基調講演Ⅱ

11:20~12:00 基調講演Ⅱ

野津眞氏
(東京都立多摩総合精神保健福祉センター所長)

 

 

~プロフィール~

氏名   野津 眞 (のづ まこと)

略歴

昭和52 年3 月
同 年4 月
昭和58 年4 月
昭和60 年4 月
昭和62 年7 月
平成 7 年4 月
平成 9 年7 月
平成11 年4 月
東京大学医学部医学科卒
東京大学医学部付属病院分院神経科研修医
東京都立世田谷リハビリテーションセンター
東京都立中部総合精神衛生センター
東京都立中部総合精神保健センター医長
東京都立精神保健福祉センター地域援助医長
東京都衛生局医療福祉部精神保健福祉課長
東京都立中部総合精神保健福祉センター保健福祉部長
  (平成13 年4 月~平成14 年3 月 都立松沢病院診療部長兼務)
平成15年3 月 川崎医療福祉大学大学院 医療福祉学研究科保健看護学専攻
修士課程修了
平成20 年4 月 現職
 資格
  医学博士
  精神保健指定医
 専攻
  精神科リハビリテーション
  地域精神保健・精神障害者福祉

 

【基調講演Ⅱ:野津眞氏】

 先ほど国のお話を、非常に広い範囲でしかも細かくお話をして頂きました。改めてああやって聞かせて頂くと、一つ一つの事業の見分けがあまりつかない感じですが、国も一生懸命取り組んでおられるという事なので、私共としても心強いところではあります。
さて私は、多摩センターという所で多摩地域の精神保健福祉の仕事を行っているわけですが、今日は東京都での精神障害者の地域生活移行支援という、国の話から比べればローカルなお話です。さらに多摩地域ということですが、東京には1,200万の人口があって、特別区が800万人。
 多摩地域26市3町1村というと、東京都と言っても地域によっていろいろな違いがございます。
 まず、私は多摩地域の特徴的なところをお話申し上げて、その後他についてもお話いたします。


東京都の精神保健医療の現況

最初は、東京都の精神保健医療全般についての現況をご説明申し上げます。
自立支援医療を利用している方が約12万7千人くらい、13万人くらいまで伸びてきております。
精神保健福祉手帳は4 万3千から4 万5千くらい。精神科の病院は115、病床は2万4千600、精神科の診療所は約1,000。訪問看護ステーションが600、相談支援事業所が56となっております。


多摩地域の概況

 多摩地域はどういうところかというと、人口は平成19年を集計してみますと410万人。人口密度は1平方キロメートル当たり2,620人。これを精神保健福祉センターそれぞれ、下谷にございます精神保健福祉センターの担当区域の人口密度では13,692人。中部センターの担当しております区域で14,450人。同じ東京で見ましても、多摩地域の人口密度と言うのは違うということがわかります。
 行政単位では、一番大きいのが八王子市で57万人、町田市が41万人となりまして、15万人から20万人くらいの市が13、5万人から10万人の市が9、5万人以下が3町1村ということです。

保健医療圏域

 

 保健医療圏域ですが、多摩地域は西多摩・南多摩・北多摩の南部・西部・北部というようにございます。西多摩保健医療圏域は人口約40万人ぐらい。南多摩というのは八王子・町田が入っておりますので137万人。すごい数ですが、先ほど言いましたように八王子・町田を足しますと100万人近くなります。
 北多摩南部が100万人弱、北多摩西部が62万人、北多摩北部が71万人です。


 

 各圏域ごとに、自立支援医療の利用者を計算してみますと、西多摩では人口万対で104、南多摩では103、北多摩南部が98、北多摩西部が107、北多摩北部がこのように128ということで、かなり抜けているというところです。参考のために多摩全域ですと107、都全体で100くらいです。


精神障害者保健福祉手帳

 精神障害者の精神保健手帳を見てみますと、人口万対で西多摩で33、南多摩で32という感じになります。やはり、北多摩北部が対人口当たりの手帳所持者の数が多いということになります。
 こちらも参考までに、多摩全域でいきますとだいたい34くらい、都全域でいきますと31くらいですので、やはり北多摩北部の数の多さが明らかになっていると思います。


