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第6節 障害者権利条約との関連と問題点

松井 亮輔(法政大学 現代福祉学部)

2006年12月の国連総会で採択され、2008年5月に発効した障害者権利条約(以下、権利条約)の第27条労働及び雇用では、その1項柱書で、「障害者に対して開放され(open)、障害者を包容し(inclusive)、及び障害者にとって利用しやすい(accessible)労働市場及び労働環境」93で働く権利を認めている。そして、その権利が「実現されることを保障し、及び促進する」ために締約国がとるべき措置の冒頭(a)で、「あらゆる形態の雇用に係るすべての事項(募集、採用及び雇用の条件、雇用の継続、昇進並びに安全かつ健康的な作業条件を含む。)に関し、障害に基づく差別を禁止すること」が掲げられている。

1.あらゆる形態の雇用

この「あらゆる形態の雇用」については、条文では具体的に定義されていないが、民間企業や公的機関、自営や起業、および社会的企業や協同組合94などでの一般就労だけでなく、労働市場で職を見つけることが困難な障害者のための代替雇用(保護雇用-わが国の障害者自立支援法に基づく就労移行支援事業や就労継続支援事業(A型およびB型)など、いわゆる福祉的就労施設の一部もそれに相当する)も含まれる。

代替雇用をこの条文に含めるべきかどうかについては、条約交渉の最初から賛否両論があり、その決着は条約成案採択(2006年8月)が行われた、第8回特別委員会までずれ込んだ。

代替雇用を条文に含めることを提案したのは、国際労働機関(以下、ILO)やイスラエル95などである。ILOは、「草案で一般雇用が強調されていることを歓迎する一方、開放された(つまり、通常の)労働市場で働くことができない障害者に対して、有用で報酬を伴い、かつ、昇進および、できるならば、一般就労への移行の機会を提供することを確保する条件で、代替雇用が提供されるべきであり、そうした規定を条約に含めること」96を求めている。これは、1944年のILO総会で採択された「戦時より平時への過渡期における雇用組織に関する勧告」(第71号勧告)第43項(4)で「他の労働者との競争的状態にない特別のセンターにおける有用な労働に関する雇用は、通常の雇用に適合させることができないすべての障害労働者のために・・・これを利用しなければならない」ことを規定して以来、一般就職が困難な障害者に対する「各種の保護雇用を確立する」ため、適当な政府援助を行うことを一貫して勧告してきたILOとしては、ごく当然の要請といえる。

一方、障害当事者団体などのネットワーク組織である国際障害コーカス(IDC)などの反対意見97としては、それは「開放され、障害者を包容し、及び障害者にとって利用しやすい労働市場および労働環境」というこの条文の基本原則に反するということ、およびそれを含めることで障害者の劣等処遇を容認したり、温存しかねない、ということなどである。

こうした反対意見に配慮し、代替雇用は明記しないものの、一般就職が困難な障害者についてもこの条文でカバーしうるよう、妥協案として合意に達したのが、「あらゆる形態の雇用」という表現である。

2.「すべての事項」に関し、障害に基づく差別の禁止

権利条約第27条1項(a)で注目すべきことは、代替雇用、つまり、保護雇用など、福祉的就労の一部も含む、「あらゆる形態の雇用」について、募集、採用及び雇用の条件、雇用の継続、昇進などににわたる「すべての事項」での障害に基づく差別の禁止が謳われていることである。

ILOが1955年の総会で採択した「障害者の職業リハビリテーションに関する勧告」(第99号勧告)では、「通常の競争的雇用に適さない障害者のために、保護された状況の下で訓練ならびに雇用を行うための制度」(第32項)を「保護雇用」と規定し、そのための典型的な施設としてシェルタード・ワークショップ(以下、ワークショップ)を当てている。ILOの「障害者の職業リハビリテーションの基本原則」(1985年第3次改定版)によれば、ワークショップは、「一般雇用に就く(または復職する)ことができない、またはできる見込みがない障害者のためのほぼ永続的な就労の場」98と定義されている。この定義によれば、わが国の授産施設や就労継続支援事業所などもワークショップに該当するといえる。

前述の第99号勧告では、「賃金及び雇用条件に関する法規が労働者に対して一般的に適用される場合には、その法規は保護雇用の下にある障害者にも適用すべきである」(第35項)と規定されている。したがって、ILO勧告のこの規定に従えば、「あらゆる形態の雇用」に含まれる代替雇用の対象者にも、「賃金及び雇用条件に関する法規」、つまり、労働法が適用されることになる。もっともILOとしても保護雇用対象者に対して、すべての労働法を全面的に適用することを必ずしも求めているわけではない。たとえば、ILO「農業における最低賃金決定制度に関する条約」(第99号条約、1951年採択。日本は、未批准)では、その3条の5で、「権限のある機関は、身体又は精神に障害のある労働者の雇用機会の減少を防止するため、必要な場合には、個別的に最低賃金率に除外を認めることができる」と規定している。

したがって、保護雇用されている障害者などの一部について最低賃金適用除外を認めている欧米諸国も少なくないが、これらの国においては最低賃金適用除外の障害者についても労働者と見なされ、障害のない労働者と同じ権利と保護が与えられている。そして、最低賃金適用除外の適用を受けているため、賃金収入だけでは地域での生活を維持することが困難な者に対しては、賃金補助、年金あるいは手当の給付などによる一定水準の所得保障が行われている。つまり、基本的には、保護雇用と所得保障を組み合わせることで、その対象となる障害者の職業生活が維持されているわけである。

しかし、権利条約第27条の「あらゆる形態の雇用」に含まれるとされる「代替雇用(あるいは保護雇用)」の対象とされる障害者の範囲やその判断基準(判定基準)などについては、条文では明示されていない。したがって、わが国の就労継続支援事業(非雇用型)の利用者を何らかの形で労働者に準じた労働保護制度を導入する場合、その範囲や判断基準をどうするかは、大きな課題のひとつと思われる。

3.わが国の就労継続支援事業(非雇用型)にとっての課題

権利条約第27条における規定との関連で、わが国の福祉的就労制度、とくに就労継続支援事業(非雇用型)にとっての最大の課題は、現在のところ労働法の対象外となっているその利用者について、現行の労働法の見直しも含め、いかにして何らかの形でその労働の保護を実現しうるかである。それに関連して検討が必要なのは、労働保護の対象とする障害者の範囲やその判断基準である。労働法が適用される保護雇用制度を整備している欧米諸国においてもその制度の対象とする障害者の範囲は、国によってかなりの相違があり、必ずしも共通の判断基準が確立しているわけではないからである。

また、それとあわせ、検討が必要なのは、それらの利用者の地域における職業生活を支えうるような収入をいかにして確保するかである。政府は、就労継続支援事業(非雇用型)利用者の現在の平均工賃を2011年度に倍増するという目標を掲げ、その実現化を図るための施策を打ち出しているが、たとえその目標を達成しえたとしても、その平均工賃(2万4千円程度)と障害基礎年金だけでは、地域での生活維持に必要とされる費用を賄うことは極めて困難である。したがって、平均工賃をさらに引き上げうるような手立てを講じるとともに、障害基礎年金の増額など、所得保障制度の拡充が図られない限りは、就労継続支援事業を利用している障害者に対して、ILOが提唱する「ディーセント・ワーク」(働き甲斐のある、人間らしい仕事)を実現することは、望むべくもないであろう。