第2章 諸外国の「福祉的就労」分野における労働保護法の現状と動向
第1節 米国:「福祉的就労」分野における労働保護法の現状
長谷川 珠子(成蹊大学 法学部)
1.はじめに
アメリカでは、1990年に制定された障害を理由とする差別禁止法(障害をもつアメリカ人法(Americans with Disabilities Act))が非常に有名である。実際、障害者雇用の分野においては、「差別禁止」の観点から注目されることが多い。しかしながら、そのようなアメリカにおいても、「福祉」的な観点からの障害者雇用施策が行われており、障害者の就労・雇用の促進にとって、重要な役割を果たしてきている。本稿では、主に、「福祉的就労」の分野で働く障害者に対し、労働法(主に最低賃金規定)の適用がなされているのかどうか、及び、社会保障制度による障害者への所得保障の仕組みについて検討する。
2.労働に関する部分
(1)障害者雇用の在り方
アメリカでは、障害者の就労形態を分類する明確な一つの基準が存在するわけではない。障害者が、雇用・就労の場面においてどの程度統合されているかという観点から分類する場合、以下の4つの分類が可能である。①未就労の状態、②一般雇用(competitiveemployment)、③援助付き雇用(supported employment)、④保護雇用(shelteredworkshop/work center)にそれぞれ分けられる。
まず、①未就労状態とは、雇用もされておらず、最低限の就業訓練も受けていない状態を指す。次に、②一般雇用とは、主に一般の企業など、障害をもたない人々と統合された職場のなかで、ジョブコーチ等のサービスを提供されることなく就業する状態を指す。この場合、他の障害をもたない労働者と同じ労働法が適用され、最低賃金も支払われる。また、③援助付き雇用とは、基本的には障害を持たない人々と統合された職場のなかで、ジョブコーチ等のサービスを受けながら就業する状態を指す。多くの場合、少なくとも最低賃金は支払われるとされる。最後に、④保護雇用とは、障害をもたない人とは分離された、障害者の集団のなかでの就業又は職業訓練が行われる状態を指す。賃金は支払われるが、多くの場合最低賃金には満たないとされる99。
また、福祉的就労の観点から分類する場合、1973年リハビリテーション法(Rehabilitation Act of 1973, as amended)第1編に定められた職業リハビリテーションプログラム100の対象者かどうか、によって障害者の就労形態を分類することができる。職業リハビリテーションプログラムを受けるための要件は、その人が、「障害者」であること、すなわち、(ⅰ)その人の雇用を実質的に妨げることとなる、または、妨げている、身体的または精神的機能障害をもち、雇用アウトカム(成果)を達成するために、職業リハビリテーションサービスから恩恵を受ける人であり、かつ、(ⅱ)雇用の準備、雇用の獲得、雇用の維持、又は雇用への復帰を目的として職業リハビリテーションサービスを求めていなければならない。補足的保障所得(Supplemental Security Income)の受給者及び/または社会保障障害保険(Social Security Disability Insurance)の受給者は、雇用につながる職業リハビリテーションサービスを受ける資格があると推定されるが、その人たちがあまりに障害が重いため、職業リハビリテーションサービスの恩恵を受けられないということについて、明白でもっともらしい証拠がある場合はこの限りではない。
先述の③援助付き雇用及び④保護雇用は、職業リハビリテーションプログラムを受けた就労形態といえる。以下では、これらの職業リハビリテーションプログラムの対象となりうる、一般雇用とは異なる、福祉的就労の場で働く障害者が、労働法の適用を受けるか否かについて検討する。
(2)労働法の適用
アメリカにおける労働基準に関する中心的な法律101は、1938年に制定された「公正労働基準法」(Fair Labor Standards Act、以下 FLSAという)102である。同法は、最低賃金、最長労働時間及び時間外労働、年少者の労働の制限、並びに男女の同一賃金に関する規定等を主な内容としている。時間外労働については、一週間の労働時間(40時間)の定め及び、それを超える場合に通常の賃金の1.5倍以上の賃金を支払うという割増賃金規定がそれぞれ定められている。
なお、各州は、連邦法であるFLSAよりも厳しい規制を含む州法を独自に制定するこが認められている。そのため、例えば州法の方がより厳格な最低賃金基準を設定している場合には、使用者は州法を遵守しなければならない。
