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第2節 福祉的就労の実態に応じた労働保護法分野別の検討

佐藤 宏(元職業能力開発総合大学校福祉工学科)

1.問題の所在

第1章第1節でみたように、現行法制度の下では、いわゆる福祉的就労従事者の大多数に労働者性が認められておらず、労働基準法をはじめとする労働法上の保護を受けることができない。その数は障害者分野に限定しても約 20万人に達する。障害分野以外の福祉的就労を含めればこの数はさらに増えよう。

しかし、これら現行制度の下で労働法の適用を受けていない福祉的就労従事者も、利用している福祉施設等のなかで、一定の管理の下で、一定の生産活動に従事していることは否定できない。このため、生産活動に伴う報酬(工賃)、作業時間(生産活動を伴う訓練時間)、安全衛生、施設との利用契約等など面で、現行の労働法の適用対象者と同様、またはこれに準じた保護が必要ではないかと考えられる252

さらに本質的な問題として、労働法上の保護を受けることができない多数の「就業者」が存在することは、就業場面でのあらゆる差別を禁止する障害者の権利条約(本章第1節松井論文参照)や障害者である労働者と他の労働者との間の機会均等の原則を示すILO第159号条約に反するのではないかとの深刻な疑問を投げかけている253

2.福祉的就労分野に現行労働法を全面的に適用する場合の問題点

現行の労働法制を前提にした場合、福祉的就労分野に労働法をそのまま全面的に適用することは、池添論文(第1章第4節)にもあるとおり解釈上の困難性がある。福祉的就労分野に労働法を適用する場合に検討すべき問題点について、池添論文等を踏まえながら、筆者なりの視点から整理すると次のような点があげられる。

(1)福祉的就労の多様性

いわゆる福祉的就労に従事している人たちの実態は極めて多様である。岩田論文(本章第3節)が指摘しているように人々の働き方は多重構造をなしており、福祉的就労分野においても、福祉工場や就労継続支援A型事業のように制度上雇用関係の成立を前提とし労働法上の適用を受けているものから、零細な作業所等で小規模な生産活動に従事しているものまで様々なバリエーションがある。そこで働く障害者も一般労働者に劣らない高い生産性をあげて自立した生活の維持を目指す人、一般就労への移行を目指して職業的能力の向上のための訓練に重きを置く人、たとえ生産性が低くても就労を通じての働きがいを得ようとしている人など様々である。このため、たとえどんなわずかであっても作業に伴う報酬があれば「労働者」とみなせるかという疑問も生じる。したがって、こうした多様な実態をもつ福祉的就労者に対して、全面的に一律の労働法の適用を直ちに行うことには無理があると思われる。福祉的就労の実態を無視して労働法を一律に適用した場合には、結果として生産性の著しく低い労働者から就業機会が奪われる懸念も無いわけではない。この意味で、労働者性に関しては、仮に現行法の適用範囲を広げるにしても、どこかで線引きを行う必要が生じよう。このため、福祉的就労に従事している人たちの生産性の程度や就労意識などの実態に照らし、どこまで労働法の適用を行うかが吟味されなければならない。

(2)福祉的就労支援事業者の使用者性

労働基準法などの労働保護法の規制は、ごく一部の条項(安全衛生法における労働者の労働災害防止対策協力義務など)を除けば、もっぱら「使用者」が対象である。そこで、福祉的就労分野に対し労働法の適用を行う場合、規制の対象となる「使用者」とは誰かが問題となる。

障害者に対する就労支援サービスの提供を行っている事業者には、大規模な社会福祉法人のように事業規模が大きいものから、障害のある家族が数人あつまって小規模な生産活動を始めたばかりというような極めて零細なものまで様々なである。なかには、その生産規模から見て使用者性が認められないレベルのものも含まれていよう。労働基準法等の労働保護法規は、違反に対しては刑事罰が伴う刑法的性質もあることを考えると、労働法の適用対象となる福祉分野の「使用者」の範囲をより明確にする必要がある。

また、一般営利企業においては、労働法を遵守できないような企業は「淘汰されてやむを得ない」との暗黙の含意がある。しかし、障害者への就労支援サービスの社会的重要性が考えると、単に「淘汰されれば良い」というわけにはいかないであろう。この意味で、就労支援サービス事業の維持を図りながら福祉的就労従事者の労働上の保護水準を高めるためには、障害者の就労支援サービスを行っている事業体の経営体質の改善、底上げのための対策が同時に不可欠となる。