東京都の精神科医療資源の分布と特徴

 次は、精神科の医療資源、東京都では多摩地域に精神病床が偏っています。人口比では区部:多摩が2:1ですが、精神病床数では逆に区部:多摩が1:2です。
 現在平均在院日数は230日余り、東京都は国全体から見ても、精神病院の在院日数は短くなってきています。一般論として、東京都の精神科病院は日本全国からみますとやはり良いところが多い、例えば退院促進などに関しても熱心に取り組んでいるというのが私たちの実感ですけれども、それが数字の上でも出ているのではと思います。


多摩の医療資源分布

 病床数で一番多いのは八王子市。その次は青梅市、町田市となります。ただこれを人口比で見てみますと、青梅市が160を超えていて圧倒的に多い。人口で割るのはあまり意味がないことではあるけれども、 実際に青梅に住んでいる方は「精神科病院が多いな」と感じていると思います。
その一方で同じ多摩地域には「病床がなし」というところが12市町村あります。
 病床数が多い多摩地域ですが、もう少しミクロに見ていくと、市町村間の差が結構あることがわかって頂けるかと思います。


多摩の医療資源分布2

同じことを圏域別で計算していきますと、西多摩の圏域が人口万対64。多摩全域ですと40です。都全域では19という数字になっています。


市町村財政(平成19年度)

次は財政、これは平成19年度の予算額ですけども、精神保健福祉費という形で公表されていないところもあります。最大で38億円、最小が100万円。これは総額で、住民一人当たりの予算を計算してみますと、最大が2,114円、最少が2.8円。参考のために東京都の予算を見ますと、19年度が186億円。1人あたりが1,454円。
ここで気をつけておかなくてはいけないのは、医療費公費負担(自立支援医療や措置入院などの医療費負担)が166億円という金額です。医療費以外に使えるお金は20億円くらい。これはあまり知られていないことですけど、非常に大事です。

 

施策の流れ

精神保健福祉施策の改革ビジョンの枠組み

 

さて、次は施策の流れです。そもそもこの10年ぐらいで、精神障害者の施策は変わってきたわけですが、出発点がどこにあったかというと、平成16年の「改革ビジョン」ですね。


東京都地方精神保健福祉審議会最終答申(概要)

 そういう全体の流れを受けて、東京都は2006年6月に地方精神保健福祉審議会の最終答申を出しました。最終答申は、全部で3章構成になっています。
 一番最初が、「精神保健福祉施策の現状と課題」で、第2章が「地域生活中心への構造改革に向けて今後展開すべき精神保健福祉施策」というタイトルがついておりまして、その中に、大きな柱でございますけれども、「地域での受け入れ態勢の整備を進めることに力点をおいた上で、いわゆる社会的入院患者の退院を進める」と。また、この中で大事な視点の一つは、将来にわたって社会的入院の発生を予防するような施策作りをしようということも書いております。
 私どもの多摩のセンターですが、病床・ホステルを持っておりまして、つい先日、1月に入ってからですが、利用して下さる精神科病院の皆様・スタッフの方々にお集まり頂いて、いろいろな意見交換をしました。その中で言われていたのが、病院側からすると、いわゆる退院促進で、比較的出しやすい方々っていうのはおおむね出してしまったと。いろいろな条件・状況をかんがみて、それが困難であるという方々が、今控えておいでです。「退院促進の第2ステップだ」という声が少なくありませんでした。
 例えばセンターのホステルなどを利用して頂いて、手厚くケア、それから治療もおこないつつ、退院も促進していくというのが大事ですね。地域における退院促進で、これから第二弾・第三弾という形で、自然に困難度の高い方々を対象にしていく必要が出てくる可能性がある。
 その一方で、退院促進という、とにかく出せる人を出して、最終的には病床を減らしてということになるのでしょうが、図の右側にあります「社会的入院の発生を予防する」ということが、今のところあまり手がつけられていないことになります。先ほどの吉川専門官のお話の中で、9割近くは確かに1年未満で退院できるのだけれども、1割、14%は残ってしまうというお話がございました。
 14%というのはばかにならない数字で、毎年毎年14%ずつ残っていくことになると、かなりの数の方たちが3年4年…となってしまう。これをどうやって少なくしていくか。できるだけ早い段階、病気がある程度落ち着いたところで早期に介入していくやり方を進めなくてはならないし、また入院に至らない、発症からの非常に早期の関わりの仕方、そういうところも視野に入れていく必要があるのではないかと、私は感じているところです。

 

東京都障害者計画・東京都障害福祉計画(2007.5)

