特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション-第39回総合リハビリテーション研究大会報告- 分科会5 介護予防をめぐる今日的課題

特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション
-第39回総合リハビリテーション研究大会報告-

分科会5
介護予防をめぐる今日的課題

【パネリスト】
新井武志(目白大学保健医療学部理学療法学科准教授)
小原由紀(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科)
成田美紀(東京都健康長寿医療センター研究所社会参加と地域保健研究チーム)
矢野秀典(目白大学保健医療学部理学療法学科教授)

【コーディネーター】
福島忍(目白大学人間学部人間福祉学科准教授)

福島 忍
目白大学人間学部人間福祉学科准教授

要旨

 介護予防事業に関わる4名のパネリストから,①体操をきっかけとした住民の活動の紹介,「専門家型」から「地域づくり型」にしていくこと及び住民主体の介護予防活動の育成支援の重要性,②口腔機能の向上における「オーラルフレイル」の概念,口腔機能に関するプログラムを実施した結果,かむことや嚥下の機能などに改善が見られたこと,③低栄養予防教室に参加することにより食事の量が維持され自分で作る頻度の増加があったことや会食などの地域サービスを活用することの大切さ,食を通した集まる場の重要性,④通所リハと通所介護におけるリハビリ加算に関する比較,及び新宿区で行われている「通所型短期集中サービス」の成果と課題についての報告があった。

はじめに

 わが国において介護保険制度は2000年から始まり,2005年には健康寿命の伸展,高齢期の自己実現及び増大する社会保障費の抑制などの目的から予防重視型に転換がはかられた。2012年の改正により「介護予防・日常生活支援総合事業」が始まり,2015年の改正により「新しい総合事業」に見直されている。また現在,地域住民が住み慣れた地域で安心して尊厳あるその人らしい生活を継続できるよう,医療,介護,予防,住まい,生活支援が包括的に確保される地域包括ケアシステムの構築が図られており,本分科会のテーマ「介護予防」はこれを構成する一分野である。本稿では,運動機能・生活機能,口腔,栄養の各分野で介護予防に関わってきたパネリストの取り組みや新たな知見及び課題,参加者からの声を報告する。

1. 簡単な体操を活用した地域住民の健康づくり-まちづくりを視野に入れた取り組みの例- 新井武志

 現在,介護予防の取り組みが見直しされている。これまでの介護予防の取り組みの問題点として3点の指摘がある。第1に介護予防の手法が心身機能を改善することを目的とした機能回復訓練に陥りがちであったこと,第2に介護予防終了後の活動的な状態を維持するための多様な通いの場を創出することが十分ではなかったことが挙げられる。これからの介護予防は機能回復訓練などの高齢者本人へのアプローチだけではなく本人を取り巻く環境へのアプローチを含めた,バランスの取れたアプローチが重要である。高齢者のリハビリテーションのイメージについても,これまでは心身機能のアプローチ中心だったが,やはり活動参加へのアプローチが必要でありICFの考え方が非常に重要である。第3の問題点は,高齢者の社会参加を通じた介護予防の推進であり,自らの健康は自ら維持するという自助を基本としながら,それを担う形で共助,公助が提供されることが重要なポイントであると言われている。
 東京都K市では平成27年度に国・東京都の「地域づくりによる介護予防推進支援事業」により「介護予防から始める地域づくり」を行なっており,その中に体操をきっかけとした住民の活動がある。住民主体の活動ということであり,住民が健康や福祉課題を自分たちの問題として捉え,同じ地域で暮らす者同士,何ができるかという視点に支えられた活動である。これまでの介護予防事業から大きく考え方を転換しなければならなかった1つ目のポイントは「専門家型」から「地域づくり型」,住民主体の介護予防活動の育成支援ということである。行政はリーフレットの配布や筋トレ及び運営に関する質問の受け付け,筋トレのDVDの貸し出しなどを行なって集いの場からの相談ごとは住民主体で解決できるように黒子になって支援することが重要である。もう1つのポイントは,通いの場に役割を持たせようとせず,住民がやりたいこと・望む地域について自ら気づき決めるということである。この集いの場は平成27年11月から始まったが,登録者数は順調に右肩上がりで増えている。参加者からは,やれば体力がつき,日常生活にいい影響が出ているという声も出ており,きちんとした運動をすると体の動きもよくなることが自覚でき活動参加へつながっていると考えられる。

