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発表会:「生活機能」向上をめざして-ICFの保健・医療・介護・福祉・行政での活用-

2.ICFの基本と活用 【第一部(1)】

上田 それでは、「ICFの基本と活用」に移ります。

簡単に自己紹介をしますと、私はリハビリテーション医学を長年やってまいりました。その関係で日本障害者リハビリテーション協会にも長年関係しておりまして、医学だけではない、広い意味でのリハビリテーション、例えば職業リハビリテーション、社会リハビリテーションを含めた分野に関係し、また障害者団体あるいは障害者、障害のある方々と交わってまいりました。

ICFについては、ICIDH、国際障害分類の日本での翻訳作業にも関与いたしまして、それ以来、このICFの改定過程にも国際的にも参加してまいりました。そして、身体障害の経験を主として、その立場からICFを研究してきたのです。

また、丹羽先生は、精神科のキャリアの非常に長い方でして、福島医大の精神科の教授であり、また病院長をなさっていらっしゃいます。やはりICIDH、国際障害分類を精神科の評価およびプログラミングにどのように活用するかを、ICIDHの時代からいろいろと研究してこられまして、それに続いてICFにも非常に造詣の深い方です。

私はどうしても身体障害の角度から見てまいりますので、精神障害の立場、特に介護保険においては認知症が非常に大きな問題になってきているので、今日も認知症に非常に重点を置いてお話いただけることになっております。

それでは、まず私から、スライドを使いながらお話を申し上げたいと思います。

ICFは、「生きることの全体像についての共通言語」といえると思います。

まずICIDH、国際障害分類は1980年にできたのですが、それが21年後にICF、国際生活機能分類と変わりました。非常に大きく変わった点は、「マイナスを重視する」という立場から「プラスを重視する」という180度の転換をしたことです。それは、生きることをプラスの面からとらえるか、困難という面だけからとらえるか、という違いです。

もう一つ、非常に大きな違いは、国際障害分類とは障害のある人のためのものだ、というように考えられてきましたが、国際生活機能分類とは健康に関する分類であり、全ての人に関する分類です。

ご存じの方も多いと思いますが、念のためにICFモデルについてご説明します(図2)。「心身機能・構造」、「活動」、「参加」という三つのレベル、階層があり、それはここに挙げましたように生物レベル、個人レベル、社会レベルと定義されています。ただ、日本語では生命、生活、人生という三つのレベルと考えたほうが非常にわかりやすい面があります。この三つを包括し、三つの全てを含んだものが「生活機能」なのです。

例を挙げますと、「心身機能・構造」とは、手足の動きや精神の働き、あるいはものを見る、聞くというのが心身機能。「構造」とは、身体の一部のことです。「活動」とは具体的な生活上必要な行為のことで、実用歩行、それから各種の日常生活の活動、家事や職業能力に関係する活動、余暇活動などで、非常に多くのものを含みます。「参加」とは、何らかの役割を果たすことで、主婦としての役割、あるいは働くこと、趣味やスポーツに参加すること、地域活動に参加することなど、非常にいろいろなものを含みます。社会参加というようによく言い換えられまして、そのほうがわかりやすい面はありますが、それだけではありません。それだけだと狭くなってしまいますので、主婦として役割を果たしているというようなことも含まれます。

「生活機能」に影響を与えるものとしては、「健康状態」があります。WHOの分類としては、百年以上の歴史を持つICD、国際疾病分類がありますが、健康状態とはそれによって分類されます。以前のICIDHには、病気や怪我が挙げられていたのですが、今回はより広くなって、「健康状態」という言葉になり、妊娠や高齢という、その他いろいろなものを含む広い概念になりました。これも、「全ての人のための分類である」に対応しているのです。

ICFは相互作用モデルです。この「健康状態」が「生活機能」の三つのレベルにいろいろな影響を与えます。また生活機能の三つのレベルそのものの間にもさまざまな相互作用があります。心身機能から参加にいたる矢印も、遠回りに見えますが直接のルートもあるのです。

