発表会:「生活機能」向上をめざして-ICFの保健・医療・介護・福祉・行政での活用-
2.ICFの基本と活用 【第二部(1)】
上田 このICFはいろいろな使われ方があるのですが、最初の出発点は障害に関する統計が必要であるというところから始まったのです。ここにご紹介したいのは、国連の国際経済社会局統計課で作られました、各国の障害統計を比較した報告書で、これに障害統計への活用に非常に示唆深いものがあります。
これは1990年という、「国連障害者の十年」のちょうど最終年の前の年を記念して作られたもので、非常に詳しい調査です。十年以上経ちましたので近く続編が出ないかと期待しておりますが、今のところこれが最新のものです。その中で各国の障害のある人が何パーセントいるかを、比較しますと、この図に示したようになります。これは右肩上がりの非常に極端に上がっていくのですが、最高はオーストリアの統計です。全人口の20.9%、2割以上が障害を持っています。それに対して最低のペルーは0.2%です。この間の差は100倍以上になります。
日本を見ますとちょうど真ん中くらいにいまして、2.4%で、これは最高のオーストリアの8.7分の1で非常に少ない。これはご存じの方も多いと思いますが、1980年の障害者実態調査の統計で、これにはいくつかの問題があります。対象が身体障害者に限られていますからほとんど身体障害者手帳を持っている人に等しい数になっており、知的障害、精神障害、あるいは難病その他の障害が入っていない。
ですからこの後の日本でのいろいろな調査を集めまして、現在は日本の障害者のパーセントは5%であるというのが政府の公式見解になっています。しかし5%と言いましてもオーストリアの20%以上に比べますと4分の1ですし、アメリカが8.5%ですから、それと比べても非常に少なく、こういう障害者の数とは国によって違っていることは当然考えられるのです。例えばカンボジアのように内戦があったり地雷がいまだにたくさんあったりというようなところでは、障害者が増えることは考えられますけれども、アメリカと日本のようなそんなに違いがあるとは思えないところで、この統計で言えば3.5分の1、修正して日本は5%として比べましてもまだかなり差が開いています。一体、どうしてこんなに大きな違いが出てくるのかという疑問が出てまいります。
それをさらに解析してみますと、実は一つの大きなギャップがこのデータの中には潜んでいるのです。それは障害の定義の違いです。障害をどう見るかの違いです。このギャップの差は、機能障害に関する質問だけをしていいます。右側は活動制限を聞いています。ここではっきりと大きな違いが出てくるのです。日本とアメリカの違いもそういうことであればなるほどと理解できるのです。
これからの問題ですが、障害統計の基本的な考え方として、日本語で「障害」という言葉はあまりにも、身体障害者福祉法などで非常に限定的にしか定められておらず、非常に狭い範囲で障害が解釈されています。それはサービスと直結しているために、どうしても制限的になってしまうこともあるのですが。そういうことからいったん離れる必要があります。「障害」という言葉を使うよりもむしろ、「生活機能低下」と考えていくことが望ましいのです。生活機能の三つのレベルすべて、つまり「心身機能・構造」、「活動」、「参加」のすべてを踏まえた定義にし、さらに「環境因子」をも相当考慮した定義に立って、障害統計を行っていくべきだと考えられるのです。
そのためには今後の課題として、従来のいわゆる古典的な障害というだけではなく、要介護者が非常に多くの数に上ってきており障害者よりはるかに多くなってきているので、要介護者や、その他に慢性疾患の患者さん、難病も障害に含めるべきだと言われています。けれども、それ以外のさまざまな慢性疾患も生活機能にいろいろ大きな影響が及んでいることは同じです。また、非常に扱いが難しいとされている喘息とかてんかんのように、何でもないときは何でもなく生活できるけれども、ときどき非常に大きな生活上の困難が起きるという、間欠的な生活機能低下まで含めて考えていく必要があります。あるいは生活機能が低下してきつつある人や、さらにはこのICFが健康状態として含めるようになった妊婦、幼児を介護する人、これは母親が普通でしょうけれども、それ以外の人も、例えば幼児を連れてベビーカーで外出しなくてはいけない、電車に乗らなければいけないというときにはいろいろな困難にぶつかるのです。これは本人の問題ではなく介護者としての役割なので難しい問題がありますけれども、しかしそういうものも考えに入れる必要があります。
