特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション-第39回総合リハビリテーション研究大会報告- 分科会3 コミュニケーション・意思疎通支援をめぐって(支援機器の活用を含む)

特集 サービスの利用者が主役になる地域中心の総合リハビリテーション
-第39回総合リハビリテーション研究大会報告-

分科会3
コミュニケーション・意思疎通支援をめぐって(支援機器の活用を含む)

【パネリスト】
渡辺崇史(日本福祉大学健康科学部教授)
田中勇次郎(東京都作業療法士会会長)
日向野和夫(川村技研株式会社・(株)パシフィックサプライ嘱託)

【コーディネーター】
薗部英夫((特非)日本障害者協議会副代表・情報通信委員長)

薗部 英夫
(特非)日本障害者協議会副代表・情報通信委員長

要旨

 障害者権利条約でより明確に位置づけられたアクセシビリティの保障とICT(情報コミュニケーションの技術)の新技術や支援機器は,日常生活はもとより,教育,労働,リハビリテーション等あらゆる場面で活用されることが期待されるが,必要とする人たちに十分届いていない実情がある。本分科会では,①アシスティブテクノロジー(支援技術)の考え方や実際,②作業療法士によるICT活用支援の事例,③重度肢体不自由者におけるコミュニケーション障害への支援などのパネリストからの報告を受けた。会場の参加者一人ひとりからは,さまざまな質問や悩みを出し合い,意思伝達に困難をかかえる重度障害者,知的障害者や認知症当事者に対する実践・研究の成果について学び合った。とりわけ,生活の中で,「活動」に目を向けることの大切さ,かけがえのない「人との出会い」「機器との出合い」など「つながる」ことの大事さが胸に刻まれた。

1. コミュニケーション活動における支援技術の利用―生活を支援するテクノロジー
渡辺崇史さんの報告から

①テクノロジー・ウォッチング

 身近な機器道具からICT利用まで概観した。

②アシスティブテクノロジー(支援技術)の考え方

 支援技術の基本は,市販品か個人専用に製作改造された専用品か,ローテクかハイテクか,といったことにかかわらず,利用する人の生活や機能を維持,あるいは拡大,改善するために利用される機器・道具,システムをさす。また,利用者に適合した機器・道具の選定や利用支援等のサービスも含む。“誰にでも起こりうる生活上の障害”という捉え方。

③活動に目を向けることの大切さ,サポート場面での支援の定石

 教育,就労場面などでの機器活用事例の紹介

④小さなスイッチからはじまる社会参加

2. 作業療法士によるICT活用支援
田中勇次郎さんの報告から

 作業療法士(OT)はリハビリテーション専門職の一職種である。発達分野や身障分野の臨床現場では,30年以上も前からパソコン等を活用したコミュニケーション支援を実施していた。
 2005年9月の総務省「障害者のIT利活用支援の在り方に関する研究会」報告書の「5.障害者のIT利活用支援事業の具体化に向けた提言」の中に,「リハビリテーション分野の専門職である作業療法士,理学療法士,言語聴覚士,社会福祉士等と,密接に連携しながら,IT支援を進めることは重要である。その中でも,IT支援を本来業務として進めやすいのが作業療法士である。すでに,作業療法士が,地域におけるIT支援の核になっているケースも多い」と記載された。
 これを受けて日本作業療法士協会では,障害児・者へのIT活用支援者として協会員を育成するため,担当部署(ITサポート委員会)を協会組織内に設置した。2007年には福祉医療機構の助成金事業で「障害者IT活用支援ガイドブック」作りに着手し,2008年にこのガイドブックを協会員全員に配布した。
 担当部署はこの後,福祉用具部(現在,制度対策部福祉用具対策委員会)に改変され,2009年からは会員向けにIT機器レンタル事業とホームページを利用した相談事業を開始し現在に至っている。
 これらの事業と,私自身が勤務した都立神経病院や都立多摩療育園での経験,東京都医学総合研究所で実施している東京都神経難病医療ネットワーク事業での難病患者へのコミュニケーション支援に関する取り組みなど事例を交えて紹介した。

3. 重度肢体不自由者におけるコミュニケーション障碍への支援
日向野和夫さんの報告から

①コミュニケーション障碍の用語

 コミュニケーション障碍を教育,医療の分野の用語とは異なる「発話,書字」の2つの表出手段の喪失により,対面状況において意思疎通が困難な状態にあって,特に意思表出に障碍を有する状態としている。

