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第5節 障害者就労政策
-福祉政策と労働政策の本格架橋をいかに実現するか

岩田 克彦(職業能力開発総合大学校 専門基礎学科)

はじめに

労働政策と社会保障政策の統合的展開の必要が各方面で言われている。障害者施策の分野では特に必要性が高いと筆者は考える。本節では、福祉政策と労働政策の本格架橋の実現を目指す政策方向を考えてみたい。

1.労働市場の分断から連続へ-段階的ステップアップモデル

(1)現行法制での障害者就労-二分法モデル

藤井克徳氏(きょうされん常務理事)は、障害者就労分野では就労と福祉が分断されている(図1の「二分法モデル」)とし、障害や労働能力の程度に応じて雇用政策と福祉政策とが関与する度合が連続的に変化する「対角線モデル」(図2)に切り替える必要性を強調している76。一般就労、福祉的就労のそれぞれの中でも、諸類型の働き方が分断されがちである。特例子会社とその親会社との間の異動はほとんどない、就労継続支援A型施設と就労継続支援B型施設の間でも移動が少ない。

図1 現行法制での障害者就労-二分法モデル

図1 現行法制での障害者就労-二分法モデル

図2 今後の目指すべき方向-対角線モデル

図2 今後の目指すべき方向-対角線モデル

図3 今後の目指すべき方向-段階的ステップアップモデル

図3 今後の目指すべき方向-段階的ステップアップモデル

(2)段階的ステップアップモデル

藤井氏の問題提起は大変刺激的であるが、筆者はそれに変形を加えた、以下のような「段階的ステップアップモデル」とでも称すべき図式を提唱したい(図3)。

段階的ステップの場が適切に利用できれば、就労能力、就労ニーズに応じた就労の場を選択できる。また、就労能力の向上に応じて、図3の右側から、施設内訓練⇒施設に在籍し「保護」されながらの施設外訓練・施設外就労⇒トライアル雇用77・就業ないし就労継続支援A型(福祉工場)や社会的企業⇒一般企業での実際の就労(この範疇の中でも、特例子会社78での就労から親会社ないしグループ各社での就労促進も考えるべきであろう。)という段階的ステップアップがしやすくなるし、その逆に、加齢や病気ないし障害の重度化に応じた軽度の労働への移行もしやすくなる。こうした段階的ステップがしやすくなる仕組みを構築する必要がある。なお、段階的ステップを通じて、より一般就労に近い就労の場への移行は、適切な職業リハビリテーションや丁寧な相談・カウンセリングとともに、移行により総所得が増加する経済的インセンティブを通じて対処すべきであり、障害者本人の希望を無視した強制となってはならない。

こうした施策を展開するためには、就労支援、関連マンパワーの育成、所得保障等の諸施策の緊密連携が不可欠であるし、「労働施策」が従来社会福祉行政の担ってきた領域及び自営関係の領域に大きく入り込んでいく必要があろう。障害者に労働市場の方へ目を向けさせるだけでなく、労働市場を障害者の方に近づける必要がある。以下、福祉政策と労働政策の垣根を本格的に打破し、福祉から就労への段階的ステップアップを円滑に進めるための方策を提案したい79

筆者は、当面は、最低賃金法の減額特例制度の積極的活用や労働と福祉にまたがる中間領域での就労拡大により、将来的には、長期的賃金補てん制度の導入により、図の左方の雇用・労働施策対応部分を右側(障害の重い人の方向)に大きくシフトさせるべきであると考えている(詳しくは第3章の拙稿を参照)。

2.就労支援の強化

(1)障害者の雇用・就労移行状況と就労移行支援の強化

公的機関、民間企業の障害者雇用は着実に増加している。しかし、国の全ての機関、都道府県の知事部局では法定雇用率を達成する一方で、都道府県教育委員会等の達成率が低い。また、民間企業全体の障害者雇用率は5年連続で増加しているが、未達成企業の割合が54.5%と多く、中小企業の実雇用率は低い状況が続いている。このような状況に対し、厚生労働省では、都道府県教育委員会等への指導、障害者雇用納付金制度の常用雇用労働者100人以上規模への段階的拡大等からなる障害者雇用促進法改正を行った。しかし、解雇件数が、2008年度後半以降増加する等、雇用悪化が障害者雇用にも深刻な影響を及ぼしている。こうした厳しい状況がしばらく続くであろう。

