発表会:「生活機能」向上をめざして-ICFの保健・医療・介護・福祉・行政での活用-
1.ICFの行政施策への導入
大川 仲村先生は、先ほどお話が出ましたICFの前身のICIDH、国際障害分類が定まった時の厚生省の統計情報部長でいらっしゃいます。そして、後でお話があります上田敏先生とは東大の医学部の時の同級生でして、生活機能で仲村先生を分析しますと、個人因子にもそれらが影響してくると思います。また友人の存在や友人の態度は環境因子です。
生活機能とは障害のある方だけを見るのではなく、全ての人の健康状態をみるものですから、ここにいる全ての方々の生活機能とはどういう状態なのかも考えることができるのです。そういうところもICFの画期的な点です。
さて、本日の進め方ですが、まず私が行政的にどういう観点でICFが入ってきているのかを、20~30分程度お話させていただきまして、それを前座として、そのあとに上田敏先生と丹羽先生のお二人でこのICFの特徴についてお話をしていただきます。そして最後に、具体的な実例として、環境因子を中心として私がまた話をさせていただく、という予定です。
お手元に資料が3種類あるかと思います。まず資料集は2部構成になっておりまして、『「生活機能」向上をめざして』というタイトルの部分が今日の本題です。そして、その後半が参考資料で、まずこの参考資料について私がお話を最初にします。2つ目として、特に生活不活発病という観点でまとめましたカラフルなイラスト入りの冊子があります。これは最後の1時間の中で私がお話を申し上げる予定です。もう1種類は、今回の主催者でもあります日本障害者リハビリテーション協会に関するもので、これは最後の挨拶で説明させていただく予定です。
では資料集の後半の「参考資料」を中心として、行政への反映についてお話しします。
最初は「国家試験へのICFの出題例」をあげていますが、1題だけ解いてみることにしましょう。2003年の「介護支援専門員実務研修受講試験」ですが、これを解いていただきますと、今回の介護予防の基本的考え方が既によみとれる内容です。なお、今日ご参加いただきました方々は、まず当事者の方々にたくさん来ていただいております。それから教育・研究関係の方々、そして特に今年多くご参加いただいたのは、実際の介護予防に携わる保健師さんや介護サービス提供の方々です。そこで、今回は現在ホットな話題でもあり、またICF、生活機能との関係自体も極めて深い介護予防関係に重点をおきながら話をさせていただく予定です。
まず一問目で「生活機能を心身機能・身体構造(生物レベル)、活動(個人レベル)、参加(社会レベル)の3つの階層構造でとらえている」こと。これは正解です。先ほど仲村先生からもお話がありましたように、「生活機能」という観点が今回の介護保険の改定でかなり重視されるようになってきて、あちこちで生活機能という言葉が耳に入るかと思いますけれども、なんとなくムード的に使われてしまっている面もあります。「生活機能」とはこの「心身機能」、「活動」、「参加」という三つのレベルであることをまず正確に把握していることが必要です。
二問目ですが、「マイナス面よりも、生活機能というプラス面を重視している」ことです。これがマイナス中心のICIDHからプラスを重視するICFに変わったということです。
三問目、「活動や参加を制約している心身機能・身体構造(生物レベル)の改善を優先している」ことは誤りです。活動や参加をいかに上げるかというのが大事で、だからこそICFが重視されているのです。介護予防といいますと、たとえば栄養とか筋力という心身機能レベルへの対応が介護予防であると、一時期特にメディアで取り上げられがちな傾向がありました。介護予防は生活機能向上といいながら、実はやることは心身機能への対応かというような、非常に矛盾した誤解もあるようですので、この点はお気をつけいただければと思います。
四問目ですが、「生活機能に影響する背景因子として、環境因子と個人因子があるが、特に個人因子に着目している」ことはございません。両方とも重要です。
五問目ですが、なかなかいい問題だと思いますが、一つの問題の中に二つのことを問う問題になってしまっています。ただし問おうとしている内容は非常に画期的ないいものです。
まず、「個人の活動を、日常生活の中で実際に行っている「実行状況」(している活動)と、ADL等の活動向上訓練によって引き出すことができた「能力」(できる活動)に区別している」と、「活動」の「実行状況」と「能力」の二つをきちんと区別することを問うています。これは非常に重要な観点で、皆様方が自分自身の症状を専門家にお伝えになるとき、それから専門家が利用者さんや患者さんをご覧になるときに、活動すなわち生活行為の状態を確認の際に、がんばったらできるのか、実生活で実行している状況なのかは全く別物ですから、そこは明確に区別しなければなりません。ところが、意外とそこがごっちゃになっているために、ここが大事ですよというところを問うた問題だと思います。
それから、もう一つ、2行目の「ADL等の活動向上訓練によって引き出すことができた「能力」」ということです。できることを伸ばしていきましょうというのが今回の介護予防の重要な方向性ですが、自然に出来るとか、患者さん、利用者さんご本人がただがんばればいいというのではなくて、この「引き出すことができる」という、専門家は専門家の責任として引き出すのだ、というところを重視しています。