②意思疎通支援用具

 「意思伝達装置」には,ひらがななどの文字綴りによる文章表示とその発声,または要求項目やシンボル等の選択による伝言の表示と発声などの意思疎通の支援機器がある。
 その操作方法において,直接該当するキーなどを押す携帯用会話補助装置の「打鍵方式」と,該当項目の選択に入力装置を用いる重度障害者用意思伝達装置の「走査入力方式」や「凝視入力方式」などがある。

○意思伝達装置の操作方式

打鍵式…[ぺちゃら],[iPad for トーキングエイド]など
入力操作方式…[伝],[レッツ・チャット],[オペレートナビTT]など
50音文字盤…[紙のボード],[透明盤],[くち文字]など

③対面における意思疎通の実情

 「発話」もしくは「書字」ができる状態であれば,意思疎通支援用具の必要性を当事者はほとんど実感しない。しかし,読み手となる家族は何を言っているのか聴き取れない,文字が判読できないなど家族介護者の読み取りに心的負担を感じている。
 発信行為が的確に届かないことに起因する当事者および家族の双方に心的負担(ストレス)が必要以上にかかり,介護にも影響を受けることになる。
 「はい,いいえ」の応答による確認方法は便利な手法には落とし穴があり,「問い」に答える会話は聴き取り側が主導権を持った意思確認の一形態であって,意思の表出手段とはならない。

○支援用具の使用対象者

 筋萎縮性側索硬化症(ALS),筋ジストロフィー,脊髄性筋萎縮症(SMA),脊髄小脳変性症(SCD),多系統萎縮症(MSA),脳性まひ(CP),脳血管障害(CVA),頭部外傷など

○用具の活用

 透明文字盤は,簡便な道具であるが,誰でも使い易くはなく,また誰でも使えるわけでもない。
 「先回りの支援」の是非は,当事者の状況を的確に見極める支援者の力量で決まる。
 コミュニケーション障碍に陥ったALSの方が必ずしも「意思伝達装置」を使用するわけでもない。

④支援者の役割

 意思疎通支援用具の活用は重要な支援ではあるが,機器導入が支援のゴールではない。
 障碍を有する人の生活などが劇的に変化を遂げる要因は,「人との出会い」と「機器との出合い」にあり,その準備を促すのが支援者の役割といえる。
 在宅におけるコミュニケーション障碍の支援は,意思疎通に特化した支援ではなく,生活全般を視野に入れた「姿勢保持」など当事者に少し踏み込める感性も求められる。

4. 寄せられた質問から

<実践現場からの具体的な質問や悩み>

○高次脳機能障害をもった方の支援を日々行なっている者ですが,失語症がある方の支援に悩んでいます。失語症が軽い方ならばアプリなどのITを使い,代償手段とすることができるのですが,重度の方ではアプリ等のツールを使うことも難しいです。使えないことで復職や新規就労が困難になってしまうことは社会参加の観点からみても,とても不利益だと思います。有用な支援機器はないでしょうか?

○現在,回復期リハビリテーション病棟と急性期病棟で勤務している言語聴覚士です。重度の口腔器官のマヒと四肢マヒ,高次脳機能障害を合併する方へのコミュニケーションエイドの導入がうまくいかず悩んできました。どのような制度を利用し,どのタイミングで何をどういう手順で考えたらいいか,どんな機関に相談すべきか,家族に協力いただく,あるいは説明すべきことは何かなどがわからず手探りです。参考にすべき窓口はありませんか?

○主に高齢聴覚障害者,大学等の障害学生の修学支援に関わっています。音声認識による文字化の活用が広がっていますが,文字情報を伝えただけではコミュニケーションの成立や意志表明,意志決定が困難なケースが多々あります。技術+支援者の重要性を日々痛感しています。

○ipadなどの利用で知的障害のある方に「この中から好きな物を選んでタッチしてください」と伝えても,「広告」を触ってしまったり,「戻る」を押してしまったり,混乱することが起きてしまい,なかなか進みません。「操作の方法を覚えてもらう」のがとても難しいです,何かよい方法は?

<制度や取り組みなどの質問>

○視線入力の機器や脳波でスイッチ操作ができる機器の現状と今後の展望を教えてほしい。

○学校や施設で支援機器が普及するためには何が必要でしょうか。

○レンタル導入する前でも当事者の方は導入を悩んでいます。費用がかかるため導入説明が難しい。無料で機器のお試しができるところはないですか?

○自治体によって対応が違うので,全国一律の給付制度にしてほしい。

○適切な支援機器と出合うためには,人の出会いも大切ですが,その人との出会い,機器との出合いがうまくいかない場合は,どうすればいいでしょうか?