福祉施設から一般雇用への移行も、障害者自立支援法の施行後増えてはいるが、まだまだ少ない。自立支援法施行前は、福祉工場や授産施設から一般雇用への移行は約1%程度で推移していた。施行後の移行状況(2008年4月現在)をみると、就労移行支援施設からは14.3~14.4%、就労継続支援施設からは1.9~2.1%、その他の施設からは0.8~0.9%となっている。一部の施設の移行率上昇は評価すべきであるが、「0%」の施設がいまだ全体の35.7%と多い。他方、「20%以上」が21.4%(50%以上は11.9%)と、施設間の格差が大きく、就労移行支援に向けた取り組み強化と就労支援各機関間の一層のネットワーク化が求められている。なお、この背景として、日本の福祉施設には家族経営的な運営をしているところが多く、各施設の経営改善が重要課題である。

(2)地域レベルでの障害者職業リハビリテーション関係施設・機関の集中化

地域レベルでの障害者職業リハビリテーション関係施設・機関が複雑になり過ぎている。障害者雇用促進法に基づく職業リハビリテーション機関であるハローワーク、地域障害者職業センター、障害者就業・生活支援センターを始め、障害者職業能力開発校、就労移行支援事業者、特別支援学校、発達障害者支援センター、地方公共団体が設置する就労支援機関等があり、障害を持つ人が就労しようとした場合、どの施設、窓口に相談するかによってその後のリハビリテーション内容や就労場所が異なることが今でも多いという。関係施設・機関のネットワークを作るだけでなく、中心となるワンストップセンターが必要になっている。他方において、全国に19校ある障害者職業能力開発校80は、地域的に偏在し、また集合訓練中心で障害者の特性に応じた個別対応訓練が十分になされていない。身体障害者は、多くの場合、公営・民営の通常の職業訓練施設をバリアフリー化すれば訓練生としての受け入れが可能である。知的・精神障害者には、就労現場での訓練ないし具体的な就労現場を想定した実践的な訓練が有効である81。こうした点を踏まえると、筆者は、障害者職業センターと障害者職業能力開発校(ない県は一般職業能力開発校1校)とをドッキングして、障害者の就労関係ニーズと訓練施設(専門家)・企業を結びつけ、職業前訓練から就労後のフォローアップ訓練までを一貫してフォローし、地域の障害者向け職業リハビリテーション関連施設をサポートする都道府県レベルでのオーガナイザー組織(ワンストップのハブ組織)としたらいいのではないかと考えている。地域レベルについては、自立支援協議会や障害者就業・生活支援センターを活用して、「関係者の顔が見える」行動力のあるネットワークを形成することが重要であろう。

(3)工賃の引き上げ

工賃とは、施設で働く障害者(利用者)が仕事で収益を生んだ場合、その一部を利用者に支払うものであるが、就労継続支援B型及び旧授産施設の利用者の工賃引き上げを目的として、2007年度から2011年度の5年間で平均工賃の倍増を目指す取り組みが進んでいる。2007年度は12,600円で前年度比3%であった。目標達成の道筋は厳しいと言えるであろう。さて、この政府目標通り工賃が倍増されたとしても、4-5万円の賃金原資を確保できない授産施設も多く残り、最低賃金の減額特例措置の拡大82が実現したとしても、こうした施設には適用されないことになる。しかし、工賃が低いのが当たり前というのはおかしい。最低賃金の減額特例措置の対象施設を増やすためにも、①経営改善コンサルタントの一層の活用、②国や地方自治体、またはこれに準ずる法人の福祉施設からの受注を促進する「ハート購入法」の制定、③ドイツ、フランスのように、福祉的就労への作業発注83分の一定割合を障害者雇用納付金額に換算し、発注企業の実雇用率に算入する仕組みの導入等が必要である。さらには、各施設の経営者や職員、そして当の障害者やその親が工賃引上げに積極的に取り組むインセンティブ作り84が何より重要であろう(福祉的就労者の一般企業への就労についても同様の課題がある)。

