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第7節 オーストラリアにおける障害者に対する労働法の適用:最低賃金保障を中心として

中川 純(北星学園大学社会福祉学部)

1.はじめに

本研究は、オーストラリアにおいて障害を有する労働者に対する最低賃金保障についてあきらかにすることを目的としている。わが国では、一般就労または就労継続支援事業A型に従事している障害者には「労働者性」を認め、労働基準法、最低賃金法を含めた労働法規の適用があるのに対し、就労継続支援事業B型などの訓練生には適用を認めず、最低賃金を保障しないという二元的な枠組みを採用している。これに対し、オーストラリアにおいては、障害を有する労働者の就業能力に比例した最低賃金保障をおこなうというユニークな制度を採用している。また、最低賃金保障と障害年金制度が合理的に関連している。オーストラリアの制度のあり方は、障害者が自らの能力を適正に評価されること、労働市場における競争力を伴って社会参加が促進されること、就労と年金双方により一定の所得保障を実現しようとしていることなど、わが国においても参考になることが多いと考えられる。

2.オーストラリアにおける障害者の数および雇用実態

オーストラリア統計局の2003年発表の調査160によれば、オーストラリアにおける障害者が人口に占める割合は20.0%である。この割合は、1998年の前回調査との間で数値が大きく変わっているわけではない(20.1%)。この割合は、男女間において大きな差はない(男性19.8%、女性20.1%)。障害の程度からみると、20.0%のうち、特定の損傷や制約がある障害者の割合が2.9%、制約がない割合が17.1%となっている。後者のうち、教育および雇用においてのみ制約がある割合が1.9%、生活全般について制約がある割合が15.2%となっている。そのうち最重度障害者の割合が3.0%、重度障害者の割合が3.3%、中度障害者の割合が3.5%、軽度障害者の割合が5.3%となっている。

障害者の教育についてみれば、障害者の30%が高校卒業の学歴を有し、13%が大学卒業またはそれ以上の学歴を有している(健常者は、高校卒業49%、大学卒業またはそれ以上20%)。雇用に関してみれば、障害者の就業率は53%(最重度障害者の就業率は15%)、失業率は8.6%であり、健常者の就業率が86%、失業率が5.0%に比べて、雇用機会には恵まれているとはいえない。障害者がパート・タイムの仕事を得ている割合は37%であり、健常者の29%よりも高くなっている。また、収入については、15歳から64歳の労働力人口の在宅の障害者の平均週給が252(豪)ドル(以下、ドル)であるのに対し、在宅の健常者の平均週給が501ドルと大きな差が生じている。

1998年の調査に対する研究では、障害を有することは雇用の可能性を大きく低下させる傾向をみせている。また、重複障害を有する個人は、就業率、収入、労働時間がもっとも低く、さらにもっとも社会保障制度への依存の割合が高くなっている。また、44歳以上の障害者についても就業率などが相対的に低く、社会保障制度への依存度も相対的に高くなっている161

3.オーストラリアにおける労働者に対する労働条件の決定と規制のあり方

オーストラリアにおいて就労する労働者が自らにどのような労働条件が適用されるかを知ることは簡単ではない。労働者の労働条件のあり方、規制のあり方が複雑なかたちで存在するからである。労働者の労働条件は、彼らが居住する州、働く産業、業種、使用者ごとに異なっている。労働者の労働条件は、アワード(Award,労働裁定)、協定、労働法規によって決定される162。現在、2009年に改定されたオーストラリア公正労働法に基づく新制度への移行期であり、規制のあり方はさらに複雑なものとなっている。

