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第8節 EUの保護雇用に関わる現状と法政策の方向性-障害のメインストリーム化と就労支援・労働者保護188

引馬 知子(田園調布学園大学 人間福祉学部)

1.はじめに

欧州では、一時的あるいは継続的に一般労働市場で働くことが困難であると思われる障害者を対象として、シェルタードワークショップ(以下、保護就業施設)や作業センター等での就労を含むさまざまな保護雇用が存在する。EU域内の保護雇用と日本の福祉的就労は、この意味で同様の位置づけにある。このことから本節は、EUの保護雇用を取り巻く現況をまとめ、次に、保護雇用と関係が深いEU法と、この法との関わりのなかで保護雇用下の労働者保護の適用の方向性を検討する。さらに、EUの同分野の近年の法政策の動向をまとめる。本節では「sheltered employment(シェルタードエンプロイメント)」を、和訳の慣例に従い「保護雇用」と表記するが、保護雇用には労働保護法制で保護されない就業形態が一部含まれている。また、「employment(エンプロイメント)」と、その定訳としての「雇用」という日本語が示す内容的な意味も、必ずしも同一とはいえない。本報告書全体が福祉的就労における労働者性を検討することから、employmentは、検討の内容如何で、雇用・就労/就業と表記した。

本節の2.ではまず、EUの保護雇用と障害者就労の現状を、EU内の調査報告書の検討結果等から概観する。EUでは、柔軟な働き方や援助付き雇用等を活用し、就労上の障害あるいは不能(incapacity)にとらわれることなく、能力(ability, enable)に焦点を当てた就労支援の推進が試みられつつある。また、社会的包摂(インクルージョン)の観点に基づき、保護雇用から一般労働市場を通じた雇用への移行が取り組まれている。しかし、一部の国々や成功事例を除き移行の成果は必ずしも明らかではない。さらに、保護雇用下で労働者保護が適用されない人々が一部に現存することが確認されており、これがEU域内の労働者保護上の社会的包摂の課題として指摘されている。

本節の3.では、保護雇用と関係性が深いEU法である、①「雇用均等枠組指令(2000/78/EC)(2000年11月)」189および「リスボン条約」、これらと内容が交錯する国連の「障害者権利条約」、②EUの「一括適用免除規則(No.800/2008)(2008年8月)」190、③「公共調達指令(2004/18/EC)(2004年3月)及び、(2009/81/EC)(2009年7月)」191の内容を概観する。

①「雇用均等枠組指令」は、職業(occupation)と雇用・就業(employment)のあらゆる局面における、障害を事由とする均等取り扱いを、合理的配慮を含めて規定している。しかしながら同指令は、職業と雇用・就業の定義や概念を示しておらず、従って、これらに保護雇用を含んでいるか否かは明瞭にされていない。これらの定義や概念が保護雇用を含む場合には、保護雇用と一般労働市場における労働者保護上の差異をなくしていくことが求められていくであろう。この点につき、国連の障害者権利条約(2006年)の27条が規定する「あらゆる形態の雇用と就業(all forms of employment)」の概念には、保護雇用が明確に含まれている。そして、EUは同国連条約を既に署名し、EUによる正式確認あるいはEU全加盟国による批准の作業が進んでいる。同指令の職業と雇用・就業の概念は、国連同条約の正式確認および批准との関係性や、EU法の解釈等を加盟国内法に優位して判断する欧州司法裁判所(ECJ)等との関係性の結果として、今後、法的拘束力をも伴って保護雇用を含むことも考えられる。この関係性に影響を与え得る新たな要素として、2009年12月に発効する①「リスボン条約(EU基本条約)」が新たに規定する「欧州人権条約の加入」および「EU基本権憲章への法的拘束力の付与」等も注目されよう。

このような流れから、労働者保護においても、一般雇用と保護雇用における実質的な均等待遇(非差別)が明確になると考えられ得る。これにより、保護雇用下の労働者性の適用が未だ不十分な一部のEU加盟諸国についても、EU指令等との関わりのなかで労働者性の適用、あるいはこれに代えて、一般雇用の労働者と同等の労働条件の整備のいずれかがが行われよう。一方で、就労上の均等待遇が困難な者(非就業者)は、保護雇用外での諸活動に携わっていくと推測できる。

②「一括適用免除規則」は、同規則が対象とする保護雇用の定義や、障害のある労働者が就労する場合の賃金補填等を含む、加盟国の国家補助金のあり方の枠組を規定する。③「公共調達指令」は、保護雇用に対して、優遇的な措置を可能とする規定を有する。②と③の両者は、保護雇用を取り巻く就労や人権保障を促すEU法として重要な役割を果たしている。

本節の4.では、障害者就労に関連するEU法政策の変遷を、時代を追って説明する。同法政策において、障害のメインストリーム化を中核に据える動きが高まっている。障害のメインストリーム化とは、全ての各法政策が障害を視野に入れて策定され、実施されることを指す。これは、労働者保護を含む労働の権利においても、障害者が障害のない人と同じ扱いを享受していくべきことを想起させる。

総括するとEU地域は、EUと加盟国、障害者雇用・就労に関わるステークホルダーが協働しながら、障害者の適切な収入を含むディーセントワークの確立、自立生活、社会参加を保障する方向にある。これらの推進のために、障害者個人に対する合理的配慮および障害者集団へのポジティブアクション等含む均等待遇保障、就労支援のための財政補助や事業所への発注支援、共通目標を設定した行動プログラム、成功事例の情報交換と普及等が取り組まれている。以上に述べたことは、EUを競争力のある経済・社会へと導く意味においても、雇用環境の域内格差とこれによる共同市場の歪みを避ける意味でも、また、障害者に均等待遇(非差別)を保障する意味でも実施されているのである。

2.EUの保護雇用の概況と労働者保護

欧州27カ国が加盟するEU域内では、保護雇用や援助付き雇用の基本的な定義は、現在、次のように解されている。192

  • 保護雇用(sheltered employment):通常の労働市場における雇用が一時的あるいは継続的に難しい不利な立場にある人々を特に対象として設立された職場で、保護のある労働環境下での雇用・就業を指す。
  • 援助付き雇用(supported employment):援助付き雇用では、障害者が一般労働市場で報酬を得る仕事に就き、仕事が継続できるよう導くことを目指す。この目標を達成するため、ジョブコーチ、賃金補填、求職支援等のさまざまな手段が用いられる雇用を指す。

*)上記の基本的な定義とは異なり、英国での援助付き雇用という用語は、保護雇用上でも用いられる。

EUは人口約4億9,285万人を抱え、そのうち約一割の5,300万人が何らかの障害を有している。労働年齢人口に障害者が占める割合は、出生時からの障害者に加え、事故や病気による中途障害者を含め16%近くにも上る。うちEUでは、保護雇用のもとで約200万人が就労している。193EU域内では、保護雇用等、障害者が携わる仕事の種類や部門を含めた就労や職業に関わる情報は不十分であったとの認識から、以下に示すように、これを埋める取り組みが進展している。194

近年のEUの保護雇用を含む調査報告としては、「長期的な健康問題あるいは障害(long-standing health problems or disability,以下、LSHPD)195に関する量的な調査研究報告書(2007)」196および、ANED(the Academic Network of European Disability experts:欧州障害専門家学問ネットワーク197)の各国のメンバーからの報告に基づく、「欧州諸国の障害者の労働市場の状況と雇用政策の実施に関わる報告書(2009)」198がある。前者は、障害と雇用・就労の関係、障害者の雇用・就労および教育の機会、賃金水準、低所得を補填する給付制度等を、LFS(2002)とEU-SILC調査(2004)199の双方のデータを多変量解析することによって明らかにする。このなかでは、保護雇用と援助付き雇用についても、①保護雇用の対象者の割合、②就労上の制限と保護雇用の関係、③健康上の問題と保護雇用の関係として、若干のデータを提供している。後者は、“雇用・就労の種類と部門(types and sectors of employment)”に焦点を当てた検討と、そのもとで“保護雇用と社会的企業”の節を設けている。以下ではこれらを概観し、加えて、EUの保護雇用における労働者保護の適用に関する近年の指摘を紹介する。