3.職業能力開発(職業訓練)

労働行政での「職業訓練、職業リハビリテーション」と福祉行政での「訓練としての作業」や「就労移行支援事業」との間の整合性が取れていない。2007年5月17日付厚生労働省労働基準局長通達「授産施設、小規模作業所等において作業に従事する障害者に対する労働基準法第9条の適用について」では、「小規模作業所等における作業に従事している障害者の多くは、当該作業に従事することを通じて社会復帰又は社会参加を目的とした訓練等を行うことが期待されている場合が多く、障害者の労働習慣の確立、職場規律や社会規律の遵守、就労意欲の向上等を主たる目的として具体的な作業指示が行われている。」と、訓練機能が強調されている。すなわち、利用者の労働者性は基本的に否定されている。しかしながら、労働行政における職業訓練は基本的に2年以内とされているし、就労移行支援事業でも訓練期間は原則2年とされている。社会生活の基礎習慣作り等職業スキル向上以外の時間がより多く必要だとしても限度がある。長く見積もっても5年を超える者の「就労」を訓練と位置付けるのは無理があろう。また、職業訓練分野での職業リハビリテーションサービスは無料でかつ訓練手当が支給されるのに対し、福祉行政の「就労移行支援事業」では利用料負担が求められる。個々人の能力、ニーズ、希望に合わせた柔軟な職業リハビリテーションサービスを福祉的就労分野も含め統一的に提供するとともに、就労移行支援事業、就労継続支援A型、同B型でのサービス費用の利用者負担(食事代等の実費負担を除く)を早急に廃止し、労働法適用者を大幅に増やす必要があろう。なお、科学技術の発展で、就労環境改善の可能性は従来よりはるかに拡大されているはずであり、障害者の種別や程度に適合した「合理的配慮」や可能性としての能力を引き出す教育訓練手法の開発が今後の大きな課題であろう。

4.関連マンパワー育成対策での連携

介護労働者の処遇改善と育成の重要性が喧伝されている。障害者の就労・生活を支援する労働者のことも忘れてはならない。障害者支援施設職員の賃金は介護事業労働者と比べてさらに一段と低い。『平成20年介護事業経営実態調査』(厚生労働省)における介護老人福祉施設の介護福祉士(常勤)年額平均は408万6千円であるのに対し、『平成20年障害福祉サービス等経営実態調査』(厚生労働省)における「新体系/障害者支援施設の生活指導員・生活支援員(常勤)は338万5千円、「新体系/就労継続支援B型事業所の生活指導員・生活支援員(常勤)は267万4千円となっている。処遇の改善を急ぐ必要がある。

さて、職業リハビリテーション分野で働く者は約1万人に及ぶとされる(京極、2003、p360)が、質の高い就労支援サービス(求職活動援助、職場開拓、職場定着支援等)を提供するとともに個々人のケースに応じた関係機関との連携・調整に中核的な役割を担う人材が不足している。質の高い障害者就労関連マンパワーを育成・定着させるためには、処遇の引上げや短期研修の実施だけでなく、職業リハビリテーションを中心に障害者の多様なニーズに対し総合的な対人支援サービスを提供する新たな専門職の資格制度を創設して、職業リハビリテーションだけでなく、障害者福祉その他福祉施策に関する基本的知識、実践的能力を有する者を養成し、労働と福祉・保健を結ぶキーパーソンとして処遇する必要がある。さらには、こうした専門職が障害者自立支援法関係施設、障害者職業センター、障害者職業能力開発校、特別支援学校(従来の養護学校)、重度障害者多数雇用事業所、特例子会社等障害者の職業リハビリテーションに係わる広範な職場を横断してキャリアアップを図り、賃金も上昇する「キャリアラダー」(比較的容易に移れるステップの連続)の仕組み構築を目指すべきであろう。

