特集 第36回総合リハビリテーション研究大会 総合リハビリテーションの深化を求めて-当事者の主体性と専門家の専門性- 特別報告 障害をめぐる動向:国内動向 障害関連制度改革と障害者権利条約の批准 藤井 克徳

特別報告
障害をめぐる動向:国内動向
障害関連制度改革と障害者権利条約の批准

藤井 克徳
日本障害フォーラム幹事会議長

要旨

 質的な変化の乏しかった日本の障害分野(わけても政策面で)にあって,ここ数年,目を見張る動きがみられる。それを象徴するものとして障害者権利条約(以下,権利条約)の批准(締結)があり,合わせて条約批准の前提条件となった制度改革の動向を挙げることができる。本稿においては,まずは制度改革の「中間総括」を行い,その到達点を明らかにした。成果のポイントを確認した上で,特に最新の動きである障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下,障害者差別解消法)をめぐる課題に重点を置いた。批准を迎えた権利条約については,あらためて経緯を含むその全体像を概観し,押さえるべき特性について言及した。権利条約の主体的な活用の重要性を強調した上で,当面,批准国に求められる課題や義務についても触れた。

はじめに

 この間の国内における障害分野をめぐる最大の関心事は,障害者権利条約(以下,権利条約)の批准がいつになるのかということであった。周知の通り,2013年10月15日の閣議で,「障害者の権利に関する条約の締結について承認を求めるの件」が了承され,11月19日の衆院本会議で可決,そして12月4日の参院本会議において可決,承認となったのである。国会での承認を受けて,日本政府は国連事務総長に寄託すべく批准書を作成し,寄託後30日目に発効となる。本稿が読者の目に触れる頃は発効の報が届いていよう。また,条約批准の要件を満たすための関連法制の整備もそれなりに進み,2013年6月19日には一連の障害者制度改革を締めくくる形で,障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下,障害者差別解消法)が成立をみた(第184回通常国会)。これらの動向は,第36回総合リハビリテーション研究大会を挟みながらの動きとなったが,本稿は同研究会の開催時以降を含めて,①制度改革に関する最新の動き,②権利条約の批准をめぐる動き,ここに焦点を当てて記述することにする。

1. 障害者制度改革の経緯と到達状況

1) 経緯と成果

 この間の障害分野に関する制度改革の起点は,2009年12月8日の閣議で承認された「障がい者制度改革推進本部」(本部長は内閣総理大臣)の設置であり,その下に設けられた「障がい者制度改革推進会議(以下,推進会議)」に実質的な審議が委ねられた(2014年度までの「5年間の改革集中期間」を設定)。改まらない行政主導の政策審議システムにあって,隔世の感を抱いたというのが障害団体関係者の共通した印象であった。それは,以下に記す推進会議の特徴と深く結びついていると言えよう。
 特徴の第1は,構成員の過半数を障害当事者で占めたことである(オブザーバーを含む26人の構成員のうち,14人が障害当事者)。第2は,障害当事者の構成員に対して個別的な支援策が講じられたことである(コミュニケーション支援,移動支援,意思表示支援など)。第3は,実質的な審議が行われたことである(後継審議体である障害者政策委員会に引き継がれるまでの2カ年半で38回開催,1回当たりの時間は約4時間)。第4は,関連情報の公開を徹底したことである(傍聴席の確保,CS放送によるライブ中継,インターネットによるオンデマンド中継など)。
 なお,推進会議の後ろ盾に,権利条約ならびに障害者自立支援法違憲訴訟に伴う和解文書(基本合意文書)の存在があったことを忘れてはならない。
 次に,推進会議ならびにその後継となった障害者政策委員会を含めた一連の制度改革による成果を確認しておきたい。まず掲げたいのは,5種類の意見書が取りまとめられたことである。具体的には①障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見,2010年6月7日),②障害者制度改革の推進のための第二次意見(2010年12月17日),③障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言-新法の制定を目指して(2011年8月30日),④「障害を理由とする差別の禁止に関する法制」についての差別禁止部会の意見(2012年9月14日),⑤新「障害者基本計画」に関する障害者政策委員会の意見(2012年12月17日),である。このうち,①の障害者制度改革の推進のための基本的な方向(第一次意見)の主要部分に関しては閣議決定が図られている(2010年6月29日)。
 これらの意見書をもとに,2011年から2013年にかけて障害関連の3つの法律が改正もしくは制定(新設)された。具体的には,①障害者基本法の改正(2011年7月29日),②障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律の制定(2012年6月20日),③障害者差別解消法の制定(2013年6月19日),である。

