特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション-第39回総合リハビリテーション研究大会報告- 障害者をめぐる国内動向の特徴 藤井 克徳

特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション
-第39回総合リハビリテーション研究大会報告-

障害者をめぐる国内動向の特徴

藤井 克徳
(特非)日本障害者協議会代表

要旨

 本年の障害分野に関する「国内動向」は,例年に増して変化の感が強い。待望の,障害を理由とした差別の解消の推進に関する法律(以下,障害者差別解消法)が施行された一方で,犯罪史上例をみない相模原市の津久井やまゆり園での入所者大量殺傷事件(以下,やまゆり園事件)の発生,またALS患者(障害者)の国会参考人招致の取り消し(コミュニケーションに時間を要するとの理由で依頼した側の国会の方からの取り消し事態),視覚障害者の鉄道駅ホームからの転落死(8月,10月)など,人命や人権に関わる重大な出来事が続いた。
 講演当日はこれらの全体に触れたが,本稿では,①やまゆり園事件,②施行された障害者差別解消法,③障害者権利条約(以下,権利条約)の批准に伴う初の「締約国の報告」の3点とする。

1. やまゆり園事件の概要ととらえ方

 2017年7月26日の未明に発生したやまゆり園事件は,障害当事者や家族,関係者のみならず日本社会全体を震撼させた。19人が刺殺され(すべて施設利用者),27人が傷を負った(うち24人が施設利用者,3人が職員)。
 ここでは二つの論点に絞って言及したい。一つは,極めて特異な事件であるが,一方で特異のみで終わらせてはならない側面をどうとらえるかである。具体的には,容疑者が衆院議長に届けた手紙文や事件後の供述などからも明らかになっている「優生思想」に向き合うことである。
 事件の報道に接してすぐさま想起したのは,筆者が昨年来NHKとの共同取材を続けているナチスドイツ下での20万人を超える障害者殺害の虐行である。問題は,容疑者の蛮行の背景となった優生思想がどのようにしてもたらされたかである。
 そう考えながら私たちの社会をふりかえるとどうだろう。残念ながら政治や行政のリーダーによって,優生思想を容認する発言が後を絶たない。蔓延の様相にある格差社会や不寛容社会も優生思想と無縁とは思えない。要するに,日本社会に深く根ざす優生思想や不寛容社会の風潮が容疑者の虐行を後押ししたのではということである。とすれば,事件の本質に迫るには,これらを正視することを避けてはならない。
 一つ明確な手掛かりがある。それは,優生思想の醸成にもつながりかねない障害者の実態と向き合うことである。市民生活の平均と格差の著しい障害者の実態を好転させていくこと,そして実態の背景にある現行政策に改善を加えること,このことこそが優生思想との対峙となろう。
 いま一つの論点は,事件後の対応である。事件そのものの凄惨をもさることながら,事件後の動きについても疑問の声が少なくない。主なものとして,①匿名報道について,②事件後も相当数の利用者が現場で生活している状況について,③事件現場に入所型の施設を再建しようという神奈川県当局の真意について,などが挙げられる。たしかに難しい問題ばかりである。重要なのは,社会通念をベースとすることであり,「もし障害が無かったとしたら」という観点を忘れないことである。

2. 障害者差別解消法の施行

 政策面での本年の最大のトピックは,障害者差別解消法の施行である。同じく,障害者の雇用の促進等に関する法律においても同趣旨の条項が施行に移された。
 元々となれば,ADA(「障害のある米国人法」などと訳されているが,実質的には「米国障害者差別禁止法」)に遡るが,今般の障害者差別解消法の制定気運の直接のきっかけは2006年の権利条約の採択と言えよう。この権利条約の日本国での批准にあたり,いくつかの障害関連法制の整備が問われていたが,その中の重点課題の一つが障害者差別禁止法を制定させることであった。2010年からスタートした内閣府所管の障がい者制度改革推進会議の下に差別禁止部会が設けられ,集中的な検討が重ねられた。ここでの成果物として,2012年9月に「『障害を理由とする差別の禁止に関する法制』についての差別禁止部会の意見」を取りまとめ,この意見書が法案作成の礎となった。結果的には,「障害を理由とした差別の解消の推進に関する法律」となり,2013年6月に成立が図られ,準備期間を経て2016年4月の施行となった。
 施行されて半年余ではあるが,滑り出しの段階での効力や反応は必ずしも順調とは言えない。このことは,内閣府のデータからも明らかである。たとえば,地方公共団体職員向けのガイドラインに当たる「対応要領」(第10条)の市町村等の制定状況は,44.9%に留まっている。同じく,障害者差別解消法を実質化する上での市町村の基幹施策とされている「障害者差別解消支援地域協議会」(第17条)についても,設置率は30.4%に過ぎない(いずれも2016年10月1日現在)。障害者雇用促進法に基づく差別事案に関する相談件数も非常に少ない(厚労省・障害者雇用対策課の説明)。
 関連した動きとして,障害者差別禁止(解消)条例があるが,徐々に広がりをみせている。2016年10月1日現在での制定は25自治体(17都道府県,8市)である。

3. 批准された権利条約をめぐる課題

 2014年1月に批准した権利条約は,今後の日本の障害分野にさまざまな影響をもたらすことになろう。この1年間も権利条約をめぐって重要な動きがみられた。最も顕著な動きは,条約第35条(「締約国における報告」)に基づく日本国の条約の履行状況等に関する国連への初の報告書の提出である。本稿ではこの点に絞ることにする。
 なお,日本政府は「締約国の報告」を「政府報告」と呼称しているが,これについては妥当とは言い難い。権利条約が「締約国の報告」で求めている履行状況等の範囲は,行政府のみならず立法府や司法府,地方公共団体にまで及ぶものである。少なくとも「政府報告」は正確さを欠き,今後新たな呼称の検討が必要となる(海外や他の条約体の動向なども参考にしながら)。
 条約発効後2年以内とされている「締約国の報告」は,やや遅れて,2016年6月30日に「第1回政府報告」と銘打って国連に提出された。総論と各論の二部構成から成るものである。特に各論においては,条約の第1条から第33条(国内政策の実質部分)について逐条記述となっている。率直な感想としては施行されている関連法制の一般的な紹介に終始し,障害者が置かれている実態やニーズには言及できていない。
 国連は,障害者権利委員会での「締約国の報告」の審査に当たり,NGOによる自国の報告書への独自のレポート(正式にはパラレルレポートと呼称)を一体で扱うこととしている。現在,日本障害フォーラムの下で,関係団体が連携を図りながら,レポート作成の準備に入っている。なお,審査の進捗状況からみて,日本の審査が行われるのは2020年前後ではとされている。
 以上の他にも,厚労省から新たに示された「我が事・丸ごと」政策(2016年7月)や,障害者福祉施策への影響が必至とされている介護保険制度の見直し動向(2017年の通常国会に改正案上程予定)などがあるが,紙幅の関係で割愛する。


主題・副題:リハビリテーション研究 第170号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第170号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第46巻第4号(通巻170号) 48頁

発行月日:2017年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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