Ⅲ.プログラム評価研究

1.目的

 本研究はWRAPの日本における有効性、日本の当事者との適合性、日本での実行可能性を検証することを目的とする。アメリカの精神的な困難を抱える当事者によって作成されたWRAPはリカバリーを促進するセルフヘルプツールとして期待が寄せられている。WRAPは北米で広く普及しており、日本でも徐々に広まりつつある。しかしアメリカでもその有効性の科学的検証作業は途上にあり、日本においては有効性の研究は全くされていない。本研究はWRAPという実践の科学的根拠を確立していく第一段階であるパイロット試験であり、本研究を通してWRAPが当事者にどのような効果があるのか、日本の当事者に馴染み受け入れられるのか、そしてWRAPというプログラムを日本の現場で忠実に再現できるのかという実行可能性について得られた予備的知見をもとに、日本においてWRAPに取り組む上での課題も検討していきたい。

 

2.対象者

 社会福祉法人巣立ち会の3箇所の事業所(通所)に通うメンバーにWRAPクラスと調査への参加を呼びかけ、49名より同意を得た。このうち実際にはクラスに全く参加しなかった人(3名)及び数回出席した後に中断した人(6名)を除く40名を分析対象とした。対象者の属性は表3の通りである。

表3: 調査対象者の属性

性別 男性27 名 女性13 名
年齢 34~69 歳 (平均50.5 歳)
診断名 統合失調症 33 名(82.5%)、気分障害 1 名(2.5%)、不安障害 1 名(2.5%)、 その他 5 名(12.5%)
通算入院期間 0~30 年 (平均7 年8 ヶ月)
退院後の期間 0~14 年 (平均3 年2 ヶ月)
ただし、入院経験なし:6 名、入院中:1 名、無回答:2 名
事業所通所状況 平均3.8 日/週
通所していない:1 名(2.5%)、 週1~2 日:4 名(10%)、週3~4 日:21 名(52.5%)、 週5 日:14 名(35%)
一般就労状況 していない 36 名(90.0%)、している 4 名(10.0%)
(週1 日:1 名、週2 日:2 名、週4 日:1 名)

 

3.方法

(1)手続き

 事業所(通所)のミーティング等でメンバーに対しWRAPクラス及び研究の説明を行い、参加を呼びかけた。研究については目的、方法、個人情報の扱い、参加することも途中でやめることも自由でありそのことによって不利益を被らないことなどを書面と口頭で説明し、書面による同意を得た。
 説明と同意の後に、自記式の調査票による調査をプログラム開始前及び終了後に施行した。調査票の記入は事業所(通所)ごとに参加者が集まり、調査責任者によるオリエンテーションを受けた巣立ち会スタッフが適宜説明・質疑応答を行いながら実施し、その場で回収した。
 また、クラスの各回の終わりに感想や有用度を聞くアンケートを実施し、第6回及び最終回にはクラスがWRAPの標榜する価値と倫理に即したものになっているかを参加者に評価してもらうアンケートを実施した。これらのアンケートはクラスの終了後その場で記入してもらい、ファシリテーターがその場で回収した。

(2)使用した指標

 本調査では以下の①~④をアウトカム指標としてプレ・ポスト調査で使用し、⑤を質的分析も含む参加者の主観的評価、⑥をプログラムアドヒアレンス評価に使用した。

①WRAPプレ・ポスト調査票(資料1)
 メアリー・エレン・コープランド氏が作成したWRAPクラス用プレ・ポスト調査票20)の質問項目を参考に筆者らが独自に作成したものである(15項目、4件法、得点範囲15~60点)。この調査票はWRAPが提唱するリカバリーに大切な5つの事柄(例:私は健やかになり、健やかであり続けることができるという希望を感じている)と、WRAPプランに含まれる6つの事柄(例:私は自分が調子を崩す引き金となるような事柄を知っている)についての知識、態度、感情、スキル習得等を尋ねるものである。