5.一般労働市場と福祉的就労との間の「中間領域」での就業

現在の日本において障害者の就労の場は、障害者雇用促進法が適用される一般労働市場での雇用と障害者自立支援法に基づく福祉施設での就労が中心となっている。この中間領域を作り出すべきとの声が強まっている。諸外国には、就労能力の低い障害者を対象にした多様な制度、組織形態があるが、筆者は、特に、欧州諸国で近年急速に広がっている「就労への統合を目指す社会的企業(Work Integration Social Enterprises)」とデンマークの「フレックス・ジョブ」が大変参考になるのではないかと考えている。

(1)「就労への統合を目指す社会的企業」

「社会的企業」とは、社会的課題の解決を目的として収益事業に取り組む事業体のことであるが、欧州諸国では、労働市場で困難を抱える者の社会への職業的統合をめざした「就労への統合を目指す社会的企業」(Work Integration Social Enterprises)がここ20年間で急増している。対象者の類型、雇用・就業形態、訓練の重視度など大変多様である。EU諸国10カ国から39の「社会統合」社会的企業を選び分析した研究85では、基本類型としては、次の4類型に分けられるという(2つの類型にまたがる企業が13ある)。第1類型は、「一般雇用への統合を目的とした過渡的な就労経験ないしOJT訓練の提供」で20社が入る。メンバー契約は、訓練生契約ないし期限付雇用契約となっている。低資格しか保有していない若年者を対象とした企業が典型的である。第2類型は、「自前財源による恒常的な雇用の創出」で16社が入る。生産性が低い初期段階だけ公的助成を受け、その後は市場での商品・サービス提供からの収入を主体とした自前財源で給与を支払っている企業である。但し、初期段階の賃金助成だけでなく、訓練やガイダンスのための職員給与等特定目的に公的助成が出ている場合も多い。第3類型は、「恒常的な補助金に支えられた職業的な統合」で11社が入る。障害者および深刻な社会的ハンディキャップを抱えた者を主として雇用している。スウェーデン、ポルトガル等の保護雇用も含まれる。第4類型は、「生産活動を通じた社会参加」で5社が入る。労働法や就業契約で規制されない。アルコールや薬物中毒など深刻な社会的問題を抱える者や重度の身体ないし知的障害者を対象としている。障害者の保護雇用で有名なスウェーデンのサムハルは第3類型に、英国のレンプロイは第2類型と第3類型にまたがるものと分類されている。

対象とするグループで分類すると、①障害者(サムハル等18社)、②アルコール、ドラッグ等社会問題を抱える者(レンプロイなど17社)、③障害者を含む就職困難者ないし長期失業者(レンプロイなど23社)、④若年低資格保有者(13社)、⑤不利な境遇にあるマイノリティ(7社)、⑥脆弱な女性グループ(7社)となっている。なお、組織形態は様々で、例えば英国の場合、労働者協働組合(worker co-operatives)、「コミュニティ・ビジネス」(地域資源を活かしながら地域課題の解決を「ビジネス」の手法で取り組む事業)、「ソーシャル・ファーム」(主として重度障害者への雇用提供を目的として設立された企業)、「労働市場仲介機関」(一時的に雇用して、訓練や実際の職場経験を提供する組織)、障害者保護職場(sheltered workshop for disabled people)等が含まれる。

日本でも、障害者等社会的に弱い立場にある者に、一般企業や福祉的就労とは異なる「第3の場」を提供する事業所のネットワークづくりを目指し、2008年12月に「ソーシャルファームジャパン」が設立されている。

(2)デンマークの「フレックス・ジョブ」86

「障害ではなく可能性に目を向けよう」(From Disability to Ability)との国際的潮流の中で、デンマークの「フレックス・ジョブ」(flex-job)が注目を浴びている87。デンマークの障害者就労施策の特徴は、①障害審査が「能力の喪失」から「何ができるか」、すなわち、就労不能(incapacity)から部分的であれば就労可能(partial work capacity)な部分を見出すことに置かれ、①広範な雇用、リハビリテーション・プログラムの提供により、障害給付を抑制する-「給付の前にリハビリ」原則(rehabilitation-before-benefits principle)-というものである。