(1)LSHPDへの調査結果に関する報告書と保護雇用

まず、LSHPDに関する調査研究報告書によると、表1が示すように、EU全体では2002年に、25歳から64歳人口うち、長期的な健康問題あるいは障害があり就労している人の8.3%が、保護雇用の対象となっていた。さらに、就労に制限がある者については12.3%、かなりの制限がある者の13.0%が保護雇用の対象となっていた。保護雇用あるいは援助付き雇用の割合は、就労上の制限が大きいほど高くなる。しかしながら、制限が全くないあるいは一定程度の制限のみがある者も、下記の表2が示すように、相当程度の割合で保護雇用に留まっていた。

表1 保護雇用または援助付き雇用、25歳-64歳(労働力調査)(%)
  保護雇用 一般就労 全体
長期的な健康問題および障害があり働いている人 8.3 91.7 100
就労上制限があり働いている人 12.3 87.7 100
就労上かなり制限があり働いている人 13.0 87.0 100

出典:Applica & CESEP & Alphametrics, ‘Men and Women with Disabilities in the EU: Statistical Analysis of the LFS Ad Hoc Module and the EU-SILC’, Study financed by DG Employment, Social Affairs and Equal Opportunities, April 2007, p.139

表2 保護雇用または援助付き雇用:「長期的な健康問題あるいは障害(LSHPD)」があり働いている人、25歳-64歳(労働力調査)*)
  仕事の内容/質 仕事の量 モビリティ
制限の程度 保護雇用 一般就労 保護雇用 一般就労 保護雇用 一般就労
 
制限なし 4.7 95.3 5.6 94.4 6.2 93.8
一定の制限 7.8 92.2 7.8 92.2 11.1 88.9
かなりの制限 13.3 86.7 13.3 86.7 14.8 85.2
全体 7.3 92.7 7.3 92.7 7.3 92.7
男性 7.6 92.4 7.6 92.7 7.6 92.4
女性 6.9 93.1 6.9 93.1 6.9 93.1

*この表はEU全加盟国を対象としていない。すべての所見が制限の程度による分布を示しているわけではない。

出典) Applica & CESEP & Alphametrics,op.cit.,p.139

図1 保護雇用に占める「長期的な健康問題あるいは障害(LSHPD)」の種類、25歳-64歳 *)

図1 保護雇用に占める「長期的な健康問題あるいは障害(LSHPD)」の種類、25歳-64歳 *)

*)労働力調査

**)本稿には未記載であるが、出典の文献には、保護雇用と低学歴・言語・精神保健問題・支援の必要性を、年齢と確率で検討した図も掲載。

Applica & CESEP & Alphametrics,op.cit.,p.140

健康上の問題や障害の種類と、保護雇用や一般就労といった就業形態との関係性に焦点をあてると、上記の図1が示すように、言語に問題を抱える人の割合が保護雇用では突出している。また、保護雇用における男女差もかなりあり、概して男性が多い傾向にある。

保護雇用は、労働市場への統合が難しい人やリハビリテーション中の人に仕事を提供する目的を有している。しかしながら以上の表1、2、図1に示される検討結果は、保護雇用に、開かれた一般労働市場での雇用が可能な人々が存在するという議論を提起している。同報告書は、EU加盟国の法政策は、障害のある人に必要な支援や訓練を提供しつつ、通常の労働環境における雇用を目指す方向にあるとまとめている。

(2)ANEDに基づく報告書と保護雇用

次に、ANED(欧州障害専門家学問ネットワーク)の調査に基づく報告書は、まずEU加盟国毎の保護雇用の増減等から、EU全体において、保護雇用の是非に関わる政策上の収斂は見受けられないと指摘する。ポーランド、スウェーデン、英国では保護雇用は減少傾向にあり、一方で、オーストリア、ドイツ、フィンランド、イタリア、ルクセンブルグ、ポルトガルでは増加傾向にある。スロヴェニアでは、保護雇用分野の障害関連企業が障害者の主な雇用主となっている。ベルギー、イタリア、スペインでは、保護雇用で働く割合が最も高い。フランス等での障害者の就業率の増加は、一般労働市場よりも、むしろ保護的な環境下における増加に依拠している。

一方で、例えばドイツで保護的な環境下で雇用される人の81%は知的・認知障害者である等、保護雇用には多くの知的・認知障害者がいる点は共通した特徴となっている。さらに、EU域内の障害者雇用・就労に関わる共通した傾向として、労働市場および福祉政策が、就労上の障害あるいは不能(incapacity)に注目することをやめ、就労上の能力(ability,enable)とその評価に基づく支援を行うようになってきていることがあげられる。しかし、保護雇用から一般労働市場に効果的に移行しているという明白な証拠や洞察は、加盟各国の報告からは見受けられない。例えば、英国等の保護雇用の提供者は、一般雇用に移行する目標を掲げているが、実際の成果はあまり報告されていない。オーストリアの国別報告も、一般労働市場への移行が、これらの会社(保護雇用の提供の場)の目標であると謳われたにも拘わらず、成果は3%と相対的に低いと記している。一方、フィンランドでは、保護雇用から援助付き雇用への移行がある程度進んでいる証拠が示されている。ラトヴィアの例では、知的障害者に対する援助付き雇用制度が成功している。加えて近年、より多くの障害者の雇用を目的の一部に据えた、社会的企業の役割を重視する国々もある。

同報告書は、全体として労働市場における障害者の不利は現存していること、割当雇用や保護雇用に関わる政策的な収斂はEU全体で明確には確認できないものの、どちらも障害のメインストリーミング(本稿4.参照)を含意していると述べている。また、一般雇用への参加は社会統合の一側面でしかなく、多様な雇用や就業の存在は、均等(equality)に焦点を当てた熟考を示唆する。すなわちこれは、ドイツ等で見受けられる、保護雇用および保護就業施設で働く人々への低い報酬や貧困へのリスク、さらには労働に対する補償の低さ、メインストリーミングの達成のための費用等に関わっている。つまり、保護雇用について、一般労働市場の労働者と同様の労働者保護を含む、社会的包摂(インクルージョン)の必要性が問題提起されているのである。

(3)その他文献による保護雇用下の労働者保護

保護雇用の労働者保護に関わり、近年の以下の文献において次のような指摘もある。「欧州の多くの知的障害のある人々が、保護雇用のサービスのもとで働いている。EU加盟国のなかには、これを通常の雇用(regular employment)の一部、あるいは本来の仕事であると捉えていない国々が存在する。このため、保護雇用下の障害のある労働者を、他の労働者と同等な権利の享受から排除している。障害に特化した新指令が必要であり、新指令は保護雇用下にあるこれら障害のある労働者の役割や保護について明確にすべきである」(インクルージョンヨーロッパ200)。オレイリー(2007)も、「いくつかの国では、保護雇用が適切な労働条件と雇用契約を提供していないこと、しばしば職場の安全・衛生法の適用や一般に結社の自由の権利を付与していない」と指摘している201。つまりEU域内の保護雇用で働く障害者には、①通常の労働者と同水準の労働条件が法的に与えられる者、②通常の労働者と同様な労働者保護が与えられない者、③一般雇用に向けて訓練している等のために、通常の労働者と同じ法的な労働者保護が与えられていない者、がいる。202保護雇用は、障害者雇用の場のなかでも、労働者保護等をはじめとする諸政策上のメインストリーム化が最も及びにくい位置にあることがわかる。