20) http://www.mentalhealthrecovery.com/art_survey.php

②健康に対する統制感尺度(資料2)
 金ら21)の作成した「慢性疾患患者の健康行動に対するセルフ・エフィカシー尺度」のうち、健康統制感に関する下位尺度に一部修正を加え使用した(10項目、4件法、得点範囲10~40点)。これは症状に向き合う自分の感情や日常生活をコントロールし、健康を維持増進することに対する自己効力感を測定するものである。自己効力感はある行動に対する動機、情報処理、努力の度合いなどに影響を与える行動変容の最も大きな規定要因であり22)、金らによれば症状改善の重要な予測要因となりうる。また、WRAPでは自分に責任を持つことや症状の治療のみならず日常生活における健康管理がリカバリーにとって重要だとされている。

21) 金外淑・嶋田洋徳・坂野雄二(1996)「慢性疾患患者の健康行動に対するセルフ・エフィカシーとス トレス反応との関連」『心身医学』36(6), 500-505.
22) Bandura, A. (1977). Self-efficacy:Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84, 191-215.

③ソーシャルサポート尺度(資料3)
 金ら23)の作成した慢性疾患患者を対象としたソーシャルサポート尺度のうち本調査の対象者と関連性の低い2項目(「食事療法を頑張っていると言ってくれる人がいる」「カロリー計算をして食事を作ってくれる人がいる」)を削除し使用した(18項目、4件法、得点範囲18~72点)。この尺度は「情動的サポート」と「行動的サポート」の二つの下位尺度からなり、本研究では尺度全体とそれぞれの下位尺度を用いて分析した。

23) 金外淑・嶋田洋徳・坂野雄二(1998) 「慢性疾患患者におけるソーシャルサポートとセルフ・エフィ カシーの心理的ストレス軽減効果」『心身医学』38(5), 318-323.

④自己肯定意識尺度(資料4)
平石24)の作成した「自己肯定意識尺度」のうち、「自己受容」「自己実現的態度」「充実感」「自己表明・対人的積極性」の4つの下位尺度及びその合計を使用した(26項目、5件法、得点範囲26~130点)。

24) 平石賢二(1993)「青年期における自己意識の発達に関する研究(II)-重要な他者からの評価との関 連」『名古屋大学教育学部紀要』40, 99-125.

⑤セッション後アンケート(資料5)
 各セッションが自分にとってどの程度役に立ったかや、そのセッションで学んだことをどの程度日常生活で活用すると思うかを4件法で回答してもらうアンケートを作成した。また、セッションの良かった点、改善できる点等を自由記述で回答してもらった。

⑥WRAPの価値と倫理チェックリスト(資料6)
 コープランドセンターが作成した「メンタルヘルスのリカバリーとWRAP 価値と倫理チェックリスト」25)のうち、本プログラムで行わなかった創作活動に関する2項目を除いたものを使用した(22項目)。回答形式はそれぞれの事柄が守られているかを「はい」か「いいえ」で答えるようになっている。質問文の日本語訳は事業所スタッフや複数のバイリンガルの者が原文と比較検討し、ホームページ掲載の日本語訳の一部を参加者にわかりやすいと思われる表現に変更した。
 なお、アウトカム指標として使用した上記①~④の尺度は標準化されていないか標準化されたものに修正を加えているため、内的一貫性の確認作業を行った。本プログラムに当初参加を希望し同意を得られた49名のプレ調査データを用いてα係数を算出したところ、表4の結果が得られ、一定の整合性が確認された。

25) http://www.mentalhealthrecovery.com/jp/wrap_values_ethics.php


表4: 各尺度の信頼性統計量

尺度 α係数
①WRAP プレ・ポスト調査 .850
②健康に対する統制感尺度 .899
③ソーシャルサポート尺度 .915
④自己肯定意識尺度 .915

 

(3)分析方法

 アウトカム評価には前述のアウトカム指標の回答得点を単純加算したものを各指標の得点とし、プログラム前後の得点をt検定を用いて比較した。統計ソフトはSPSS for Windows ver.18 を使用した。セッション後アンケートは質問項目ごとに各回答選択肢の割合を集計した。また、自由記述の内容はPatton26)の質的プログラム評価法を参考に検討した。価値と倫理チェックリストは「はい」と「いいえ」の回答のそれぞれの割合を集計した。

26) Patton, M.Q. (1990). Qualitative Evaluation and Research Methods. Newbury Park, CA: Sage Publications.