(3)労働法の適用分野による相違

一口に労働法といっても、その効果や適用範囲は各法規によって一律ではない。この点についての詳細な分析は第1章の池添論文に譲るが、判例等に見られる労働者性に関する現在の判断基準は刑事法としての性格を有する労働基準法を基本モデルにしていると考えられる。しかし、労使間の契約関係のあり方について定める労働契約法、労使関係の安定性の観点から制定されている労働組合法など法律によってその適用関係が異なり得ることに留意すべきである。

また、賃金、労働時間、労働災害防止対策など労働法の保護の対象領域は様々であり、これらの保護を、どのように、どの程度まで行うかという点については分野によって異なるので、労働法の領域毎に福祉的就労の多様な実態に即した分析が必要となる254

(4)制度上の建前と実態との乖離

障害者自立支援法においては、就労継続支援 A型事業は雇用関係の成立を前提としているのに対し、就労移行支援事業は利用期間が原則として2年間に限定されており、職業訓練事業としての性格を強く持っている。一方、就労継続支援B型事業は生産活動に従事しているものの雇用関係を前提とせず、利用者と事業者との間の委託関係による就業機会提供の場とされている。このように、制度間による性質の相違は法律上明確に区分されている。しかしながら、生産活動の場面に限定するならば、いずれの事業であっても、ある種の労働関係が成立していると考えられる(池添の指摘する複合的・混合的契約関係(第1章第4節)。また、実際の就労状況を観察すると、非雇用型就労者の生産性や工賃が雇用型より必ずしも低いとはいえないなど、就労の実態と制度上の建前とが乖離している例が見受けられる。とくに、雇用型、非雇用型の就労者が混在している施設では、作業工程の中で両者を完全に分離することが現実には 難しい場合が少なくないであろう。

(5)欧米諸国の福祉的就労分野における労働法の適用状況

欧米諸国においても、障害者の福祉的就労分野(保護雇用分野)への労働法の適用状況は国により異なり一様ではない。各国の障害者問題専門家へのアンケート調査結果によれば、多くの国では保護雇用の対象となっている労働者についても労働法の適用を原則とする傾向がうかがわれる(第2章第9節)。しかしながら、詳細に見ていくと国により制度の内容には相違がある。たとえば、ドイツではワークショップの就労者には労働法の適用無しとされている。フランスでは、従来の保護作業所を一般労働法の適用を受ける「適応企業」への再編が進められているが、一般市場での就労が不可能な障害者については労働法の適用を受けない労働支援・サービス機関(ESAT)での就労も存在する(第2章永野論文)。オーストラリアは、保護雇用分野の労働者は一般労働者と同様労働保護法が適用されるが、障害労働者の就業能力に応じた賃金決定を認めるシステムがある(就業能力比例型賃金決定制度SWA,第2章中川論文)。
米国も保護雇用を含む全労働者に公正労働基準法の適用があるが、最低賃金に関しては障害者に対する適用除外が認められる。ニュージーランドでは障害者雇用促進法(DPEP)によるワークショップを廃止するなど障害者と一般労働者との間の差別的規制廃止への動きがあるといわれる。このように福祉的就労に関する労働法の適用状況には国により異なる。こうした制度の差異は、もとより各国の歴史や社会的背景の相違を反映しているものであるが、我が国の実情にあった制度を構築していく上で多くの示唆が含まれていると考える。そのためには、単純に福祉分野に労働法を適用するという観点からだけでなく、各国における障害者施策全体の枠組みと併せて詳細な検討がされなければならない。

3.労働法の分野ごとの検討と部分適用の可能性

上述の通り、福祉的就労分野に労働法を適用する場合(見なし規定などの準用を含む)の問題点は、労働法の分野毎に検討しなければならない。これに関する労働法学の観点からの分析は第1章の池添論文が緻密に行っているが、ここでは、福祉的就労の現状を踏まえて、筆者なりに労働保護上の検討課題と対応策を分野ごとにまとめておきたい。

