リハビリテーション研究(第96号) NO.10 社会福祉基礎構造改革を受けた身体障害者福祉施策の今後のあり方

 

社会福祉基礎構造改革を受けた
身体障害者福祉施策の今後のあり方

 

前厚生省大臣官房障害保健福祉部企画課企画法令係長 尾崎 俊雄

 

1.はじめに

 平成10年6月17日に、中央社会福祉審議会社会福祉構造改革分料金において「社会福祉基礎構造改革について(中間まとめ)」(以下「中間まとめ」という)をとりまとめられた。この中間まとめには、社会福祉事業、社会福祉法人、サービスの利用、地域福祉の確立等、社会福祉全体に関する事項について、その現状、問題点、今後の見直しの方向性等がまとめられており、当然のことながら、身体障害者施策にも大きく関わる内容が含まれている。
 そこで、この中間まとめの中で身体障害者施策に最も影響を与える内容のものと思われる「サービスの利用」、すなわち「措置制度」の見直しのあり方について述べてみたい。なお、ここで述べたことは、筆者の個人的意見であることを念のため申し添えておきたい。
 

2.措置制度の経緯

 措置制度の見直しのあり方を考える前に、身体障害者福祉行政において措置制度がなぜ導入されたのかについて検証してみたい。
 身体障害者福祉法では、昭和24年の同法制定時から行政庁(当時は都道府県知事)が必要に応じ身体障害者更生援護施設への入所措置を行うこととされており、当時から身体障害者に対する福祉サービスについては、「措置制度」により提供されてきた。これは、
(ア)当時は、身体障害者をはじめ国民の所得水準が低かったことや、各種福祉サービスの整備が十分でなくその資源に限りがあったことから、行政庁がこうした限られたサービス資源を必要度に応じて効率的に身体障害者に割り当てる仕組みとする必要があったこと
(イ)生活保護法、児童福祉法といった社会福祉関係法においても、施設入所などのサービスを措置制度により提供することとしており、身体障害者法においてもこれらの法を参考として制定されていること
等の背景があったためと考えられる。
 他方、当時の厚生省作成資料、国会審議録等を見ても、措置制度について議論された形跡がなく当時は、措置制度という形で行政庁がサービスの内容等を決定し、身体障害者に提供するという仕組みとすることは、なんら問題なく日本の中に受け入れられてきたものと考えられる。
 

3.措置制度の見直しの必要性

(1) 身体障害者福祉をめぐる環境の変化

 以上に述べたように、措置制度は、国民の所得水準やサービスの整備量が不十分な時代に導入され、措置制度の下、今日まで福祉サービスの充実が図られてきたが、身体障害者福祉法制定後約50年を経て、身体障害者福祉をめぐる環境は大きく変化してきている。
<環境の変化の内容>
・障害者対策に関する新長期計画、障害者プラン等に基づく施策の推進により、身体障害者に対する福祉サービスが充実してきている。
・基礎年金制度の創設、特別障害者手当等の各種手当の創設等により、障害者の所得保障施策が充実してきている。
・ノーマライゼーション、障害者の自立と社会参加等の障害者福祉の理念が国民に広(浸透してきている。
・高齢者介護サービス及び保育所の入所については、措置制度から利用者の選択を尊重する制度に見直しを行っている。
 