かつて労働条件を決定するもっとも基本的な方法は、使用者と主に組合の間で生じた労働条件に関する紛争に対し、第三者機関、のちにオーストラリア労使関係委員会(Australian Industrial Relations Commission,AIRC)が下した労働裁定をその業種における最低労働基準として適用する制度であった。これをアワードと呼び、紛争当事者であるか否かにかかわらず、特定の業種で働く労働者に対して適用されている。アワードは、現在においてもその産業や特定の業種で働く労働者の最低労働条件として機能している163。どのアワードが適用されるかは、実際労働者がどの州にいるか、業種、業務内容、使用者ごとによって異なる。自らにどのアワードが適用されるかは、連邦政府のホームページから検索することができる。アワードによる労働条件は、労働時間、罰金、手当などの内容を明文化しているが、職業安全衛生や労働災害補償を含んでおらず、それらは州や準州レベルの法律によって規定される。2006年の職場労使関係法(Workplace Relations Act 1996, WR Act)の改正(Work Choices)によって賃金規定がアワードからはずされ、賃金は、後述する賃金基準(ペイ・スケール)によって規定されることとなった。しかし、Work Choicesは3年間の時限立法であり、2010年1月1日からは、賃金を含む労働条件について、モダン・アワードが規定することとなっている。モダン・アワードは、オーストラリア公正労働委員会(Fair Work Australia, FWA)が、産業界、政府および組合などとの交渉をおこない、決定され、産業における労働条件のセーフティー・ネットとなることが期待されている。

協定(Agreement)とは、労働者または労働者の団体および労働組合が、彼らの使用者との間で、労働条件に関して約定し、FWAにより承認されたものをいう。承認されないものは法的な効力が認められない。通常協定は、賃金基準やアワードの内容を上回る内容を規定しており、アワードを下回る条件を含んでいる場合には承認されない。協定が承認されることによって、使用者は協定にしたがい賃金を支払う義務を負うこととなり、それに反した場合には労働者の権利はFWAの下で行使され、紛争解決制度が用いられることとなる。協定は、アワードと異なり、適用対象として約定された労働者またはその団体にしか適用されない。企業協定(Enterprise Agreement)は、使用者と労働者の団体または組合で締結される協定、または1つ以上の使用者と労働者の団体または組合によって締結される協定のことをいう。かつては、個別労働者と使用者との間での個別協定(Australian Wage Agreement)を認めていたが、2009年に制定されたオーストラリア公正労働法(Australian Fair Work Act 2009, AFWA)により、移行期個別雇用協定(Individual Transitional Employment Agreement, ITEAs)とされ、特定の使用者および労働者に限定して、2009年12月31日までしか締結できないこととなった。

オーストラリア連邦賃金基準(Australian Pay and Classification Scales, APCS)は、2006年オーストラリア職場労使関係法改正法(Work Choices)によって設けられた制度である。これは、アワードから賃金保障規定を独立させたものである。したがって、連邦システムが適用される管轄164のアワードごとに、賃金基準(これを一般的にペイ・スケール(Pay Scale)と呼ぶ)があり、特定の業種において就労する労働者に対して最低賃金額を設定する。もし適用されるべき賃金基準がない場合には、その業種で働く労働者には、連邦最低賃金(後述)の適用がなされる。賃金基準の多くは、関連するアワードに基づく賃金額から算定され、オーストラリア公正賃金委員会(Australian Fair Pay Commission, AFPC)によって毎年改訂される。2006年3月27日以前に締結された協定は、賃金基準の適用がない賃金規定を有している。2006年3月27日以降に締結された協定や労働協約は、賃金基準を下回る賃金内容を決めることができず、それ以上の額を規定しなければならない。賃金基準は、労働者がモダン・アワード(Modern Award)の適用を受けるときには、適用されない。モダン・アワードは、2010年1月1日に導入される予定であり、それにより賃金基準制度が廃止されることとなる。

連邦最低賃金(Federal Minimum Wage)は、アワード、労働協約などに基づく賃金基準の適用を受けない労働者に対して適用される最低賃金制度である。連邦最低賃金は、連邦システムが適用される労働者に対するセーフティー・ネットとして機能することを目的としている。障害を有する労働者に対しては、以下で述べるように特別な最低賃金の適用がある。