(1)労働条件の決定(労働契約)に当たっての労使対等性の確保

利用者が施設を利用するに当たっては、利用者と施設との間に契約上の対等性が確保されなければならない255。とくに、労働関係にかかわる部分については、労働契約法第1条、第3条(労働契約の対等原則等)の適用又は準用がされなければならない。

しかしながら、障害福祉サービス事業には国等の定めた運営基準があるなど様々な規制があると同時に福祉及び就労支援にかかわる多くの支援者や専門家の関与が行われている。こうした中での、利用者と事業者との対等性の確保や労(利用者)使(サービス提供者)自治決定権に関しては、障害福祉サービスの支給決定プロセスとの調整を含めたあらたな接近方法の開発が必要になると思われる。

また、こうした労使(利用者対事業者)の対等性確保の問題は、労働組合結成権、団体交渉権等に類する権利を施設利用者にどのような形で付与するかという課題と密接に関連する。労働組合法の直接的な適用が困難であるとしても、たとえば、ドイツの障害者代表制のような障害者側の利益を代表できる、なんらかの代替措置が必要ではないかと思われる。

(2)労働時間(作業時間)に関する規制

非雇用型就労には、現在、労働法上の労働時間の規制の適用が無い。現行制度の下では、仮にこうした福祉的就労者に残業等を命じた場合には、就労実態からみて労働者性有りとして労働基準法などの法令法違反とされる可能性が高い。このため、事業者は、たとえ緊急時であっても残業を命ずることができないなど柔軟な作業体制が組めないという実情にある。

他方、非雇用型就労における就労者に対する時間管理は、訓練計画(訓練カリキュラム)として実施されているが、作業時間、休憩等に関する法的規制はない。したがって、訓練時間を含めた作業時間、休憩、休日等についての一定の基準を設ける反面、一定範囲で非雇用型の福祉的就労者にも作業時間の幅に柔軟性を設ける(残業、変形労働(作業)時間制を可能とする)ことを検討する必要がある。ただし、障害の程度や健康状態等に配慮し、訓練時間を含めた総労働(作業)時間を抑えるため、監督官庁の許可を必要とするなどの一定の規制は必要であろう。

(3)賃金(工賃)に関する規制

雇用関係にない福祉的就労者に支払われる報酬は、賃金ではなく工賃であるとされる。このため、労働基準法上の賃金に関する各保護規定は適用されない(なお、最低賃金に関しては、福祉的就労者のみならず、雇用関係にある全ての障害者にかかわる問題であり、かつ障害者の所得保障といった課題と密接に絡むので別途後述する)。このため、労基法による賃金規制を福祉的就労者にも適用するか、それが困難な場合には、こうした保護規定を準用もしくはこれに代わる何らかの保護規定が必要ではないかと考えられる。例えば、就労移行支援事業、就労継続支援B型事業等の非雇用型事業においては、工賃支払いに関する法律上の保護規定や工賃未払いの場合等の救済規定が不備である。家内労働法の準用またはこれに類する特別法が必要と思われる。

(4)解雇規制の適用の可否

施設利用を合理的な理由が無く中断、拒否するような事例が現実にあり得るのかについては筆者な具体的なデータをもたないので判断できない。現行制度の下では障害者福祉サービスの利用の可否については市町村が決定することとなっているが、具体的な利用に当たっては、施設側と利用者との間との利用契約にゆだねられている。その際、障害者自立支援法に基づく運営基準(平成18年9月29日付厚労令第171号)では、正当な理由無くサービスの提供を拒んではならない(同基準第11条。準用規定により各サービスに適用)旨定められている。このことから、施設利用を事業経営側から一方的に中断をすることは通常考えられないとはいえ256、就労の安定性を図る上では、解雇予告に相当する保護規定などについてさらに検討する必要があろう。

(5)労働安全衛生及び労災補償

就労継続支援A型事業(雇用型)に関しては、利用者に労働安全衛生法及び労災保険法の適用がある。しかし、就労継続支援B型事業や就労移行支援事業に関しては、労働安全衛生法の適用が皆無である。また、A型事業であっても雇用関係がない利用者の場合も同様である。このため、A型事業で雇用型、非雇用型の就業者が混在している施設で災害が生じた場合、同一の災害に同時に被災していても補償内容に大差が生じるおそれもある。この意味で、非雇用型の福祉的就労者に対する労災補償措置が不可欠である。