(2) 措置制度の問題点

  また身体障害者福祉施策を行っていく上でも、措置制度のままでは以下のような問題があり、こうした問題点を解決できるような新たな仕組みとしていく必要がある。
<措置制度の同額点>
〔1〕 高齢者、保育所の入所者と比べ、身体障害者の(各種福祉サービスを受ける)権利が明確となっておらず、サービス提供者との間で権利義務関係が不明確であり、「福祉はお上が与えるもの」との発想から抜け出しにくい。
〔2〕 身体障害者がサービスを受ける場合に、当該身体障害者の希望を事実上聴取し、それを尊重するという運用を行っている行政庁もあるが、身体障害者福祉法上、身体障害者の「選択権」が規定されていないことから、身体障害者の希望が十分反映される保障が制度的にない。
〔3〕 利用者である身体障害者に対し、サービスに関する情報提供が十分なされにくい。
〔4〕 サービス提供者の行う運営費用については、最低基準に基づき行政庁が保障していることから、サービスの内容が(最低基準に従って)一定の類型に限定され、利用者の需要(ニーズ)に柔軟に対応したきめ細かなサービスの展開が行われにくい。
〔5〕 行政庁が身体障害者の負担能力に応じて費用徴収を行い、当該負担分と行政庁負担分をまとめて措置費としてサービス提供者に交付する仕組みであることから、身体障害者自身に「サービスの利用者」であるという意識が働きにくい。
 以上のような問題点を解消するためには、身体障害者に対する福祉サービスの提供の仕組みを見直し、利用者である身体障害者の意思や権利が尊重されるとともに、身体障害者の多様な需要(ニーズ)に適切に対応した質の高いサービスを効率的に提供することができる仕組みとすることが必要であり、こうした問題点を解決できる新しい制度として、中間まとめにもあるように、身体障害者が自らサービスを選択し、それをサービス提供者との契約により利用する制度(いわゆる「利用契約制度」)としていくべきであると考える。これにより、身体障害者に対するサービスの提供の仕組みが一変し、身体障害者の意思の尊重、サービス提供者間の競争促進によるサービスの質の向上、サービスを提供事業者の新規参入の増大によるサービス量の充実等がなされていくものと期待されよう。
 

4.利用契約制度の具体的内容


 これまで、措置制度の問題点や利用契約制度への見直しの必要性等について述べてきたが、中間まとめにおいても、この「利用契約制度」の具体的な内容や制度の仕組みは明確になっておらず、ここで、身体障害者福祉の分野においてふさわしい利用契約制度のあり方について述べてみたい。
 利用契約制度とは、その名のとおり「契約であり、利用者とサービス提供者が契約を蹄結する必要がある。また、契約である以上、利用者には「選択」が認められるとともに、利用者とサービス提供者との関係は「対等」となることとなる。
 現在、福祉の分野におけるサービスの提供の仕組みには、〔1〕措置制度、〔2〕介護保険方式、〔3〕精神障害者社会復帰施設入所方式、〔4〕保育所入所の4つがあるが、このうち、利用者とサービス提供者との契約により行われているものは、〔2〕から〔4〕までの方式であり、新たな身体障害者に対する福祉サービスの提供の仕組みを考える上で、まず、この3つの方式の中で適切なものがあるかどうかについて検討してみる。そして、この3つの方式の中で、身体障害者に対する福祉サービスを提供していく上で適切であると考えられるものがある場合には、その方式を十分参考としながら利用契約制度の具体的な枠組みを構築していく必要があろう。
 この3つの各方式を、身体障害者福祉サービスにあてはめた場合、サービスの利用手続き、サービスの選択等の具体的な仕組みは下表のようになるものと考えられる。

〔2〕介護保険方式 〔3〕社会復帰施設入所方式 〔4〕保育所入所方式
サービスの利用手続き ・市町村にサービスを申請
     ↓
・市町村が要介護等認定(給付限度額認定)
     ↓
・サービス提供者に申込み(給付限度額の範囲内で)
     ↓
・サービス提供者と契約を締結し、サービスを受ける
〔2〕とほぼ同じ方式 ・市町村にサービス申込書を提出
     ↓
・利用者と市町村が(公法上の)契約を蹄結し、サービスを受ける
(市町村は、要件を満たす場合には、サービスを提供しなければならないこととする)
サービスの選択 利用者の選択可
(自己の選択した在宅または施設サービス提供者にサービスを申し込む)
利用者の選択可
(利用者は、推薦状交付申請書に希望するサービスを記載し市町村に提出。これを受けて市町村がサービス提供者にあっせんし、調整を行う)
利用者の選択可
(希望する在宅または施設サービスを申込書に記載し市町村に提出)
サービスの給付形式 現金給付(償還払)
(公費負担は、行政庁から利用者である身体障害者個人に支払われることとなる。なお、代理受領による現物給付とすることも可能)
現金給付
(公費負担は、行政庁からサービス提供者に支払われる)
現物給付
(公費負担は、行政庁からサービス提供者に支払われる)

