族で住まう。アルコール依存症(障害等級該当しない)。
 本人は、関東地方にて3人兄弟の末子として出生。大学を卒業後、中部地方の食品会社に就職し、独身寮にはいる。初めての飲酒は20歳頃、機会飲酒であった。就職後は誘われてかなり飲むようになり、やみつきになった。20代後半に1つ年下の妻と結婚。その後、酒量は増えるが、飲酒して自転車に乗り水田に転倒したことがあった程度で、特に問題はなかった。本人は若いころから胃腸が弱く、20歳過ぎからこれまでに3回ほど腸閉塞で入院を経験している。また、喘息もある。
 本人30代中頃、アルコール依存症で入院歴もあった長兄が飲酒の上、父と口論をした翌日、父が自殺。長兄自身も本人も、父の死は長兄のせいだと考え、本人は長兄を恨むようになった。30代末頃、過度の飲酒から吐き気がして食欲もなくなり、内料を受診したところ、そのまま精神科病院に送られて「アルコール依存症」の診断を受け、3カ月の入院となる。
 退院時、会社から今後はアルコールを飲まない旨の誓約書を求められて提出した。以後、自力で断酒を継続。断酒会にも顔を出したが、自分には合わないと感じてすぐ出席しなくなる。その後、仕事中に機械に手をはさみ指を4本負傷。この時も飲酒はしていなかった。3カ月半入院し治療とリハビリを受けてほぼ回復。この間喘息治療も受ける。会社ではリストラで人員が減り、仕事が本人に集中するようになってきた。本人は会社の営業に必要な資格を持っていたので、リストラにあうことはなかったが、本来業務以外にさまぎまな業務を課せられ、強いストレスを感じるようになった。
 本人40代前半、長兄がアルコール問題で離婚。本人は兄嫁とは仲がよかったため、とてもショックをうけた。そのことを契機に再び飲酒が始まり、罪悪感を感じながらも毎日カップ酒3本ほど飲んで帰るようになる。妻は知っていたが、知らないふりをしていた。40代半ば、上司に・暴言を吐くなど全社での勤務態度がおかしいうえに、健康診断で肝機能のデータが非常に悪く会社から精密検査を受けるよう指示される。しかし、その後も飲酒は続き、会社でも「酒臭い」と言われるようになり、誓約書に違反して飲酒していることを上司に告白して本人の方から退職を申し出た。しかし、妻は退職に反対。会社にとっても本人の免許が必要であったため、ひきとめられた。その後、近医(内科)にて検査を受けたところ、やはり肝機能が悪く、本人自身アルコールをやめたいと思いながらつい飲んでしまう状態であった。保健所に相談に行ったところ、Cクリニックを紹介され、受診を開始。
 初診時は、前日まで飲酒しており、手の振戦、吐き気があった。あまりよく眠れず、食欲もなく下痢気味で、イライラがあり、集中力も落ちていた。同日から通院費公費負担制度を申請し、翌月まで休職してデイケアに通所することとなる。妻も来院し、工場でのパートの仕事をやりくりして同クリニックの配偶者グループに参加するようになった。当初から本人の勤務先上司とクリニックのスタッフが連絡を取りあい、本人とともに療養生活についての方針を確認しあっていた。
 抗酒剤等処方薬を服用しながらデイケアを利用し、妻とともに断酒会等にも顔を出して断酒生活が始まったが、徐々に復職するにつれ、ストレスが大きくなってきた。復職後2ヵ月めごろ、いわゆる「ドライドランク」の状態で、飲酒はしていないが会社での様子がおかしくなり始める。「監視されている」と感じ、イライラがつのり、出張を契機に再飲酒。会社から翌月未まで休職して治療するよう言われ、デイケアに復帰した。この間に会社としての対応を検討すると言い渡される。結果、現状では会社として本人を受け入れられないと、休職期間いっぱいで自主退職を求められた。ただし、本人の免許が必要なため、嘱託として若干の勤務をしてくれないかと言われる。本人は妻とも相談し、仕事から離れたほうがよいとの医師の判断も聞き、嘱託も受けずに退職。退職後は、健康保険の任意継続の手続きをとり、傷病手当金を受給している。
 この頃、長女の万引きが発覚し、本人はまた飲酒してしまう。以後、本人の断酒が安定してくるに従い、長女は喘息発作・過呼吸による入院、不登校、家庭内での粗暴な行動等、さまざまな問題行動を出現させている。妻はそれまで本人に対して行っていた「世話焼き」を、娘に対してするようになった。また、長男はBさんへの不満を母親にぶつけしばしば口論となり、父を無視して受験勉強に励んでいる。長女の問題が出るたび、また妻の様子をみるたび、本人は飲酒欲求にかられ、退職直後は2~3度スリップしている。
 以後は、ブラック・アウトのように記憶がとんだり、デイケア仲間のトラブルに巻き込まれそうになりつつも、断酒を継続している。断酒継続1年以上経つ現在、順調にデイケアに通い、断酒会活動にも積極的に参加している。しかし、娘の問題は全面的にはおさまっておらず、それに対する妻の態度にも大きな変化はみられない。本人は、いずれは再就職をと考えているが、現在の家庭状況のままで仕事のストレスを受けると、また飲酒に走ってしまうという不安を感じており、まだしばらくは療養生活を続ける予定である。
 