このためには、たとえ労働者性を認められないまでも、労働者災害補償保険法で認められている特別加入制度、例えば、「特定作業従事者」(とくに、職場適応訓練従事者、事業主団体等委託訓練従事者、家内労働者等)に準じ、加入を認めることが考えられる。この場合、一般労働者では事業主とされている保険料負担をどのようにするかが問題となる。通常は、各障害福祉サービス事業者を事業主として認定することになろうが、零細な福祉サービス提供事業者には保険料負担能力が著しく乏しいことも想定される。このため、たとえば、福祉サービス提供事業主による団体を構成して保険に加入し、保険料負担については、別途、公的な支援を行うなどの新たな制度が求められよう。

4.最低賃金法の減額特例の問題点と所得保障制度との関連

(1)最低賃金の減額特例制度の問題点

非雇用型の福祉的就労者にも労働法を適用するとすれば、当然、最低賃金法が適用される。一方、福祉的就労者の現状を見ると、最低賃金以下の水準にある就業者が圧倒的多数を占めており、多くの場合、最低賃金法に定める減額特例の適用が必要となろう。しかし、最低賃金法は全労働者に適用される法律であり、最低賃金の減額特例の問題は福祉的就労分野にとどまらず、企業などに雇用され、現行法で労働者性を認められている障害者を含む全ての障害労働者にかかわる。かつ、この問題は障害者に対する賃金と所得保障の問題に密接に関連する問題である。とくに、障害者に対する最低賃金の減額特例に関しては、次のような問題点が指摘できる。

1)障害者に関する最低賃金の減額特例制度自体がILO条約や国連障害者権利条約の差別禁止の理念に反するのではないか、との疑問がある。この点に関し、わが国で障害者に関する減額特例が採用されている理由は、障害のある労働者について「最低賃金を適用することとすると、これらの労働者の雇用機会が阻害され、かえって労働者に不利な結果を招くおそれがあることから」であるとされている257
外国の例を見ると、アメリカでは障害者に対する減額制度、オランダでは若年者障害給付の対象者は適用除外となっているが、フランス、イギリスでは障害者に対する適用除外又は減額の制度は設けられていない258。また、オーストラリアは、就業能力に応じて最低賃金以下の賃金支払いが認められている259
ニュージーランドでは、最低賃金法の適用対象となっていた障害促進法(DPEP)下のワークショップの就業者について、同法が廃止(2007年)されたことにより最低賃金法の適用対象となった(個人毎の能力評価により除外の有無が判定される)が、そのデメリットして障害者を受け入れるワークショップの減少がしているといわれる260

このように、外国の最低賃金制度を巡る動向も様々であり、おおまかにいって、障害者に関する最低賃金の適用除外・減額措置を差別的措置とみなして、その対象にしない考え方がある一方、障害者の就業機会の確保といった観点から、いわば一種の積極的是正措置として肯定的にとらえる考え方がある。筆者自身は、障害者の就業機会に著しい格差が存在する中で、減額制度を単純に廃止するだけでは、障害者の就労機会の減少をもたらす可能性は否定できず、当面は、本制度を維持すべきと考えるが、障害者のみに関し減額特例措置を行うことの理論的根拠と意義について、さらに検討を深める必要があろう(この点については、本章第 3節岩田論文参照)。

2)我が国の障害者に関する最低賃金減額特例制度は、(一般労働者と比較した場合の)障害者の能力に応じて減額率を定めることとなっており、下限が定められていない。しかし、単純に、本人の「能力に応じて」のみ減額率を定めるのであれば、そもそも賃金額の最低水準を定めるという最低賃金制度本来の意義に反することになるのではないかとの疑問が生じる。この意味で、障害者に関する最低賃金の減額制度を認めるにしても何らかの下限が必要ではないかと思われる。ただし、この場合には、最低賃金額にいわば第2水準を導入することになるので、そのことの理論的根拠と水準の妥当性の検証が求められることになる(たとえば、減額特例制度を一種の(社会的)合理的配慮とみなすなど)。

3)現行の減額特例制度を認めるにしろ、それに何らかの下限を設けるにしろ、障害者の作業能率や生産性の評価に当たっては、その適正な評価など合理的、効率的な認定手続きが求められる。この意味で、障害者一人一人の適切な能力評価技法の開発が不可欠である。