 これら3つの方式を検証すると、
・各サービスを実際に提供するサービス提供者と利用者である身体障害者との間の権利義務関係がより明確となること(「福祉はお上が与えるもの」との意識を払拭)。
・行政庁から支払われる公費の使途が弾力化され、利用者である身体障害者の需要(ニーズ)に応じたサービスの提供、経営の効率化への誘因が最も強いこと。
・将来の介護保険への移行が容易になること。
 等の理由から、身体障害者に対する福祉サービスについては、〔2〕の介護保険方式による利用契約制度とすることが適切であると考えられる。
 なお、障害の程度が重度であるにもかかわらず、家庭内で放置されている身体障害者等についてまで利用契約制度とすることは適切ではなく、こうした身体障害者を保護し、自立と社会参加の促進が図られるよう、現行の措置制度のように、行政庁がサービスを決定し、当該身体障害者に提供するという仕組みを残す必要がある(この仕組みをこれまで通り措置制度と呼ぶかどうかは別であるが)。
 

5.身体障害者に対する各サービスごとの検証

 また、身体障害者に対する福祉サービスの提供の仕組みについては、これまで述べたように利用契約制度を基本とすべきと考えられるが、高齢者介護サービスや保育所入所と異なり、身体障害者に対する福祉サービスは、介護サービス、リハビリテーション、授産事業、社会参加促進事業等さまざまなものがあり、これらすべてのサービスが、利用契約制度になじむものかどうかについて検討していく必要がある。
(なお、今回は、身体障害者福祉法に規定されたサービスのみ述べることとし、同法に根拠となる規定がなく予算事業により行われているサービス、例えば社会参加促進事業に関するサービス等については別途検討する必要がある。
 

(a)在宅サービス(訪問介護、日帰り介護、短期入所介護)

 高齢者については、これらのサービスが、介護保険制度の下、利用契約により提供されることとなっており、身体障害者の在宅サービスと介護保険の在宅サービスはほぼ共通のものであることから、身体障害者に対するこれらのサービスの提供の仕組みを利用契約制度とすることは適切であると考えられる。
 

(b)主に介護を行う施設への入所(身体障害者療護施設等)

 身体障害者療護施設等の介護施設は、当該施設において身体障害者に対し介護サービスを提供するものであり、介護保険における特別養護老人ホーム(介護老人福祉施設)と同様に、施設への入所の仕組みを利用契約制度とすることは適切であると考えられる。
 

(c)リハビリテーションサービス(更正施設等)

 更生施設等におけるリハビリテーションは、身体障害者が障害のない者と同様に社会で生活し、活動できるよう、各種訓練を行う施設であり、高齢者介護とは目的や性格が異なるものである。これについては、
・リハビリテーションは、身体障害者が障害ゆえに低下した生活能力をできる限り戻すことを目的としており、身体障害者が対価を支払ってサービスを受けるような性格のものではないこと(すなわち、公的に保障すべき義務教育のような性格のものであること)。
・身体障害者が自らサービスを適切に選択できるようになるまで、公的責任に基づき、行政庁がサービスの給付に直接関与するべきであること。
 等の理由から、現行の措置制度のように行政がサービスの内容を決定し、その提供を行う仕組みを維持すべきであるとの意見がある。
 しかしながら、筆者は以下の理由から、リハビリテーションについても、利用契約制度の仕組みとすることが適切であると考えている。

