音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

国連世界情報社会サミット(World Summit on the Information Society : WSIS)

理想のスクリーンリーダーはソフトウエア間対話の実現により可能となる

石川准(静岡県立大学)

項目 内容
会議名 WSIS フェーズ2 サイドイベント:障害者コーカス主催「第2回情報社会における障害者のグローバル・フォーラム」
発表年月 2005年11月15日、チュニス(チュニジア)
備考 英語版:原文

石川氏の写真

1.自己紹介
私は社会学者ですが、支援技術の開発という仕事も並行してやっています。社会学の専門家としてのキャリアは20年、支援技術の分野では10年以上になります。それ以来、昼は社会学者、夜は支援技術の開発者の二重生活を送っています。
2. なぜ道具を作るのか
プログラミング言語の勉強を始めたのは20代後半でした。遅いスタートだと思います。しかし、私にはどうしても実現したいことがありました。視覚障害者が自由にコンピュータを操作できるようにするスクリーンリーダーというソフトウェアの開発です。このスクリーンリーダーは、画面を見ることができない人がコンピュータを操作するのに不可欠なソフトウエアです。
人間はいつも、身体の限界を超えるために道具を作ってきました。 視覚障害者もそうであり、私も同じです。私にとって、道具を作る主な理由は、昨日できなかったことが今日できるようになる喜びを味わうことです。しかし、それだけではありません。実は、何かを作ることそれ自体が面白かったのです。私は作るのが好きなのです。
ソフトウエアを作成するには、エディタを使ってプログラムのソースコードを書かなければなりません。ソースコードが書けたら、これをコンパイラを使って実行可能なプログラムにします。コンパイラとはソフトウエアを作成するソフトウエアです。ソースコードに文法エラーがあるときは、コンパイラがコンパイル作業を中断してエラーを画面に表示します。 プログラマーはこれを見て、ソースコードを修正します。つまり私には、スクリーンリーダーを作成するスクリーンリーダーとエディタを作成するエディタが必要だったのです。
スクリーンリーダーの開発には、高レベルの技術スキルが必要でした。私の日本語版MS-DOS用スクリーンリーダー(「グラスルーツ」と言う)がやっと満足いくレベルになったとき、MS-DOSの時代は終わろうとしていました。時間がかかりすぎたのです。 私はWindows 用スクリーンリーダーを開発しようとしました。オランダの企業ALVAと協力し、同社のWindows用スクリーンリーダーoutSpokenを日本語環境に移植するプロジェクトを企画し実行しました。1999年のことでした。
私は種々の視覚障害者向けのソフトウエアを開発しました。 スクリーンリーダー、自動点訳ソフト、音声インターネットブラウザ、電子メールソフト、エディタ、それに現在開発中のGPSナビゲーションソフトなどです。
3. JAWSの移植
米国のFreedom ScientificからEメールを受取ったのは今年の2月のことでした。 JAWSという同社が開発している世界でもっとも多く使われているスクリーンリーダーを日本語にローカライズする仕事の依頼でした。 旧版については、日本IBMがローカライズを行っていましたが、Freedom Scientific は最新版のローカライズを進めたいと考えて私にコンタクトしてきたのです。この仕事はリスクが高いと思いました。しかも、重い責任を背負わなければならないだろうと思いました。けれども「自分たちの道具は自分たちで作る」というのが私のポリシーです。 4月には、JAWSの日本語ローカライズを開始しました。
私が組織したチームのメンバーは5人で、そのうち4人は全盲のエンジニアでありパワーユーザーです。 頼りないチームに見えるかもしれませんが、実は最高のチームです。
しかしJAWSは怪物であり、ブラックボックスでした。JAWSの構造全体を示す情報は全くありませんでした。そのため、私たちはミステリ小説の筋書きを解明するように、JAWSの動作を少しずつ理解していきました。仮定を立て、繰り返しテストすることによって、JAWSの本質を徐々に理解するようになりました。
スクリーンフック、オブジェクトモデル、MSAA、javaアクセスブリッジなど、美しかろうと好ましくなかろうと、格好良かろうと扱い難くかろうと、あらゆる戦略を利用して、JAWSは巨大なつじつまあわせをしています。従って、JAWSの構造は非常に複雑なものです。 スパゲティーという言い方はまったく不十分です。しかし、私たちはわずか4ヶ月で日本語版JAWSをリリースしました。全力で取り組んだからです。
JAWSのような強力なスクリーンリーダーは、視覚障害者にとって仕事および日常生活のアクセスのための基本ツールです。 JAWSは、Job Access With Speech<訳注:音声言語を使った仕事へのアクセス>の短縮形です。 JAWSおよびオフィスアプリケーションの熟練ユーザーになることによって、視覚障害者の仕事の機会が著しく増加します。
電子カルテシステムとか図書館システムのような業務アプリにJAWSを対応させるカスタマイズの仕事も積極的に引き受けています。JAWSのスクリプト作成機能を使うと、標準のJAWSでは読めないアプリケーションが読めるようになります。実際のところ、日本の障害者向け職業訓練および支援システムはまだ十分ではありません。 障害を持つ従業員の多くは無意味な仕事を与えられているか、仕事がない状態に置かれています。 彼らは出勤して、就業時間中は事務所で時間を過ごし、帰宅します。このような人々を有能な労働者にするために、私たちは企業にJAWS訓練プログラムを提供し、JAWSの専門インストラクターを派遣しています。
4 GUI, AUIおよびBUI
コンピュータは情報を視覚的に画面に表示し、ユーザーはポインティング・デバイスを使って選択します。今日の人とコンピュータとの間の対話は、主としてこの繰返しに基づいています。 この対話は、GUIというインターフェースを使うことで可能になります。しかし、視覚障害者には音声情報または点字情報が必要です。けれども、音声出力や点字出力をサポートするソフトウエアはほとんどありません。 従って、GUI をAUI(音声出力インタフェイス) およびBUI(点字出力インタフェイス)に変換するソフトウエアが必要になります。これが、今日のGUI スクリーンリーダーです。
JAWSなどGUI スクリーンリーダーを改善する作業は非常に重要ですが、非常に困難でもあります。今日のスクリーンリーダーは十分な情報を入手できず、完全な性能を発揮できません。必然的に、安定せず、完全ではなく、操作は難しいものになります。スクリーンリーダーは巨大なパッチワークなのです。理想はこうです。
第一に、アクセシビリティは、ユニバーサルデザインと支援技術の共同作業により実現すべきです。十分な情報がOSや各アプリケーションソフトからスクリーンリーダーに提供されるようになればスクリーンリーダーの性能は劇的に向上し、その結果アクセシビリティと操作性も向上するでしょう。最近、ウェブのアクセシビリティへも関心が非常に高まっています。ウェブのアクセシビリティは、ウェブコンテンツのユニバーサルデザインにより飛躍的に向上します。このことは、ウェブだけでなく、全てのアプリケーションについて言えます。 その意味で、次期OSはユニバーサルデザインを基本設計とするように強く望みます。