FLSAの適用を受けるためには、被用者は、以下のどれかに属していなければならない。 すなわち、①通商に従事する被用者、②通商のための商品の生産に従事する被用者、又は、③通商もしくは通商のための商品の生産に従事する企業に雇用されている被用者のいずれかである。「通商(commerce)」とは、州際通商及び外国との通商を意味し、「通商に従事する」とは、州境を越えて物の売買や運搬、通信などを行う場合をいう。したがって、障害者であっても、これらのいずれかの要件を満たしていれば、就労形態の如何にかかわらず、FLSAの適用を受ける。しかし、通商に従事しない極めて小規模な範囲でのみ物の売買や運搬等を行うような企業の場合には、FLSAの適用はない。その場合は、各州の州法の適用を受けることになろう。
最低賃金の額は、2009年7月24日以降一時間7.25ドルに設定されており103、使用者は、その額を上回る賃金を被用者に支払わなければならない。但し、FLSAは最低賃金規定の適用除外となる者、及び最低賃金を下回る賃金を支払ってもよいとされる者を、それぞれ定めている。
最低賃金以下の賃金を支払うこと、つまり、減額対象となる者には、障害者のほか、常勤の学生(full-time student)、10代の労働者、チップでの収入を得ている労働者及び職業訓練中の学生が含まれる。
障害者に対する減額特例は、FLSA14条(c)に定めがある。それによれば、年齢、身体的若しくは精神的欠陥(deficiency)、又は負傷(injury)によって、稼得能力又は生産能力(productivity capacity)が損なわれている個人に対し、雇用機会の低下を防ぐ必要性がある限度において、最低賃金を下回る賃金を支払うことが許される。ただし、労働の種類、質及び量が本質的に同じである、障害のない労働者に支払われる賃金と比例した賃金(commensurate wage)でなければならず、個人の生産性に関連付けられていなければならない。さらに、最低賃金以下の賃金を支給する場合には、該当者となる障害者の障害の状態や職務内容等、必要項目を記載した書面を提出し、労働長官にその許可を得なければならない。
なお、各州も最低賃金法を有しており、ほとんどの州が最低賃金の適用除外規定を置いているが、いくつかの州では、それらの適用除外規定を廃止する動きがみられている。たとえば、アリゾナ州では2007年1月に適用除外規定を廃止し、新法の下では、使用者は時間当たりの最低賃金基準を満たす賃金を支払わなければならないこととなった。ただし、そのアリゾナ州においても、年齢、身体的又は精神的な損傷(deficiency)あるいは傷病があるため、稼働能力が低下している弟子(learner)及び見習工(apprentice)を含む「未成年者」に対しては、最低賃金以下の賃金を支払うことが認められる104。
(3)障害者雇用の状況
アメリカにおける障害者(18歳から64歳までの障害者)の就業率は2004年調査によれば、35%であり、障害のない人の就業率と比して、非常に低い105。働いている障害者の賃金の状況については、アメリカの会計検査院 US Government Accountability Office(GAO)の2001年調査がある106。この調査は、最低賃金以下で働く障害者を雇用している、就労センター(work center)及び企業(business)(以下、これらを事業主と呼ぶ)に対し、ランダムに調査を行って得られた情報を基にしている。このなかで就労センターとは、障害者に雇用機会を提供するために設立された施設と定義されている。以前は「shelteredworkshop」と呼ばれたもので、地域のリハビリテーションプログラムとしてとらえられることもある。また、企業とは、ファーストフードレストランや食料雑貨店のような営利目的の企業、又は、主に障害をもたない人が雇用されている大学や政府系機関のような非営利の事業として定義されている。
FLSA14条(c)の適用を受けて、最低賃金以下の賃金を支払う労働者を雇用する事業主の数は、全米で5612か所、最賃以下の賃金で雇用されている障害者の人数は、42万3586人である107。5612か所の内訳は、就労センター4724か所(84.2%)、企業506か所(9.0%)、病院その他のケアセンター294か所(5.2%)、教育関連機関88か所(1.6%)である。また、42万人の内訳は、就労センター40万440人(94.5%)、企業1549人(0.4%)、病院のその他のケアセンター1万9307人(4.6%)、教育関連機関2290人(0.5%)と、ほとんどが就労センターで働く障害者であることがわかる。
就労センターで働く労働者全体に占める、最賃以下で働く障害者の割合は、89%と極めて高いが、これに対し、視覚障害者のための就労センターでは、その割合が51%と低くなっている。
