2 事業報告

2-1 尺度検討委員会の開催と尺度開発

2-1-1 検討委員会の設置・開催

 以下のメンバーからなる「認知機能および行動評定尺度作成検討委員会」を設置し、尺度作成および調査実施方法に関する議論を行った。メンバーと日程については、表1と表2 の通りである。
 その際、事業実施目的にかなう尺度になることを考慮して、以下の検討を行った。
目的①実施方法が容易であり、専門家以外でも簡単な訓練で実施可能である。→複雑な検査用具を用いず、既存のパズルや検査図を用いて実施する。さらに、実施の手順を分かりやすく説明するツールとして、DVD やマニュアルを作成する。
目的②実施に時間がかからず、回答者の実質的、心理的負担が小さい。→一つの下位尺度にかける時間を短くできるような内容にする。
目的③保護者に実施場面を見てもらい、共に確認理解することが可能である。→実施の際には保護者に同伴してもらい、結果をフィードバックする。
目的④心理機能のプロフィールの把握が可能である。→神経心理学的知見から、いくつかの下位尺度を設定し、プロフィールを確認できるような構成にする。
目的⑤結果から具体的な支援策の策定が可能である。→各下位尺度の評定方法は、記号や数値ではなく具体的な状態を示す言葉で表し、支援策が分かりやすいものとする。
目的⑥高い妥当性を備えている。→異なる障害をもつ多くの発達障害児に尺度を実施することで、構成概念妥当性の検討を行う。

   表1 検討委員名簿

坂爪 一幸 早稲田大学教育・総合科学学術院教授
  田添 敦孝 東京都立墨東特別支援学校校長
  中村 大介 東京都立青鳥特別支援学校久我山分校教諭
  増田 道子 東京都立小岩特別支援学校校長
  吉田 真理子 東京都立青鳥特別支援学校久我山分校副校長
山口 幸一郎 早稲田大学教育・総合科学学術院客員教授

◎は委員長 ○は副委員長
2008 年6 月9 日現在

 

  表2 検討委員会日程

回次 日程議 議題
第 1 回 2008 年9 月26 日 ・ 検討委員会の進め方についての検討
・ 研究会の進め方についての検討
第 2 回 2008 年10 月17 日 ・ 「発達神経心理学的機能評価表」の内容についての検討
・ 「発達神経心理学的機能評価表」の実施方法についての検討
第 3 回 2008 年11 月21 日 ・ 調査対象の検討
・ 調査実施方法の検討
第 4 回 2009 年1 月30 日 ・ 事例集作成についての検討
・ 事例集執筆者についての検討
第 5 回 2009 年2 月27 日 ・ DVD の内容についての検討

 