4.一般企業における障害を有する労働者に対する最低賃金の保障と決定

オーストラリアにおいて障害者が雇用の機会を得る形態を大きく2つにわけることができる。ひとつが、障害者が一般企業で就労する場合であり、他方が障害企業と呼ばれる授産施設のような機関で支援雇用により就労する場合である。後者については、次章で取り上げることとし、本章では一般企業における障害者雇用と最低労働条件の適用についてみていくこととしたい。障害者の一般企業における就労形態は、さらに2つに分けられる。第1に、ある労働者が有する障害が生産能力や就業能力になんら影響を与えず、健常者と同様の労働義務を遂行している場合である。第2に、ある労働者が有する障害が生産能力や就業能力に影響を与えるがゆえに、要求される就労義務の履行が一定程度制約されている場合である。

障害が就業能力を制約せず、健常者と同様の労働義務を遂行することができる場合、その障害者に対して基本的に特別な保護がなされるわけではなく、他の健常労働者と同じ労働条件が適用されることとなる。労働協約やアワードが適用される業種で働いている場合には、それらを最低の労働条件とすることとなる。賃金に関して言えば、労働協約やアワードが定める賃金基準または賃金規定に従うこととなる。もしある障害を有する労働者に連邦最低賃金(standard Federal Minimum Wage, standard FMW)の適用がないか、または特定の業種について労働者に支払われる最低賃金を決定する賃金基準の適用がない場合には、第一特別連邦最低賃金(special FMW No.1)が適用される。第一連邦最低賃金は、通常の連邦最低賃金と同額である。これらの最低賃金の額は、2009年において週給543ドル78セント、時間給14ドル31セントである。

次に、障害が就業能力に影響を与え、要求される労働義務の履行が制約される場合についてみていくこととする。この場合には、原則として障害が労働義務の履行を制約している程度に応じて、賃金額が決定されることとなる。これを保護賃金制度(Supported Wage System,以下、SWS,(Pro rata wage system,就業能力比例型賃金決定制度))と呼ぶ。通常、労働協約や労働裁定にSWS条項があり、それが障害を有する労働者に対して適用されることとなる。賃金基準が適用されるが、それにSWS条項がない場合には、特別SWS(special SWS)が 適用される。賃金基準が適用されないか、または通常の連邦最低賃金の適用から排除されている障害を有する労働者に対しては、第二特別連邦最低賃金制度(special FMW No.2)が適用されることとなる165。特別SWSも、第二特別最低賃金制度も、基本的にSWSと同様に特定の業務に対する就業能力によって賃金額を決定する制度となっている。

SWSは、一般企業で就労する個別労働者ごとに、特定の業務に関する就業能力を査定し、その就業能力に応じて賃金額を決定するものである。たとえば、ある障害を有する労働者の就業能力がその業務で求められる能力の70%であると査定される場合、他の労働者に対して適用される賃金規定の70%に相当する賃金がその障害を有する労働者に支払われることとなる。第二最低賃金制度の場合に労働者は、通常最低賃金(Standard FMW)に就業能力係数を乗じた賃金額を受領できる(たとえば、14ドル31セントX70%)。