このように、この問題の内容は、介護予防のポイントをかなり的確に表しているといえましょう。
では本題に入りまして、今年の行政へのICFの反映をみますとまず、第一に今回の介護保険改定におきましては、生活機能が重視されていることがあります。いくつかの点がありますが、「新たな認定調査項目について」で、要介護認定の新規の調査項目について引用しています。
「新予防給付対象者の選定手法についての基本的考え方」で、「疾病や廃用による下肢機能の低下、活動や参加」、まさにICFの生活機能の一部ですが、「活動や参加を阻害する生活環境等を誘因として生活機能が低下している者に対し、比較的軽度の要介護状態のときに活動や参加に主眼を置いた適切なサービスを提供することにより、要介護状態の改善又は重度化の予防を図ることが介護予防の基本です」と書いてあります。「活動」「参加」とか「生活機能」という観点で介護予防を考えるということです。
次に、「新予防給付対象者は適切な介護予防サービスの利用により、自立支援の観点から生活機能の向上がより期待される群、即ちいわゆる「廃用症候群」(「生活不活発病」という表現も一部で用いられている)の状態にあるものとしてとらえることができ、軽度の要介護者のうち、これらに相当するものを、新予防給付の対象とすること」になっています。このように「生活機能」を重視した観点で新しい認定調査項目も入っていることを、正確に前提として考えて、たとえば認定調査や審査会が行われませんと、十分にこの意は酌まれないことになります。
次に「認定調査項目の見直しの視点」では、廃用の程度を見るために新しい調査項目が加わったことが述べてあり、「上記の観点から、認定調査項目の見直しが行われ、「活動」の量を評価する項目として「日中の生活」、「外出頻度」、「参加の状況」を評価する項目として」追加されました。そして、「「活動」の質を評価するために、移動や歩行の状態等を把握することが重要であり、現行の認定調査項目である「歩行」、「移動」等の特記事項において記載を充実することになりました」とあります。新たな認定調査項目の「日中の生活」とは活動の量、「外出頻度」も活動の量であるというように、「生活機能」との関係できちんと整理をして把握することが大事です。
具体的な例として特記事項の充実が求められている「移動」を示していますが、これは「活動の質」です。これもICFの考え方として非常にわかりやすいかと思いますが、「移動」の「自立」についてみると、「自立」とは車椅子で自立をしていても歩行で自立をしていても同じ「自立」になります。しかし、車椅子なのか歩行なのかとは、これは具体的なやり方としては全く別物です。
ところが、車椅子生活自立の方が歩行で自立へと大きく改善しても、これは全く改善にならないのです。これに対し、「活動の質」の観点からみてみましょう。移動に関しての「調査上の留意点」で下線が引いてある部分がありますが、「場所、あるいは移動の目的である生活行為」、たとえば家の中、外、家の中でもトイレまで、台所までというような目的によって状況が異なる場合はその状況を特記事項に記載する。それから車椅子なのか、歩行補助具はどういうものを使っているのか。歩行補助具といってもT字杖やウォーカーケインやシルバーカーやいろいろなものがありますが、それらはどういうものを使っているのかを見ることになっています。
このようにして認定調査の中で見ますと、たとえば、この方は外は非常に狭い範囲しか歩いていないが、杖も使っておらず、時々車椅子を使っているという状況がわかってきます。そうすると、なぜ歩行補助具、たとえばシルバーカーを使ってもっと長い距離を歩けるように、もっと行動範囲が広まるようにできないのかしらと、この認定調査の内容を見るだけで行政の方々もわかります。地域包括支援センターの方々がどのように対応すべきかが、内容からかなり察することができる、というような活用もできるかと思います。
次に主治医意見書ですが、先ほど仲村先生からもお話がありましたように、1の「傷病に関する意見」の「(1)診断名」のところで、「特定疾病または生活機能低下の直接の原因となっている傷病名」で、以前ここは「障害の直接の原因」でしたが、「生活機能低下の直接の原因」に変わりました。単に病気だけではなく、「生活機能低下」、特に「活動」、生活行為や「社会参加」が低下する原因は何なのかという観点でその低下した原因を見る、と変わりました。単に「障害」が「生活機能」に変わったということだけでも非常に画期的なことです。更に医者が、生活機能低下の原因は何なのかをみる、という視点が求められているのは非常に画期的なことだと考えます。
「(3)生活機能低下の直接の原因となっている傷病…」でも、生活機能が入っております。
次ページ、4.で、これまでの「介護に関する意見」ではなく、今回は「生活機能とサービスに関する意見」で、ここにも「生活機能」という概念が入りました。
その中の「(1)移動」として、「屋外歩行、車椅子の使用、歩行補助具・装具の使用」というのが入っていますが、これは特に生活不活発病との関係で、充分に移動を向上させる、引き出すことをしているのかという観点でご覧いただければと思います。