あるいは急性疾患患者などの一時的な生活機能低下や妊娠でも、幼児を介護する場合でも、そんなにいつまでも続くわけではありませんので、一時的な生活機能低下と言えます。そういうものまで含めて検討する必要があります。
そのように言いますと非常に極端な考え方ではないかとお考えになる方もあるかもしれませんが、実は既に20年くらい前からスウェーデンの統計などではこういうものまでも含めています。その結果として、先ほどは挙げませんでしたがスウェーデンの統計では人口の30%近くが何らかのそういう問題を持っていることまで出ているのです。
だからそれを「障害」と呼びますと、今までの日本での障害のとらえ方がきわめて狭かったために、きわめて極端な意見と考えられるかもしれませんけれども、現実に生活機能が低下して困っている人がどれくらいいるのかをとらえて、そしてそれに対する対策を考えていくことは、これからの日本の人々の生活をより豊かな幸せなものにしていこうと考える場合には、絶対に必要なことではないかと思います。
ICFが統計に用いるために、どのような国際的な努力がなされているかをご紹介したいと思います。DISTABとワシントンシティグループの二つあります。DISTABとは1999年に5つの国、アメリカ、カナダ、南アフリカ、オランダ、フランスの障害統計担当部局が合同でICFに立った共通の障害統計表を作って、完全に比較のできるものにしようと、つまり先ほどお示ししましたように障害の統計の調査法が違うことによって100倍もの違いが出てきてしまうことでは、他の国との比較ができないことになってしまいます。そこで、少なくともこういう先進国の中では共通のやり方で調査をして、完全に比較をして、そこの違いがどこから生じたのかをきちんと研究して、それを行政に反映させることをやろうじゃないかということで始まりました。それをdisability tabulationの略称でDISTABグループと称しています。その後でオーストラリアが加わりまして6カ国で現在進めています。この情報はネットで得られます。
もう一つは、DISTABがもともと国連に働きかけて行ったものです。2001年に国連の障害測定国際セミナーが開催されまして、そこでこれからはICFを障害統計の基礎とすべきだ、そして国勢調査で使う比較的簡単な共通の測定法を開発しようということになりました。それから特に参加と環境因子の測定に関してはまだ今後の開発が必要だという方針を決めて、その後これに参加した人たちを中心にワシントンシティグループというのができまして、毎年会議を開いています。これもネットでかなり詳しい情報が得られます。
ワシントンシティグループでは最近、一つの案として、非常に少ない項目の質問で、これだけを入れれば世界中で同じ基準で比較できるのではないかという案を出しています。しかしこれについてはまだかなり批判があります。活動に関する七つの質問から成っていますが、活動だけしか見ておらず、心身機能も見ていなければ参加も見ていません。それではICFに立っているとは言えないという批判が、ICFに関する国際会議の場でかなり強く言われたりしています。今後もっと検討する必要があります。
国際的にもこのようにICFを使おうという動きは非常に活発に行われていますので、日本においてもこういうことに参加していくことが必要になるのではないかと思っています。
この件に関して丹羽先生何かありますか?
丹羽 今の障害統計のお話で、精神の場合で少し追加させていただきたいのですが、精神の評価、それに使っているスケールは、いろいろなものがあります。ただしそれらの特徴とは、例えば症状の評価のスケール、あるいは社会生活の評価のスケール、というように見る側面というのが違っています。先ほど統合失調症の病気を例に挙げまして心身の機能と活動の制限のお話しをしましたけれども、今多く使われているスケールとは、一面に特化したような形になっています。
ところがICFについて先ほど申しましたが、心身機能と活動、参加という形で見ています。そして環境要因の評価もしています。その点が総合性という点において、今多く精神の疾患について用いられているスケールの中では、他に類を見ない総合性を持っていると言えます。
その意味で精神の場におきましても、障害を、いま上田先生がお話しされたような意味で、生活機能の低下という観点からとらえた場合にそれをうまく評価し分類していくという上で、このICFを統計的に使う上でも非常に有用だと言えると思います。
そしてもう一つ、さっきも言いましたけれども、ICIDHと違って理念的なものではなく、実際の日常の臨床の場において、個々の患者さんに使うことのできるものでもある。そういう総合性があるというのがICFの特徴だと思っています。
上田 どうもありがとうございました。それでは今度は資料に基づいて「コーディングの実際」についてお話ししたいと思います。
