音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

障害の視点から見た「ITUテレコム・ワールド2009」報告

野村美佐子
(財)日本障害者リハビリテーション協会
情報センター長

はじめに

2009年10月5日から9日にかけてスイスのジュネーブで国際電気通信連合(ITU)の主催により「ITUワールドテレコム2009」が開催された。日本語では「テレコム世界電気通信展」と翻訳され、世界大規模のICT(Information and Communication Technology)のイベントと言われている。前回は3年前に香港で開催され、その時と比べると世界的な不景気を反映して参加する国や出展企業が減少したそうだが、今回は50カ国、450社が参加した。

今回のイベントのテーマは「開かれたネットワーク、心のつながり(Open Networks - Connected Minds)」で、電気通信とICTの推進における今回のイベントの重要性を強調し、政府、ビジネスセクター、市民社会、学会等様々な関係者(stakeholders)における革新、問題解決、連携や協力に向けた多様な取り組みが見られる。

また上記イベントにおいて、世界情報社会サミット(WSIS)で社会におけるディジタルデバイドを解消するための様々な宣言と行動計画の実践が見られる。さらに障害者を含むICTのアクセシビリティやE-healthを考えるフォーラムのプログラムや展示があったことは、国連関係機関の理解が感じられた。

筆者は、今回、DAISYコンソーシアムと、国際図書館連盟(IFLA)の障害者に対する図書館サービス分科会の展示を担当したので、障害の視点から今回のイベントの報告をする。

開会式

5日は開会式があり、ここでは、ジュネーブ州議会長のDavid Hiler氏、ITUの Hamadoun Touré 事務局長、ウェ・ド・セネガル大統領、パン・ギムン国連事務総長からの挨拶、そして元南アフリカ大統領のネルソン・マンデラ氏からのビデオメッセージが披露された。その間、ステージ横に設置されたスクリーンに音声情報のテキストが写され(日本ではパソコン要約筆記という)、聴覚障害者や英語を母国語としない者に対して、またフランス語でのスピーチは通訳の英語のテキストをスクリーンに出すことにより、情報保障への配慮が感じられた。

写真
パン・ギムン国連事務総長(中央)

写真
ネルソン・マンデラ氏の写真

Touré事務局長は挨拶の中で、2003年には携帯電話の使用者が10億人であったが、2009年度末には46億人なる予定であると述べた。またインターネットの利用者は6億8千万人であったが現在は18億人となり、その半分以上がブロードバンドでアクセスをしているそうだ。またコミュニケーションは人権であり、ICTが簡単で、平等、そして世界のすべての人にとって手に入りやすくすることを保障しなければならないと述べ、開発途上国はチャリティーの意識から抜け出しましょうという言葉が印象的であった。

またパン・ギムン国連事務総長は、2015年までのミレニアム開発目標に到達するためにICTの発展の重要性を強調し、21世紀におけるグリーン成長(Green Growth)戦略を取り入れる政府および企業は、環境に関心を持つ経済的なリーダーとなるであろうと述べている。事務総長や多くの挨拶された方々がICTにより気候変動を始めとする環境や経済的な問題など世界的な課題について解決できると期待していることが伺われる。

写真
オープニングセレモニー

ユネスコ・パビリオン等の展示

携帯電話、ブロードバンドのシステムに関わる企業のブースやそれを支援する国々のパビリオンでの展示が目立っていた。日本からはNHKやNICT(National Institute of Information and Communication Technology)、三菱電機が入った日本館、KDDI、NEC、富士通そしてNTTとNTTドコモなどの企業の展示があった。

写真
日本館のブース

写真
富士通のブース

その中でユネスコのブースでは、障害者に焦点を当て、「ICTを通して障害者に大きな力を与える(Empowering persons with disabilities through ICTS)」というテーマでユネスコの要請とITUの協力により以下の団体が展示に参加した。

  • DAISY Consortium
  • China Foundation for Disabled Persons
  • International Federation of Library Associations and Institutions (IFLA)
  • Everyone Counts, Inc.,
  • Nuance Communications
  • Freedom Scientific and Ability