 

4.結果

(1)アウトカム

 4つのアウトカム指標のプログラム前と後の得点のt検定の結果は表5の通りである。

表5: アウトカム評価結果

指標 プレ結果
M(SD)
ポスト結果
M(SD)

t(39)
WRAP プレ・ポスト調査 43.18(8.56) 47.02(8.40) 4.17**
健康統制感尺度 28.82(6.14) 29.85(6.68) 1.51 (n.s.)
ソーシャルサポート尺度 51.70(10.70) 52.00(10.40) .29 (n.s.)
  情動的サポート 35.15(7.46) 35.15(7.01) .00 (n.s.)
  行動的サポート 16.56(3.89) 16.85(4.07) .62 (n.s.)
自己肯定意識尺度 92.60(19.35) 97.35(21.49) 2.51*
  自己受容 17.10(2.54) 17.25(3.48) .37 (n.s.)
  自己実現的態度 24.85(5.99) 26.00(6.21) 1.76 (n.s.)
  充実感 27.00(7.51) 29.55(7.77) 2.95**
  自己表明・対人的積極性 23.65(7.26) 24.55(7.14) 1.20 (n.s.)

*p ≦ .05 (両側) **p ≦ .01 (両側)

 

 「WRAPプレ・ポスト調査」及び「自己肯定意識尺度」では、プログラム実施後で平均得点が有意に上昇した。ただし、自己肯定意識尺度の4つの下位尺度のうちプログラム前後で有意差があったのは「充実感」のみで、他の下位尺度では有意差はなかった。「健康統制感尺度」と「ソーシャルサポート尺度」についても有意な変化を認めなかった。

 

(2)参加者による有用度の主観的評価

 各回の終わりに実施したアンケート12回分を合計した全体の集計結果は、図1と図2の通りである。図が示すように、質問した全ての事柄について高い評価が得られた。プログラムの有用度を問う質問に対しては、「すごく役に立った」と「どちらかと言えば役に立った」をあわせた回答の割合は、セッション全体に対しては94%、各回で扱ったテーマに対しては93%、グループディスカッションに対しては90%、資料に対しては92%、ファシリテーターに対しては95%であり、いずれも9割以上の参加者が全セッションを通して一貫してプログラムを有用と評価している。また、各セッションで学んだことをどの程度日常生活で活用すると思うかという、WRAPの履行を問う質問に対しては、「大いに活用する」と「どちらかと言えば活用する」を合わせて94%の回答がWRAPで学んだことを何らかの形で活用するというものだった。

図1: 次にあげる事柄はどれくらい役に立ったか?
図2:セッションで学んだことを今後どれくらい日常生活で活用すると思うか?

 