○現場の実感としては「合理的配慮の制度化」と「ALSの方の参考人招致での問題」は大きかったと思います。しかし,先生方がおっしゃっているように「テクノロジーが存在していること」と「一人ひとりの背景を踏まえた適合ができる」ことは別のこと。
 たとえば,「リハセンター」や「ITセンター」のようなところでさまざまな支援技術を十分に体験した後,個別の地域のOTさんに自宅での適合をつなぐようなサービスの制度化はできないでしょうか。

5. 質問に答えて

 次のような大事なポイントや事例が紹介された。

①学校での配慮・支援の事例

  • パソコン,タブレット,スマホ利用(ICT機器利用)
  • 代筆,ノート(PC)テイク,ポイントテイク
  • 録音,写真,拡大,文字指示,手紙,手話,字幕,点字,代読など
  • 時間延長,口実回答など

②思考の整理に必要なもの

  • 視覚化(外在化)する
  • 枠組みを入れる
  • 真逆を考える(ポジティブ・ネガティブ,アドバンテージとディスアドバンテージ)
  • 優先順位
  • 時系列

③支援者の課題

  • 機器導入が支援のゴールと勘違いしない
  • 当事者の機器導入の拒否を支援者自身の力量不足と勘違いしてはいけない
  • WEBや電話による相談・支援が技術的課題に解決可能と勘違いしてはならない

6.まとめ

 最後に,まとめを兼ねてコーディネーターから次のような発言があった。

①障害者権利条約の要は「インクルーシブとアクセシビリティ」

 2006年12月13日,国連総会で採択された障害者権利条約は,11月現在,批准168か国(選択議定書は92か国)で,まさに世界の大きな流れとなっている。排除しない,インクルーシブな社会づくりがメインテーマだ。
 日本は,2014年2月19日,141番目の締約国となった。権利条約は,最高法規の日本国憲法の下にある障害者基本法や各福祉法など実定法の中間に位置づき,国内法を監督する。条約に違反する国内法は無効となる国際条約だ。
 権利条約の中核といわれるのが「アクセシビリティ」だ。
 第2条=定義:「意思疎通(Communication=コミュニケーションの意味)」とは,言語,文字の表示,点字,触覚を使った意思疎通,拡大文字,利用しやすいマルチメディア並びに筆記,音声,平易な言葉,朗読その他の補助的及び代替的な意思疎通の形態,手段及び様式(利用しやすい情報通信機器を含む。)をいう。
 第3条=一般原則には,(f)施設及びサービス等の利用の容易さ(Accessibility=アクセシビリティ)が位置づき,
 第9条=施設及びサービス等の利用可能性では,「利用することができることを確保するための適当な措置」が位置づけられた。
 第21条=表現及び意見の自由並びに情報の利用の機会(情報アクセス)も重要だ。

②国連への締約国報告

 権利条約第33条によって,日本は2年以内に報告する義務が生じ,今年6月に国連に締約国報告を提出している。今後,国連での審査と勧告が予定される。
 締約国報告では次のことが注目された。「142.なお,本条に関しては,政策委員会より,次のような指摘がなされている。情報提供や意思疎通支援をさらに充実することが求められる。様々なメディアや場面において,特に,緊急時の対応,個別性の高いコミュニケーション方法を用いる人たちへの対応,省庁横断的な対応に課題がある」「また,障害の多様性に対応したアクセシブルな教材の提供や行政情報のバリアフリー化になお課題があることが指摘された」。

③差別解消法や障害者の利活用実態を踏まえ対応

 合理的配慮を欠くことは差別とされた。Reasonable accommodation=合理的配慮(理にかなった調整とも訳される)は,障害のある人とない人が対等にふるまうための個別的な支援を「しない」でなく「する」ことである。
 差別は,1直接差別,2間接差別,3関連差別,そして4合理的配慮の不提供と整理されている。この合理的配慮の提供を実現するには,アクセシビリティとモビリティの保障が必要であろう。また,Affirmative action=積極的差別是正措置も必要だ。

④人と人,人とモノ,人と歴史がつながろう

 「つながる」「対話する」ことが大切だ。優れた技術には人がある。人と人,人とモノ,人と歴史がつながり,世界と制度とつながろう。

参考文献

日向野和夫著,田中勇次郎医療監修『重度障害者用 意思伝達装置 操作スイッチ適合マニアル』三輪書店(2016)


主題・副題:リハビリテーション研究 第170号

掲載雑誌名:ノーマライゼーション・障害者の福祉増刊「リハビリテーション研究 第170号」

発行者・出版社:公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会

巻数・頁数:第46巻第4号(通巻170号) 48頁

発行月日:2017年3月1日

文献に関する問い合わせ:
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会
〒162-0052 東京都新宿区戸山1-22-1
電話:03-5273-0601 FAX:03-5273-1523

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