写真
ユネスコのブース

DAISYブース では多くの参加者が訪れ、DAISYのフォーマットによるパソコンで見ることができるコンテンツ、それをつなぐ点字ディスプレイなどを興味深く見ていただいた。また南アフリカのHIV予防マニュアルをDAISYのフォーマットで配布するプロジェクトが現在行なわれていて、11ある現地語のうち、現在は4つの言語が終わっているそうだ。その中心となる全盲の女性も今回の展示に参加して、説明を行った。DAISYの普及については、前述の彼女は、南アフリカ館のテレコムに対して協力依頼を行い、DAISYの開発途上国の担当であるインドのディペンドラ・マノーシャがインドのテレコム担当者と共同のプロジェクトの交渉を行なっていた。こうした活動が実を結ぶごとを期待したい。

IFLAブースは、本部の運営理事(Governing Board)のダニエル(Danielle Minci), とIFLA/LSN(Library Services to People with Special Needs)のやはり運営理事でLSNのセクションの委員長であるトネ(Tone Moseid)氏が担当し、筆者も展示期間の2日間を担当した。具体的には、図書館における障害者とICTに関わる事例をパソコンでデモを行い、関係する資料を展示・配布を行なった。

写真
DAISYコンソーシアムのプレゼンテーション

写真
IFLAのプレゼンテーション

配布にはLSNの紹介とともに今までにLSNとして出版をした様々な図書館サービスのガイドラインの一覧も含めた。8日にはダニエルと筆者でパビリオンの中でIFLAとLSNの説明、障害者のためのICTを使った図書館サービスの事例を紹介した。

「支援技術:アクセシビリティとe-ヘルス(Assistive Technologies: Accessibility and e-health)」のフォーラム

写真
WHOのパビリオン

世界からシニアクラスの電気通信やICT関係者および決定権を持つ人たちが集い、情報社会における開発すべき重要な分野を模索し、企業や政府、管理機関の幹部、そしてアカデミックな分野のリーダー、コンサルタント、政府顧問などともに問題を構造化して、政策的な解決に向けた対話が繰り広げられた。その中で,「支援技術:アクセシビリティとe-health」と題する障害に関するフォーラムが8日に開催された。その目的は以下である。

「革新的な技術は現代社会において大きな効果があるが、アクセシビリティの欠如からそれを十分に利用できない人たちがいる。このパネルの目的はアクセシビリティ、ICT,支援技術そしてe-healthについて最近の動向や状況、そして将来どのように進化していくのかを討議することである。支援技術やe-healthは、アクセシビリティのフレームワークの中で誰に対しても個々の持つ能力に役立つことが意図され、あらゆるレベルにおいて、家庭で、仕事場で、そして通常の生活の中で、更に自立する上でますます重要な役割を担ってきている。このパネルは障害者のニーズに合うICT政策、戦略およびサービスにおける経験や好事例を共有できる土台となることを目指している。」

このフォーラムのモデレータは、ITUに障害者のアクセシビリティに関する技術的な点について20年以上アドバイスを行なっているアンドレ・サックス氏で、彼女は特に聴覚障害者の通信を専門としている。

写真
司会をするアンドレ・サックス氏

パネリストはITUの開発局の電気通信開発局部長のAl Basheer Al Morshid氏、DAISYコンソーシアム会長の河村宏氏、スイスのR&D Media Sarlの部長、アラブ諸国連合のe Worldwide Group の会長でありCEOであるSalma Abbasi氏、英国、西ロンドン大学のSMARTlab、副学部長であるMick Donegan, スイス、QualiLife のClaudio Giugliemma氏、国連G3ict事務局長であるAxel Leblois氏である。

写真
パネリストの写真

最初に48歳の時に事故で四肢麻痺になったイタリアの男性が、技術により自身でコントロールができる頭部の動きでコンピュータを自由に操り、自立して第2の人生を送ることができたという事例がビデオで紹介された。彼にそうしたチャンスを与えたのがスイスのQualiLifeという団体であり、そこのClaudio氏によりアクセシビリティがe-healthをデザインする上においていかに重要であるかが話された。そしてヘルス・ケア環境においてICT技術を開発・提供するなかで「アクセシビリティにはユーザビリティが含まれる」ことがわかったと述べていた。