2-1-2 尺度開発

 以下のような神経心理学的観点から、アセスメントの際に注目すべき臨床症状(病理現象)に注目し、表3 のような認知機能および行動評定尺度を開発し、「発達神経心理学的機能評価表」と名付けた。下位尺度として、「言語」、「認知」、「行為」、「知能」、「注意」、「行動」、「表情」、「感情」、「意欲」、「対人性」の10尺度を設定し、「言語」には、「構音の明瞭さ」、「自発語の流暢性」、「自発話の長さ」、「復唱の長さ」、「聴覚的把持力」、「言語理解水準」、「対人使用」の下位分類を設けた。「認知」には「形態」、「色彩」、「身体部位」、「方向」の下位分類を、「行為」には「口部」、「上肢手指」、「バランス」の下位分類を設けた。さらに、「対人性」には、「視線」、「対人行動」、「交流感」の下位分類を設けた。
1) 言語機能の臨床症状
 言語機能に問題がある場合は、次のような状態を示しやすい。構音の不明瞭さ、発語・発話の非流暢性、意味不明な発話、喚語・呼称の困難さ、書字の困難さ、計算の困難さなど。
2) 認知機能認知機能の臨床症状
 成人の脳損傷者では、他の感覚・知覚・認知機能は独立して障害され、特定の脳領域と関連が深いことが知られている(脳機能の局在化)。子どもの場合一般的には、脳機能の局在性関係は成人ほど明確ではないとされている。反面、かなり早期から脳機能の局在性が確立している可能性も指摘されている。感覚障害(感覚の喪失や低下や過敏など)、知覚障害(統覚型障害:対象のまとまりのある把握が困難)、認知障害(連合型障害:対象の意味的な把握が困難)などがある。
3) 行為機能の臨床症状
 粗大運動や巧緻性運動の拙劣さ、象徴的動作や単一の道具の使用動作における不器用さ、複数の道具の系列的な使用動作における順序の誤り、構成行為の困難さなどがある。
4) 知的能力の臨床症状
 抽象力・推理力・判断力の困難さ、考えの多様性のなさ、考えの柔軟性のなさ、考えの浅薄さ、考えの偏りなどがある。ただし、言語障害がある場合、知的能力に障害はなくても言語情報の処理が低下するために、言語性の知能検査の成績は低下する。また、視覚認知障害や構成障害などが存在する場合には、概して非言語(視覚)性情報の処理が低下するために、非言語性の知能検査の成績は低下する。
5) 注意機能の臨床症状
 以下のような病理現象がある。注意の散漫さ(注意があちこちにうごきやすい)、注意の固着(注意が特定の対象に固定してしまう)、不注意(ぼんやりとして注意が薄い)、注意の転換の困難さ(特定の対象から、注意を速やかに切り替えられない)、注意の配分の困難さ(複数の課題を同時にこなせない)。
6) 前頭葉機能の臨床症状
 前頭葉機能の臨床症状:行動の段取りの悪さ、行動の計画性のなさ、行動の見通しの悪さ、行動の修正の困難さ、行動の効率の悪さ、行動の多様性のなさ、定型的な行動の多さなどの病理現象がみられる。
7) 感情・意欲機能の臨床症状
 以下のような病理現象がみられる。感情の変化のなさ(平板化)、感情の変わりやすさ(易変性)、感情の浅薄さ、感情の多様性のなさ、興味・関心の範囲の狭さ、興味・関心の対象の偏り、受動性、無関心さ。
8) 社会的能力の臨床症状
 対人関係の構築や集団参加には、他者を理解する能力と社会的技能の獲得が必要である。表情の自然な変化のなさ、視線の接触の回避、対人的姿勢や態度の粗雑さや無関心さなどの病理現象がある。

 

