Ⅳ.まとめ

1.事業の総括

本プロジェクトで実施した事業の内容と成果は以下の通りである。

WRAPの紹介講座: 巣立ち会の運営する3箇所の事業所(通所)で2時間のWRAP紹介講座を実施し、75名のメンバーがこれに参加した。講座後に行ったアンケートでは半数以上のメンバーがWRAPに関心があると答え、将来ファシリテーターになることに対しても3割の参加者が興味があると答えた。紹介講座がわかりにくかったという感想も一部あったが、メンバーにWRAPクラスやWRAPファシリテーター研修に興味を持ってもらうという講座の目的は概ね果たされた。

WRAP短期集中クラス: WRAPファシリテーター養成研修に先立ち、2日間のWRAP短期集中クラスを実施し、23名が参加した。WRAPのファシリテーターになる要件の一つにWRAPクラスへの参加経験があることというのがあり、ファシリテーター希望者向けに本クラスを開催した。日本国内ではWRAPクラスに参加できる機会はまだ非常に少なく、我々が本プロジェクトを展開した三鷹市では初めて開催された短期集中クラスだった。参加者の多くにとってはこれがWRAPに触れる初めての機会となり、ここでもWRAPを周知し普及させるという目的を果たすことができた。

WRAPファシリテーター養成講座: アメリカから2名の上級ファシリテーターを招聘し、5日間のファシリテーター養成講座を実施し、17名が修了した。本講座ではグループファシリテーションの基礎的な学習に加え、リカバリーの概念や互いを人間として尊重する価値・倫理について学び、リカバリーのレンズを通して「世界観が変わること」の意味をグループ全体で模索していった。その後2009年3月までに4箇所の現場で本講座を修了したファシリテーターによってWRAPクラスが開催され、60名弱の当事者がこれらのクラスに参加している。

WRAPクラス: 巣立ち会が運営する3箇所の事業所(通所)で全12回のWRAPクラスを開催し、46名が参加し40名が修了した。クラスの完了率は87%と高く、参加者の評価も好評であった。クラスの参加者を対象としたアンケートでは9割以上の人がWRAPは役に立つと感じ、また実際にWRAPを活用すると思うと答えている。また、クラスでのグループ体験に対しては、受容的な雰囲気の中でのびのびと発言でき、他の参加者の意見も参考になったなど、肯定的な意見が多かった。アメリカで作成されたWRAPというツールが日本の当事者にも馴染み、有用であると感じられるものだということが確認された。

WRAPの評価研究: 上記のWRAPクラス参加者を対象にWRAPの有効性を検証する予備的調査を実施した。その結果、WRAPが日常生活管理や変調に対する洞察、症状への対処方法などのリカバリーに重要な知識、態度、スキルの習得や自己肯定意識の向上に効果があることが確認された。また、実施したWRAPクラスでWRAPの価値と倫理が守られていたかを確認するアンケート調査でも全体で8割以上の回答が守られていたという回答で、アンケートの自由記述等を分析したプロセス評価においても今回実施したWRAPグループがWRAPグループ本来の姿に概ね忠実であったことが確認された。このことから、WRAPは日本においても実行可能(feasible)であると考えられる。

 

2.課題と提言

更なる研究の必要性: 今回実施した有効性検証の為の調査はパイロット試験であり、ここで得られた知見はあくまで予備的なものである。WRAPの効果を検証していく為には今後更に対象者を増やした調査を重ねていく必要がある。その際には長期にわたるフォローアップ調査や、使用する指標の更なる吟味が必要と言える。リカバリーそのものをどう測定するかという問題は精神保健の研究領域においても実践領域においても議論されているところであり、リカバリーの指標化はリカバリーを促進するエビデンスベーストプラクティスを確立していく上で欠かせないとする一方、リカバリーがこうした量的調査では捉えきれないことも事実である。こうした点から今後は当事者の語りを通してWRAPの果たす役割を検証していく質的な調査の併用が強く望まれる。