<利用契約制度とする必要性等>
〔1〕 リハビリテーションを受けている身体障害者は、すべて、サービスの選択ができない状況にあるとは言い難く、むしろ行政からの適切な助言等を受けながら、自らの人生設計に合わせてサービスを選択し、利用できるようにすることが真の「自立」につながることとなるものと考えられること。
〔2〕 障害の発生の初期の段階等においては、行政庁が必要な助言指導等を行うことが強く求められるが、これについては、身体障害者福祉法に行政の責務を明確化することにより対応すべきものであり、利用契約制度となったからといって行政の責務が変わるようなものではないと考えられること。
 (例えば、身体障害者福祉法に「市町村は、身体に障害のある者を発見して、又はその相談に応じて、その福祉の増進を図るため、当該身体障害者が必要なリハビリテーション等のサービスを受けるよう、指導等を行わなければならない。」等の規定を設けることとする。)
〔3〕 1つの法(制度)の中で、サービスごとに身体障害者に対する提供の仕組みを異にする明確な理由がない。また、仮に介護サービスとリハビリテーションサービスとでサービス提供の仕組みを異にすることとした場合、現場の市町村の事務が煩雑となり、事務の非効率化等を招くおそれがあること。
 

(d)授産施設等の就労施設の利用

  授産施設等は、障害のために民間企業等に雇用されることが困難な身体障害者が働く場であり、当該身体障害者はその対価として賃金を受け取ることとなっているとともに、職業評価、自立訓練等も併せて行う施設であり、これについても、高齢者介護と目的や性格が異なるものである。これらの施設については、
・身体障害者の「働く場」としての機能に着目した場合、むしろ介護サービス以上に利用者とサービス提供者との契約になじみやすいと考えられること。
・職業評価、自立訓練等の機能に着目した場合、この機能はいわゆるリハビリテーションの一類型であること((c)参照)。
等の理由から、利用契約制度にすることは適切であると考えられる。
 以上のことから、身体障害者福祉法に規定されている福祉サービスについては、すべて介護保険方式による利用契約制度とすることが適切であろう。
 

6.利用者の自己負担

 身体障害者に対する福祉サービスについては、現在、利用者である身体障害者等の所得に応じて費用が徴収されている(応能負担)が介護保険方式による利用契約制度とした場合には、その負担は、基本的には介護保険と同様に一割負担(給食費等は別途自己負担)とすることが適切であると考えられる。
 ただし、リハビリテーションについては、介護サービスと比べて、行政の果たす役割は非常に大きいものと考えられること等から、一定の負担能力のある者のみ一割(または0.5割)負担とし、それ以外の者については、給食費等を除き自己負担なしとすべきである。この場合、どの程度の収入のある者が一割または0.5割の負担を負うこととするかについて検討する必要があるが、リハビリテーションの性格にかんがみ、できる限りその収入基準額を低くし、多くの身体障害者が自己負担なしで利用できるようにしていくことが望ましい。
 

7.利用契約制度とするための条件

 これまで、身体障害者に対する福祉サービスにおける利用契約制度のあり方について述べてきたが、措置制度は、約50年にわたって身体障害者福祉の分野で行われてきたことから、直ちに措置制度から利用契約制度に見直しを行えるわけではなく、当然のことながら十分な準備期間(ただし、介護保険がはじまる平成12年度には利用契約制度に移行することが望ましい)が必要であるとともに、以下のような条件を満たすよう環境整備を図ることが必要である。
 まず、身体障害者がサービスの選択が可能となるような供給量を確保する必要がある。身体障害者に対する福祉サービスについては、今後とも障害者プランの推進により整備していくべきであるが、現在施設に入所している身体障害者のうち、できる限り多くの者が在宅に戻り地域社会でいきいきと生活できるよう、特に在宅サービスの充実が必要である。
 また、身体障害者に限らず障害者全体のための各種施策は、他の社会保障関係施策と比べても公的責任の度合いが大きいものと考えられ、利用契約制度とした場合でも、引き続き行政庁による関与、公費負担の維持等を行っていく必要がある。
 さらに、身体障害者が自らサービスを選択できるようになる以上、個々人の希望や障害の状況等に応じて適切にサービスを選択できるよう、身体障害者からの相談等に適切に対応できる仕組みをつくるとともに、介護保険と同様に介護等支援サービス(ケアマネジメント)事業等を行っていくことが求められる。


主題・副題:

リハビリテーション研究 第96号
 

掲載雑誌名:

ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第96号」
 

発行者・出版社:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
 

号数・頁数:

96号 40~44頁
 

発行月日:

西暦 1998年10月20日
 

文献に関する問い合わせ:

財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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