就労センターの財源は、州および郡の機関から基金46%、製品の契約35%、小売9%、寄付金2%、投資1%となっている。
就労センターにおいて、最低賃金以下の賃金を支払われている障害者の、主たる障害は、知的障害又はその他の発達障害が74%、次いで精神障害(12%)、視覚障害(5%)、視覚障害以外の身体障害(9%)となっており、知的障害者の割合が高い点が特徴といえる。
就労センターで雇用される障害者の賃金額は、1時間あたり1ドル以下が23%、1ドルから2.5ドル31%、2.5ドルから5.15ドル28%108、5.15ドルから7ドル13%、7ドルから10ドル4%、10ドル以上が1%である。このように就労センターで働く半数以上(54%)の障害者が、最低賃金以下で雇用されている。これは同時に、労働者の生産レベルが非常に低いことの表れでもある。すなわち、生産レベルが25%以下の者の割合が41%、25%から50%以下の者の割合が29%と、7割の労働者が、同じ仕事を行う障害のない労働者の半分以下の生産能力しかもたないという。
最低賃金が減額された場合の賃金補填制度はないが、後述するように、所得の低い障害者に対しては、いくつかの社会保障給付がなされている。
このように、アメリカでも、福祉的就労における障害者に対しては、最低賃金の減額が適用されている。このような取り扱いについて、多くの障害者の雇用機会を提供することになることを理由に、減額規定は必要であると主張する論者がいる一方、コミュニティにおいて仕事を得るという動機付けがなされず、むしろ最初に他の障害者の中におかれることになるため、漠然とそのまま働き続けてしまうことになるとして、減額規定に反対する論者もいる。
3.社会保障に関する部分―障害年金と公的扶助
(1)形成過程
アメリカの社会保障は、1935年の社会保障法(Social Security Act of 1935)の制定に始まる109。同法により、老齢年金のみを対象とする公的年金制度が創設され、また所得保障のために、老齢扶助(Old-Age Assistance)及び視覚障害者扶助(Aid to the Blind)が導入された。障害者への所得保障としては、連邦補助金プログラムとしての視覚障害者への扶助が最初である。1939年に遺族年金制度が創設されたが、この段階においても障害者関連の年金プログラムは導入されなかった。障害年金の必要性についての議論がなかった訳ではなく、1940年代以降何度か障害年金の提案がなされたが、結局実現に至らなかった。障害年金の問題点としては、①障害認定(申請者が支給対象となる障害の状態にあるか否かの認定)が困難であること、②障害年金コストが不確実であること、③リハビリテーションへの悪影響が懸念されること等が挙げられていた。他方で、公的扶助として、連邦の補助金付きの州が運営する障害者一般への扶助(恒久・全体的障害者扶助(Aid toPermanently and Totally Disabled))が1950年に導入されている。
1956年になり、社会保障法が改正され、ようやく50歳以上65歳未満の被保険者に支給を限定するという年齢制限付きの社会保障障害年金(Social Security DisabilityInsurance)が導入されることになった。そして、この年齢制限は1960年の社会保障法改正の際に撤廃されている。
公的扶助については、1935年に導入された老齢扶助及び視覚障害者扶助と、1950年に導入された恒久・全体的障害者扶助とを統合し、補足的保障所得(Supplemental SecurityIncome, SSI)が1972年に成立した。
(2)社会保障障害年金
社会保障障害年金は、連邦機関である社会保険局(Social Security Administration)によって運営されている。アメリカの障害年金は、民間企業の使用者、被用者、一定額以上の年収の自営業者を強制適用者とした社会保険制度であり、社会保障税を財源とする社会保険方式で運営されているが、名前に「税」が就くものの、その拠出額は記録され、それに基づいた給付が行われるため、実態は社会保険料に近い。したがって、障害年金を受給するためには、拠出要件を満たしておく必要がある。この要件とは、原則として、①21歳から障害の状態に至った年までの間に一定の拠出記録を有すること、かつ②障害の状態となる直前の40四半期で20四半期以上の拠出記録を有すること、である。2006年時点での障害年金受給者は681万人とされている。このほか、自ら拠出を行っていないが、被保険者の家族である者ついても、一定の条件の下で、障害年金を受給できることがある。