2. 口腔機能の向上がもたらす効果とプログラムの推進における課題について 小原由紀

 歯科領域では,これまで虫歯の予防と,なった後の重症化を防ぐという方向で予防というものが考えられてきた。8020運動の効果により歯を持つ人の割合はかなり増加してきているが,食事がきちんと楽しめているかということは別問題であり,歯があっても歯茎が腫れていたり,入れ歯の洗浄ができておらず口腔を健康に保てていないこともある。高齢者施設において定期的に歯科衛生士が口腔ケアを行なった場合,発熱の発現率が半減,発症率が有意に下がったという研究結果がある。しかし,実際に歯科衛生士が関わる対象者はかなり限定的であるため口腔保健に関してはセルフケアの啓発が非常に重要になる。
 現在,滑舌やしゃべりやすさなど口の周りの機能低下,食べこぼしがある,むせがある,かめない食べ物が増えているなどのちょっとおかしいなというサインをしっかりつかまえることによって,その後の咀嚼の問題や全くかめなくなり要介護状態に陥ってしまうことを予防していこうという「オーラルフレイル」の概念が打ち出されている。この概念を見る方法として「お茶や汁物等でむせることがあるか」「さきいか・たくあんくらいの硬さの食べ物がかめるか」を聞いたり,唇や舌の協調運動のスピードが遅いか速いかを見るオーラルディアドコキネシスというものがある。歯科衛生士として参加した1,800人規模に行なった柏スタディの分析では,最終的にサルコペニアの関連因子や低栄養のリスク,食欲低下のリスクがかなり高いということがわかった。また2週間に一度90分間のプログラムを3カ月間実施した群と,それを行わなかった群の2群に分けて行なった分析では,前者の群にかめるようになったり嚥下・飲み込みの機能に改善がみられた。
 口腔機能の向上のためのプログラム推進における課題として4点ある。第1に口腔機能問題が大きくならないと本人がケアすることの意義が分からないということ,第2に実施体制の不備があり,具体的には会場が遠いこと,プログラムを実施する歯科衛生士が少ないこと,スタッフの口腔機能の維持・向上に関する知識不足などが挙げられる。第3に市民にわかりやすい簡易評価方法の開発,第4に元気な高齢者がサポーターという形で関わるなど,楽しくプログラムに参加してもらうようにすることである。

3. 生活機能低下を防ぐための食・栄養について考える 成田美紀

 これまで高齢者の栄養問題への取り組みは,生活習慣病の予防と重度化予防を中心に行われていたが,介護予防の観点から取り組む栄養改善は,活動的に生きる基本であるエネルギーとたんぱく質を十分に取れる食事を心がけることで低栄養を改善し,高齢者の生活機能を維持,向上することによって元気を取り戻し,自己実現を支援できるような取り組みへと転換している。
 お達者料理教室は,介護予防事業導入に先駆け,東京都健康長寿医療センター研究所が平成15年に低栄養予防教室の効果を検証するために行なったものである。対象者は低栄養状態の人,1人暮らし,料理経験の少ない男性であり,食事量や食欲低下の防止,調理技術の向上,一緒においしく食べることを目的に,週に1回120分,3カ月,計12回実施された。その結果,参加すると食事の量が維持され,中でも栄養素ではエネルギーとたんぱく質,食品については卵や乳製品などの動物性食品や緑黄色野菜の摂取頻度が増加し,それと同時に自分で作る頻度の増加があった。グループインタビューの結果,食事作りの認識に影響を及ぼす要因は,病気,身体機能の低下,配偶者の介護や死別であった。高齢期には体調不良や配偶者の死別がきっかけで,自身の努力,自助のみでは食事を調えることが難しくなる状況が生じる。そのため,地域サービスを上手に活用することで,食を調えるということも大切になっている。主な地域サービスとしては,配食,会食,ふれあい給食,料理教室などがある。
 次に,地域において食の力を生かした地域とのつながりづくりが行われている2事例を紹介する。1つ目は東京都練馬区で行われている都市型事例であり,平成21年度に行われた健康調査の結果,食事作りで負担感が一番大きいのは献立を考えることであったことに着目し,その具体的な解決策として簡単に作ることができる料理本を作成し,普及啓発に取り組んだ。その後,この料理本は同区内の介護予防教室,デイサービスや配食サービスで活用され,料理本を使って実際に作って食べる料理教室も展開されている。2つ目の事例は平成25年から埼玉県鳩山町で行われている地方郊外型事例である。住民が一緒に楽しい活動を企画するということを基本に参加者221人において50人から100人規模の会食会を実施し,その中で食に関する講演や,会食のあとに少人数に分かれてグループで意見を出し合い,そのニーズを基に地域での活動が始まっている。具体的には地域で男性向けの料理教室などを行うコミュニティーキッチンや,お茶を飲みながら話ができるコミュニティーカフェなどが行われ,人とのつながりを重視した集まりが活発になってきている。こういう食を通した集まる場を多く作っていくことが,地域のコミュニケーション力を高めていくことにもつながっていくと考えられる。