SWSが導入されたのは1994年である。1994年以前においては、就業能力に制約のある労働者に対して健常者と同様の賃金を支払わないことは、賃金規定にそのような条項が存在する場合か、または州レベルの労働法においてそのような方法が認められる場合に限られていた。したがって、就業能力に制約のある障害者は、労働市場に入っていくことが非常に困難であった。1990年、オーストラリア連邦政府は、Chris Ronaldに障害者雇用に関する報告書の作成を依頼したが、その報告書において、州レベルで限定的に存在していた就業能力比例型賃金決定制度へのアクセスが限定的であることが、障害者の労働市場への参加を妨げる要因のひとつであると指摘された。また、当時の制度は、わかりにくく、障害者に対して適切なセーフガードとなっていないことから、ほとんど使われていなかった。そこで報告書は、労働者の技術と能力の評価に基づく公正かつ平等な賃金制度の導入を提言した。その提言に基づきオーストラリア連邦政府は、Don Dunoonに対し、要求される就業能力という観点から労働者の技術や能力を統一的に査定する手続の作成を依頼した。Dunoonは、1991年に報告書を提出し、そこには、査定が、特定の業務で求められる要件に個別に基づいておこなわれることが述べられていた。これは、ある査定の結果が他の業務の査定にそのまま適用されず、別の査定が必要であるということを意味している。この報告書に基づきオーストラリア連邦政府、オーストラリア労働組合評議会(Australian Council of Trade Union, ACTU166、およびオースラリア商工会議所(Australian Chamber of Commerce and Industry, ACCI)は、就業能力比例型の賃金決定制度をアワードの条項に組み入む制度を起案し、1994年AIRC167によって承認された。これによって、就業能力比例型の賃金決定制度、つまりSWSが、連邦労働法の制度のひとつとなった168

就業能力比例型の最低賃金決定および保障システムが障害者の労働市場参入に大きな役割を担っているが、その理由は、就業能力比例型の賃金システムを採用すれば障害者を雇い入れるコストが健常労働者との間で相対化されることである。就業能力が低下している障害者に対し健常者と同じ賃金を支払うならば、使用者には障害者を雇い入れるインセンティブはない。しかし、就業能力に対して相対化された最低賃金体系を決定および保障すれば、障害者の労働市場における競争条件を向上させ、使用者が雇い入れるインセンティブとなる169

SWSの適用を受けるためには、第1に当該業務が、SWSの下で就業能力比例型賃金の適用を受けることを労働条件や制定法によって認められていること、第2に当該個人がオーストラリア国籍を有していること、またはオーストラリア連邦法(Commonwealth law)によって滞在が一定期間に制限(たとえば、短期滞在用ビザの適用により)されていない、オーストラリアに在留する個人であること、第3に当該個人が15歳以上であること、第4に当該個人が、現在雇用されている使用者に対して特別な労災補償の請求をおこなっていないこと、第5に当該個人が、障害支援年金(Disability Support Pension, DSP)の受給に対し、Centrelinkが認めている障害(損傷)基準を満たしていること、第5に当該業務が、1週間に最低8時間以上の就労を求めるものであること,を満たしていなければならない。

障害支援年金を受給している求職者の適用を求める際には、第1にSWS求職者は、http://jobaccess.gov.auにログインし、申請様式に必要事項を記載し、送信しなければならない。保護賃金管理部(Supported Wage Management Unit, SWMU)は、当該求職者が障害支援年金の受給者であること確認し、上記の保護賃金制度の適用要件に合致することを認め、申請を承認する。SWMUは、求職者に申請が承認されたことを通知し、SWS査定人を選定し、当該求職者の就業能力の査定を要請する。査定人は、査定の日時を決定するために、使用者および障害者雇用ネットワーク(Disability Employment Network, DEN170に対し連絡を取る。その後、求職者は、12週間から16週間のSWS試用期間を開始(ここでSWS試用期間労働者となる)し、使用者またはDENは、当該労働者が就労を開始したことをCenrelink(社会保険庁)に通知しなければならない。SWS試用期間中の賃金額は、当事者の交渉によって決定されるが、週給71ドルを下回ってはならない。本来的には、当該労働者の就業能力を反映した賃金額であることが望ましい。労働者は、試用期間中の賃金額についてCentrelinkに連絡することが求められる。

SWS査定人が、試用期間終了後に当該労働者の就業能力を査定する171。しかし、障害の程度やそれが就業能力に与える影響は、個別の求職者ごとに異なることから、どのような基準で能力の査定をおこなうかを明確に述べること簡単ではない。過去に同様の業務や別の業務をおこなったことがある場合には、それに基づき判断される。ただし、学校を卒業して間もない、または最近になって障害を有することになった場合などは、査定をおこなうことがさらに困難となる場合がある。査定人は、障害に関連する作業遂行能力の低下に基づいて失職した、または短期間雇用に従事した経歴がある場合にはそれを確認しなければならない。また、作業遂行能力の低下を示す報告書がある場合には、その報告書の有効性を確認しなければならない。査定の後、3ヶ月の訓練期間を求める場合、さらには職場環境の調整を行う場合がある。ただし、たとえそれが行われたとしても、すべての求職者にSWSの適用を受けるだけの就業能力があると判断されるわけではない。