2)参加の制限を中心としてみた、各項目の関係(図3参照)

 本事例は、アルコール依存症が直接の原因で生活困難に陥った事例である。
 この事例で最も特徴的な事柄は、背景因子の重要性であろう(図3、表8)。経験的には、アルコール依存症の事例では良く見られるものであるが、家族の中にさまざまな問題がうまれる。表面的には、特に娘の万引きや不登校のような「問題行動」は、本人の社会参加をより制限的にする因子として考えられるのかもしれない。しかし、アルコール依存症の事例では、こうした状況はむしろ「回復」の途上にあることを示す「良い」兆候と考えられる。問題は、現実に起こるこうした状況に対して本人が巻き込まれてしまわないようにする点にある。この点は後述するとして、先に各要素の関連をみておこう。
 まず、アルコール依存症のために就労中にも飲酒するようなことがあり、結果的に職を失っている。そこには、たぶんに社内の同僚などの偏見や誤解も関係していた。いずれにしても、そうして収入を失い、療養生活に入り、断酒することが家族関係の変化をもたらした.特に著しいのは、娘の「問題行動」の出現であり、息子のBさんに対する侮蔑的な態度の出現であろう。一部はこのこと自体がBさんにとってのプレッシャーとなるのは確かなのであるが、むしろ、もともと共依存傾向の強かったBさんの妻がこうした事態に振り回され、巻き込まれている傾向がある。Bさん自身は、さしあたって断酒の継続と、再就職を目指しそのためにも巻き込まれるのではなく自分なりに対処できるまでは無理をしないように、との態度で現在は過ごしている。
 一方で、アルコールの大量飲酒は、Bさんの身体を確実に害しており、とりわけ肝機能の異常は放置すれば重大な結果を招くことになると考えられる。しかし現在のところ、心理的・精神的な機能の面も含めて機能障害は明瞭な活動の制約や参加の制限には大きな影響を与えていないように思われる。むしろ、前述、図3にも示してあるように、直接的にアルコール依存症そのものが招いた影響の方が大きく思われる。 一方、環境因子としての傷病手当金の受給や作業所の利用、断酒会など自助グループヘの参加、クリニックの利用などはBさんの生活を支える大きなカとなっている。特に、傷病手当金と作業所利用は、家族内で息子が父親を受けとめるのに役立った。
 なお、事例1でも述べたように、依存症では依存そのものと不可分の性格傾向と薬物やアルコールの使用による影響との二側面があり、本事例でも、仕事をうまく断れない点や批判などにうまく対処できないなどの対人関係能力の制約は、前者の側面が強いと思われる。ただ、このあたりは相互的・相補的な関係のように考えられ、依存症の経緯の中で経験したさまざまな体験、例えば、同僚からの無理解や家族関係のトラブルなどが、さらにこうした性格傾向を増進し、それがまたアルコール使用に走らせた、という関係にあるようである。

図3.Bさんの全体的な状況を示す図

図4.Bさんの改善・軽減のめざされる参加の制限を中心にして

 