写真
ビデオ映像

河村氏は、ユニバーサルデザインはDAISYという国際標準規格の基本的な概念であると述べた。南アフリカ住む豚インフルエンザやHIVの感染などを気にしている全盲の主婦を事例にして、彼女のようにその情報がほしいが母国語(ヅル語)でなかなかその言葉での情報が得られない人、上肢障害、精神障害の人、ディスレクシアの人々、知的障害者などがDAISYという技術によりe-healthの情報を得ることが出来ることを説明した。 また支援技術のメインストリーム化は、ユニバーサルデザインの一つの要素とするべきで、支援技術を併用するユニバーサルデザインは、知識社会の推進における人間中心のアプローチの原則であり、このことはWSIS(国連情報社会サミット)の行動計画で明らかにされていると述べた。更にその概念は国連権利条約の2条の中にうまく継承されていったこと、権利条約の中にはユニバーサルデザインと支援技術は障害者が社会に統合する上で大きな役割を担っていることが明確に示されていると述べた。

写真
プレゼンテーションをする河村宏氏

国連障害者の権利条約においてもアクセシビリティの必要性が述べられており、9月現在で144カ国が署名し、71カ国が批准をしていることでその影響力はますます多きなって行くと考えられると言う意見もでた。
企業はなぜICTにおけるアクセシブルな支援技術に投資をする必要があるのか、またそこを優先しなければならないのかについて討議がされ、Axel氏は高齢者や障害者を対象としたNTTドコモのらくらくホーンは現在1,500万人に利用されるようになった事実を説明して、障害者にとってアクセシブル携帯電話がそれ以外の多くに人に利用されるようになったことに言及した。つまりアクセスが困難な人々にとってアクセシブルな技術とはすべてに人にとって良い技術であるとの意見を述べていた。

次にそうした技術を得るためには、知識社会から恩恵を受ける特別なニーズのある人のインクルージョンを考えるICT政策を考えなければならないし、そのためにはガイドラインが必要であり、技術的なパートナーが必要であるとSalma氏は述べた
また、フォーラムの中で、経済的な問題はどのように対処していくかについても討議された。たとえば開発途上国では、国の支援、またはUNDPなどの国際機関から支援が行なわれていた。 ボランティア団体もその一つであることも付け加えられた。またAxel氏よりアクセシビリティサービスファンド(インターネット接続や高度ICT 事業を対象にした補助金を提供する基金)の利用がパキスタンやネパールで始まっていることが述べられた。

ITUのMorshid氏は、アクセシビリティを確保することはITUのミッションであり、このようなフォーラムの開催はその一つの活動であると考えていた。またアクセシビリティの推進はメインストリームの技術や支援技術を通して得られると考えていると述べたので、今後の関連した活動が期待される。

以上のような討議に開会式と同様、要約筆記が付与され、多くの参加者もパネリストの名前など活字により確認をしたり、単に聴覚障害者のツールではなく多くの人に使われていると感じた。

写真
要約筆記のスクリーン

写真
要約筆記者

おわりに

今回のワールドテレコム2009は、国家元首、ICTに関わる行政幹部、研究者、携帯電話やブロードバンド企業のCEOなどVIPクラスの人々が集まり、VIP用のためのプログラムがとても目についた。VIPの人々へのインタビューのウェブ放送を以下のURLで見ることができるので彼らがICTについてどのようなビジョンを持っているかを知ることができる。
http://www.itu.int/WORLD2009/

今回のようなメインストリームのイベントのなかで、取り残されがちな障害者の情報アクセスの問題提起、その解決法としてアクセシビリティやユニバーサルデザインなどすべての人にとっての有効な技術や概念について、機会は少なかったが、フォーラム、ユネスコやE-healthのパビリオンの中で紹介することができたことは、主催者であるITUやユネスコなど国連機関の関心と必要性の理解が進んでいることが伺われる。またこのような活動が、少しでもVIPの方々や企業の展示参加者に届き、すべての人にとってのICTの概念が普及していくことを期待したい。