SWS査定人がおこなった査定が当事者によって合意され、署名がなされる。その後、使用者は、もしそうする必要がある場合には、Industrial RegistrarWorkplace Authorityなどの労使関係管理局(industrial authority)に署名された賃金協定書を送付しなければならない。組合代表が賃金協定の当事者でない場合には、労使関係管理局は、関係する労働組合に対し協定書のコピーを送付しなければならない。労働組合が10日間以内に労使関係管理局に対し異議を申立てない場合には、労使関係管理局は、使用者とSWMUに賃金協定が承認されたことを通知する。使用者が合意された就業能力比例型賃金を法的に支払うことができる日は、賃金協定が署名された日である。使用者は、この日から合意された賃金額を支払うこととなり、労使関係管理局が受領した協定が承認されたことを示す通知を待つ必要はない。

労働者、査定人および使用者は、賃金協定が発効した日から12ヶ月以内に再査定をおこなうことを話し合う。もしこの再査定をおこなわない場合には、賃金協定は12ヶ月間効力を有することとなる。再査定は、少なくとも一方の当事者がそれを希望した場合に、おこなわれる。賃金協定が失効する10週間前に、SMWUは、当該労働者のために行為する個人とSWSの提供者である使用者に再審査の期限を通知する。賃金額が変更された場合には、SWMUは、Centrelinkに通知しなければならない。ただし、通知の責任は当該労働者が基本的に負い、変更があってから14日以内にそれをCentrelinkに伝えなければならない。SWMUは、その個人が障害支援年金の受給者である場合には、審査結果をCentrelinkに通知する。

障害支援年金を受給していない個人の場合には、第1に年金の受給手続を開始し、上記の手続に従い、SWSの適用を受けることとなる。第2に、もし年金の受給を申請しない場合には、障害支援年金を受給するために必要な医学上の損傷要件に合致するかの審査を受け、それに合致すれば、SWSの適用が認められる。SWSの手続としては、障害保障年金の受給者でない個人が、上記アドレスにログインし、申請書類に記入し、送信すると、SWMUが、その求職者が障害支援年金の受給者でないことを確認することとなる。もしその時点で、その求職者が医学上の障害(損傷)審査を受けている場合は、SWMUはその申請書を受け付けることとなる。もし障害(損傷)審査を受けていない場合には、SWMUは、求職者に障害(損傷)審査を受ける必要があることを通知し、その個人をCentrelinkに紹介し、審査がおこなわれることとなる172

SWSの適用を受ける労働者の多くは、知的障害者または学習障害者である。2000-2001年の調査によれば、SWSの適用を受ける労働者の68%が、知的障害者または学習障害者であった。そのほかには、身体障害者が12.4%、脳外科手術を受けた個人が6.1%、精神障害者が5.5%、感覚器官の障害を有する個人が3%以下となっている173。1994年に開始されたSWSは、当初適用を受ける個人が極めて少なかった。1994-1995年はわずか19人の労働者にしか適用されていなかった。しかし、適用を受ける労働者の数はしだいに増加し、2001-2002年以降年間3000人以上が参加している174

SWS以外にも、上記のごとく、州レベルにおいては一般企業において障害者に対して最低賃金を保障する制度が存在している。かつては現在では、その多くがSWSの査定システムを利用した制度となっている。