「フレックス・ジョブ」は、1998年に導入され、職業リハビリテーションサービス(最大5年)を受けても通常の就労条件では職を得られない、65歳未満の永続的で重度な障害者(「特殊な社会問題を抱える者」を含む。)に対し、使用者、障害者本人、自治体の三者合意に基づき、その個人状況に合わせた柔軟な就労条件(短時間就労、調整された就業条件、限定された職務要件等)での仕事を提供する88もので、2001年で1万3千人、2006年で4.8万人(労働力人口の1.7%強)の障害者が受給している。給与は、週あたりの就労時間数に応じた通常の賃金が全額本人に渡されるが、使用者には、通常該当分野の労働協約で決められた最低賃金額の1/2ないし2/3の補助金が出る(民間企業だけでなく、公的部門の使用者及び自営業者本人に対しても補助金は出る)。通常の失業給付より9~18%低い「フレックス失業給付」は、この「フレックス・ジョブ」を希望しながらあっせんされなかった者だけに支給され、2007年では1,1万人が受給した。18歳から65歳未満の障害者に支給される障害年金も、「アクティベーション・プログラム」(福祉給付を受給する要件として参加を義務付けられている職業訓練等のプログラム)や「リハビリテーション・プログラム」に参加した後でも、なお補助金付きの「フレックス・ジョブ」に永続的に従事できない人に対してのみ、支給される。すなわち、優先順位は、一般就労 > フレックス・ジョブ > フレックス失業給付 > 障害年金の関係にある。なお、自治体は、65歳未満で一般労働市場の通常条件では仕事を得られない障害者に対し「フレックス・ジョブ」を奨励している89が、「フレックス・ジョブ」には就労できないが障害年金を受給しながらの保護就労(sheltered employment)を希望する者には、それを提供しなくてはならないとされている。保護就労にある者は2006年で6824人と減少しているが、保護就労についても、近年は、50人未満の民間企業、公的部門における職場での「保護された仕事(sheltered job)」が増えている。

フレックス・ジョブの受給者は、男女別では女性(60%)、年齢別では高齢者(30歳未満 5%、30歳代 20%、40歳代 33%、50歳代 40%、60-64歳 2%)、技能レベルでは、未熟練労働者(50%)、熟錬労働者(35%)、大学卒以上(10%)となっている。約半数が、サービス関連か公的資格を要しない職に就業している。2002年では、デンマークの約18%の民間企業とほぼ半数の公的機関に1人以上の「フレックス・ジョブ」の従業員がいた(N.D.Gupta and M.Larsen,2008)。政府計画では、2015年まで対象者を増やし最終人数は7.5万人から10万人と見込んでいる。

但し、必ずしも高い評価だけではない。 Gupta等による雇用効果評価分析では、18歳から34歳層での雇用創出効果は非常にあいまい、35歳から44歳では正の効果があり、45歳から59歳では雇用は改善していない、とする。OECDの分析(2008)でも、能力の喪失ではなく就労能力に焦点を当てた施策で、通常の保護就労の減少につながっているが、障害年金受給者は減少しておらず、補助を受けずに就労していた障害者が「フレックス・ジョブ」に移ってきているとし、その補助率を下げるべきと提案している。

(3)新たな就労支援システムの導入の検討

障害者雇用促進法が適用される一般労働市場での雇用と障害者自立支援法に基づく福祉施設での就労との間の中間領域に、新たな就労の場を創出するとすれば、①現在の福祉工場ないし就労継続A型の枠組み拡大90か、②西欧各国の経験に学んだ「就労への統合を目指す社会的企業」の奨励か、③デンマーク的な、民間企業にも公的部門にも、そして自営を図ろうとする障害者にも適用される汎用性の高い「雇用創出補助システム」(社会支援ジョブ-仮称)の導入であろう。多様な企業・就労形態で、かつ質の高い雇用・就業の輩出を期待したいものだ。民主党は、「『障害者自立支援法』に代わる『障害者総合福祉法』を制定」する(『INDEX2009』p29)という。筆者は、障害者が当たり前に生活し働くことができるインクルーシブな社会づくりを積極的に目指すため、福祉と労働の垣根を本格的に打破する『障害者社会包摂法』(仮称)といった名称の新法を制定し、その中でこうした制度を位置づけるのが適切と考える。