 自由記述については、その日のセッションの良かった点、改善できる点、どうしたらプログラムがもっと役に立つようになると思うかの3つの事項について尋ねた。これらの質問はプログラムに対する意見を求めたものだったが、質問の意図が十分に伝わらなかったためか、自分自身の心構えや実践についての記述が多く見られた。これらは「くすりをはやめにのみ、はやめにねる」「シャワーをあびる」「休みをとる」「手帳等に書いておく」「WRAPの仲間ファシリテーターを活用する」「学んだことを実践すること」「プランを実践する」など、日常生活管理や対処行動に関するものが多く、これらを実践することが自身の生活の改善につながり、プログラムを役立てる方法だと言っていると思われる。
 プログラムについて述べている自由記述ではグループ相互作用に関する意見が多く寄せられた。良かった点としては、「意見を出しやすかった」「自由に話せる点が良い」「意見が活発に出た」「真面目に皆で取り組んでいる」「本音を皆しゃべっている」「皆が話したいことを吐き出した」「いろいろな人の考えが分かって良かった」「参考になる考え方がいろいろあるなと思った」「自分1人だけではないと思いました」「皆に聞いてもらえたことで良かった」など、受容的な雰囲気や自由な感情表出、普遍性や情報の伝達と言ったグループの機能的な行動や規範が成り立っていたという意見が多く出された。しかし一方では、「発言の機会をもっと多く」「発言をしやすい工夫は可能」「意見を出しやすい雰囲気づくり」「皆で一言はもっと話せる様にしたら」「同じ人しか意見を言わない」「意見を言う人が決まってしまっている」など改善すべき点の指摘も少なからず寄せられた。
 プログラム内容の難易度に関する記述も多く、わかりやすかったという意見と難しかったという両方の意見が寄せられた。わかりにくかった原因の一つとして、「今日はセッションのテーマがばくぜんとしていてむずかしすぎた。もっと早く例が出たら早く意見が出たかも知れない。」というコメントに代表されるように、一部のメンバーにとっては抽象度が高かったことが自由記述から伺える。「もっと具体的に話ができたら」「司会が的確な例をあげて、発言をスムーズにできれば」「具体性をもっともたせれば良いと思った」「いろいろ例を上げてもらう」など、参加者の実生活に当てはめられる具体的な内容を求める意見が多く寄せられた。

 

(3)プログラム原則へのアドヒアレンス

 WRAPの価値と倫理チェックリストにおいて、価値と倫理が守られていると評価する「はい」という回答の合計の割合は第6回終了時で86%、最終回終了時で89%だった。
 質問項目別に見ると、第6回終了時での質問2:「参加者はリカバリーを反映した将来の計画を立てている」の肯定回答が59%と最も低かったが、最終回時には76%に好転している。これ以外の全ての個別項目は両調査時点で7割以上の回答が「はい」であり、概ねWRAPグループの運営がWRAPの標榜する価値と倫理に即していると参加者に評価されたと言える。

 

5.考察

(1)WRAPの有効性

 プログラム前後の質問票による有効性の検討では、WRAPプレ・ポスト調査において有意な得点の上昇が見られた。WRAPプレ・ポスト調査はWRAPプランの6つの構成要素とリカバリーに大切な5つの事柄に対する参加者の知識、態度、感情、スキル習得等をみるもので、プログラムが最も直接的に取り組んだ事柄について効果があったと考えられる。希望を持つことや日々の生活を安定的に過ごすのに必要な自己管理能力、症状への対処力、再発への抵抗力、ピアサポート力、諸サービスに関する知識、セルフアドボカシーなどはいずれもリカバリーにとって欠かせないものであり、これらの要素を通してWRAPがリカバリーを促進させていく効果があることが示唆された。
 また、「自己肯定意識尺度」全体及びその下位尺度の一つである「充実感尺度」においても有意な得点の上昇が見られた。「充実感尺度」は、「生活がすごく楽しいと感じる」「自分の好きなことがやれていると思える」など、日々の生活の充実感や満足感について問うものである。WRAPクラスという新しい活動が参加者の生活に加わり、そこで他のメンバーとの有意義な意見交換や新たな知識を得られたことが充実感や満足感に寄与したのではないかと考えられる。また、この他の下位尺度でも有意水準に達していないが得点の上昇が見られ、尺度全体での有意なプラスの変化をもたらした。WRAPクラスでは一人一人の尊厳を尊重し、相互の敬意を持って互いに接することや、個々人の多様性を支持し長所に焦点を当てることを理念とし、自己の生き方に責任を持ち自分の為に権利擁護することを学ぶ。実際のクラスでもこうしたグループ相互作用が働き、参加者が自由な意見を発表しあえる雰囲気があったことが「価値・倫理チェックリスト」やアンケートの自由記述で報告されている。このようなグループ体験が「自己受容」、「自己実現的態度」、「自己表明・対人的積極性」を高める働きをしたと考えられる。
 「健康統制感尺度」及び「ソーシャルサポート尺度」では有意な変化が見られなかった。
 前述の自己肯定意識の3つの下位尺度も含め、これらの指標において変化が見られなかった理由を検討した。第一に考えられる理由としては、これらの心理社会的状態は短期間で変化することは難しく、今回の調査のような近位のアウトカムとしてではなく、遠位のアウトカムとして検証する必要があったということである。健康統制感やソーシャルサポートはWRAPプランを実行し日々の健康管理を実際に遂行できた経験27)やサポートネットワークの構築にプランに沿って取り組んだ結果として備わっていくものと考えられるからである。そして、これらの内面的・環境的変化が自己に対する意識の変化をもたらすと考えられる。
 第二に考えられる理由としては、本研究の対象者のベースラインでのこれらの尺度得点がもともと高く、伸びしろがそれほどなかったということである。いずれの尺度も一般人口の平均得点が示されていない為、ベースラインの水準を相対的に評価することができないが、「健康統制感尺度」と「ソーシャルサポート尺度」の項目あたりの平均得点はいずれも2.9で、「3:どちらかと言えば当てはまる」の水準にほぼ達している。また、自己肯定意識尺度は中・高・大学生を対象にした調査の平均値が示されており28)、大学生の平均値と本調査の対象者のそれとを比較すると、いずれも後者の得点の方が高かった。(表6)