  表3 発達神経心理学的機能評価表

言語 構音の明瞭さ: 明瞭 ・ 一部不明瞭 ・ 不明瞭 ・ 不能 ・ 不明
自発話の流暢性: 流暢 ・ 一部非流暢 ・ 非流暢 ・ ジャーゴン ・ 喃語 ・ なし ・
不明
自発話の長さ: 四語文以上 ・ 三語文 ・ 二語文 ・ 単語 ・ 単音 ・ 不能 ・ 不明
復唱の長さ: 四語文以上 ・ 三語文 ・ 二語文 ・ 単語 ・ 単音 ・ 不能 ・ 不明
聴覚的把持力: 5 ユニット以上 ・ 4 ・ 3 ・ 2 ・ 1 ・ 不能 ・ 不明
言語理解水準: 関係語 ・ 性質語 ・ 動詞 ・ 名詞 ・ 不能 ・不明
対人使用: あり ・ 乏しい ・ なし
認知 形態: 問題なし ・ 不全(未熟) ・ 不能 ・ 不明
色彩: 問題なし ・ 不全(未熟) ・ 不能 ・ 不明
身体部位: 問題なし ・ 不全(未熟) ・ 不能 ・ 不明
方向: 問題なし ・ 不全(未熟) ・ 不能 ・ 不明
行為 口部: 問題なし ・ 不全(未熟) ・ 不器用 ・ 不能 ・ 不明
上肢手指:問題なし ・ 不全(未熟) ・ 不器用 ・ 不能 ・ 不明
バランス: 問題なし ・ 不全(未熟) ・ 不器用 ・ 不能 ・ 不明
知能 問題なし ・ 言語性知能に遅滞 ・ 全般に遅滞
未熟 ・ 非言語性知能に遅滞 ・ 不明
注意 問題なし ・ 未熟 ・ 散漫 ・ 固着 ・ 不注意 ・ 集中力欠如
行動 問題なし ・ 未熟 ・ 寡動 ・ 寡動傾向 ・ 多動傾向 ・ 多動 ・他(      )
表情 問題なし ・ 生彩感なし ・ 変化乏しい ・ 変化なし
未熟 ・ 締まりなし ・ 繊細さなし ・ 暖かみなし ・ 硬い
感情 問題なし ・ 変化少ない ・ 平板 ・ 鈍麻 ・ 易変 ・ 多様性なし
未熟 ・ 浅薄 ・ 深刻味なし ・ 多幸 ・ 気分の偏り(うつ的・躁的)
意欲 問題なし ・ 未熟 ・ 変動性 ・ 衝動性 ・ 固執性 ・ 保続性 ・ 自発性なし
対人性 視線: 問題なし ・ 不全(未熟) ・ 接触不能
対人行動: 問題なし ・ 未熟 ・ 乏しい ・ 受動的 ・ 奇異 ・ なし
交流感: 問題なし ・ 未熟 ・ 粗雑 ・ なし

※太線で囲まれた部分は、パズルや検査図などを実際に実施して機能の評価を行う。それ以外の部分は、検査全体を通じた様子を観察して評価を行う。

 

2-2 「発達神経心理学的機能評価表」研究会の開催ならびに事例集の作成

2-2-1 「発達神経心理学的機能評価表」研究会の開催

 上記で作成した「発達神経心理学的機能評価表」の実施方法の啓発のために、主として東京都内の特別支援学校の教員からなるグループを組織し、「発達神経心理学的機能評価表研究会」を開催した。研究会の日程と内容は表4 の通り。

   表4 「発達神経心理学的機能評価表」研究会日程

回次 日程 議題
第 1 回 2008 年9 月26 日 ・ 事例検討
・ 発達神経心理学的アセスメントとは
第 2 回 2008 年10 月17 日 ・ 事例検討
・ 発達神経心理学的アセスメントの概要
第 3 回 2008 年11 月21 日 ・ 事例検討
・ 発達神経心理学的アセスメントの概要
第 4 回 2009 年1 月30 日 ・ 事例検討
・ 発達神経心理学的アセスメントの実際
第 5 回 2009 年2 月27 日 ・ 事例検討
・ 発達神経心理学的アセスメントの実際
第 6 回 2009 年3 月28 日 ・ 事例検討
・ DVDによる実施方法の確認

 

2-2-2 事例集の作成

 上記の研究会で発表された事例に基づいて、研究会の参加者が実際に発達障害児に対して「発達神経心理学的機能評価表」を実施し、それらの事例をまとめた「発達神経心理学的機能評価表事例集」を作成した。事例集の執筆者は以下の通り。事例集の内容については、付録を参照。

