平成18(2006)年4 月から施行されている障害者自立支援法では、市町村の責務として「相談支援」が事業として位置づけられるとともに、「権利擁護」という言葉が示された。「権利擁護」については、同法第2条第3項及び第77 条(市町村の地域生活支援事業)で、市町村や相談支援事業者の義務として位置づけられ、「障害者等に対する虐待の防止」という例示を出しながらその他障害者等の権利の擁護を行うこととしている。
しかしながら、同法では、虐待の防止以外の権利の擁護についての具体的内容は示されておらず、現状をみると、ケアマネジメントにおけるサービス調整、成年後見制度利用支援、日常生活自立支援事業(旧地域福祉権利擁護事業)の利用、虐待対応などが、権利擁護活動の代名詞となっていることが多いと思われる。
他方、障害のある人の地域におけるあたりまえの生活を可能とするためには、就園・就学から住まいの場や働く場の確保、日中活動やサービスの確保とともに、本人の自己決定を支える支援が不可欠であり、相談支援活動は、そうした一人ひとりにとってのあたりまえの地域生活を保障していくために不可欠な支援(手段)と位置づけられる。そう考えると、実は相談支援活動そのもの全体が「権利擁護活動」であり、その範囲は決して上記にあげた内容には留まらないことに気づく。本研究は、こうした認識に基づいて、一人ひとりの権利を擁護するための相談支援活動のあり方を明確にし、現状を踏まえた提案を行っていくことを目的として実施したものである。
本研究では、障害のある人の地域生活支援に関わる様々な分野・立場の実践者が集い、 一人ひとりの権利が擁護される相談支援とはどうあるべきか議論を重ねた。それは、障害の当事者、法律や医療の専門職、基礎自治体職員、保護者、相談支援事業所管理者等異なる背景を有する実践者の、長年にわたるそれぞれの実践のなかでの問題意識が共鳴(時には反発)・深化していくプロセスでもあった。
もちろん、一人の人としての地域生活に必要な様々な支援あるいは権利の擁護という点からみればその対象は障害者に限定される訳ではないが、本研究事業における議論・検討は、障害者自立支援法を念頭におきながら、障害のある人を対象として進められた。
こうした議論を通じて、権利の擁護を実現していくために必要な相談支援のあり方(仮説)を整理し、全国の直営・委託の相談支援事業所及び相談支援従事者に対して、「権利の擁護」という観点から見た相談支援の実践の現状と課題を把握した。また、地域特性(障害者の相談支援の取り組みの経緯、地域性等)から3つの地域を選び、その実践を学んだ。さらに、研究実施主体である法人の地域実践の一環として法人が所在する千葉県浦安市において、地域自立支援協議会の啓発活動として講演会を実施した。
研究委員会としては、次のような基本認識を共有できた。○障害者自立支援法の理念から障害者の相談支援活動を考えとき、それは、障害のある人が、地域のなかで自分らしく、あたりまえに生活していくことを、いわゆる「障害者枠」に限定されないさまざまな選択肢のなかから、本人が自己決定していけるように支援(=自立支援)していく活動である。そして、そのことを通じて共生社会を実現していく活動である。
○日常生活において障害をもっている状態とは、人として誰もがもっている「権利=基本的人権」を行使するためになにがしかの「支援」が必要な状態であり、そうした「支援」が十分に保障されることによってはじめて、あたり前の生活のスタートラインに立てる状態と言える。そう考える時、相談支援によって擁護される権利とは、「支援を受ける権利」と言うことができる。
○しかしながら、現在の日本では、障害のある人が「支援」を受けることを「権利」として明確に位置づけているとは言えない現状がある。相談支援活動に従事する者は、そうした点を充分に認識した上で、日々の生活、時には法や制度に潜む権利侵害への対応(権利を取り戻し実現していく活動)を行っていく必要がある。
事業の実施体制そのものが権利の実現を可能とするような仕組みとなっていく必要がある。