これらの現況も踏まえて、EUでは保護雇用を含む障害者雇用に対していかなる法政策を行っているのだろうか。以下の3.では、EUによる中核的な法を取り上げ、またその法が労働者保護に与える今後の影響(方向性)についても若干検討することとしたい。

3.保護雇用を含む障害者雇用・就労に関わるEU法とその方向性

現在、EU加盟国の国内法の約60%は、EU法の何らかの影響を受けているという。障害分野でも、EU法と加盟国内法は相互に強い関係性をもって、域内の障害者雇用に影響を与えつつある。近年EUレベルの立法が、EU域内の障害のメインストリーム化と社会・経済的参加の推進の流れ(4.で後述)を受けて、次々と採択されている。

就労と保護雇用に特に関係が深いEU第二次法として、①「雇用均等枠組指令(2000/78/EC)」、②「一括免除規則(No800/2008)」、③「公共調達指令(2004/18/EC)(2009/81/EC)」、④「構造基金一般規則・欧州社会基金規則(No846/2009 等)」203の、4領域が少なくともあげられよう。「指令」は、指令を置換える(transpose)ための加盟国の国内法の制定や改正をともなって、その内容の遵守を加盟国に求める。「規則」は、目的の達成方法が加盟各国に委ねられる指令とは異なり、その文言や内容が、国内法に優先して加盟国政府や企業等に直接適用されることとなっている。

本節では上記の①~③の指令と規則を、以下で順次紹介する。④の「構造基金一般規則・欧州社会基金規則」は、ここで触れるに留めるが、これも不利な立場にある人や障害者の雇用の機会の促進において重要な施策を実施する根拠となる法である。④の規則による欧州社会基金(EFS)は1958年に発足し、障害者の社会統合のための特定の行動やプログラムの実行や支援を行う。このなかには保護雇用や保護雇用から一般雇用へ向けた支援のプロジェクト等も含まれる。また、改正された同新規則には柔軟性条項(34.2条)が加えられ、ESFプログラムにおいて訓練施設等のインフラストラクチャー上の支援等も一定程度可能となっている。

その他、EUでは障害に関わるEU立法が少なくとも40以上あるといわれ204、これには例えば、障害者が障害のない人と同様に EU域内の空港を利用する均等待遇を、個人負担なく支援する義務を規定する新たな規則205等が含まれる。また2008年7月には、障害等の事由を対象とした、包括的な非差別・権利保障に関わるEU指令案206が欧州委員会により提案され、採択へ向けて議論が進んでいる。これは雇用・就労を超えて、社会保護(社会保障・保健医療等)、教育、公共交通、文化、ものやサービス供給へのアクセス等をその対象としている。

以下、障害者雇用・就労および、そのなかでも保護雇用と関係の深い、上記①~③について順に説明し、また検討を加える。

(1)雇用均等枠組指令と障害-保護雇用の場の労働条件整備の方向性-

1)雇用均等枠組指令の内容と置換状況

障害者の社会経済的参加を促進する要として、欧州連合理事会(閣僚理事会)は2000年に「雇用均等枠組指令(正式名称:雇用・就業と職業における均等待遇のための一般的枠組設定に関する指令)」を採択した。同指令は、自営業を含む雇用・就業、職業における、職業訓練や職業へのアクセス、昇進、再訓練、解雇や賃金を含む労働条件において、障害等を理由とする直接および間接差別、ハラスメントを禁止する。障害のある人々への均等待遇のため、一定のポジティブアクション207の実施を加盟国に認めると共に、障害者個人への権利としての合理的配慮を規定する。ポジティブアクションである特定集団に対する積極的差別是正措置には、例えば割当雇用制度が含まれる。合理的配慮は、特に障害者個人に対して均等な取り扱いの原則を遵守するために、合理的配慮を伴って、あるいは伴わずに職務に適格な障害者の就業、昇進、あるいは訓練へのアクセスを可能とする適切な措置を、使用者が過度な負担にならない限り執る義務を指す。加えて、雇用均等枠組指令における均等待遇の権利が侵害されたと考えるすべての者が、加盟国において行政・司法的な手続きをとる権利を定めている。

EU同指令を受けて、EU加盟国には2006年12月までに同指令を国内法に置換える義務が生じた。EUの全加盟国は現在、就労と障害に関わる合理的配慮の義務規定を含む、何らかの均等法あるいは差別禁止法を有しており、またその内容もEU指令に照らし合わせて一定の最低基準以上に急速に収斂しつつある。208こうしたなか、EU内では、合理的配慮の実施や、割当雇用をはじめとするポジティブアクションの具体的な、より良いあり方に議論が移っている。EU内の調査研究209によると、EU+2カ国内で合理的配慮に関わる82の公的財政支援制度が確認され、その支援の分類が示されると共に、250の事例検討が行われている。同時に、非財政的支援の重要性も指摘されている。また、割当雇用制度についても表3が示すように、多くの加盟国がこれを維持および改革し、あるいは割当雇用制度がない国々や部門においても、類似した取り組みがあることが紹介されている。

表3 EU加盟国の割当雇用制度
国名 部門 事業所の規模(人数) 障害者の割合
オーストリア 公的+民間部門 25以上 1/25
ブルガリア 公的+民間部門 50を超える 4%-10%
ベルギー 公的部門/連邦行政 - 3%
  公的部門/フランドル地方 - 2%
  公的部門/ワロニア地方 - 2.5%-5%
  民間部門   割当なし
チェコ 公的+民間部門 25を超える 4%
フランス 公的+民間部門 25を超える 6%
ドイツ 公的+民間部門 20を超える 5%
ギリシャ 公的+民間部門 50以上 8%
ハンガリー 公的+民間部門 20以上 1/20
アイルランド 公的部門 - 3%
  民間部門 - 割当なし
  民間部門 51以上 7%
イタリア 公的+民間部門 15以上 1/15
リトアニア 公的+民間部門 50以上 2%
ルクセンブルグ 公的部門 - 5%
  民間部門 25以上 障害者1人以上
    50以上 2%
    300以上 4%
マルタ 公的+民間部門 20以上 2%
ポーランド 公的+民間部門 25を超える 6%
ポルトガル 公的部門 就職プログラムに3-10の職がある場合 障害者1人以上
    就職プログラムに10以上の職がある場合 5%
  民間部門 - 割当なし
ルーマニア 公的部門 20を超える 4%
  民間部門 50以上  
スロヴァキア 公的+民間部門 20以上 3.2%
スロヴェニア 公的+民間部門 20を超える 2%-6%
スペイン 公的部門 - 5%
  民間部門 50を超える 2%

出典:KMU Forschung Austria, Austrian Institute for SME Research, “Providing reasonable accommodation for persons with disabilities in the workplace in the EU .good practices and financing schemes .Contract VC/2.7/0315 Final Report”, Vienna, November 2008 p.35-36

2)保護雇用下の労働者保護問題とEU指令の解釈および国連条約27条

EU同指令の規定が示す割当雇用も合理的配慮も、保護雇用にある労働者あるいは保護雇用と一般雇用を移動する労働者への就労支援に対して、一定の役割を担うことが期待される。しかし仮に、EU内の保護雇用の労働者への就労支援に対してもこれらが差別/区別なく自然に適用されたとしても、前述のように一方で現在、保護雇用で働く者のなかには、一般雇用で働く者と同様の労働者性あるいは労働条件が認められず、労働者保護(最低賃金、労働安全衛生、有給休暇等)を享受しない人々が実在する。