表5.Bさんの参加・参加の制限及び対応
本人の状況 対応
1 身辺維持への 参加  一時、不食の時期があった。
 クリニックへの通院が不可欠。
断酒の安定化を支持
2 社会開係への 参加  妻との共依存関係、長女の甘え、長男の無視的態度等、家族関係の不調和がある。
 「飲み友達」から遠ざかっている
 本人、妻それぞれが治療グループ、自助グループに参加し、飲酒を介さない人間関係づくりに向かっている。
3 教育、仕事、余暇及び′精神活動への参加  飲酒していない時でも「アル中」と職場で陰口を言われていた。また、飲酒の機会を避けるため、出張や宴席を避ける必要があり仕事に制限があった。結果的再飲酒のため、休職から失業へ至った。  本人、上司、主治医による;話し合いの機会を持ち治療の方針と対応を確認した。退職後は、グルーフや作業所、個別面接等を通して疾病からの回復をはかり、将来の再就職に備えている。
4 経済生活への 参加  失業により、本人の労働による収入が途絶えたため、傷病手当金を受給。  PSW等が傷病手当金受給手続きの相談援助にあたる。
5 市民生活・共同体的生活への参加  断酒会への参加。現在は会の活動を積極的に行っている。  治療グループ(デイケア)のプログラムを通じて自助グルーフ゜と交流を持つ。

 

表6.Bさんの活動・活動の制限及び対応
本人の状況 対応
1 学習、知識の応用課題の遂行  飲酒時には記憶がとんでしまったり、約束が守れなくなったりする。また、ストレス、フ゜レッシャーで飲酒してしまうことがあった。  断酒継続、面接・グループ参加により不安の軽減をはかる。また、妻への本人飲酒時の対応指導を行なう。
2 コミュニケーション活動  飲酒すると会話が成立しなくなる。  本人の断酒の継続を支持するとともに、妻がグループ等に参加し、本人の飲酒時の対応について学ぶ。
3 対人行動  飲酒の上でのトラフ゛ルで友人、同僚とうまくいかなくなることがあった.また、批判、衝突に対処できず、飲酒に走ることかあった。断酒後も友人との関係で距離の取り方がわからず、離れすぎたり同一化しすぎたりすることがある.
 妻との共依存、子どもを叱れないなど、家族へ接し方に迷う.
 デイケアでの日常的な他者との交流、個別面接、治療グループや自助グループへの参加を通じ、人間関係への対処方を学びつつ、断洒の継続をはかる。
4 特定の状況への対応  仕事を頼まれると断れない。
 飲酒をめぐるトラフ゛ルで職場に居づらくなった。
 再就職への不安がある.
 在職中は上司を通じて会社との話し合いを行なった。現在はデイケアやグループ等て゛人間関係の対処法を学ぶ。

 

表7.Bさんの機能障害及び対応
本人の状況 対応
機能面 1 精神機能  飲酒時には意織が不鮮明となったり、記憶がとんだり、被害妄想的な感覚になることがある。また、断酒直後には、意欲の低下、食欲減退、不眠、情緒不安定、イライラする、抑鬱気分になる、おこりっぽくなる、集中力が落ちる等の状態となり、飲酒欲求が出やすい。  処方薬の服用。断酒の継続、個別面接・グループ等での感情表出を支持。
2 音声、会話、聴覚前庭機能  飲酒時には会話にならないことがある。飲酒していなくても呂律がまわらないときがある。また、薬の服用により、めまいがする時がある。  処方薬の服用方法の検討と断酒の継続.
3 他の感覚機能  飲酒時は痛みを感じにくいなど感覚が麻痺する。  断酒の継続を支持する。
4 心血管、呼吸器系機能  喘息が出る。  処方薬の服用、個別面接・グルーフ°等の利用により精神的安定をはかる。
5 消化、栄養、代謝機能  過敏性腸症候群で下痢気味.
 時に吐き気がすることがある。
 処方薬の服用。
6 神経筋骨格系と運動関係の機能  手のふるえが出る  断酒の継続を支持。
7 皮膚とその関連構造の機能  処方葵の副作用と思われる顔面のできものがて゛きる。  処方薬の服用方法を検討する。
構造面 1 循環・呼吸器糸の構造物  喘息が出る  処方薬の服用。
2 消化器・代謝系の構造物  過敏性腸症候群
 慢性肝炎
 処方薬の服用。


 