5.障害企業における最低賃金の保障と決定

障害を有し、その障害が就業能力に影響を与えている個人は、SWSなどの適用を受けても一般企業での就労が困難な場合には、ビジネス・サービス(business services)や支援雇用としても知られる障害企業(Disability Enterprises)(日本における授産施設のような機関)で支援雇用により就労を行うこととなる。2007年6月までにオーストラリア全土において211のNPOが415ヶ所の障害企業を運営している。障害企業で就労を提供する労働者を、支援雇用労働者(supported employee)と呼び、約20,000人が就労をおこなっているといわれている。障害企業の多くは、包装、園芸、木材加工、食品、印刷作業、リサイクリング、電器機器または機械の組み立てなどをおこなっている175。一般的に支援雇用労働者は、職業訓練、個人的な能力開発や社会性の開発を含む支援を、障害企業から受けることとなる176

障害企業は、シェルタード・ワークショップ(sheltered workshop,以下、ワークショップ)を起源としている。ワークショップは、1950年代に障害児の親らによって設立され、障害者の雇用の機会が限られていた時代に雇用や支援を提供する地域組織であった。1967年に、連邦政府は、保護雇用(援助)法(Sheltered Employment (Assistance) Act 1967)を制定し、NPOがワークショップを設立するための補助金を支給することとした。また、同じ年、保護雇用手当(Sheltered Employment Allowance)を制定し、限定的であるが所得保障のしくみを導入した。1974年には、障害者援助法(Handicapped Persons Assistance Act 1974)が制定され、障害者に訓練、セラピーおよびリハビリテーションを提供する組織に対する支援を拡充した。1986年に障害者サービス法(Disability Service Act 1986)が制定され、それが現行制度となっている177

障害者サービス法は、連邦家族、住宅、地域サービス、原住民問題省(Commonwealth Department of Families, Housing, Community Services and Indigenous Affairs, FaHCSIA)が障害企業に対し、資金援助をおこなうことを規定している。この制度により、現在では障害企業は、オーストラリア全土で適用される統一基準の下で運営されている。障害者就労支援を行う障害企業が連邦政府の補助を受けるには、上記法律によって規定される、12の障害者サービス基準をクリアしなければならない。障害企業は、障害者に対する雇用の提供と商業ベースの企業運営という2つの目的を有している。そのため、一般の企業とは異なり、障害を有する労働者の技術や能力に応じたビジネスを構築し、働く労働者の就業能力に応じた、一定の技術・機器と手順を整備した業務を創設し、労働者の技術や能力を理由とする企業刷新をおこなわず、生産性を高めるために業務のあり方を多様化させず、さまざまなケアや支援サービスを提供している178

障害企業で就労する支援雇用労働者に対する最低賃金制度自体は存在しない。また、最近まで、連邦および州レベルにおいて障害企業分野における労働条件については規制がなく、多くの障害企業は、労働裁定に基づく賃金を相当下回る賃金を支援雇用労働者に支払っていたといわれている。しかし、近時障害企業において適用される賃金基準が約定されており、一定の支援雇用労働者がその適用を受けることとなった。2005年8月に、障害企業の代表、リカー・ホスピタリティー及びその他組合(Liquor, Hospitality and Miscellaneous Union, LHMU179、ACTUとの間で協定が締結され、LHMUアワードに就業能力比例型の賃金決定システムを組み込むこと、そしてLHMUアワードの適用範囲を一定の障害企業に拡大することとした。この協定は、オーストラリア連邦政府によりLHMUアワードとして承認されている。LHMUアワードが障害企業に適用されたとしても、その賃金基準が適用されない支援雇用労働者が存在するが、そのような労働者に対しても、LHMUアワードに類似する特別な賃金基準が適用されることとなっている。特別な賃金基準は、特別ビジネス・サービス賃金基準(Special Business Service Pay Scale)と呼ばれ、2006年に制定されている。これらの賃金の査定に際しては、賃金評価基準が用いられることとなるが、支援雇用労働者に適用されるもののひとつとしてビジネス・サービス賃金評価査定ツール(Business Service Wage Assessment Tool, BSWAT)がある。調査によれば、障害企業の55%がこれらの賃金基準を使用しているにすぎないが、そのうち障害企業の61%にLHMUアワードが適用され、38%に特別ビジネス・サービス賃金基準が適用されている180