周知の必要性: 本事業ではWRAPの周知にも取り組み、一定程度の成果をあげることができたが、依然としてWRAPを知る人は少なく、今後更なる広報活動が必要である。
WRAPの情報源は現在のところインターネットのサイトや有料書籍、専門誌などが中心で、多くの当事者・関係者にとってこうした情報はアクセスできなかったり情報の存在そのものを知らないという問題がある。例えばリーフレットを作成し配布・設置するなど情報発信の方法にも工夫が考えられる。紹介講座の開催は有効な周知の手段の一つだが、講座の内容や実施体制に改善の余地があることも本事業から見えてきた。本事業で開催した紹介講座は参加者に概ね好評だったが、限られた時間内での紹介であったこともあり、「わかりにくかった」というアンケート回答も若干寄せられた。工夫の一例としては、手持ち資料の配布や少人数での実施などが考えられる。

ファシリテーターの新規養成の必要性: 現在日本のWRAP認定ファシリテーターの数は我々の事業を通して新たに誕生した17名を含めわずか68名である。より多くの人たちにWRAPクラスへの参加の機会を提供していくにはファシリテーターの養成が今後も必要である。現在のところ、ファシリテーター養成をできる日本在住のトレーナーがいない為、養成研修にはアメリカからのトレーナーの招聘や通訳者の設置など、費用や企画運営の負担が大きいことが課題である。当面は日本国内でのファシリテーター養成研修への財政支援と共に、将来的に国内の人材で研修を開催できるようにする為の人材育成が必要である。トレーナーの資格取得の為のアメリカへの研修派遣に対する財政支援も強く望まれる。

ファシリテーターのリカーレント教育やネットワークの必要性: 我々が実施したWRAPクラスではファシリテーターに対する参加者の評価は非常に高かった一方、初めての経験ということもあり、ファシリテーターのスキルにかかる課題もあることがアンケート結果から示唆された。しかし、現状ではファシリテーターの継続的な研修の場がなく、ファシリテーターのスキルアップをどのように図っていくかが課題である。WRAPに関する日本語の資料は原語に比べて少なく、バイリンガルでないファシリテーターが独自に学習を重ねる為の資源に乏しいのも課題と言える。例えばファシリテータートレーナーによるフォローアップ研修の開催や、ファシリテーター同士の情報交換やピアサポートの場づくりなどが有効と思われる。

WRAPを実践する場の確保の必要性: 本事業でWRAPファシリテーターの資格を取得した17名のうち、講座終了後8ヶ月経った2009年3月時点で実際にWRAPクラスの運営実績があるのは10名(うち2名は単発で)であり、本事業の成果が地域に十分還元されるまでには至っていない。ファシリテーターの活動を困難にしている原因として、場や時間の確保の問題が考えられる。今回の事業では地域の福祉・医療現場のスタッフやメンバーを対象にファシリテーター養成を行い、彼らがそれぞれの職場や活動の場でWRAPを実践していくことを期待したが、実際には時間や人員にゆとりがないなどの理由で新たなプログラムを導入するのが困難な現場が多いことが明らかになってきた。しかし、WRAPクラスの開催に必要な最小限の時間は週1回60~90分ほどであり、工夫次第で活動の道は開けていくのではないかと思われる。今後講座を修了したファシリテーターへの聞き取り等も行い、どのようなサポートや調整によってファシリテーターとしての活動が可能になるのかを共に模索していく機会を持つことも検討したい。また、行政機関も含め地域のどのような拠点でWRAPクラスの開催が可能なのかも今後模索していく予定である。

翻訳資料の精査・よりわかりやすい表現の工夫の必要性: 一連の事業を実施する中で、英語で作成されたWRAPを日本語に翻訳していることからくる言葉の問題があることが感じられた。WRAPクラスで実施したアンケートでは耳慣れないカタカナ用語や理解しにくい概念があったという意見が寄せられている。WRAPがWRAP研究会等の尽力により日本語化されたことはWRAPの普及に多大なる貢献をしてきたが、翻訳資料をこのまま固定してしまうのではなく、繰り返し精査することによって更にわかりやすくしていくことが可能だろう。その際にはWRAPクラスの参加者からどの様な表現がわかりにくかったかの聞き取りを行うことや、複数のバイリンガル者による作業チームを構成することなどが望ましいと考える。

 

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