表6: 自己肯定意識下位尺度の「大学生」及び本調査対象者の平均値

下位尺度 大学生の
平均値
本調査対象者の平均値
(プレ調査)
自己受容 16.25 17.10
自己実現的態度 22.52 24.85
充実感 25.38 27.00
自己表明・対人的積極性 23.25 23.65

 

 第三に考えられる理由としては、プログラムの長さが全12回18時間という短期のものだったという点である。例えば先述のバーモント州のプロジェクトでは40時間を1サイクルとしているが、本調査で実施したWRAPグループの総時間はその半分以下だった。
 12セッションはWRAPの主要なテーマを網羅するには最低限の回数であり、このミニマムなプログラム時間においてもWRAPが直接ターゲットとした領域で肯定的な変化が見られたのは特筆すべきことと言える。しかしより広範な変化を生み出すにはプログラムの頻度や期間を増やす必要があると考えられる。

27) Bandura(1977)(前掲 24)によれば、自己効力感は過去の成功体験の蓄積によって形成される。
28) 平石賢二(1993)(前掲 26).

(2)参加者の主観的評価

 プログラムの有用度に対する参加者の評価はプログラムを実施した全期間を通して高く、また参加者のほとんどがWRAPを実際に活用すると答えた。WRAPクラスが楽しかったという感想も多く寄せられた。アメリカで作成されたメソッドであるWRAPが日本の当事者にも役に立つと評価され、受け入れられるものだということが確認できた。プログラムで扱ったテーマ、資料、グループディスカッション、ファシリテーターの役割に対する評価も一貫して高く、ファシリテーターが資料を使いながら情報提供しグループディスカッションを通して意見やアイディアを交換していくというWRAPグループの基本構造も違和感なく受け入れられたと言える。
 実際のWRAPセッションでのグループ体験や内容については肯定的意見が多く自由回答で寄せられた反面、難しかったという意見やグループ参加の機会が不十分だったという意見も少なからずあった。この点については、今回実施した3グループのサイズが多いところでは20名で、一人一人に十分な発言の機会を確保し個々人の理解度にあわせた対応をするには多すぎる人数だったという反省がある。メンバー相互の親密な関係を重視するインタラクティブなグループの最適人数を5~12名とするグループワークの一般的理論29)30)に立てば、WRAPグループもこの範囲内のグループサイズが望ましかったと考えられる。ファシリテーターらにとって最初のファシリテート経験だったという点も無視できない。ファシリテーターが熟練するに従い、一人一人に対するきめ細かなサポートやより柔軟なファシリテートが可能になると思われる。また、英語で作成された資料を日本語に翻訳して使用する中で、馴染みにくい表現や意味がわからないカタカナ用語があったことも理解を難しくしていたと思われる。例えば、「ファシリテーター」という表現一つとっても参加者にとっては聞きなれない言葉であったし、「セルフアドボカシー」という英語圏では日常的に使われる表現を「自分の為に権利擁護する」と訳すとニュアンスも含め具体的な行為として理解するのは簡単ではなかった。今後こうした資料や用語の課題も検討する必要があると思われる。

29) Reid, K. E. (1991).Social Work with groups: A clinical perspective. Pacific Grove, CA:Brooks/Cole.
30) Vinogradov, S., & Yalom, I. D. (1989). Concise guide to group psychotherapy. Washington DC: American Psychiatric Press, Inc.