もう一つの特徴は、「背景因子」を導入したことで、これは「環境因子」と「個人因子」の二つです。これが「生活機能」の三つのレベルと複雑な相互作用をします。

次に、「環境因子」に関しては、環境といいますと、物的な環境だけを考えがちですが、物的だけではなく人的な環境、社会環境、その中には制度やサービスが入りますので、医療や福祉や介護も、本人にとっては社会的な環境であることになります。「個人因子」とは年齢や性別や民族、生活歴、価値観、ライフスタイルとさまざまなものが含まれております。

ICFに「環境因子」が入ったことは非常に画期的なものだと言われておりますが、個人因子に関してはあまりコメントがありませんでした。しかし私は、これはやはり個性をそのまま示しておりますので、非常に重要なもので、今後ますます重要になってくるのではないかと考えております。

この全体が、個別性に立った生きることの全体像です。今、個別的なサービスがあらゆる分野で強調されておりますが、その個別性を考えるときには、ここに挙げたこの全てを含めて考えなければならないのです。「心身機能」や「健康状態」だけを見た場合にはかなり共通しているように見える場合でも、「活動」、「参加」、さらにその人の「環境因子」、「個人因子」を考えていけば、一人として同じ人はいないことになります。個別的な対応、個別性の尊重にはICFの考え方が非常に大事になってきます。

それと関連しまして、本人や家族はある意味では自分自身の生活や人生に関しては専門家であることが言えます。健康状態や心身機能に関しては医療関係者が専門的な立場からよりよくとらえられる場合がありますし、「活動」や「参加」に関しても、他人が正しくとらえられる部分もあります。しかしながら、「活動」の範囲は非常に広い、「参加」も非常に範囲が広い、さらに「環境因子」も人によって相当違っています。「個人因子」に至っては全くその人しか知らないのです。そういうことを考えますと、今後本人と協力してサービスを進めなければならなりません。これは後で倫理とも関係してお話しますが、単に本人を尊重しなければならないという倫理的な要請だけではなく、実は本人からこういうことに関しての情報をしっかりと、よく教えてもらわなければ、正しい全体像はつかめないのです。従って正しいサービスは行えないので、本人、家族をその人自身の生活、人生に関しては専門家であるというように遇して、専門家として協力するという考え方に立つべきではないかと思います。

先ほど、ICFはプラスを見るように転換したと言いましたが、それはマイナスを見ないことではもちろんありません。ただ、プラスの中にマイナスを位置づけて見ることが大事でして、この大きな四角が「生活機能」全体であり、その中に小さな四角としてのマイナス面があり、それを障害と呼びます。残りはプラスであることです。

これは包括的な概念としての「生活機能」と「障害」のことで、それぞれの三つのレベルにやはり同じように大きなプラスと小さなマイナスという関係があります。プラスとマイナスそれぞれを3つのレベルで合わせたものが「生活機能」と「障害」です。「障害」と言うときに、これまでは、日本の法律等は、機能障害や構造障害のことだけで言いがちでしたが、そうではなくて、活動制限、参加制約、この三つを統合したものが障害なのだという考え方にしっかと立って行かなければなりません。

さらに、今日は詳しくは述べませんが、私がもう二十数年来提唱してきております主観的側面があります。「生活機能」には客観的な世界に属することばかりが取り上げられてきたのですが、今後の課題として主観的な側面を忘れてはいけません。やはりその中にもプラスとマイナスとがあります。そして、この主観的な世界に属するものが、客観的な生活機能や障害と相互作用してお互いに大きな影響を与えるのです。これは、皆さんが実際の場面でいわゆる障害のある人や患者さんや、介護の利用者に接する場合に、その人の外側から見えることだけではなく、心の中に何が起こっているかを、そう簡単にとらえることができない、難しい問題ではありますが、しかしそれは必ずあるわけなので、そういう世界をとらえることを常に考えていかなければなりません。これは丹羽先生のほうがもっと専門なのかもしれませんが、そういうことが、身体障害の場合でも非常に重要であると思います。