  表5 「発達神経心理学的機能評価表事例集」執筆者

氏名 所属
坂爪一幸 早稲田大学教育・総合科学学術院教授
山口幸一郎 早稲田大学教育・総合科学学術院客員教授
吉田真理子 都立小岩特別支援学校校長
林明子 当事者家族
澤井映里 当事者家族
黒木伸明 上越教育大学名誉教授
田山智子 千葉県医療技術大学校
田添敦孝 都立墨東特別支援学校校長
坊野美代子 都立府中特別支援学校副校長
沖山孝枝 都立村山特別支援学校副校長
増田道子 都立青鳥特別支援学校久我山分校副校長
村瀬洋子 都立高島特別支援学校教諭
山口学人 都立高島特別支援学校副校長
野添絹子 放送大学非常勤講師
阿部祐子 ヴォイストレーナー
横井彩 東京音楽大学付属音楽教室
村上卓郎 さわやか福祉財団
南出知子 元都立特別支援学校教諭
長島崇子 都立小岩特別支援学校教諭
森屋晶世    同上
高野友里    同上
大伊徳子 都立王子第二特別支援学校教諭
中村典男    同上
山田裕子    同上
吉田博子 都立高嶋特別支援学校教諭
大和田章 都立多摩桜の丘学園教諭
稲田ひさ子 都立青鳥特別支援学校教諭
佐藤ぎん子    同上
高嶋淳子    同上
小川達夫 都立青鳥特別支援学校久我山分校教諭
中村大介    同上

 

2-3 DVD「発達神経心理学的機能評価の実際」の作成

 「発達神経心理学的機能評価表」の普及啓発のために、その実施手順をまとめたDVD を作成し た。DVD およびそのシナリオについては付録を参照。

 

  表7 DVD「発達神経心理学的機能評価の実際」

1.このDVDについて/坂爪一幸教授 (2分)
2.アセスメントの実際/5歳女児の場合 解説編 (47分)
  ◆言語機能のアセスメント
  ・発話1 構音の明瞭さ
  ・発話2 自発話の流暢性と内容
  ・発話3 自発話の長さ
  ・復唱 復唱の長さ
  ・言語理解1 聴覚的把持力
  ・言語理解2 言語理解水準
  ・対人使用
  ◆認知機能のアセスメント
  ・形態の認知
  ・色彩の認知
  ・身体部位認知
  ・方向認知
  ◆行為機能のアセスメント
  ・口部
  ・上肢手指部
  ・バランス
  ◆知的能力のアセスメント
  ◆注意機能のアセスメント
  ◆行動のアセスメント
  ◆表情のアセスメント
  ◆感情・意欲のアセスメント
  ◆対人性のアセスメント
  ・対人性ー視線対人行動交流感
3.最後に/坂爪一幸教授(2分)
  <参考資料>
4.アセスメントの実際/5歳女児の場合(約26分)
5.アセスメントの実際/2 歳5 ヶ月男児の場合(約17 分)

 

2-4 本事業の効果および活用方法

 本事業の実施により、既存のアセスメントツールの問題点の解決が可能になると考えられる。
既存のテストに比較すると、市販のパズルや絵カードなどを用いて実施するため、実施方法が容易であり、神経心理学の専門家ではない特別支援学校の教諭でも簡単な訓練で実施可能であった。特別支援学校の教諭による実施においても、一人十数分から二十分程度でアセスメントが完了し、またパズルなどのおもちゃを用いたことで、幼児でも負担を感じずに実施できる内容となり、回答者への心理的、物理的負担が小さいことが明らかになった。最大の特徴は、10 の下位尺度を設定し、心理機能(言語、認知、行為、知能、注意、行動、表情、感情、意欲、対人性)のプロフィールを詳細に把握することが可能なため、結果から具体的な支援策を策定することが可能なことにあった。
 「発達神経心理学的機能評価表」は、従来の知能検査や発達検査と比較すると、単なる発達の遅れだけでなく発達の偏りが把握できるため、経年的に実施することで、発達の軌道を詳細に追うことができると考えられる。また、「発達神経心理学的機能評価表」の特徴を考えると、既存の知能検査や発達検査ではアセスメントが不可能な障害をもつ幼児や児童にも実施が可能であり、発達障害のみならず広範な対象に適応可能と考えられる。さらに、教育、福祉、医療など様々な場面での活用が期待できよう。「発達神経心理学的機能評価表」の普及啓発のためには、本事業で作成した事例集やDVD の活用が今後の課題となるであろう。

 

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