この点につき、EU同指令はその正式名称も示すように「職業(occupation)」と「雇用・就業(employment)」上の障害等を事由とする差別を禁止する。指令の“範囲(第3条)”は、雇用・就業(employment)・自営業(self-employment)あるいは職業(occupation)における採用から昇進の条件、職業訓練・再訓練等の条件、解雇や賃金を含む労働条件が指令の範囲であることを定める。さらに“職業的な必要条件(第4条)”は、宗教や信条に関連する団体における異なる扱いを認めている。しかしながら同指令は、職業と雇用・就業の定義や概念自体は示しておらず、これに保護雇用が入るかを明確にしていない。また、現在のところ、EU同指令の職業や雇用・就業の解釈を欧州司法裁判所(ECJ)に求めた判例もない。このため、一般労働市場での労働者保護と同一の労働者保護、または実質的に同様の労働条件を保護雇用の労働者に提供しない場合、これが均等な取り扱いに反するかは不明となっている。EU加盟国のなかには、EU指令を国内法に置き換える折に、保護雇用を関連する国内法の範疇に入れた国々もあったが、なかには保護雇用を範疇に規定しなかった国々もあることがわかっている。210

一方で、EUおよびEU加盟国による、国連の障害者権利条約(2006年)の署名と批准が進んでいる。211EU(EC)は、「地域的な統合のための機関」としてはじめて国連の人権条約に2007年に署名した。そして、国連同条約43条は、EUが同条約を正式確認(=批准)することを可能としている。こうしたなか欧州委員会がまとめた、「EU(EC)による国連の障害者権利条約の結論のための提案」と題した文書(2008)212は、EUが国連同条約を第27条の軍隊の適用除外のみを条件として、同条約の正式確認を行うことを提案している(2009年4月、欧州議会は修正なしでこれを承認)。EUは現在、EU加盟国の同条約の批准を積極的に支援し、自らの正式確認をも進めている。広く知られるように、同条約27条(労働および雇用)は、「あらゆる形態の雇用・就業(all forms of employment)」に関わる、募集、採用条件、就労継続等に関わるすべての事項における差別禁止を謳っている。この「あらゆる形態の雇用・就業」には、保護雇用が明確に含まれている。213

以上のことを鑑みると、EU全加盟国が国連同条約の批准を終えた後、あるいはEUが正式確認を行った場合等には、EU同指令が規定しなかった「職業」と「雇用・就業」の範疇には、おのずと保護雇用が視野に入り得ることとなろう。国連の権利条約との関わりのなかで、EU指令における保護雇用の位置づけもまた明確になり、EU域内でEU指令と欧州司法裁判所(ECJ)という拘束力のある枠組の下で、一般雇用と保護雇用の間に残る労働条件の差異については、均等待遇の保障に向けて是正されていく方向性が見出され得るのである。

3)リスボン条約の新規定と労働者保護

これらの方向性は、2009年12月1日に発効予定となったEU基本条約(リスボン条約)においても見出すことができる。リスボン条約は、①欧州評議会/欧州審議会(Council of Europe214による欧州人権条約へのEUの加入(EU条約6条2、議定書8215216、②EUの基本権憲章への法的拘束力の付与(EU条約6条1、議定書30)、③人の尊厳・平等、人権の尊重、非差別、公正等(EU条約2条)、人々の福祉(well-being)の増進、社会的排除との戦い(EU条約3条)、④政策および活動の策定の実施における差別との戦いをEUの目的とすること(EU運営条約10条)を新たに規定する。

欧州人権条約(ECHR1950年)は、労働組合を結成し、これに加入する権利(11条)を除き、自由権を中心に定めている。しかし、欧州人権裁判所(ECtHR)の近年の判例は、公正な裁判を受ける権利(6条)や差別禁止(14条、第12議定書1条)、私生活および家族生活(8条)等を起点として従来の権利の規範内容を拡大して議論し、当初の想定になかった権利の保障や、社会権を実質的に包摂する動きをみせている。217

一方、EU基本権憲章は(2000年)、自由権と社会権、さらには“よい行政を受ける権利”等、旧来の国際人権条約が有していない新たな権利を含んでいる。EUにおける人権に関わる基本的原則を包括的に示し、欧州評議会の「欧州人権条約(1950年)と議定書」や「欧州社会憲章(1961年)」、EUの「EU社会憲章:労働者の基本的社会権に関する共同体憲章(1989年)」、さらには、労働者の権利や社会保障等に関わるEU指令等や政策、欧州司法裁判所の判例の相互の積み重ねに依拠した内容となっている。

同憲章は、前文と全7章(①人間の尊厳、②自由、③平等、④連帯、⑤市民権、⑥司法/裁判に関する権利、⑦一般規定)の全54条で構成される。218

同憲章第3章26条の「障害者の統合」は、次のように記している。

“EUは、障害者の自立、社会的および職業上(occupational)の統合および参加を、共同体(the community)の生活において確保するために計画された(design)措置から障害者が福利(benefit)を得る権利を認め、かつ尊重する。”

また、基本権憲章第2章の自由は、集会および結社の自由(12条)、職業選択の自由と就業の権利(15条)を、第3章の平等は、障害等に基づく差別の禁止(21条)、第4章の連帯は、企業/事業所(undertaking)内での情報と協議への労働者の権利(27条)、団体交渉・行動権(28条)、職業紹介サービスを得る権利(29条)、不当解雇に対する保護(30条)、公平で正当な労働条件(31条)、社会保障と社会扶助(34条)等について謳っている。保障される権利の範囲(52条)の3や保護水準(53条)は、同憲章と欧州人権条約が保障する諸権利が対応する場合の意味と範囲が同一であること、および、EU法がより厚い保護を規定することを妨げないこと等に触れている。

これらの新しい動向と保護雇用における労働者保護の方向性は、アムステルダム条約以降規定された差別禁止条項(旧13条、リスボン条約ではEU運営条約19条)と、これを起点としたEU雇用均等枠組指令との相互の関わりのなかで、さらに検討し得ることとなろう。国連障害者権利条約とEU同指令、リスボン条約とEU基本権憲章および欧州人権条約等との関わりでも、保護雇用における労働者保護の適用は、今後EU全域で進展していく可能性を秘めている。

(2)国家補助金に関わるEU一括適用免除規則と障害

1)一括適用免除と保護雇用を含む障害者雇用・就労

雇用均等枠組指令が障害者雇用・就業の量と質の確保と人権保障を担うのに対して、以下の、2)「一括適用免除規則」および3)「公共調達指令」は、これらを財政あるいは仕事の発注の側面から支援する位置づけにある。

EUの行政機関である欧州委員会は2008年7月7日、「一括適用免除規則(GBER)」を採択した。同規定は2008年8月29日に発効し、2013年12月31日に失効する。国家補助金に関わるこの一括適用免除規則は、各加盟国が企業や組織・機関に提供できる補助金の範囲と程度を示している。社会的に不利な立場にある人や障害者の職業訓練および雇用分野にとって重要な規則であり、EU加盟各国の障害者の保護雇用にも影響を与える内容を含んでいる。

現在、EUの加盟国の国家補助金とその制度は、特定の企業への過度な優遇等による共同市場の歪みを避ける目的から、欧州委員会の監督を受けなければならない。これはEU競争政策の一環であり、例えばEC条約(87-88条)は、加盟各国がすべての国家補助金交付の計画について欧州委員会に事前に通知する義務を定めている。しかしながら、障害者の雇用を含む特定のカテゴリーについては通知義務を免れる、一括適用免除(ブロックエグゼンプション)がある。この内容を定めるものが、「一括適用免除規則」である。通常、EUの規則、指令、決定等の第二次法は欧州連合理事会が採択するが、一括適用免除については、理事会規則によって欧州委員会に一括適用免除規則を制定する権限が付与されている。欧州委員会は一括適用免除規則において、共同市場に矛盾しない一括適用免除の対象となる特定の定義や条件を明確に定めている。