ではプラスの側面を見ることの重要さというのを、例を挙げてお示ししたいと思います。

障害のある人や要介護者にリハビリテーションや介護を提供することは、それはその人にとって最高のQOL、人生の質を実現することが目的で、それは自立度の高い人生を目指しているのです。そういう場合に、まず出発点としては、その方がどういう状態にあるかをとらえることは、当然重要です。

医療の場合でしたら、これは診断というわけで、診断が出発点です。しかし、医療の場合の悪い癖がどうしてもその他の分野にまで影響しまして、障害というマイナスの面しか見ないというきらいが往々にしてあります。障害は、わかりやすく、簡単にとらえることができるので、それしか問題にしません。しかし、実は先ほどの図にもありましたように、より大きなプラスがあって、健常な機能や能力をその人は持っています。さらにその人独特の個性を持っています。また、その人特有の環境に生きています。この環境には、たとえば人的環境である家族も環境ですから、そうすると非常に個別性の高いものです。

このようにとらえなければいけません。これは要するにICFに立ってとらえることです。そして、リハビリテーションや介護が目指す、非常に有効なポイントは、プラスを増やすことです。このプラスの中には、潜在的な生活機能があり、自然に出てくるものではなく、目の前に既にあるものでもありません。こちらが正しい技術をもって働きかければ引き出すことのできる潜在的な生活機能があるのです。それを開発し増大させること、もちろんそれに加えてマイナスを減らすことも努力するのですが、それを行って初めて目的を達することができるのです。

この潜在的な生活機能をひき出すことにも大きく関係することですが、各レベルの間には相互依存性と相対的独立性があることに話をすすめましょう。相互依存性とは、モデル図の中の矢印で示されるように、お互いに影響を与え合うことで、これはわかりやすいことです。ちょっと考えれば、影響を与え合っていることはすぐおわかりになると思います。

大事なのは、むしろ影響を与えない面もあり、それは相対的独立性でそれぞれのレベルには独自性があって他から影響を受けない面もあります。実はそれは、非常に大きな実際的な意義を持っているわけで、一つの例を挙げてみます。

健康状態としては脳卒中、機能障害としては右片麻痺、活動制限としては歩けない、字が書けないことがあり、参加の制約としてはそのために職を失ってしまったとします。残念ながら、往々にしてよくあることです。

そういう場合に、これを解決するには、まず原因が脳卒中なのだから脳卒中を治すしかないと考えがちです。しかし、脳卒中という、脳に起こってしまったことが、もうどうにもできない場合には、普通、人が考えるのは、片麻痺を機能回復訓練で治して、それによって歩いたり字が書けたりするようにする、というように、原因が機能障害でそこから活動制限や参加制約が起こってきているのだから、解決するためにはこの根本原因である脳卒中が治せなければ、機能障害を治そうという考え方になりがちです。リハビリテーションとはこういうものだと多くの方が思っているのですが、実はそうではないのです。これの効果がないとはもちろん言いませんし、できるだけの努力は払いますけれども、やはり限界はあります。しかし、この機能障害である片麻痺がよくならなければ活動制限は解決できないことではありません。この機能が回復しなくても、活動をよくする方法はあります。それはたとえば杖や装具をうまく用いて歩く訓練をきちんとやる。それから、左手で字を書く訓練をする。これは非常に効果のあるものでして、短期間のうちに歩くことがちゃんとできるようになるし、字が書けるようになります。必要があれば、職業能力に関する訓練もそれに加えまして、その結果として職に戻ることができるという例も決して少なくないのです。これは、活動レベルは、心身機能のレベルだけで決められてしまうものではなく、相対的な独立性があってそれは大きな可能性があるので、そこを活用すると活動制限は解決でき、それによって参加制約まで解決できたことになるのです。

このような例で、相対的な独立性を活用するというようなことは、おそらく精神障害の場合にもかなり見られることではないかと思いますので、丹羽先生にも後でそういうお話がいただけるかと思います。

