はじめに

 社会的入院を余儀なくされてきた精神障害者の退院促進は国をあげての重要課題である。しかし退院はあくまでも出発点であり、真の目標は長年病院で管理された生活を強いられてきた人達が自分らしい暮らしを取り戻し、自らの人生の主導権を握り、充実した地域生活を送ること;すなわちリカバリーである。このことに取り組むにあたり、我々はこれまでの精神保健福祉サービスのあり方を根本から見直す必要があると考える。当事者を治療や支援の客体とみなし、彼らの主体性と自己価値を剥奪してきたやり方から、当事者が自らの人生のエキスパートとして自身の知恵と工夫やピアサポートを通して健やかさを保つ方法へのパラダイム転換が必要なのである。この新しいパラダイムでは、精神保健福祉サービスは与えるものではなく、当事者が必要に応じて主体的に利用するものとなる。
我々はこうした従来とは違う当事者とサービス提供者との関係や、症状の管理ではなくリカバリーに焦点を置いた活動を模索する中でWRAP(Wellness Recovery ActionPlan)と出会った。WRAPは精神的な困難を抱えた人達が健康であり続ける為の知恵や工夫を蓄積して作られたセルフヘルプのツールである。WRAPは各自が自分の心身の状態を把握し、自分に合った対処の仕方で辛い症状を軽減したり予防したりする実践で、日頃から何気なく行っている対処方法を思い起こしたりピアとアイディアを交換しながら自分が元気に回復していく為の行動プランを整理していくというシンプルなものである。これは例えば認知行動療法やSSTのような教育的・訓練的要素の強い手法とは大きく異なる。WRAPクラスのファシリテーターには高度な専門的知識や技巧は必要なく、求められるのは相手を人間として尊重する姿勢と自分自身の回復と成長の歩みを通して参加者と繋がりを持てることである。WRAPは本人が希望と責任を持って自らの経験や知識を総動員し、自分の望む生き方を獲得していく為のツールなのである。
このような性質を持つWRAPは日本の精神的な困難を抱える人たちにも広く受け入れられ、日本の現場でも普及させることができるのではないか。また、WRAPを通して利用者とサービス提供者という垣根が取り払われ、両者の関係性が変化していくことが期待できるのではないか。そして何より人々のリカバリーに役立つのではないか。そのような期待を胸に、我々はこの一年間WRAPに取り組んできた。ここに記す我々の事業の報告がリカバリーに取り組んでいる人たちやそれを支える人たちの役に立てば幸いである。

 

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