 ちょっと話がずれましたが、施策の流れとしては東京都の障害者計画・障害福祉計画、これはまた近々見直して第2期が始まるわけですけれども、基本理念としては、地域で暮らせる社会、それから当たり前に働ける社会、そしてすべての都民が共に暮らす、ノーマライゼーションの理念が謳われています。

 

いわゆる「社会的入院」の状態にある精神障害者の地域生活への移行

 その中の「社会的入院の状態にある精神障害者の地域生活への移行」に関しては、東京都も目標数値として暫定的に、根拠がないわけではないのですが本当にそうかと言われれば判らない部分もあるわけですが、約5,000人という目標数値をあげています。そして各区市町村に人口比率で按分してそれぞれにお示しした通りになっています。
 目標期間ですが、これは10年間ありますので平成27年までとなっていて、その途中、半分が過ぎた23年度末までに5,000人の5割以上を目標にしております。
 そのために、精神障害者の退院促進支援事業、これは東京都の事業で計画的に取り組む。それから区市町村における相談体制と地域生活基盤整備を推進することを、目標達成のための方策としています。


【目標達成のための方策】

 最初の一つが精神障害者の退院促進支援事業ですが、年次計画としては、事業所を18年度から始めて3,6,12、12とやってきております。これは数だけいえば全圏域に配置してもおかしくはないのですが、ある程度の偏り、あるところとないところになってしまっているというのが現状です。
 それらの事業を行ってきているわけですけれども、事業のコーディネーターとの連絡調整に当たる相談支援事業者を、各区市町村には確保して下さいということも申し上げています。それから地活センターⅠ型を全ての区市町村に設置することを目指しております。


サービス等の見込み量

 サービス等の見込み量は、23年の時点で訪問系サービスは81万人分。グループホームの定員は5,500人分。相談支援の計画作成は先程少し話がありましたけど、実際に精神障害者に対してはあまり行われていない実態がある。これをもっと増やしていこうと。就労移行支援、継続支援は、B型の定員を1万3千人弱くらいに。
 この見込み量ですが、これは実は各区町村からあげて頂いた数の合計です。事業そのものの実施主体は区市町村ですので、サービス基盤整備の財政支援がおこなわれる必要があります。


ICIDHの障害構造

 ここでちょっと趣を変えて、少しだけ障害構造論の話をします。ICIDHとICFです。ICIDHというのは国際障害分類、ICF は国際生活機能分類と訳すわけです。
 ICIDH は1980年代で、それまで精神障害に関して言いますと「精神病」というとらえ方が圧倒的で、精神病にかかると精神病院に入って当分あるいは一生出てこられないか、あるいは病気が良くなったら退院できるというような、非常にラフな見方をされていたわけです。これは別に偏見などではなくて、例えば国会での答弁でそのような発想がみられたりしました。
 80年代以降の我々の仕事というのは、精神の障害を他の障害と同じように理解してもらうっていうことで、今はそうなってきているわけですが、その時にこのICIDHの障害構造というのは、非常に有力な手助けになったと言えると思います。障害というのは機能障害、能力障害、それに社会的不利という三つの局面がある、そういったことで、精神の障害に関する理解が深まってきたのですが、残念ながら、その理解を深めた後で具体的に何をしようかというという、次の策にまでなかなかたどりつかなかった。


ICIDHからICFへ

 ICF は、「障害の三つの次元」はそのまま踏襲するわけですが、「疾病の結果」から、「健康を構成する要素」と視点を変えた。ですから肯定的な側面が出てくる。

 

ICFの障害構造

下の方に環境因子と個体因子というのを考え、さらに上部に健康状態を加えた構造になっています。これが、実は我々が取り組んできたようなケアマネジメントの考え方、ならびに自立支援の理論的根拠でございます。


東京都における退院促進の方向性

 では、ここで東京都の退院促進事業についてのお話を申し上げます。東京都の退院促進事業の方向性、これは精神保健・医療課が作ったスライドですけども、先程申し上げたように「将来にわたって発生を予防する仕組みづくり」が必要ですが、現実にはなかなかそこまで届いていない。
 具体的には、相談支援体制、それから日中活動の場、それから医療の中断防止対策。それと当事者活動、これは非常に有効だということで、各地のモデル事業等の展開の中で、ピアサポーターやピアカウンセラーとか、そういう人たちによって推進されてきた。
 これらが東京都の地精審の最終答申です。