同規則の内容については、以下の2)で詳細に示すが、その概要は、少なくとも次の3点を含む。第1は、障害者雇用・就業の“追加的な全費用”が、市場メカニズムを歪めずに国家補助金の対象となり得ることである。追加的な費用には、障害のある労働者の支援スタッフの人件費、建物の改造、設備・機器・用具等の費用、保護雇用の場の建築や増築および設備費等が含まれる。第2は、障害のある労働者の賃金補填等についても、補助の上限を雇用の全期間を対象に適切な費用の75%と定めていることである。第3に、賃金補填との関係で、障害のある労働者が加盟国内法と一貫した最低期間、継続して雇用される権利を定めていることである。これらの規定は、障害者が一般雇用(mainstream job)に就くインセンティブを与える。同時に、一般雇用が特定の時点で難しい労働者の就業の場としての、あるいは一般労働市場の雇用への橋渡しとしての保護雇用にも、一定の役割を見出していることを示している。同規則は、、一般労働市場の障害のある労働者のみならず保護雇用下の障害がある労働者の双方への支援を含んでいることがわかる。

2)一括適用免除規則上の障害および保護雇用の定義とその対象

「一括適用免除規則」は、国家補助金の措置の対象として「不利な立場あるいは障害のある労働者への補助」、「訓練補助」、「中小企業投資および雇用補助」、「地域補助」、「環境保護への補助」、「訓練補助」、「研究開発・イノヴェーション補助」等の9部門を明示する。そして同規則は“障害のある労働者”、“保護雇用”、“賃金費用(wage cost)”および“補助割合(aid intensity)”の定義を明確にしている。特に障害者雇用・就業について中心的な補助の部門としては、「不利な立場あるいは障害のある労働者への補助」、「訓練補助」があげられ、そのもとでは4カテゴリー(4つの条文)が設けられている。

*)以下の同規則の抜粋では、employment(エンプロイメント)を全て雇用と訳したが、雇用契約以外の就業形態の者が含まれている可能性が高い。

①定義

一括適用免除規則の第1条から12条は共通規定であり、なかでも第2条は規定上の定義を29項目にわたり明らかにする。障害者雇用に特に関連する定義として、保護雇用を含む以下のア~カがあげられる。

ア.不利な立場にある労働者の定義
不利な立場にある労働者とは次のいずれかに該当する者を指す。(2条18)
  • 過去6ヶ月において通常の有給雇用(regular paid employment)に就いていない者
  • 後期中等教育を修了していない者、あるいは国際標準教育分類(ISCED)レベル3以上の職業資格がない者
  • 一人以上の被扶養者がいる独身成人
  • 各加盟国のすべての経済分野において、男女比率の偏りが平均よりも少なくとも25%以上高い部門または職業で、過少な性に属する者
  • 加盟国において民族的なマイノリティに属し、言語知識、職業訓練・職業上の経験を積み上げ、雇用安定の見通しを高める必要がある者
イ.非常に不利な立場にある労働者の定義
非常に不利な立場にある労働者とは次の者を指す。(2条19)
  • 過去24ヶ月以上にわたり失業している者
ウ.障害のある労働者の定義
障害のある労働者とは次のいずれかに該当する者を指す。(2条20)
  • 加盟国の法によって障害があると認められる者
  • 身体的、精神的あるいは心理的な障害(損傷)によって制限が認められる者
エ.保護雇用の定義(2条21)
保護雇用とは、少なくとも労働者の50%が障害者である事業での雇用を意味する。
オ.賃金費用の定義(2条15)
賃金費用とは、雇用に関わる補助金の受益者(the beneficiary)によって実際に支払われる総額を意味する。賃金費用は次の各費用で構成される。
  • 課税前の総賃金
  • 社会保険料等の強制拠出
  • 子どもおよび両親のケアにかかる費用
カ.補助割合(エイド・インテンシティ)の定義(2条5)
補助割合とは、適格な費用(後述)に対する%で示される補助額を意味する。

②障害のある労働者に特に関わる補助規定

第13条以下の補助内容の具体的な規定では、障害者雇用および、障害者にも言及した訓練補助に関わり4カテゴリー(以下、ア~エ)が示されている。

ア.賃金補填を伴う不利な立場にある労働者の採用への補助(第40条)
  • 補助割合は、適格な費用(eligible cost)の50%を越えないこととする。
  • 適格な費用とは、採用後最大12ヶ月間の賃金費用のことである。しかし、非常に不利な立場にある労働者の場合は、採用後最大24ヶ月間の賃金費用が適格な費用となる。
  • 直近の過去12ヶ月の平均に比べて当該事業の被用者の採用数が純増していない場合は、余剰人員の解雇ではなく、自発的な退職、障害、年齢による退職、自主的な労働時間の削減あるいは、不法行為/不始末(misconduct)による合法的な解雇によるポストの欠員であるべきとされる。
  • 不法行為による解雇のケースを除いて、当該の不利な立場にある労働者は、国の法律あるいは雇用契約を統制する労働協約が定める最低限の期間、継続して雇用される権利がある。
  • もし雇用期間が12ヶ月よりも短い場合、あるいはケースによって24ヶ月よりも短い場合には、補助は期間に比例して削減される。
イ.賃金補填を伴う障害のある労働者の雇用への補助(第41条)
  • 補助割合は適格な費用の75%を越えないこととする。
  • 適格な費用とは、障害のある労働者を雇用するすべての期間の賃金費用である。
  • 直近の過去12ヶ月の平均に比べて当該事業の被用者の採用数が純増していない場合は、余剰人員の解雇ではなく、自発的な退職、障害、年齢による退職、自主的な労働時間の削減あるいは、不法行為/不始末(misconduct)による合法的な解雇によるポストの欠員であるべきとされる。
  • 不法行為による解雇のケースを除いて、障害のある労働者は、国の法律あるいは雇用契約を統制する労働協約が定める最低限の期間、継続して雇用される権利がある。
  • もし雇用期間が12ヶ月よりも短い場合、あるいはケースによって24ヶ月よりも短い場合には、補助は期間に比例して削減される。
ウ.障害のある労働者を雇用する付加的な費用への補助(第42条)
  • 補助割合は、適格な費用の100%を越えないこととする。
  • 適格な費用とは、第41条(上記)の対象となる賃金コストを除く費用であり、障害のない労働者を雇用する場合の費用に追加して、障害のある労働者を雇用する期間を通じて生じる費用を指す。
  • 適格な費用とは次のとおりである。
    • ○ 施設改造費用
    • ○ 障害のある被用者の支援のみに使われた時間に対するスタッフ雇用の費用
    • ○ 障害のない労働者の雇用に生じる費用に追加して受益者(the beneficiary)が負うであろう、障害のある労働者のための、適切なまたは補助的な技術手段を含む、機器の改造や購入、あるいはソフトウェアの購入や認証の費用
    • ○ 保護雇用の提供者が受け取る、事業所の建築、設置あるいは拡張のための費用、障害のある労働者の雇用により直接的に生じる事務費および交通費
エ.訓練補助(第39条から障害者雇用に特に関る部分のみを抜粋)
訓練補助は、次の補助割合を越えないこととする。
  • ○ “企業(施設)特殊訓練(specific training)”219に適格な費用の25%
  • ○ “一般訓練(general training)”に適格な費用の60%
  • “企業(施設)特殊訓練”とは、他の事業所あるいは仕事の分野に転職できない、またはこれが制限される被用者の、現在あるいは将来の事業所における職や資格の提供に、直接また主に適用される指導を含む訓練を指す。
  • “一般訓練”とは、被用者の現在あるいは将来の事業所のみに、またはこれに主として適用が限定されない、事業所または仕事の分野に転職が広く可能な資格を提供する指導を含む訓練を指す。訓練が“一般的”であるとは、例えば次のことをいう。(a)独立した複数の事業所が共同で組織する訓練、またはさまざまな事業所の被用者本人に訓練が役立つこと(b)公的事業機関あるいは、加盟国または共同体(EU)が必要な権限を与えたその他機関や施設がこれを承認し、認定すること(第38条2)。