さてICFの目的ですが、これは第一には障害の統計というところから始まっています。しかし、それに留まらずにリハビリテーションや介護や福祉等の現場で活用する。それは、その対象者が生きることの全体像、これは今まで詳しくお話してきました、その人独特の生きる姿があるわけで、その全体をとらえなければ正しく隠れた可能性を引き出すこともできません。全体像をとらえ、その中で手がかりを見つけ、そして伸ばすことのできるプラスを発見してそれを伸ばしていくことがICFの活用です。

次に、それに基づいてですが、「共通言語」としての活用があります。異なる専門の方々の間でなかなか話が通じないというのが現状ですが、共通のものの考え方を持つことによって話が非常に通じやすくなります。協力がしやすくなり、誤解がなくなります。そしてさらに、専門家と当事者や家族との間で話がきちんと通じるように、お互いがよく理解し合って協力できるようにしていく道具としてICFの考え方、これは統計としての統計項目そのものと言うよりは、詳しくお話してきたモデルに表されているものの考え方を活用します。その他に調査研究や教育啓蒙、その他さまざまな使い途があります。

そこで、このICFのモデルの基本的な特徴を少し述べさせていただきます。医学モデルと社会モデルという言葉をお聞きになった方は、おありになると思います。国際障害分類、ICIDHは医学モデルに立っていたけれども、ICFは社会モデルに立っているのだと言われる方もありますけれども、しかしそれは非常に単純化した見方で、決して正しくありません。ICFとは、医学モデルと社会モデル、これはある意味では相対立する非常に両極端の見方ですが、それを統合したものです。

医学モデルとは、ICFの序論の中から抜き出した文章ですが、「医学モデル」とは「障害という現象を個人の問題としてとらえ、病気・外傷やその他の健康状態から直接生じるものであり、専門職による個別的な医療を必要とするものとみる。」対応は医療が基本であり、その目的は個人を社会に適応させる、個人の行動を変化させることが中心です。それに対して「社会モデル」とは、「障害を主として社会によってつくられた問題とみなし」障害は「社会環境によって作り出されたもの」であって、「個人に帰属するものではない」とされている。対応は社会環境を変えることであって、基本的には政治の問題であるというふうに見るのです。

ICFモデルは、これら二つの対立するモデルを統合したものであって、「生物・心理・社会モデル」であるとICFの序論には明記されているのです。

このICFの序論の最初の行でICFは「『医学モデル』対『社会モデル』という弁証法を統合したものである」と言っております。この弁証法とは、ちょっと難しい言葉ですが、「本来矛盾をはらみながらも統一したものであって、それを本来あるべきでない対立に持ち込んだり、当然統合されてしかるべきものなのに一面的に対立させられているもの」というニュアンスを持っているわけで、そこからもICFが医学モデルと社会モデルという両方をある意味では包み込みながら、どちらにも偏らず統合したものであることが言えると思います。そういう、広い見方だと是非わかっていただきたいと思います。

そういうことをよくつかみ、ICFモデルを活用することによって、基底還元論的アプローチ、すなわち医学モデルが基本としております心身機能がよくならなければ他のものも決してよくならないという考え方や、社会モデルの社会的な環境因子を偏重してそれによって全てが決まってしまうという考え方に陥らないことです。また、分立的分業アプローチという、リハビリテーションチーム、あるいは介護のチームで、多職種が協力してチームワークでやらなければいけないという時に、えてして起こりがちなのが、縄張りを作って、自分の縄張りを守って他の縄張りには口を出さないけれども他にも出させないというような、そういう分立分業です。これはお互いにばらばらにやっていくわけで、本当に効果があがりません。これは、ICFモデルで言えば相互依存性を無視している。モデル図で言えば矢印を無視していることになるのです。不十分な、誤ったアプローチに陥ることも、ICFをきちんと使うために正しい考え方でやっていくことで、防ぐことができます。

以上、第一部での私の話を一旦終わりまして、続けて丹羽先生から、ICFの基本的な考え方についてお話をいただきたいと思います。

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