障害企業に適用される賃金基準には就業能力比例型の賃金決定システムが組み込まれており、支援雇用労働者は、就業能力や生産性に基づき賃金が支払われる。しかし、この制度は、SWSとは少し内容が異なるものとなっている。まず支援雇用労働者は、その技術、経験、能力に関して7つのグレードが設定され、そのグレードごとに段階的に基準賃金規定が置かれている181。使用者は、支援雇用労働者を、技術、経験、能力に応じて7つのうちどのグレードに該当するかを決定する。その後、支援雇用労働者の能力が、グレードに対応して、労働者の能力割合が一定の基準により査定される。能力割合が、判定されたグレードの賃金規定に乗じられ、賃金額が決定される。もしある支援雇用労働者がグレード2に分類され、そこで70%の能力を有すると査定された場合、グレード2の支給額として決定されている13ドル19セント(2001年)に能力評価の70%をかけた額、9.23ドルが時間給として算定される。ただし、支援雇用労働者の週給の最低基準は71ドル(2009年)となっている。能力の査定は、障害企業の内部の者、たとえばその組織の他の労働者が行うか、または第三者査定人などの障害企業の外部の者が行う。査定は、特別な決まりがない場合、前回の査定がなされてから3年以内におこなわなければならない。また、支援雇用労働者または障害企業の要請により6ヵ月ごとにおこなうことができるが、ただし3年間に4回以上査定をおこなう必要はない182

2007年の調査によれば障害企業の支援雇用労働者の76.9%が1週間に100ドル以下の賃金しか得ていないという結果がでている。また、2007年および2009年の調査によれば、支援雇用労働者の多数がパート・タイムの業務に従事していたことが報告されている。

支援雇用障害者が連邦政府による補助対象となるには、1週間に少なくとも8時間就労しなければならない。支援雇用障害者が週に8時間以下しか働かない場合、使用者は、連邦政府から援助金を受けることができないこととなっている。

障害企業で働く支援雇用労働者は、障害により就業能力に制約があるということを前提としているが、実際には一般企業での就労が可能なレベルで就業能力を有する労働者も存在する。そこで、一部の障害者団体(Disability Employment Action Centre and National Council on Intellectual Disability)は、障害企業で就労する支援雇用労働者に対してもSWSを全面的に適用することを要請している。しかし、SWSの全面適用は簡単ではない。第1に、SWSが一般雇用を前提に制度設計がなされていることである。第2に、一般就労が可能であるとしても、支援雇用労働者ごとの就業能力の差が顕著であり、就業能力が低い支援雇用労働者にSWSを適用すると、一般就労をおこなう障害を有する労働者に対し、就業能力の低い支援雇用労働者を過大評価することになることである。たとえば、SWSを支援雇用労働者にも適用する場合遂行できる業務内容が限定され、限定された業務を80%の割合で行える支援雇用労働者も、ほとんどスーパービジョンなく、幅広い業務を80%の割合で行うことができる一般就労している障害者も、同じ賃金額が保障されることとなる。後者のほうが業務を遂行する上で価値が高いと仮定すれば、同じ賃金額が適用されると、前者が後者に対して過大評価され、また後者は前者に対して過小評価されるという結果を生み出すこととなる。さらに、SWS制度を前提にすれば、そのような評価のあり方が障害者の労働市場の競争力を低下させることにつながることとなる。また、オーストラリア連邦政府は、SWSの全面的な適用が、相当な費用負担を障害企業に負わせることになると算定している。政府は、障害企業における能力査定については、BSWATなどの賃金評価査定ツールをさらに改良することによって、精度を高めることが必要であると考えている183

