第5章まとめと提言

1.まとめ

精神障害者の地域生活を支える拠点は、法制度のない時代から所謂作業所という活動が家族の献身的な努力によって支えられてきた。家族支援の受けられない人達は、精神病院という施設生活を余儀なくされ、一部の支援者によって極めて少数の共同住居と呼ばれる生活支援が続いてきた。そのような経過の中で、地域生活支援センターは数少ない通所できて地域生活が支えられる資源として作られ、専門職が医療と連携しながら地域生活を支える場となってきた。引きこもって再発を繰り返し、再入院を繰り返す人達にとって、生活支援センターはとても大切な生活資源として存在してきたといえる。作業所は自立に向かう社会参加の中心課題である就労への足がかりとしても役割を果たしてきたが、単に「集う」「出会う」「安心の基地としての居場所」としての役割は、疾病と障害をもち、薬物に修飾された行動の不自由さを抱えた精神障害者にとっては重要な生活基盤の支援施設として存在してきていた。

この生活支援の拠点たる『作業所』と『生活支援センター』は自立支援法によって大きく変化をせざるを得ない事態となった。フリースペースとして自由度が高く、受け入れの広い「サロン」的存在から、就労へ向け収入を望む人達のニードを満たす「働く」場としての存在を模索するなど、また、法外施設から法内施設へ、箱払いから個別給付を活用することなど、活動の内容と経済基盤の安定との狭間で苦しんでいる現場の実態を知り、新体系移行への過渡的状況にあるなかで今般の調査研究に取り組んでみた。 調査研究の結果は第2章、第3章、第4章にまとめているので重複しないが、ここでは、今一度、精神障害者の生活支援のあり方について、過去からの活動を概観しながら、総括的にまとめてみることとする。

我が国の精神障害者の社会的処遇は、長く精神科病院と精神保健行政によって治療と保護を柱とした医学管理中心の処遇が展開されてきた。精神保健法が成立する以前の処遇は、地域における援助も主に外来治療の一環として続けられ、保健所などによる行政の地域精神衛生活動として早期発見、早期治療、再発予防の観点から取り組まれてきていた。地域における生活を支援する法制度はなかったことから、社会的扶養のシステムはなく、不幸にも家族による扶養を生活支援の基本として、家族が中心となっていわゆる法外施設である作業所が全国に作られてきた。家族と本人達の努力に市町村・都道府県が応える形で補助金制度がつくられ、細々ながら確実に増え続け、家庭に引きこもりがちな彼らの社会参加と再発防止、生活支援の拠点としての役割を作業所が担ってきた。

1988年精神保健法によって社会復帰施設が法定化されたが、それまで活動してきた任意団体の法人化による社会復帰施設の取り組みは少なく、作業所は引き続き法外施設として地域で大切な社会資源となってきた。小規模授産施設が制度化されほんの一部は法人化したものの、2006年施行の自立支援法によってようやく法内施設へと移行することとなった。作業所とはいえ、多様な機能を持った地域生活支援の拠点としての役割を果たしてきたことには、一定の歴史的評価ができる。生活支援の原点はここにあったといえる。

このように、法外施設の作業所だけではなく、相談支援機能をもつ地域の中核的生活支援資源として精神障害者地域生活支援センターが、精神保健福祉法が成立した翌年1996年に事業化され、1999年法定施設化した。このセンターの設置には医療法人立ないし医療機関によって設立された社会福祉法人によって多くが運営され、10年目にして自立支援法によるⅠ型地域活動支援センターという運営形態の新体系へ移行された。しかし、地域生活支援センターが歩んだ道は、生活支援の拠点とはいえ、そこに通ってくる人達に対する完結的日中活動支援に重点が置かれ、通えない人達、支援を必要としている人が利用しにくい施設となってきていた。それぞれの生活の場である居宅での訪問支援は少なく、地域生活支援に必要な方法として開発発展してきていた本人主体のケースマネジメントを行ない、相談支援センターの機能を果たせずに来ていたことから、相談支援と生活支援の拠点としての位置づけが不明確となってしまった。フリースペース、日中活動の場が重視され、ミニデイケアと揶揄される向きも否定できない。それはそれで役割があることを認めつつ、日中活動の場の利用を社会参加への第一歩として、また、就労の困難な重症な方々の、再発させないための生活維持支援の場として、時間をかけて社会参加・関係の再構築を図る支援センターとして、親亡き後にも安心して地域生活が可能となる就労にいたらない者も安心して利用できる、新しい意味での自立への支援センターとしての役割を今一度考える歴史的転換点にきていると考えている。医療が行うデイケアに多額の報酬が支払われているが、このデイケアの利用者の中には生活維持型と考えられる人も多い。過去から医療が生活支援の中心であったことから、デイケアの機能が拡大されている状況が続いているが、医療の行うデイケアは、治療的・心理社会的リハビリテーションプログラムを持つことなしに、生活支援の場として機能することは、利用者本人のリカバリーを阻害することとなることを、今一度考えてみる必要があろう。その意味でデイケア利用から地域活動支援センターに移行して地域生活支援を受けることが必要と考えている。身近で通える場が地域活動支援センターとして存在することがこれから大切なことといえよう。