3)参加の制限の改善を目指して

 最初に触れたように、アルコール依存症の事例では、本事例のように家族関係に「問題」が現れることがしばしばある。これをどのように捉え、どのようにアプローチしていくかということに関しては、依存症の人を対象にして援助活動をしている専門家の中でもさまざまな考え方があるようである。ここでは、Bさん本人の参加の側面から考えると、発生している諸問題に巻き込まれ、振り回されてしまうことを避けるのがまず重要だと考えられる。そのためには、その「問題」自体(例えば娘の不登校等)へのアプローチもありえようが、現在はクリニックや作業所での本人の活動を通じて事態を見守り、本人自身が対処していかれるような力がつく方向へと援助している。本人も、「仕事仕事ばかりではない人生を生きる機会だと現在の状況を捉えており、基本的な援助方向でのズレはないものと思っている。
 家族関係への介入や、「問題発生」の防止などはせずに、個々具体的な課題・問題に対して相談に乗ることと、グループミーティングを通じての援助が基本となっている。ただし、家族関係の中で最も重要と思われる妻に関しては、別のグループへの参加を促しており、現在参加している。これを通じて、妻自身の「自立」も図っていかれればと考えている。 今後の課題は、傷病手当金が終わるときの収入確保の問題と再就労の問題であろう。不況に加えて40代後半という状況はかなり厳しい。それまでに、本人に就労能力と自信がついているようにプログラムを組み立てていくことが重要であろう。ただし、無理をした場合の再失敗は避けたいと本人も考えており、この点は慎重でなければならない。
 

表8.Bさんの環境因子
1 製品、用具、消耗品 処方薬は、心身の安定を保つ側面と、副作用により不調をもたらす側面がある。(十/-)
2 対人支援・援助 妻の収入により家計を維持している。(+)
デイケア仲間・断酒会仲間とは断酒を支えあうが、時に人間関係の問題に巻き込まれる(+/-)
PSW、作業所指導員、医師、看護婦らが本人の断酒生活の継続を支持している。(+)
3 社会的・経済的・政治的制度 所得保障として傷病手当金を受給している。(+)
飲酒をしない生活の安定のためにデイケアや作業所を利用している。(+)
4 社会文化的構造、規範と規則 アルコール依存症に対する偏見・誤解による社会生活のしづらさがある(-)
項目外 子どもの非行、不登校、心身症状(一)
子どもと妻の不和(-)
妻の断酒会や治療グループへの出席(+)

 

4.まとめ

 今回、薬物依存とアルコール依存の事例をそれぞれICIDH-2の枠組みを利用して紹介した。おそらく依存症では障害の部分と疾病の部分、ひいては治療の部分が分離しがたく、状況もかなり変化していくためにモデルへの当てはめには困難を感じた。両事例でも薬物・アルコール依存症の「諸帰結」といえるかどうか、今も迷いがある。
 しかし、両事例を通じて感じるのは、「障害」と「疾病」の部分が分離しがたく状況も変化するがゆえに、むしろ、全体としての背景因子(特に環境因子)の重要性が際立つ点である。 
 Aさんの事例では、母親と婚約者の存在、その人間関係とそこから来るストレスにうまく対処できるようなサポート体制が重要であろう。逆にいえば、個別援助としては如何にそのサポート体制を整えていくかが課題であった。
 また、Bさんの事例では、家族関係を中心とした環境因子、それに対するBさん本人の自己目標を中心とする個人因子よりなる背景因子の重要性が際立っていた。
 今回のICIDH-2の事例への適用により、我々は個別援助において中心をどこに置けばよいかを、構造的・全体的な立場から把握することができ、非常に整理されたように感じている。この意味でも、ICIDH-2における背景因子の導入とその重要性は、非常に有効であったと思う。
 ただし、事例の図示において、ICIDH-1では明瞭であった、機能障害や疾病から直接、参加(参加の制限、社会的不利)へ向かう矢印が不明瞭になってしまった点で気になった。それゆえ、我々の図示ではWHOが示した標準的な図示の方式には従わずに、独自に行った。
 最後に、依存症者については、福祉的対応がほとんどなく、援助体制も未整備だと改めて感じている。特に、薬物依存については、予防やその害ばかりが強調される現状は、スティグマを強くする方向につながりやすく、危惧している。むしろ、きちんと構造的に問題を捉える「対策」を講じていくことが必要であろう。


主題・副題:

リハビリテーション研究 第96号
 

掲載雑誌名:

ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第95号」
 

発行者・出版社:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 

号数・頁数:

96号 24~35頁
 

発行月日:

西暦 1998年10月20日
 

文献に関する問い合わせ:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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