2006年の時点で、20~64歳人口の78.3%が障害年金を受給できるだけの拠出記録を有している。要件を満たさない21.7%の者が、以下で説明する障害要件を満たす状態になったとして、年金を受給できない。
しかし、このような理由で障害年金を受給できない障害者に対して、後述する連邦レベルの公的扶助である補足的所得保障(SSI)が用意されている。
障害年金を受給するためには、拠出要件を満たしておくことに加え、その者の状態が障害要件を満たしておかなければならない。この障害要件は純粋な医学的概念ではなく、障害の状態が経済的損失に繋がっていなければ、補償の対象とはならない、という考え方を前提として、障害年金の認定基準が設定されている。
障害認定の過程は、以下の5段階に分けられる。まず、①実質的な稼得活動を行っているかどうかが判断され、基準よりも多くの収入がある場合、障害とは認められない110。稼得活動を行っていないと認定された場合、次に②機能障害が深刻であるかどうか、すなわち医学的に確定可能であり、かつ、死に至るか一年以上継続する機能障害をもつかどうかが判断される。当該機能障害が深刻であると認定された場合、さらに③機能障害がリストに掲載されている機能障害と合致しているか、等しい程度であるかどうかが判断される。これが合致していると判断された場合、④申請者が過去に従事していた仕事を遂行できるかどうかが判断される。それを遂行できない場合には最終的に、⑤申請者が他の仕事ができるかどうかが判断され、他の仕事もできないと認定されると、障害要件を満たすことになる。
このように、アメリカの障害認定過程では、機能障害の程度そのものだけではなく、それによって就労できないことを給付要件とすることが明確に定められている。
(3)公的扶助(SSI)
障害年金の拠出要件を満たせない障害者は、補足的保障所得(SSI)を支給されることになる111。SSIは、1972年に成立し、1974年から実施されている。SSIも、障害年金同様、「就労による自活が難しい」とみなされた人々のみに支給されるものであり、現金給付がなされる。SSIは、老齢扶助、視覚障害者扶助、恒久・全体的障害者扶助 3事業を統合することによって成立したものであるため、SSIの属性は、高齢、視覚障害、障害に分けられ、それぞれに給付要件が設定されている。SSIの運営も、社会保障局によって直轄で行なわれている。財源は、所得税などの一般歳入であり、連邦が100%の財源負担を行っている。したがって、後述する「高齢」「視覚障害」「障害」の要件を満たせば、社会保障障害年金のように拠出をしていなくても、必ず給付が支給される。給付水準は、単身者は貧困線の7.5割、二人世帯は9割と設定されている。
給付要件は、「高齢」は、65歳以上であることとされる。また、「視覚障害」は、矯正後の視力が良い方で、0.1以下、又は視野20度以下とされ、この判断は、医学的な診断によって行われる。次に、「障害」の要件は、①身体的・精神的な機能障害(impairment)があること、②その機能障害が12か月以上存続するか、または死亡につながること(期間要件)、③実質的有償活動(Substantial Gainful Activity)によって一定以上の勤労所得を得ることができないこと(能力要件)112の3点から判断される。この判断は、医学的診断の他、技能・職歴等も加味される。
(4)社会保障給付と就労所得との調整方法
アメリカにおける障害者に対する公的な所得保障は、社会保障障害年金及びSSIを柱としている。これらの両制度とも、深刻な機能障害があり、かつ、稼得能力がないことが条件となっているため、たとえどれほど障害の程度が重くとも、一定の基準を超える所得がある場合、支給されない。
前出のGAOの調査によれば、最低賃金以下で働く障害者のほとんどが、社会保障障害年金又はSSIの支給を受けていることが明らかとなっている。それらの障害者の平均月収は、障害年金の平均月額(787ドル)よりも低く、また、SSIの平均月額(412ドル)よりも低い。さらに、それらの社会保障給付は、受給者の所得が一定程度以上を超えると減額されたり、支給停止となるものの、最賃以下で働く障害者の所得は減額になるほど高いものではないことが報告されている113。
【用語】
- ADA
- Americans with Disabilities Act 障害をもつアメリカ人法
- FLSA
- Fair Labor Standards Act 公正労働基準法
- GAO
- US Government Accountability Office 連邦会計検査院
- SSDI
- Social Security Disability Insurance 社会保障障害保険
- SSI
- Supplemental Security Income 補足的保障所得