6.医療リハと労働分野の就労支援(職業リハビリテーション)の連携強化

医療リハビリテーションと職業リハビリテーションの連携強化が国際的にも課題となっている。ドイツ等では、「障害マネジャー」が従業員の早期職場復帰を支援し、スウェーデン等でも、「職業リハビリテーション計画」を早期に実施している。しかし、OECDの多くのメンバー国では、職業リハ当局と医療リハ当局の連携が悪く、職業リハは、その人の医学的状態が安定した後に開始されるという(OECD,"Transforming Disability into Activity",2006)。

日本においても同様で、医療リハと職業リハの関係者間の溝は深い(表1参照)。障害者職業総合センター『地域における雇用と医療等との連携による障害者の職業生活支援ネットワークの形成に関する総合的研究』(2008)でも、「難病、高次脳機能障害、精神障害に対する医療・保健分野における就業支援は、生活自立支援と表裏一体で実施されているが、医療・保健分野の専門職にとっては、従来、就業支援は全くの門外漢であり、現在も公式業務の位置づけでは就業支援はあまり関係ないとされていることが多い。」(p50)という。

表1 医療リハビリテーションと職業リハビリテーションとの違い
  医療リハビリテーション 職業リハビリテーション
機関の数 多数(連携相手は決まった相手) 少数(連携相手は潜在的に多数)
窓口 複数にわたる(多職種が関与する) 1人に統一されることが多い
仕事の場 院内が中心 地域に出ることが多い
相談受理 来院した患者様は拒まず 主訴を確認(一般就労ニーズに応じる)
対象者 高齢者が多い(40歳の患者様は若い) 18歳~50歳くらいの若い人中心
支援計画の立案 患者様を中心に クライエントを中心に社会的条件も重視
国家資格 あり なし(大臣指定講習による資格はあり)
判断様式 その場で自分が判断を下す傾向 互いに合議して判断を下す傾向
コミュニケーション様式 フォーマルなコミュニケーションで インフォーマルな部分(アフターファイブ)も重視
窓口営業時間 24時間稼働(入院の場合)
土曜日は午前中診療(最近は日曜診療があるところも)
7.5時間+基本的に土・日・祝祭日は閉まっている

(資料出所)後藤佑之「医療リハビリテーションと職業リハビリテーションとの相互理解について」、第13回職業リハビリテーション研究発表会、2005.11

近年は、メンタルヘルスへの対応が重要になっている。精神障害者では自宅や医療機関に閉じこもる者が多数を占める一方で、就労支援機関を経ないで就職、離職を繰り返す者も多い。発病の抑制、発病・障害後の就労継続、復職、再就職時の密接な連携等、医療リハと職業リハの連携はますます重要になってこよう。

7.障害者の最低所得保障と就労施策との連動

1990年代以降の格差社会の進行により、日本の雇用・所得に関するセーフティネットに多くの穴ができつつあることが問題視されている。障害者であっても、一般労働市場での就業、自営、保護雇用そしてデイ・アクティビティ・センターの「就労」等、どのような「就業」形態を取ろうと、労働者に準じた一定の所得確保が必要である。障害者については、障害者向けの社会保障給付が国際的に見てあまりに低いのではないか、等の指摘が近年多くの者から指摘されている。障害年金の要件が厳しく無年金障害者が多いことは特に問題である。各国とも最低生活を保障するため、所得保障各制度相互のリンクを強め、かつ就労促進の方向で制度改正を図っている。例えば、オランダでは、①最低生活保障を最低保障所得として定義し、その水準を最低賃金と関連付け、②最低生活を保障するにあたり、対象者のリスク属性に応じてきめ細かく制度を設計し、③勤労者向けの勤労所得税額控除や低熟練労働者を雇用した企業への租税特別控除を行っている91。日本においても、勤労所得が最低生活水準に満たないすべての障害者を対象とした分かりやすい最低所得保障制度92を早急に確立するとともに、自助と互助(社会保険、雇用納付金制度や社会的企業など)と公助(税)をどのように組み合わせた制度設計が適切かの検討が必要である。また、現在の障害者に対する税、各種給付制度は大変複雑化し過ぎており総点検の時期である。「税・社会保障制度共通番号」や税と社会保障を組み合わせる「給付付き税額控除」の導入検討も急ぐべきであろう。