(2)非雇用型就労に対する最低工賃制度

(1)では、従来、非雇用型として労働者性が認められていなかった福祉的就労分野に対しても雇用型の労働法(最低賃金法)の適用を行うことを前提として論じたが、仮に、労働者性が認めず、一般労働法の適用がされないままであったとしても、例えば、家内労働法における最低工賃制度のような何らかの保護規制の必要性は否定できない。もっとも、この場合には、経営的基盤の弱い就労サービス提供事業体に対するなんらかの支援措置を同時に検討する必要がある。フランスでは、労働法の適用を受けない福祉的就労従事者(ESATでの従事者)には最低賃金の55%から110%までの保障報酬が支払われ、これに対する国の助成がある(第2章永野論文)が、こうした例が参考となろう。

(3)所得保障と賃金(工賃)所得との調整

障害者に対する減額特例制度を廃止するか、または、下限を定めることとした場合、そのままでは、本人の実際の生産性と設定された最低賃水準に相当する生産性との差額分を事業主が負担することになる。この点に関しては、大まかにいって、二つの対応が考えられる。一つは、最低賃金の適用を厳格に行い、減額特例制度を廃止する一方、事業主に対し何らかの補填を行うことである。いま一つは、減額特例制度を幅広く認める(この場合には原理的に事業主側の加重負担はない。事業主が障害者に支払う賃金はその生産性に見合って定められているからである)かわりに、障害者本人に対する所得保障を行う方法である261

最低賃金制度は、本来、労働者の生産性の如何を問わず、事業主に対し、最低賃金以下で雇用することを禁ずるものであるが、生産性が最低賃金水準を下回る労働者を雇用した場合に、事業主に対し直接賃金補填を行うことは、本人の生産能力が向上するまでの一時的な賃金助成はあり得るとしても、恒久的に事業主に対する賃金助成を行うことには疑問がある262。これは、労働者が事業主経由で補填を受けるか、直接本人が補填を受けるかの制度上の選択の問題であるが、賃金補填が確実に行われるには、事業主を通じて行うより、本人への直接的な補填の方が合理的であろう263。したがって、障害者に関する最低賃金の減額制度を認めておき、他方、最低賃金に満たない部分について、本人に対するなんらかの所得補償を行う形の方がより妥当性が高いであろう264

しかしながら、これは障害者に対する最低所得保障を如何に行うかという問題と関連してくる。外国の例をみても、最低賃金額を障害年金などの支給と連動させている例が見られる(前述各国へのアンケート調査結果及びオランダ(第2章渡邉論文)、オーストラリア(同中川論文)参照)。これに対し、我が国の障害基礎年金では所得による制限は原則的に行われていない。これに関しては、障害基礎年金の性格が、本来、障害自体に対する補償(所得制限の必要はない)か、最低生活維持のための所得保障(所得による制限があっても良い)かをめぐって議論のあるところであり、これはまた、生産性が最低賃金水準に満たない障害者に対する所得保障を厳格な最低賃金制度を通じて行うか、賃金所得以外の所得保障制度と併せて行うかという問題とも密接に関連する。したがって、この問題は、障害者の所得保障制度、さらには社会保障制度全体のあり方にかかわる。

5.福祉労働者保護法(仮称)の制定の可能性

以上に述べたように、現段階で福祉的就労従事者を対象に現行労働法を全面的に適用するには、解決すべきさまざまな問題点がある。このことを前提として、現在労働法の適用を受けていない福祉的就労分野の人たちに労働法上の保護を与えるには、二つの方向が考えられる。一つは、福祉的就労分野の就労者に一般労働法を可能な限り広く適用する代わり、就業の実情にあわせて、それぞれの領域ごとに適用基準の緩和、除外例を設けることである(最低賃金の減額特例もその一例である)。その二は、福祉的就労分野の特性を踏まえた特別法の制定である。これには現に家内労働法の例がある。前者の場合には現行労働法に中に様々な「抜け穴」が生じ、法の適用関係があいまい、かつ複雑になりかねないことを考慮すると、その適用範 囲を明確にした上で、現行の労働法規とは別に福祉的就労者の就労の実態に即した「福祉的労働者保護法」(仮称)のような新たな労働保護法を策定することが考えられる265。もっとも、こうした福祉労働者保護法の策定に当たっては、次のような点についてさらに検討する必要がある。