コーディングとは実際の場合にこのICFの各項目を使うことです。各項目のことをコードと言いますので、コーディングはコードを使うと言うのです。そしてどこの項目に問題があるかを見つけて、そしてどの程度問題なのかという、これを評価点と言いますが、程度を明らかにしていきます。それによってその方の全体像をみる、その際生きる上での困難が一方にあり、それから逆に、ここは侵されていなくて逆にそこをより高めることによって問題の解決に役立つというところを発見することがコーディングです。
ICFの赤い表紙の本(障害者福祉研究会:ICF:国際生活機能分類-国際障害分類改定版、2002)をお持ちになっている方はたくさんいると思います。
ICFが非常に大事だという話を聞いて、実際の対象者の方について、あるいは障害をお持ちの方なら自分自身について、この赤い本を使って、コーディングをやってみようと思ってやりだすと、たいがい皆、初めのほうで挫折してしまうのです。「心身機能」から順に始めなければいけないと思って最初から見ていきます。そうすると「心身機能」は、精神機能から始まるのです。すると身体障害などで精神機能には概して問題のない人についても、一つひとつの項目をみんなチェックして、この人の記憶には問題ないかとか、注意力に問題はないかとか、そういうことをしていくと疲れてきてしまいます。「心身機能」がやっと終わった辺りでギブアップしてしまうことになりがちです。
そのような使い方はおすすめできません。私自身もいろんな使い方をやってみまして、そして仲間である大川先生なども含めて研究した一つの結論として、こういうやり方ならば非常に時間もとらずに、疲れずに無駄なくコーディングができるというシステムをご紹介したいと思います。
ただこれは私どもの専門の分野が身体障害であり、あるいは身体的な問題を主とする介護の例ですので、どうしても知的障害、認知症の場合にはそうではないということがあり得るかとも思いますので、その点は後で丹羽先生に補っていただきたいと思います。
ここに一番先に書きましたように、分類の順番どおりにやる必要はありません。「心身機能・身体構造」、「活動」、「参加」、「環境因子」という順番で見ていかないほうがいいのです。それから各レベルにおいても本にある章の順番のとおりに見ていく必要はありません。というかそうしないほうがいい。やはり一番実際生活に密着した問題点で出やすいところから見ていき、そして後になればなるほど一番の問題点、中核的な問題点を確認してから、それとの関連において他の分野も見ていくというほうが無駄がありません。
まず「活動」と「参加」から始めるのがいいと考えます。これは共通リストになっていますので、「活動」と「参加」を同時に並行して見ていくことです。章の順番で言えば、表1に示すように第5章の「セルフケア」から始めて、6、7、8章と、7「家庭生活」8「対人関係」。第8章は「主要な生活領域」とICFの大項目としてはなっていますが、これではわかりにくいので、内容的に教育と仕事と経済ですので、そういうふうにわかりやすく書いております。それから第9章の「社会生活・市民生活」という順番で見ていきます。
その後で「コミュニケーション」や「運動・移動」を見る。これは価値が低いから後で見るというのではなく、「コミュニケーション」と「運動・移動」とはこれまで見ていたものとすべて関係が深いのです。「セルフケア」と「運動・移動」、これは歩くことが入っていますから、当然非常に密接な関係があるのです。しかし、まずこの「運動・移動」や「コミュニケーション」から見ると、どうしても一般的、抽象的に見ることになりがちなので、そうではなくて、「セルフケア」とか「社会生活・市民生活」というきわめて具体的なものでの問題点をまず確認して、そことの関係においてコミュニケーションがどのようにマイナスに働いているか、あるいはプラスに働いているか、運動や移動の問題がどのように関係しているかというように見ていくほうが、きわめて中身の深いとらえ方ができるという意味で後に持ってきているのです。
それから最後に第1章と第2章、「学習と知識の応用」と「一般的な課題と要求」。これも決して価値が低いからというわけではなくて、これまでの「セルフケア」から「運動・移動」までとちょっと違う角度から見ているのです。比喩的に言えば縦軸と横軸の関係のようなものでして、例えば「一般的な課題と要求」とは、「同時に二つのことができるか」とか、それから「学習と知識の応用」とは「セルフケア」とか「家庭生活」「対人関係」などに関係することを学ぶことができるか、あるいはより複雑な知識として応用できるかというようなことをみます。第1章、第2章は独立した項目と言うよりは、他の項目の生活行為の行い方を、ちょっと違った角度から見ていることになります。特に「一般的な課題と要求」とは精神障害の場合など非常に影響するところですが、身体障害でもいろんな行為をしているけれども非常に注意深くやっているかどうかとか、一応やれているけれども不注意で意外にミスが多いかとか、そういう見方をするものなので、これは最初から見るよりは、全般に影響することなので、かえって他の具体的なものをよく見てきた上で全般に影響するものを見たほうがいい、そういう意味です。