しかし下記の場合は、適格な費用の最大80%まで補助割合を引き上げることができる。

  • ○ 障害のある、あるいは不利な立場の労働者に対する訓練の、補助割合については10%ポイントの引き上げが可能(最大70%)
  • ○ 中規模の企業には10%ポイント(最大70%)、小規模の企業には20%ポイントまで補助割合の引き上げが可能(最大80%)

訓練補助プロジェクトの適格な費用とは次のとおりである。

  • ○ 訓練指導員の人件費
  • ○ 訓練指導員と訓練生の便宜も含めた交通費
  • ○ 事業に直接関連する資材や支給物等を含む、その他の現用の実費
  • ○ 訓練事業に全面的に使用する道具や装備の減価
  • ○ 訓練事業に伴うガイダンスやカウンセリングサービスの費用
  • ○ 上記の項目に示されるその他の適格な全費用を上限とする、訓練生の人件費および一般的な間接費用(運営費、賃貸料、諸経費)。訓練生の人件費については、生産活動に携わる時間は除外し、訓練生が実際に訓練に携わった時間のみを対象とする。

同規則第6条は、上記の各カテゴリーにおいて、国の通知が免除される補助総額の上限を定めている。上記ア.イ.ウ.エの各々の上限は、アの賃金補填を伴う不利な立場にある労働者の採用補助が、事業(undertaking)毎に年間500万ユーロ(6条(h))、イの賃金補填を伴う障害のある労働者の雇用への補助が、事業毎に年間1,000万ユーロ(6条(i))、ウの障害のある労働者を雇用する付加的な費用への補償が、事業毎に年間1,000万ユーロ(6条(j))、エの訓練補助への補償が、訓練プロジェクト毎に200万ユーロ(6条(g))となっている。

3)保護雇用に関わる一括適用免除規則の位置づけと方向性

以上のように、EU域内では障害者雇用・就業によって生じ得る追加的な費用は、規定内であれば市場メカニズムを歪めないとの合意が公に形成されている。あわせて、同規則を通じた国家扶助のあり方は、リスボン戦略(後述)やこれを具現化する雇用均等枠組指令(前述)にも沿い、EU内の雇用創出と競争力の向上を支え、これらによって経済と社会の実質的な利益の創造を目指そうとする内容になっている。

一括免除規則は国家補助を対象として、その措置の扱いを単純化し、加盟国の公的機関や欧州委員会の行政的な負担を軽減する。同時に、規定外の国家補助は禁止されているわけではなく、欧州委員会への事前通知義務の対象となる。その場合には、欧州委員会がその妥当性を、EUの競争上の目的と効果に関わるガイドラインや枠組、その他の手段によって評価する。いずれにしても同規則の結果として、EU加盟国には、その規定内容や方向性を満たす国家補助体制を実施するインセンティブが働くのである。

2008年の一括免除規則は、2002年に採択された「雇用上の国家補助金適用規則(以下、旧一括免除規定)」220の期限が終了したことにより制定された。この旧一括免除規定も、既に不利な立場にある人々や障害者雇用・就労を促進する国家補助の規定を有していた。しかし、2002年の規則は大きく見直され、2008年規則はその全体量が増大した。現行の2008年と2002年の規則との相違からも、EUの障害者雇用・就労や保護雇用における方向性を読み取ることができる。主な相違は次のとおりである。

第1に、2008年の規則の保護雇用の定義からは、2002年の同定義に含まれていた、「保護雇用が一般労働市場で働けない人のためにある」との一文が削除されたことである。2008年の規則では、一般労働市場において障害者の援助付き雇用を保障する機会を提供することと、一般就労へ向けた支援が重要であることが、保護雇用との関わりで確認されている。また、障害のある労働者の定義にも若干の変化があった。2008年規則には、“損傷”のみではなく“損傷からくる「制限」”という文言が挿入された。さらに、2002年規則にはなかった、非常に不利な立場にある人への補助も規定されるようになった。

第2に、障害のある労働者を支援する補助の可能性を、2008年規則では広げたことである。障害者を支援する補助割合は60%から75%に引き上げられ、通知義務の上限も2倍の1,000万ユーロとなった。被用者に対する一般的な訓練の規定も、基本的な補助の度合いを51%から60%に引き上げた。さらに、通知すべき額を従来の2倍である200万ユーロと、より高い補助金を認めている。2008年規則は全体としても、国家補助の免除対象を従来に比べて約3倍に広げ、通知義務外となる補助の上限や補助割合も相当程度増やしている。

第3に、新規則における一括適用免除の条件は単純化され、規定が加盟国の多くの行政機関や訴訟においてそのまま活用できるよう明瞭な文言となったことである。また、加盟国が、各々の地域やセクターの強みや弱みを考慮して、裁量によって幅広く利用できる枠組や、将来的に補助のない状態も目指せるような条件づくりへの試みがなされている。

2008年の一括適用免除規則案は、欧州委員会が関係ステークホルダーとの協議を重ねた上で作成された。例えば、障害者の保護雇用と関係性が深い、欧州の社会サービスの提供者の団体であるEASPDと欧州委員会は、一括免除規則採択前に、6度にわたる会議と公式・非公式な連絡・調整を行っている。221その過程で、欧州委員会の当初の案であった障害のある労働者の賃金補助の60%が、75%に引き上げられ、また、補助を提供する場合には最低12ヶ月の契約が必要であるとの文言を削除する等の変更が加えられている。EDF222は、規則が対象とする「追加的な費用」のリストを、より網羅的に提案した。最終的にはリストは簡素になったが、職場における配慮や調整に関連した中心的な「追加的な費用」の殆どは対象となっている。その他、結局変更は加えられなかったものの、保護雇用や障害のある労働者の定義なども議論となった。EASPAD等の組織は、2008年の一括免除規則が正しく理解され実施されれば、同規則は、域内市場を監督する手段としてのみならず、不利な立場や障害のある人々の雇用の機会を促進する手段にもなると述べている。223

(3)EU公共調達指令と障害

「公共調達指令(2004年)」は、障害者に対する社会参画の障壁を減らし、社会的包摂を促進するため、障害者を含むすべての人が利用しやすい構想やアクセシビリティの条件を規定する。また、公共調達等の契約に関わり、保護就業施設(sheltered workshops)や障害ある雇用労働者が大多数を占める保護雇用プログラム(sheltered employment programmes)に対する優遇的な扱いを定めており、障害者雇用・就労の維持と促進において、一定の役割を果たす内容となっている224。欧州連合理事会は2009年7月13日、さらに「改正 公共調達指令(2009/81/EC)」を採択し、同指令は同年8月20に発効した。これは、公共調達指令(2004年)を基礎として、防衛安全保障分野に焦点をあてるものである。同新指令も、障害者に対する優遇措置等を同様に規定している。以下で、公共調達指令の関連規定について概観することとしたい。