東京都精神障害者退院促進支援事業(概要)

 東京都が行なっている退院促進支援事業ですが、これは4つの柱がございます。退院促進コーディネート事業、これは現在12の事業所にお願いしております。グループホーム活用型ショートステイ事業、それから精神科訪問看護推進事業と一番下の地域生活移行支援会議です。


 

 図にするとこうなります。ご本人の要因としては、長年入院しているとなかなか環境の変化に適応しにくいっていうこともあるし、病状の不安や医療を中断するおそれがあるなどいろいろな心配もある。ご家族からすると、やはり長年いなかった人が急に帰ってくるということになっても、やっぱり支えるだけの力がない、あるいは退院そのものに反対される。あるいは家族そのものがいないこともある。地域に関して言うと、住まいがない、サポートして下さる方がいない。


多摩地域の退院促進支援事業(平成20年度)

 平成20年度の退院促進コーディネート事業所は、都全体では12か所ですが、多摩地域で7か所です。グループホーム活用型ショートステイは、全体で6か所、そのうち4か所が多摩地区です。
 精神科訪問看護推進事業は全体で12か所、多摩地区で6か所です。


個別のケアマネジメントイメージ

 これは個別のケアマネジメント、別に退院促進支援事業に限らないですけれども、今まで精神科のリハビリテーションとして行ってきたということを、ケアマネジメントのイメージとして整理したわけです。
 今ここに挙げたような形で、快適にとはいえないかもしれませんが、できるだけスムーズに、無理なく先へ進むというイメージがございます。


地域のケアマネジメント(個別支援を通じて)

 個別のケアマネジメントについては、病院側からの押し出す力と、そして地域のほうから受け入れる力、あるいは引っ張り出す力というところに、地域だけではできない、病院だけではしにくいという形があるわけです。
 真ん中の自立支援協議会、これはやはり国も、より積極的に自立支援協議会というのを設置してそれを活用しなさいというが、なかなかやっぱり、まだ充分とはいえない現状ではあります。


個別の退院支援の状況

退院促進事業において個別の退院支援がどうおこなわれたかということに関しては、ここに挙げたような数字が公開されております。


質的な効果

 質的には、先ほど言いましたようにピアサポーター、地域生活を支えるような当事者の方々の関わりというのが非常に顕著であるということで見直されていますね。それから病院としても、別にわざとそうしていたわけではないにしてもつい内向きになりがちなところに、地域の方たちが入ってくるというところから、病院の関係者の方々が主体的に連携の中に参加していく、このような効果が見られます。


課題

 最後に課題ですね。地域の人材の養成、次に住まいの確保。グループホームを活用してショートステイをするにしても、いずれは単身生活、アパートが必要になるでありましょう。その時にどうやって住まいを確保するか。
 それと、都の事業っていうのは全体でたった12か所です。そうすると、多摩地区だけで30近い自治体があるのですけど、そういうことでコーディネーター支援が必要になります。また病院が比較的偏在しているというところから、帰ろうと思ったら帰る先が随分遠かった、これでは助けられない、そういうこともあるので広域的な支援というのがキーワードの一つになっているわけで、そのためにコーディネーターを増員し、先ほど言いましたような地域体制整備コーディネーターの設置というようなことが求められているところです。
 それから病院の窓口の強化、さっき言いましたように退院促進支援っていうのは地域だけではできないのですね。もちろん病院だけでも難しい。両方が互いに力を出し合う。病院って言うのは、機能からしてみれば窓口が小さいと思いますけれども、そのためには窓口機能を拡充する必要がある。また、もちろん地域の資源を強化していく。
 それから次に、区民・市民のための対策。これはつまり、東京都の退院促進支援事業と言うのは、何度も言いますがたった12か所のコーディネート事業所であります。東京都の障害者福祉計画の中にありましたように、この退院促進を考える時には、各区市が主体的に取り組んでくださるっていうことをかなり期待しているわけであります。そういった意味では、各区や各市がご自分のところの入院している方々に対する退院促進という視点で事業に取り組んで下さることを、東京都としても期待しているところです。
 最後に、先に少々触れましたが、自立支援協議会というのは地域によっては盛んにやっているかもしれませんが、全体としてみるとまだ非常に低調です。せっかくの機能が活用されていない、それを強化していく必要があると思っております。
 以上、大変駆け足ですが、ご清聴ありがとうございました。(拍手)

 

(終了)

 

 

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