さらに、日本においては、所得保障制度と就労能力評価が連動していない。機能・形態障害が大きいからといって必ずしも生活能力、就労能力での障害が大きくなるわけではない。「福祉から就労」を本格的に進めるというのであれば、重度障害者の就労能力評価システムを導入し、所得保障制度との連動をきっちりと構築する必要がある。

8.国民の理解向上を図るための基礎データの整備

障害者関連分野では、基礎データがないことから国際比較ができないことが多い。障害者施策の拡充、障害者福祉政策と労働政策の本格架橋に対し国民の理解とバックアップを得るためには、基礎データの整備が欠かせない。

(1)障害者向け給付が少ない

日本の障害者向け社会保障給付は、障害年金などの現金給付が約1.75兆円、福祉サービスなどが約2200億円、合計約2兆円(2004年度)でGDP(約500兆円)の約0.4%程度となっている。国際比較をすると、障害者関係社会保障給付がGDPに占める割合も先進国の最低クラスになっている(図4、駒村康平、2009、p65-8)。これは、障害者の認定方法(障害者の割合が先進諸国間では際立って低い)、障害者関係給付の支給条件など障害者施策に対するこれまでの政府姿勢を反映した結果となっている。

図4 障害者比率と障害者向け給付の対GDP比

図4 障害者比率と障害者向け給付の対GDP比

(2)障害者雇用率が低い

日本の障害者雇用率1.8%は国際的にみて低く、引き上げるべきである、との意見も多い。障害者雇用率は、障害者雇用に伴う経済的な負担のアンバランスを調整しつつ、全体として障害者雇用の水準を高めることを目的とする制度で、以下のような算式で決められている。

障害者雇用率=身体障害者である常用労働者の数+失業している身体障害者の数+知的障害者である常用労働者の数+失業している知的障害者の数
常用労働者数-除外率相当労働者数+失業者数

これは、身体障害者または知的障害者について、一般労働者と同水準で常用労働者となりうる機会を与えることを意味しており、これまでの政策スタンスとは符号していた。しかし、「福祉から就労」を強調する政策スタンスからすると、福祉的就労部門で例えば週20時間以上作業に従事している障害者は今後労働法適用を図るべき者として分子にカウントする等算出方法を見直し、法定雇用率の引き上げを検討すべき時期にきていると筆者は考える。なお、現在は、雇用納付金は民間企業だけが適用対象となっており、国・自治体は納付義務を免除されている。このことが、雇用率未達成の都道府県教育委員会や国立大学法人が減少しない一因となっている。フランス等にならい、国・自治体も雇用率未達成の場合は納付金(未達成1人当たり月5万円)を支払い、超過達成の場合は調整金(超過達成1人当たり月2.7万円)を受給する仕組みに変更すべきであろう。

(3)「障害者数」自体が少ない

図5のように、障害者割合を国際比較すると、日本の障害者はかなり少ないように見える。駒村(2009、p66)が言うよう、知能指数は100を中心として左右対称の釣鐘型の分布をしているものと考えられ、知的障害者は知能指数70程度で判断されることが多いので、その該当者は2%前後存在するはずである。精神障害者も267.5万人(2005年)と推計されているが、実際よりかなり低いと考える研究者が多い。身体障害者については定義の問題が大きい。2006年実施の『身体障害児・者実態調査』では、「身体障害者」の定義を、「身体障害者手帳所持者及び手帳は未所持であるが身体障害者福祉法別表に掲げる障害を有する者」としている。他方、EUが2002年に実施した『労働力調査特別調査』では、障害者の雇用・就業に関して11項目の変数を取り入れているが、障害者の定義は、「6か月以上長期に継続する健康問題または障害を有する(または有する見込みの)者」(自己申告)となっている。また、欧米諸国では、障害者手当や障害年金の受給要件が緩く、疾病や勤務不能との医師証明等で「簡単に」障害者と認定されることが多く、障害者申請の抑制が大きな課題となっている。すなわち、日本の障害者は少な過ぎ、欧米等の障害者は多すぎると筆者は考えている。