同指令はその前文(28)で、雇用・就業(employment)と職業(occupation)がすべての人の機会均等を保障する鍵であり、社会統合に貢献する要素であると記す。そして、保護就業施設や保護雇用プログラムは、障害者の労働市場への統合や再統合に効果的に貢献しているが、しかし、一般競争下ではこれらの雇用・就業の場が契約を得にくいと指摘している。

これらを踏まえ、通常の状況下での作業の遂行が難しく、保護就業施設あるいは大多数の被用者が障害者(most of the employees concerned are handicapped persons, by reason of the nature or the seriousness of their disabilities)である保護雇用プログラムに、優遇的な落札手続および契約への権利を確保することを加盟国に認めている(第14条)。あわせて、同指令は付録Ⅲ(第18条における技術仕様書の定義)で、請負契約および供給・サービス契約のための特に入札書類などの技術仕様書は、障害者の利用しやすさを含めて、すべての必要条件(design for all requirements)に応えるよう計画していなければならいと定める。また、付録Ⅳ(第30条の通知に含まれる情報)は、欧州委員会あるいは発注者(買主)の「事前情報通知」において、適切であれば契約が保護就業施設に限定され、あるいはその遂行が保護を受けた作業プログラム下に限定すると記すことができる。また、「契約通知」においても、“限定手続”、“契約通知に公示された交渉手続”や“競争的交渉”において、適切であれば同様な対応が可能になっている。

EU加盟国の公共調達は、EUのGDPの約14%を占めている。225こうしたなか、以上のようにEU同指令は、域内市場を監督する手段としてのみならず、特に障害のある人が働く保護雇用における雇用・就業の機会と事業継続に貢献するインセンティブを有しているのである。

4.障害のメインストリーム化とEU法政策の動向

(1)EUの障害者雇用政策とメインストリーム化

これらのEU法が2000年代に次々と制定される背景には、以下に触れる1970年代以降のEU障害政策の積み重ねと、1980年代以降の少子高齢・グローバル社会を視野に入れた欧州経済社会モデルの構築、つまり、すべての人の社会参加と社会的に不利な立場にある人々のメインストリーム化(mainstreaming)へ向けた取り組みがある。

雇用・就労分野においても障害者の労働参加率の低さは、近年広く課題として認識されている。例えば、障害のない人と障害者の就業率は64.5%対42.2%となっており、2002年には350万人の働く意思があり就労可能な障害者が、職に就けなかった(当時加盟国15)。障害のない失業者と障害のある失業者の比率は7.4%と5.5%となっており、障害者のうち52.2%が就業者でも失業者でもない非活動者に位置づけられる。この非活動者の数値は障害のない人の28.8%よりもかなり高い。これらから、障害は失業率よりも、むしろ労働市場への参加率に影響を与え、EUにおける障害者の就労の課題は、勤労権とも相俟って、労働市場参入への障壁の削減と仕事の機会の拡大、社会保障制度と就労に関連する給付の改革として提起されることとなった。226

こうしたなかEUでは現在、障害者の就労の場の確保と就労の質を高めるため、EUおよび加盟国の雇用・就労に関わる全て法政策において、「障害のメインストリーム政策」を推進している。「障害のメインストリーム政策」とは、各々の政策が障害のない人と同じように障害者を視野に入れ、障害者がそのサービスや仕組みを使えるようにすることを意味する。つまり、メインストリーム政策のもとでは、スポーツプログラムも、教育も、職業訓練も、すべての政策が多様な障害者を視野に入れて策定され実施されなければならない。ANEDの報告書(2009)は、「メインストリーム化においては、障害者の生活に直接的あるいは間接的に影響を与える政策決定の中核に、何時も障害者やその多様なニーズと経験が据えられるよう、政策決定に関わる周知と幅広い参画を必要とする」と記している227

障害のメインストリーム化政策に至るまでの、EUの障害および雇用政策の歴史は1974年のEUレベルの障害者政策の着手にはじまる。1980年代には障害者の社会・経済的な統合やそのもとでの障害者雇用促進の取り組みが、決議・勧告・憲章や行動計画ヘリオスプログラム等において本格化していった。これらの積み重ねのもと1990年代半ば以降、EUは障害に関わる視点を、補償の受身の受給者から、均等な権利をもって社会に積極的に参加する者へと移し、上記のような障害者のメインストリーム化を主眼とする諸施策を打ち出すようになった。EU域内における福祉モデルから福祉と市民権モデルの両立を目指す模索がはじまり、障害者の均等待遇の視点から、EU障害者雇用施策が検討されるようになったのである。

同時並行して2000年には、EUの社会経済政策の軸となる「リスボン戦略(Lisbon Strategy)」が、リスボン欧州理事会で採択された。228リスボン戦略は、少子高齢・クローバル化社会における欧州経済社会モデルの構築を宣言し、EUが2010年までに知識を基盤とする世界で最高の競争力と活力をもった社会へ向かうこととした。そしてこのための、①持続的な経済成長、②フル就業(full employment:従来の失業者のみを視野に入れた“完全雇用”の意味のみでなく、非活動者を視野に入れた就業)、③仕事と生産性の向上、④社会的結束の強化を具体的な政策目標とした。このもとでEUは、フル就業達成のための職業訓練への投資の拡大や社会的排除を撲滅する重要性と、EUの就業率を2010年までに61%から70%することを、数値目標として打ち出した。その後2005年には、同戦略の実行の遅れや目標達成のためにさらなる行動を求める、「改訂リスボン戦略」がブラッセル欧州理事会で採択されている。229改訂リスボンアジェンダが設定した雇用上の達成目標に到達するには、社会的弱者を労働市場に統合する必要がある。この文脈において、リスボン戦略下の欧州雇用戦略(EES)は、特に求職者や不利な立場にある人へのインクルーシブな労働市場の保障に取り組んでいる。同ガイドライン18は特に障害者について触れ、また、障害者の就労上のニーズに対する考慮を含め、障害の視点をメインストリーム化する、さまざまな特別な措置を示している。

2003年の欧州障害者年では、「障害者の雇用と社会統合を促進する理事会決議」230が採択され、政策策定・実施・評価の過程に関係するすべての政策で障害の視点のメインストリーム化を強化し、このために加盟国と欧州委員会が従うべき明確な方針に合意した。加えて同年、欧州委員会は、欧州障害者年の後も一貫した政策を保障していくにあたり、EU障害行動計画(DAP)を2004-2010年の長期計画として開始することとした。DAPの主な目的は、①雇用均等枠組指令の完全な実施、②関連EU政策における障害問題のメインストリーム化、③すべての人へのアクセサビリティの改善である。同長期計画のもとでの現行計画である「EUにおける障害者の状況:障害行動計画(DAP)2008-2009」231は、労働市場への参加を促進する包括的なアプローチが必要であるとして、①契約上の柔軟で安心できる調整、多様な働き方、積極的な労働市場政策、包括的な生涯学習、現代的な社会保護を含むフレキシキュリティ、②援助付き雇用、③現存のEUの差別禁止法を補完する積極的措置等への取り組みをあげ、さらに、合理的配慮の成功事例の分析を進めると述べている。現行計画は加えて、障害者のニーズに応える就労支援や職場の改革・改造を提供する支援つき雇用が、未だ十分には実施されていないと指摘する。このため欧州委員会が、前述の一括適用免除規則のもとでこれらの支援を促進し、適切な収入と質の良い社会サービスへの保障を伴った、労働市場への積極的な包摂(インクルージョン)政策を実施していくと記している。