それからもう一つこの表で書きましたように、「活動」はこの項目のすべてをみることが必要ですが、「参加」は私たちの考えでは、実際の調査などをしてみますと、「家庭生活」「対人関係」「教育・仕事・経済」「社会生活・市民生活」のところだけでよろしい。もちろん何事も例外がありますから、よく考えて他にチェックが必要であればもちろんするのですが、第一に行うことはこのチェックリストを使っていただいて、そして大分類をチェックしていただきたいのです。
次にそこでチェックした項目だけについて、今度は中項目で詳しく見ていきます。
これも大項目を理解した後であればわかりやすいと思いますが、順番はまったく同じです。第5章、第6章から始まっていきます。しかも第6章から第9章までは「活動」と「参加」の両方にチェックが入りますが、他のところは「活動」だけでよろしいのです。
先ほどのように表1で、本当にこの人に関係あると思うところをチェックしておきまして、そして表2で中項目をみていきながら、厳密に評価していくと落ちがありません。こういう分類を使うことの大事な点は、落ちがないことです。我々は患者さん、利用者さんについて隅から隅まで知っているという気持ちになりがちですが、こういうチェックリストで見ると、「そうか、こういう面はよく聞いてなかったな」と改めて聞き直すとか、記録を見直すということが必要になってきますし、それをすると非常に広くその方の活動や参加のあり方について、全部落ちなく、漏れなくチェックできます。こういうことがこのチェックリストの利点ですし、またICFというコードの分類を使うという利点なのです。
私たちが考えましたこのやり方であれば、赤い表紙の本のかなりの部分を占めている「活動と参加の分類」というのが、中項目でもわずかみひらき1ページにまとまってしまうのです。
これよりもっと詳しく見なくてはいけない場合もありますので、その場合は赤い本の該当する部分だけ見ればいいですからずっと楽になると思います。
では具体的なコーディングの方法に戻っていただきまして、「2.関係する環境因子」をチェックします。ここで「活動」と「参加」は、既に把握しているので、「活動」と「参加」の間の食い違いもみつけられます。それから「活動」に関しては、「できる活動」と「している活動」、つまり「能力」と「実行状況」ですが、その二つの面から見ていきますと、二つの間の食い違いもまた非常に多いのです。
そういう食い違いには環境因子が影響していることが非常に多く、食い違いではなくても、ある「活動」、ある「参加」が困難になっていることがわかった場合に、それはなぜ困難なのかというと、環境因子が大きく影響しているという場合も多いのです。そういう見地から、今まで確認してきた「活動」と「参加」に関連する環境子をチェックするのです。具体的には、この表の余白に書き込んでいってくださってもいいですし、もちろん別の表を使ってくださってもいいのです。
そういうことが終わってから「最後に心身機能・構造をチェック」します。実際的にもまったく初めて全て無の状態からみていくというわけではなくて、リハビリテーションとか医療とか介護、福祉、あるいは特別支援教育でもそうですが、既にこういう病気であるという健康状態に関する情報はかなり得られている場合が多く、介護保険の場合は主治医の意見書というのが最初からあります。それから心身機能に関してもかなり情報が得られているという場合が多いですから、単に心身機能や構造にこういう問題があるとみていくのではなくて、逆に活動や参加のほうから心身機能を見ていきます。活動や参加にこんな問題がある、その原因は何か?環境の問題なのか、それとも心身機能が問題なのか、もちろん両方が関係しているのですが、その関係の仕方はどうかで見ていきます。そうでないと、心身機能から出発しますと、人のあら探しみたいに「この人の心身機能はここが問題だ、ここが問題だ」と言い出せば、たいがいの人には沢山あるのです。しかしそれが活動にも参加にも影響していない場合も非常に多いのです。ですから、むしろ活動や参加に影響している心身機能は何かを見ていったほうが、ポイントがずれないですみます。