1)福祉的就労者の実態に合わせているとはいえ、労働保護法に一種のダブルスタンダードが生じることへの理論的な根拠が必要となる。筆者自身は、最低賃金の減額特例のところで述べたように、障害者の就労機会の確保、社会参加の促進の観点からの社会的な合理的配慮、あるいは積極的差別是正措置(本章第 3節岩田論文)と位置づけることができるのではないかと考えている。

2)福祉的就労従事者及び就労支援サービスを行っている事業体の実態が極めて多様であることを前提として、それぞれのレベルにあった保護や規制が行えるよう配慮すること。その際、労働基準法などが有する刑事法的要素をどの程度取り込むか、労働契約法のような民事法的性格のものとするかについても検討する必要がある。当面は指導基準のような強制力のない規定から出発して、逐次強制力を強めていくということも考えられる。

3)就労移行支援事業での就労者(一般就労への移行を前提)は生産活動に従事する「労働者」としての側面と「職業訓練生」としての 2面性がある。したがって、こうした二面性を考慮した保護対策が望まれる266。例えば、職業訓練手当と工賃との併給を行うなどの形で所得保障を行う可能性が考えられよう。
この点に関して言えば、現在、障害者の就労支援対策は福祉行政と労働行政とに二元化しているので、こうした現状を改め、福祉施策と労働施策の共存が可能となるような共通基盤の構築が望まれる。

4)これに対して、就労継続支援B型事業の性格付はやや難しい。A型は労働法の適用があり、就労移行支援事業は職業訓練的要素が強いが、B型事業の就労者は原則として外部一般労働市場への移行を前提としていないので、これを職業訓練機関として位置づけることは難しい(引退に至るまで職業訓練ということには無理がある)。B型施設を労働に関する特別法の適用を受ける一種の保護工場として位置づけることを検討すべきであろう。

6.労働者保護の観点から見た福祉的就労関連施設のあり方

本稿では、現行の福祉的就労システムを前提に労働保護法の適用など、就労面での保護のあり方について検討してきたが、現行障害者自立支援法における障害者就労支援サービスのあり方等の制度上の根本的検討は行っていない。しかしながら、制度的にどのような変更を行うにせよ、この分野で就労している障害者の労働法上の保護をどのように行うか、という問題は避けて通れないであろう。

その際、現行の障害者自立支援法に基づく福祉的就労支援施設は、①職業訓練的機能、②就業・生産活動機能、③社会参加・生活訓練機能が混在しているため、法的位置が曖昧になっているので、その性格を抜本的に検討し直す必要があろう。例えば、有期利用を前提とする就労移行支援事業は職業訓練的要素が強いと考えられるので、職業訓練の一環であることを明確にし、職業訓練行政との連携を図る一方、B型事業にあっては、一般就労が難しい人を永続的に受け入れることを前提としていることに鑑み、前項に述べたように保護雇用制度の導入を含めた制度のあり方をあらためて検討する必要があ ると思われる。

なお、たとえ、労働保護に関する制度が整備されても、福祉的就労サービスの提供をおこなっている事業体の経営基盤が脆弱では保護の実効性は上がらない。こうした事業体の経営基盤の強化対策が必須である。

おわりに

いうまでもなく、障害者は一般労働者と全く同様の権利を有するべきであって、障害者のみがその適用を受けない、あるいは例外措置の適用を受けるということは、本来、あってはならない。しかしながら、どのような状態が本来あるべき労働保護上の平等の姿であるかについては、第1章第6節の松井論文における「あらゆる形態の雇用」を巡る論議を見てもさまざまな考え方があり、関係者の完全な合意ができているとはいえない。実際のところ、わが国において、障害のある方々が置かれている就労の現実を考えるとなんらかの特例措置(社会的な合理的配慮)が必要であることは認めなければならないであろう。本稿は、このような意味で、福祉的就労に従事している障害者の方々の労働条件の改善を図る上で本来あるべき姿についての合意形成を図るための討議材料として、当面、どのような検討が必要かという視点から筆者なりの見解を述べたものである。