6.障害を有する労働者に対する最低賃金保障と障害年金

オーストラリアには公的な年金制度が設けられており、障害者に対する所得保障制度が存在する。障害支援年金(DSP)を中心として、それに加えて付加的な手当によって構成されている。障害支援年金の受給権は、原則として16歳以上で、老齢年金受給年齢以下の個人、精神的、知的または精神的な障害のレベルが20度以上の個人184、障害を理由として今後2年間にわたって1週間につき15時間以上働くことができない個人、障害を理由として今後2年間以内に職業訓練を受けることができない個人、視覚障害者が有する。

21歳以上の単身者に対して支給される、2週間あたりの障害支援年金の基礎額は、569ドル80セントである。カップルの場合には、1人につき475ドル90セントが基礎額となる。これに付加年金、教育手当、薬剤手当、移動手当、遠隔地手当、電話手当、生活手当などが必要に応じて加算されることとなる185

オーストラリアの年金制度のユニークなところは、年金の受給に際して資力調査がおこなわれることである。これは、日本の生活保護制度のように生活保護の支給を認めるか否かを決定するためではなく、低所得者に対して手厚い保護をおこなうために設けられている186。資力調査については、親の財産や所得の多寡は考慮されないこととなっている。所得調査では、単身者が満額の障害支援年金を受給するためには、2週間あたりの所得が142ドル以下でなければならない。単身者の場合には、所得が1ドル増えるごとに受給できる年金が40セント減額されることとなっている。カップルの場合には、所得が1ドル増えるごとに20セント減額されることとなっている187

オーストラリアにおいては、障害を有する労働者に対する最低賃金の保障と障害支援年金は補完しあう制度として合理的に設計されている。第1にSWSやLHMUアワードなどの1週間あたりの最低賃金保障額が71ドルとなっている。1週間あたりの所得が71ドルであれば、2週間あたりの所得が142ドルとなり、満額の障害支援年金が受給できるように制度設計されている。第2に、上述のように、SWSの申請手続きや受給要件と障害支援年金の受給手続きが密接に関連している。DSPとSWSとの手続きを相互に関連させ、日本の社会保険庁に相当するCentrelinkが、障害支援年金の支払いとの関係で、障害者の賃金額および変更された賃金額の把握を行っている。

略語表

  • ACCI, Australian Chamber of Commerce and Industry オースラリア商工会議所
  • ACTU, Australian Council of Trade Union オーストラリア労働組合評議会
  • AFPC, Australian Fair Pay Commission オーストラリア公正賃金委員会
  • AFWA, Australian Fair Work Act 2009 2009年オーストラリア公正労働法
  • AIRC, Australian Industrial Relations Commission オーストラリア労使関係委員会
  • APCS, Australian Pay and Classification Scales オーストラリア連邦賃金基準
  • AWA, Australian Wage Agreement オーストラリア個別協定
  • BSWAT, Business Service Wage Assessment Too ビジネス・サービス賃金評価査定ツール
  • DEN, Disability Employment Network 障害者雇用ネットワーク
  • DSP, Disability Support Pension 障害支援年金
  • FaHCSIA, Commonwealth Department of Families, Housing, Community Services and Indigenous Affairs 連邦家族、住宅、地域サービス、原住民問題省
  • FMW, Federal Minimum Wage 連邦最低賃金
  • FWA, Fair Work Australia オーストラリア公正労働委員会
  • ITEAs, Individual Transitional Employment Agreement 移行期個別雇用協定
  • LHMU, Liquor, Hospitality and Miscellaneous Union リカー・ホスピタリティー及びその他組合
  • Special FMW No.1, Special Federal Minimum Wage No.1 第一特別連邦最低賃金
  • Special FMW No.2, Special Federal Minimum Wage No.2 第二特別連邦最低賃金
  • SWMU, Supported Wage Management Unit 保護賃金管理部
  • SWS, Supported Wage System, 保護賃金制度
  • WR Act, Workplace Relations Act 1996 1996年職場労使関係法
  • Work Choices 2006年職場労使関係法改正法