2) 障害者差別解消法の制定の経緯と評価

 閣議決定レベルに留まっていた推進会議が,改正障害者基本法に基づく法定の審議体へ移行したのは2012年5月18日であった。これによって,制度改革に拍車がかかるのではと期待が集まった。角度を変えて言えば,権利条約を批准するための条件が一挙に整備されるのではという期待でもあった。しかし,関係省庁の思惑などとも関連しながら制度改革は一筋縄とはいかず,とくに2012年末の再度の政権交代に伴う影響は少なくなかった。この時点の注目点は,「障害者差別禁止法」制定の行方であった。政権交代直後は,「日本で差別禁止という考え方は馴染まないのでは」とする見解が与党内で優位だった。2013年2月に入って,事態は一転した。その背景に,権利条約の批准を視野に入れていた外務省を中心とする政府の意向が反映したものと推察される。つまり,政府としては差別禁止関連の立法化を条約批准の基本要件としていたのである。また,日本障害フォーラム(以下,JDF)の見解も影響したように思う。障害者差別禁止法を一連の制度改革の総仕上げと位置付けていたJDFであり,やはり条約批准の前提条件としていたのである。
 流れは一挙に立法化に傾いた。2013年4月26日に,「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律案」として閣議決定が成り,即日衆院に上程された。5月31日に衆院を通過し,6月19日の参院本会議での可決をもって成立をみた(衆院,参院ともに全会一致)。
 ただし,内容面については不十分と言わざるを得ない。権利条約の水準や推進会議差別禁止部会の意見書からすれば,かなりの乖離である。「差別禁止」は「差別解消」へ変わり(法律名称だけではなく,法律全体に影響),また注目されていた「差別の定義」が明示されることはなかった。他にも不十分さは数多くあるが,紙幅の関係で他稿に譲りたい。
 今般の障害者差別解消法の評価であるが,「不十分ながら『障害者差別』を正面に据えた法律制定の意義は少なくない。これを足場に条約批准後の再改正を展望すべき」が大方のとらえ方と言えよう。施行は2016年度からで,当面は法の実質とも関連する基本方針(第6条),対応要領ならびに対応指針(ガイドラインと言われ,国及び地方公共団体職員向け,民間事業所向け。第9条~第11条)の策定が重要となる。これらが出揃ったところで,あらためて差別解消法の評価ということになるのかもしれない。

2. 障害者権利条約の批准の経緯と意義,今後の課題

1) 経緯と意義

 2006年12月13日に国連総会で採択された権利条約は,2008年5月3日に発効となった(批准国が20カ国に達したことを受けて)。日本政府は,2007年9月28日に署名を済ませ批准の条件を担保したのである。日本において,大きな節目となったのが2009年3月上旬であった。「3月6日の定例閣議で権利条約の締結の承認を求める案件を議題としたい」旨の報が,JDFに入ったのは3月3日である。外務省とJDFとの間で調整は行われていたが,唐突感は否めなかった。JDF側の強力な申し入れに応える形で,3月5日の時点で,政府側より「翌日の閣議決定は見送りたい」旨の返答があった。
 JDFの主張は,「形式的な批准であってはならない。条約の水準に則っての関連法制の改正や新設を伴っての批准とすべき」であった。2009年後半期に始動した制度改革は,こうした経緯を踏まえたものであり,今にして思えば,JDFによるこの時点での「批准尚早論」は誤っていなかったように思う。
 政府として,今般の批准の決め手となったのは,推進会議の意を受けて成された障害者基本法の改正ならびに障害者差別解消法などの制定であり,合わせてJDFの「条約批准への賛意」があげられよう。JDFの立場は,「条約の水準に照らせば課題や問題点は山積している。しかし,この間の制度改革においてある程度の批准の礎がつくられている。条約に法的な効力を持たせることで運動面での発展が期待できるのでは」である。ただし,条約の公定訳となる翻訳に関しては不満が残る。数カ所で,黙過できない誤訳をみることができる。残されている課題の一つとなろう。

2) 効力と今後の課題

 権利条約のすばらしさをあげれば枚挙にいとまがないが,復習の意味で2点掲げておく。これらは,条約の発効後にあって,日本社会の権利条約の受け入れ度を占うバロメータと言ってよかろう。
 1つは,権利条約の制定過程で幾度となく繰り返され,日本でも馴染みになっている「Nothing About Us Without Us(私たち抜きに私たちのことを決めないで)」である。この考え方は,権利条約第4条3項に引き継がれ,前述した推進会議や障害者政策委員会においても試行的に実践されている。政策の形成や決定過程だけではなく,あらゆる分野での当事者の実質参加,参画という点でも重要な考え方となろう。
 もう1つは,「他の者との平等を基礎として」というフレーズである。全体を通して35回登場するこのフレーズこそ,権利条約の真髄と言えよう。権利条約は障害者に対して,「特別な権利を」「新たな権利を」などとは一言も述べていない。専ら繰り返しているのが,障害のない市民の生活水準,社会参加水準との平等性,公平性である。
 さて,批准後の権利条約の法的な位置付けについて触れておく。批准した国際条約を規定した憲法は,「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は,これを誠実に遵守することを必要とする。」(98条2項)と記してある。これについての解釈は,「批准された条約は憲法と一般法律との間に位置し,一般法律を拘束する効力を有する」とされている。法的には強力な権限を持つことになるのである。
 なお,批准後の締約国にはいくつかの権利や義務が生じる。権利面としては,国連事務総長の下に置かれる「障害者の権利に関する委員会」(第34条,18人で構成)に,日本国代表の立候補が可能となる。義務面としては,権利条約の履行に関する報告書の提出(第35条,批准後は2年以内に,その後は4年ごとに)や締約国会議への出席(第40条,2年ごとに開催)などである。

 以上,この間の障害分野に関する代表的な国内動向として,障害者差別解消法の成立ならびに権利条約の批准(国会承認)を挙げてきた。いずれも歴史的な意味を持つことになる。しかし,これらの重要な動向も所詮は手段にすぎないのである。障害分野をめぐるさまざまな問題現象の解決につながってこそ,その意味を発揮することになるのである。新たな政策動向を習熟し,これをいかに活用していくか,リハビリテーション関係者も問われることになろう。


主題・副題:リハビリテーション研究 第158号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第158号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第43巻第4号(通巻158号) 48頁

発行月日:2014年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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