(3)プログラムのフィデリティ

 筆者の知る限りWRAPクラスにはフィデリティ尺度はなく、ファシリテーターにはマニュアルに従ったクラスの進行とWRAPの価値と倫理を遵守することが義務づけられている。そこで今回の調査ではWRAPの価値と倫理チェックリストを使用し参加者にプログラムの評価をしてもらったところ、9割近くの回答がグループで価値と倫理が守られていると評価するものだった。また、アンケートの自由回答でも、グループに自由な発言や多様性を許容する雰囲気があったなど、このことを裏付ける感想が多く寄せられたことから、WRAPの価値と倫理が十分守られていたと考えられる。セッションの基本的な流れや各回のテーマについてはコ・ファシリテーター同士で毎回クラスの前後に打ち合わせをし、ファシリテーターマニュアルを参照しながら確認を入念に行い、他グループのファシリテーターとも意見交換の場を随時設けるなど、プログラム原則に沿ったグループの運営となるよう手続きを踏んだ。以上のことから、今回実施したWRAPグループはWRAPグループ本来の姿に概ね忠実であり、評価対象としての妥当性が担保され、日本においても本プログラムが実行可能であることも確認できたと言える。

(4)本研究の限界と課題

 本研究は日本におけるWRAPクラスの有効性を検証する初めての取り組みであった。研究の結果、WRAPクラスが日常生活管理や変調に対する洞察、症状への対処方法などのリカバリーに重要な知識、態度、スキルの習得や自己肯定意識の向上に有効であることが確認された。また、参加者の主観的評価やフィデリティ検証の結果から、WRAPが日本の当事者にも十分馴染めるものであり実行可能なものであることも確認された。以上から、本研究のパイロット試験としての目的は十分果たされ、成果があったと言える。
 しかし、当然ながら本研究のパイロット試験という性質上、対象者の人数が少ないこと、無作為に割り付けられた対照群がないことなど設計上の限界があり、本調査で示された科学的根拠はあくまで予備的なものである。本調査で確認された参加者の肯定的な変化が真にWRAPクラスによるものなのかは対照群との比較において検証される必要がある。今回のプログラムでの中断者は46名中6名と少なく高いプログラム完了率(87%)だったが、中断した人達のその後や完了者との比較を行っていない点も本調査の結果の根拠を限定的なものにしている。また、WRAPクラスの参加者が実際にWRAPを作成し日常生活で活用しているかという重要な事柄については本研究では調査していない。今後参加者のフォーカスグループインタビューや個別の聞き取り調査などを通して、WRAPが参加者のその後の生活にどのように根付いているのかを検証することも思案中である。そして何よりも、WRAPクラスで獲得した知識・態度・感情・スキルがリカバリーを実際に促進させるのかどうかは長期的な追跡調査を持って検証していく必要がある。その際にはリカバリーがそもそも測定できるのかという難問があり、リカバリーを指標化する試み31)32)も注視しながら、リカバリーそのものに対するWRAPの効果を検証していく方法を検討していかなければならない。

31) Loveland, D. Weaver Randall, K., & Corrigan, P. W. (2005). Research method for exploring and assessing recovery. In Ralph, R. & Corrigan, P. W. (Eds), Recovery in mental illness: Broadening our understanding of wellness (pp.19-59). Washington, DC: American Psychological Association.
32) Noordsy, D., Torrey, W., Mueser, K., Mead, S., O’Keefe, C., & Fox, L. (2002). 前掲 7).

 

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