○アンケート調査からは、現状の多くの相談支援事業所は、福祉サービスの利用援助に止まる傾向が強く、主として本人の財産、生命、身体の安全を障害者本人の権利として意識し、如何に既存の制度利用につなげるか、あるいは、如何に家族間ないし本人との関係を調整するかを主たる対応と考えていることが浮き彫りになった。こうした背景として、事業の実施主体である自治体や個々の事業者や従事者のなかで、相談支援事業の意義や「権利の擁護」に対する理解が深まっていないことがあげられる。さらに、個々の委託相談支援事業所の人員配置(予算措置)、質向上の取り組み等の相談支援体制の脆弱さも明らかになった。
○今後、相談支援を障害者自立支援の要と位置づけるのであれば、必ずしもサービスの利用を伴わないいわゆる「一般相談」の重要性に対する認識を高め、相談の質の向上を含めた財源保障が不可欠である。自治体間の格差を拡大させないためにも、地方交付税方式による市町村の一般財源に依存した財源措置を見直し、基本的な相談支援体制は国が国庫負担として財源措置を行っていく必要がある。また、障害のある人の権利を擁護するための地域としての相談支援体制の強化、その手段としての地域自立支援協議会の機能強化を図っていく必要がある。
一方、障害のある人の支援を受ける権利を保障していく前提として、障害の当事者がまず「自身がもつ権利」を明確に認識し自己決定していけるようになること、家族や支援者が「保護者・支援者の権利と本人の権利の違い(時には利益相反)」等についてきちんと認識していく必要がある。本研究のなかでは、特に前者について検証はできなかったが、調査の一端からは、きわめて難しい状況にあることもうかがえた。この点については、今後の実践の課題でもある。
報告は3 部からなるが、それぞれの構成は以下のとおりである。
第Ⅰ部では、研究の背景として、相談支援が権利擁護とならなかった我が国の経緯を知的障害の分野から振り返り、自立支援法における相談支援と権利擁護のとらえ方を整理した。その上で、権利を擁護するための相談支援について実践を通じて実感している論点と問題意識を示した。
第Ⅱ部では、はじめに権利を擁護するための相談支援のあり方について、実態調査結果を踏まえた考察と提言を行っている。それぞれのテーマは、次のとおりである。
1 相談支援によって擁護されるべき「権利」とは何か
2 相談支援における当事者(性)とは
3 相談支援ワーカーの資質について
4 「権利を擁護するための相談支援」を具現化するための相談支援の手法
5 行政と委託相談支援事業所の役割
6 自立支援協議会と相談支援と権利擁護の関係
第Ⅱ部後半では、考察をふまえ、広く相談支援の展望、権利を擁護するための相談支援体制について提言を行っている。
第Ⅲ部は、調査及び事業報告として、アンケート調査、現地訪問調査、浦安市における講演会の結果(講演録は別冊として整理)をとりまとめた。
なお、第Ⅱ部の各報告は、基本的に研究委員会での議論の成果を示すものであるが、内容については、各テーマに関わる執筆者の経験や思いを生かすこととした。
報告をとりまとめるにあたり、本調査研究にご協力いただいた検討委員をはじめ、アンケート調査、現地訪問調査にご協力いただいた方々にあらためて感謝申し上げたい。
相談支援を通じた障害のある人の権利の実現に向けては、まさに緒に就いたばかりである。当法人においても権利の実現に向けた支援に取り組むとともに、本報告が、今後の障害のある人のあたりまえの地域生活を保障し、ともに生きる社会を実現していくための政策の構築・進化に向けた一助となること、そして、地域で暮らす障害当事者や支援者にとっての一歩を後押ししていく力づけになることを心から願うものである。
平成21 年3 月
社会福祉法人
パーソナル・アシスタンスとも
代表 西田 良枝
注) ・本文中、相談支援に携わる者については、障害者自立支援法 指定相談支援事業の人員に規定する相談支援専門員以外は、あえて統一せずに、相談員、相談支援者 (員)、相談支援ワーカー、相談支援従事者等の呼称を用いている。 |