4. デイサービスにおける介護予防の実践-新宿区介護予防・日常生活支援総合事業「通所型短期集中サービス」の実践例から- 矢野秀典

 現在,全国に通所介護施設は約4万3000カ所あり,予防の通所介護施設は約4万1000カ所ある。重複して行なっていることを考慮しても5万カ所以上はあり,通所介護はコンビニ(約5万7000カ所)と同じぐらいあることになる。新宿区では予防を含む通所介護施設が140カ所ある。
 通所リハと通所介護それぞれ150カ所に行なったアンケート調査(回収率は通所リハ40%,通所介護が35.3%)では通所リハにおける個別リハビリ加算は6割以上の施設でほぼ全員取っており,だいたい取っている施設を含めると8割ぐらいである。一方で,通所介護では加算を全く取っていない施設が8割を超えており,ほとんどの人に対して加算していないという状態である。個別リハビリを実施している職種は通所リハでは8割が理学療法士,残りの2割が作業療法士であった。一方で通所介護の個別リハ(Ⅰ)を実施しているのは看護師が64%,柔道整復師やあん摩マッサージ指圧師が36%であり,個別リハ(Ⅱ)に従事する職種はほとんどが看護師であった。
 新宿区は今年の4月から新しい総合事業に移行している。この事業の通所介護の一環である「通所型短期集中サービス」は,退院直後等により日常生活に支障があり,IADLの改善に向けて短期的かつ集中的なリハビリを行うことにより回復が見込まれる人に対して,理学療法士,作業療法士または言語聴覚士による3カ月から6カ月程度の集中的な運動機能向上に関する支援を行うものである。通所介護における個別機能訓練加算Ⅱに準じるサービスとなっており,提供時間は1回あたり3時間以内となっている。
 新宿区では「通所型短期集中サービス」が3カ所で行われており,その1カ所である共創未来メディカルケア㈱で実施したプログラムについて報告する。目的は手段的日常生活動作の維持・向上,地域型サービス(ミニデイ,住民型通所サービス)への移行,生活満足度ならびにQOLの向上である。82歳の女性に行なった事例では,最初は庭に出られるだけだったのが隣近所へ行けるようになって,最終的にはバスを使って出かけられるようになった。このような効果がでている取り組みであるが,他の2カ所の同サービスも含め参加者はまだ非常に少ない。行政もこの事業について事業所に周知を図っているが,制度自体がまだあまり知られていないことや,ケアマネ自体のこのサービスの理解不足や期間が3カ月(延長しても6カ月)であるので,終了後また新しいケアプランを作る必要があるなどの理由からこの事業が広がっていないことが課題としてある。今後より広めていきたいと考えている。

5. 参加者より(視覚障害をもつ方のお声)

 障害者が65歳となり障害者サービスから介護保険に移行されると自治体によっては同行支援がそれまでのように行われなくなることがある。そうすると散歩などもあまりできなくなり,このような介護予防の取り組みに参加したくても,一人では行けないため参加できないなど,障害者は何か参加したいと思っても介護予防の流れに乗っていけないという現状がある。地域で自立生活することが次の課題だと言われるが,それはこういったことを克服した後の話である。勇敢な人は行けるが多くの障害者は置いてけぼりになりがちである。何とか介護予防教室へ行ってみたとしても「はい,手挙げて,何して,こうして」ということが自分は目が見えないのでよくわからず,動けないままでいるしかない。またどこかへ移動したいと言うと「危ないですよ」などと言われ我慢したり,ちょっと一歩出ると「あ,何ですか?お茶取ってきましょう」という形になり自発的に動けない。介護予防への参加に関わっていけない人たちへの底上げの取り組みの方が課題は大きいのではないか。どうやって行けない人たちを参加させるのかということを検討していっていただきたい。
<新井氏による応答>介護予防の領域ではだいぶ前から今ご指摘いただいたことが課題であり,そのまま解決されない状況である。確かに,集いの場はかなり元気な方が参加されているという傾向がある。インクルージョンという意味で実践していくことがこれからの課題になると思う。

おわりに

 介護予防における各分野の専門職の取り組みについて報告したが,最終的なポイントとして共通していたことは,私たち住民自らが介護予防の重要性を理解し主体的に取り組む姿勢が必要であり,専門職はいかにその環境整備を図るかということであった。また,会場の参加者から,特に障害者は参加したいが流れに乗れない現状があり,参加できない人に参加してもらう環境を作ることが重要であるとの貴重なご指摘をいただいた。このことを真摯に受け止め,すべての高齢者の自己実現に結びつけることを念頭においた介護予防事業を展開していく必要がある。


主題・副題:リハビリテーション研究 第170号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第170号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第46巻第4号(通巻170号) 48頁

発行月日:2017年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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