図5 世界の障害者割合

図5 世界の障害者割合

(資料出所)木島英登バリアフリー研究所HP(http://www.kijikiji.com/consultant/office.htm

(4)障害者の就労実態や所得保障の全体像がわからない

厚生労働省は雇用労働者数を約50万人と推計しているが、この50万人に対する労働法適用状況やその他の就労実態は不明である。就業率については、工藤正東海学園大学教授が以下のような推論から国際的にみて高いとするが、筆者には日本が実際高いのかどうか判断できない。(「障害者雇用の現状と課題」、日本労働研究雑誌 No578、2008.9)。

①国によって障害者の出現率にあまり差異がないだろうと考えると、欧米諸国のデータは障害者の範囲が広いので、日本と比較する場合は、欧米諸国の「重度障害者」と比較するのが妥当。

②日本の就業率(2006年で約40.3%と推計)は、OECD諸国(14カ国、1990年代後半で41.3%)と似ているが、「重度障害者」(24.5%)と比較するとかなり高い水準にある。(*)工藤推計(2006のデータによる。)では、15-64歳の障害者合計2050千人、就業者826千人、就業率40.3%、常用労働者335千人、常用労働者比率40.6%、授産施設・作業所等就業者172千人、となっている。

また、所得実態についても、障害年金は厚生労働省年金局、生活保護加算は同社会援護局、障害者手当は同障害者保険福祉部、雇用については同職業安定局、減税については財務省、そして自治体支給の手当は総務省と担当部局が分かれ、障害者の所得保障統計の全体を把握している部局がない。したがって、障害者に対する所得保障の全体像がよく分からないのが現状である。

結局のところ、日本では、しっかりした実態調査が実施されていないので、障害者数、就業率、所得水準等基本数字自体が正確にはわからず、国際比較や政策評価がしにくいのである。EUでは、WHO(世界保健機構)が2001年に採択したICF(国際生活機能分類:International Classification of Functioning, Disability and Health)に基づき、EU各国をまたがる調査実施を始めた。EU所得・生活条件調査(EU-SILC:EU Survey of Income and Living Conditions)や労働力調査(LFS)等年ベースの大規模基本調査に最小限の障害/健康項目を取り入れるとともに、5年おきに実施予定の欧州健康インタビュー調査(EHIS)等での詳細調査を予定している。アメリカでも、10年おきの国勢調査や毎月の労働力調査(Current Population Survey,CPS)等で調べている。日本では、5年おきに抽出調査として行われる厚生労働省の「身体障害児・者実態調査」、「知的障害児・者実態調査」、「患者調査」等を総合して障害者数等を推計しているが、上記のICFに準拠したより本格的な実態調査を実施するとともに、労働力調査等の大規模基本調査でも、定期的に(例えば1年に1度)障害者数や就労の実態が把握できるようにすべきであろう。

おわりに

2001年の厚生労働省の発足後も労働行政と厚生行政の縦割りが続き、両行政の連携の一段の強化が必要と筆者は考える。障害者施策の分野でも、福祉と雇用・就労の積極的融合に向け、障害保健福祉部の就労支援部門と高齢・障害者雇用対策部障害者雇用対策課の統合や障害者関係予算の総合的運用等、大胆な政策見直しが進むことを期待したい。

(※)拙稿執筆にあたり多くの方から頂いた丁寧なご助言に厚く感謝したい。但し、拙稿の内容はすべて筆者個人の責任で執筆したものである。

【参考文献】

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  • 駒村康平(2009)、『大貧困社会』、角川SSC新書
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  • 日本障害者協議会(2008)『障害者の所得保障と就労支援に関する2007年宣言』
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