そして注目すべきは「(4)サービス利用による生活機能の維持・改善の見通し」です。前ページ「1」の「(2)症状としての安定性」というところと、この「(4)生活機能の維持・改善の見通し」とは全く別物です。病気の症状と、生活機能がよくなるのか、とは別ということが明確にされました。特に活動・参加のレベルで向上させることができるのか、という観点でご覧いただくことがポイントです。ぜひここのところを充分にご理解いただくように皆様方も啓発していただければと思います。
後でお話があるかと思いますが、心身機能はよくならなくても、活動や参加は向上することができます。そのような観点で見ていただくことです。このような話をしましたら、あるお医者さんから質問がありまして、「どういうときに改善の見通しがない、期待できないと言い切れるのだろうか。僕は今まで簡単に「改善できない」と思っていたけれど、それは症状は改善できないのであって、活動・参加という目では見ていなかった」という、非常に的を射たご意見を頂戴しました。ぜひ、この生活機能の維持・改善の可能性の視点からチーム内で十分なご議論をいただければと思っています。
次のページですが、「介護予防サービス・支援計画表」ができました。これは、いわゆるナショナル・ミニマムの、国として定めた最低限の内容になっています。これはモデル事業等でICFの中分類レベルの多くの項目を議論した結果としてこの形に落ち着いたのですが、これは地域支援事業および予防給付の両方で使うものです。
この計画表でいきますと、左の縦軸に「アセスメント領域と現在の状況」がありまして、一番上に「運動・移動」、それから後にいろいろな項目がありますが、これは「生活機能」の中の「活動」レベルになります。ところが、今までどうしてもメニュー中心でプログラムを立てられがちでしたので、メニュー中心としてここを書きがちになるのを、やはりそうではなく「活動レベルになっているかな」という観点で確認していただければと思います。
それから、これにどういうものが影響しているのかを見ることになっていますが、ICFモデルとして相互関係を見ていただくことが大事だと思います。
目標に関しましては、生活機能のうち特に「参加」・「活動」レベルで書くことであり、どういうサービスを使うのかというサービス、これは「環境因子」ですが、それを中心としたものではありません。
右下にサインの欄がありますが、その上に「総合的な方針:生活不活発病の改善・予防のポイント」があります。生活不活発病は介護予防の重要なターゲットと位置付けられています。それに対し、特に生活機能の観点から、なぜ生活不活発病が起きたのか、そして、それに対してどう対応すべきなのかという観点で、利用者さんとご一緒にプログラムを立てていただくことが必要です。
最後に生活不活発病のチェックリスト(図1)をお示しします。これは特に活動レベルと一部の参加についての項目です。簡単に述べますと、左側に1年前、右側に現在があり、現状をみるだけでなく、一年間の変化をみるものです。
そして、たとえば屋内歩行でしたら「何もつかまらずに歩いている」という普遍的自立を「壁や家具を伝わって歩いていた」という環境限定型自立とは区別しています。
普遍的自立以外の自立度であれば生活不活発病になっている危険性が高いのです。また1年前と現在を比較してレベルが低下していたら、改善にむけて手をうつ必要があります。
そのときに何をするのかというと、屋外を歩くことが難しいのであれば、屋外が歩けるようにするような直接的な屋外の歩行の訓練をすることです。すなわち活動レベルの問題に対し、直接その活動の項目に働きかけることです。自宅内を歩くことが難しいのならば、自宅内をどのように歩くのが難しいのか、それに対して直接的に支援をする、というようにこの表を使っていただければと思います。
これを評価法としてみましても、画期的なところがありまして、これは研究班の研究成果でもあります。ICFの評価点「屋外を歩くこと」には、「遠くへも1人で歩いている」と、「近くなら1人で歩いている」という、これまではまとめて「自立」と言われていましたが、自立でも「遠くでも1人」なのか「近くしかできない」のかという自立は全く別物です。これは統計的に様々な対象で研究して両者の比率が大きく違うことがわかってきました。また、リスク・ファクターとしてもこの二つのどちらなのかでかなり生活不活発病の起こりやすさも違うことがわかってきました。そこで研究班の成果であるICFの評価点をここに導入して、「遠くへも1人で歩いている」という普遍的な自立と、ある環境でだけ自立をしている「環境限定型の自立」と、自立を二段階にわけた評価法としました。これについては後でまたお話します。
以上、今年度ICFが行政へ反映されたこととして、介護保険の特に予防重視という観点でのいくつかの具体例をご紹介しました。この他、たとえば、後で述べます地震のような災害の関係で、内閣府の「中山間地等の集落散在地域における地震防災対策に関する検討会」がありますが、日本は中山間部地区というのが7~8割で、そこでの災害に対しての対応の中で、特に要援護者、高齢者や障害者等ですが、生活機能低下を予防しなければならないことが大きな章立てとして論じられるようになりました。具体的には生活不活発病に注意をすることが提示されています。また、環境省におきましても、公害の喘息の患者さんに関しまして生活機能の観点からの調査研究も始まっております。
これがここ1年間の大きな動向です。これからの動向も踏まえながら、次に、具体的にICFをどのように活用していくのかについて、研究班の班員であります上田先生と丹羽先生から、お話をさせていただきます。