一方、現行のEU基本条約であるニース条約(2003年発効)は、EUが障害を事由とする差別に立ち向かう適切な措置(take appropriate action to combat discrimination)を執れる旨の、アムステルダム条約(1999年発効)以降の13条規定を有している(リスボン条約ではEU運営条約19条)。この規定により、EU障害政策は行動計画の実施に留まらず、前述の雇用均等枠組指令等のEU第二次法の採択とその具現化として着手されていく こととなる。2009年10月3日には懸案のアイルランドの国民投票の結果、リスボン条約の批准が承認され、12月1日の発効が確実となった232。新たなEU基本条約となるリスボン条約は、上記の全ての流れを受けつつ、“基本権憲章への法的拘束力の付与”や“欧州人権条約へのEUの加入”を含み、障害者を含むあらゆる人の働く権利や差別の禁止、社会的排除との戦いや、障害者の自立ならびに社会および職業への統合や参加の確保と、その権利等を包括的に謳う(3.(1).2)で前述)。以上のように、障害のある人の完全な統合と参加の促進は、EU政策全体にとりますます重要な課題となっているのである。233

(2)保護雇用とディーセントワークに関わる動向

EUでは障害のメインストリーム化の流れのなかで、保護雇用の労働者にも法定の最低賃金を適用する動きがある。EUの4分の3の加盟国には法定の最低賃金が設定されているが234、例えばルクセンブルグ(2003年9月)等で、保護雇用にある労働者に最低賃金保障を含めた労働者としての地位を保障した法律が、リスボン戦略の影響も受けつつ採択されている(3.(1).2のEU指令の置換参照)。235

またETUC(欧州労連)は、2003年の欧州障害者年に関わり、均等な権利と障害のある人々の普通(ordinary)の労働環境での社会統合を掲げ、教育、雇用、すべての障害者の尊厳を守る取り組みに着手した。その上で、EDFと協働して優先的に取り組む事項を3点に絞った。第1は、障害者の求職や職業訓練、昇進、使用者に過度な負担にならない範囲の職場のアダプテーション、中途障害者の再雇用や雇用継続等を含む労働の権利である。加えて、労働の権利、障害者あるいは特定のケアが必要な人に対する均等な機会に関わり、障害者の団体交渉や労働協約の条項が確保されるべきとしている。また、障害者の失業率の高さについて、割当雇用あるいはその他の適切な措置が障害者雇用のインセンティブとして不可欠と述べている。第2は、教育および訓練の権利である。第3は、自らが自らの生活を選ぶ可能性を意味する尊厳への権利を掲げている。これは、独立した方法で生活を営むことができる収入への保障を通じて確保されるとして、障害者やその介護者の適切(decent)な収入への権利を謳っている。

ETUCは障害者の労働者保護等に関わりEDFと協働する他、使用者団体であるUNICE(現:ビジネスヨーロッパ),UEAPME,CEEPと2005年3月、「リスボン戦略に関わる共同声明」を宣言している。236これらが示すように、欧州の保護雇用や障害者雇用法政策において、障害当事者、労使、EU諸機関や加盟国の公的機関等の間のパートナーシップに基づく積極的な関与が進展している。

ILO事務局長であるソマビア(2001)は、「すべての人にとって、仕事は人間の存在を語る上で重要な側面であることをわれわれは日々気付かされる。仕事とは、生命の維持と基本的な必要を満たすための手段である。それだけではなく、仕事を通して、個人は自分自身および周囲の人々に対し、自己認識を確認する手段でもある。個人の選択、家族の福利、社会の安定にとって欠かすことはできない」と述べている。オレイリー(2007)は、「ディーセントワーク(働きがいのある人間らしい仕事)の欠如が、障害のある人々に特別に厳しい打撃を与えており、訓練を修了しても働きがいのある人間らしい職を見るけることがで きず、差別的な障壁や働く能力に関する誤った認識を受けている。また、これにより仕事を探すことをやめ、あるいはインフォーマル経済の付加価値の低い仕事で何とか生計を立てている。この一連の状況から、障害と貧困に強い関連がある。障害者に生産的な雇用とディーセントワークへの機会を開くことが重要である」と記している。237

5.おわりに

本節は、EUの保護雇用に関わる現況および法政策の内容と、このもとでの労働者保護の方向性について検討した。EU域内でも障害者の就労は困難な場合が多々あり、また加盟国によっては、保護雇用の下で働く人々の一部が、適切な収入を含めた労働者保護を享受していない。この事実は、障害者の就労を保護雇用から一般雇用へ移行させる社会的包摂とともに、保護雇用で現に就労し続ける障害者の労働者保護上の社会的包摂の問題として提起されている。社会的排除から社会的包摂へ向けて、雇用・就労の場と労働者保護の状況の改善が、EU域内では、EU諸機関と加盟国さらにはNGO等との協働のもとで取り組まれつつある。

すなわち、障害者の雇用機会の拡大および就労支援、ひいては人権保障に関わって、EUでは「雇用均等枠組指令」による均等待遇保障、「一括適用免除規則」による財政支援、「公共調達指令」による発注支援等を軸とする施策が展開しているのである。これらが一体となり、EU27カ国内では、EU共同市場におけるソーシャルダンピングを憂慮する議論が高まることなく、障害者の雇用・就業を中心とする社会参加の共通基盤が形成されつつある。

障害者も障害のない人も共に働く社会的包摂の動きを前提に、EUの“開かれた保護雇用”における労働者保護は、一般雇用における労働者保護と同等となる方向を有しているのではないだろうか。これは、国連の「障害者権利条約」とも関わりつつ、EU法の職業と雇用・就業上の均等待遇保障(非差別保障)が保護雇用に及ぶか否かと、これに対する欧州司法裁判所の解釈等において検討し得よう。保護雇用が均等待遇の範疇であるとすれば、保護雇用下の労働者保護の適用は進展する。障害や不能ではなく、就労上の意欲や能力に積極的に焦点をあてた上で、障害当事者の意思に基づき就労が可能な人々が“開かれた保護雇用”における対象者とされよう。EU加盟各国は、各々の労働および社会保障に関わる歴史や文化を生かした諸法政策の改革を行いつつも、EU法政策と相互に影響し合い、一般雇用か保護雇用かで実質的な労働者保護に差異を生じさせない制度的枠組とその内実の具現化を、今後さらに模索していくこととなろう。

略語表語表

CEEP:
European Centre of Employers and Enterprises providing Public services(欧州公共企業センター)
DAP:
Disability Action Plan(障害行動計画)
EASPAD:
European Association of Service Providers for Persons with Disabilities(欧州障害者サービス提供協会)
ECJ:
European Court of Justice(欧州司法裁判所)
ECHR:
European Convention on Human Rights(欧州人権条約)
ECtHR:
European Court of Human Rights(欧州人権裁判所)
EDF:
European Disability Forum(欧州障害フォーラム)
EES:
European Employment Strategy(欧州雇用戦略)
EIRO:
European Industrial Relations Observatory(欧州労使関係観測所)
ESF:
European Social Fund(欧州社会基金)
ETUC:
European Trade Union Confederation(欧州労働連合組合/欧州労連)
EU:
European Union(欧州連合/同盟)
EU-SILC:
the EU Statistics on Incomes and Living Conditions(EU所得生活条件統計)
GBER:
General Block Exemption(一括適用免除規則)
LFS:
the EU Labour Force Survey(EU労働力調査)
LSHPD:
long-standing health problems or disability(長期的な健康上の問題あるは障害)
UEAPME:
European Association of Craft, Small and Medium-sized Enterprises(欧州クラフト・中小企業同盟)
UNICE:
confederations de l'industrie et des employeurs d'Europe(欧州産業経営者連盟/ユニセ)(現、Business Europe:ビジネスヨーロッパ)