精神障害者の地域生活支援の拠点であった作業所と地域生活支援センターは、国の政策、法制度に大きく左右されながら、現在歴史的転換期を迎えている。

重要なのは、これらの資源を利用している一人ひとりが、この変化をどのように感じ、彼らが満足できる状態へ変化してきているのか、彼らの地域生活支援に役立っているのかということを問わなければならない。大事なことは利用者の意向にそって変化の行く末を決めていかねばならないということである。

本調査研究は、作業所と地域生活支援センターの共通機能である「通える」「出会える」「居場所」「働ける」「相談できる」などなどが、自立支援法による施設移行によってどのように変化したのか、その変化は利用者にとって利用目的を果たせる環境となっているのかなどが検証される必要があると考え取り組まれた。今までとは少し違ってきている多様な就労支援のあり方や、個別給付の利用を含む施設の運営状況の現状を把握し、利用者に対するアンケート調査を実施、その結果から実態の一部を明らかにすることができた。これらの結果については第2章、第3章、第4章の各まとめに詳しい。これらの結果は、今後のあり方を考える一助になると考えている。

地域生活支援センターは精神障害者のうち、現実具体的生活にさまざまな困難を抱えた人達に対して相談を受け、具体的生活支援を多様なフォーマル、インフォーマル資源を動員して支え、継続生活支援を続ける機関として始められた。社会参加の第一歩である通所機能や、孤立から解放され人との出会いによって対人関係技術を身につけ社会参加の機会となる場所として広がってきた。相談は地域資源を活用するネットワークなどによるケアマネジメント機関としての機能が求められたが、実際には通所して来る人達の日常相談と居場所機能に多くの活動が向けられ、その結果通所してくる利用者中心の施設完結的相談支援の傾向が強くなってきていた。利用者が長期利用となると、関係性はマンネリ化し、依存関係など自立とは逆の支援の様相を認めることもあり、社会関係と活動の拡大は大きな課題といわれてきた。

地域生活支援センターは自立支援法によって通所・居場所機能を含む創作的・生産的活動としての地域活動支援センターと、相談支援機能の2つの柱を持つ事業体となった。この機能の運営をどのようにしていくかが大きな課題である。現実には自立支援法によって精神障害者支援が市町村業務となったことから、それまで市町村において対応してこなかった分野として、地域生活支援センターに精神障害者処遇が委託される傾向が起きてきた。このことと新規事業としての退院促進や居住サポートなどを委託内容とする相談支援機能の活用も起こり、通所機能に対する役割と相談支援の役割分担が、財源事情がらみで委託内容に左右されるという現実が見えてきている。

当然ながら、地域活動支援センターは利用する人達に対しての個別支援をどこまで行い、別に設置されている相談支援事業所のケアマネジメント支援をどのように活用し連携するのかが課題となる。相談と日中活動場所との一体型運営をこのまま続けることによって、過去の施設完結的支援となる危惧も払拭できず、相談支援事業の今後のあり方によって再考する必要があろう。地域の施設化は、利用者の自立を疎外する要素を含むことから、なんとしても回避されねばならない。精神障害の特性配慮として地域活動支援センターのあり方は、現場から「居場所」「出会い」「憩いの場」などの意味合いの明確化努力が必要であろう。

作業所は運営主体が任意団体から社会福祉法人、特定非営利活動法人などへ法人化し、移行する新体系では地域活動支援センター、就労継続支援などとなっている。これからは一部を除き市町村による地域生活支援事業となることから、今までもすでに格差のあった補助金額などが市町村ごとに益々再検討される動きも見られ、経営は過去の獲得してきた歴史を再現するような事態もうかがえる。利用の施設経営が日払い個別給付となったことは、今まで経験したことのない経営感覚を必要とされ、そのことが業務量を増やすなどの結果を招き、利用者対応の時間を少なくしていることが懸念されるなど、運営全般の変化にどのように対処していくのかが課題となってきた。制度に基づく最低限の管理事務業務は、運営の近代化を促進させている気配があり、経営・運営・支援・活動など全般にわたる基盤の脆弱性が改善されるまでには、運営法人の努力もさることながら、市町村の理解、考え方、それらの根拠となる障害福祉計画など、それらはとりもなおさず、相談から始まる障害をもつ住民への行政姿勢が問われることとなろう。このことに対する意見具申も現場から発しなければならないと考える。とりわけ重要なのは、人材確保が可能となる財源保障がなければ、現場の努力だけでは限界のあることは明白である。あまりにも自立支援法による財源基盤は脆弱すぎるといわねばならない。

利用者アンケートの回答が1,891人もの多数であったことは、大変大きな収穫といえる。特に自由記載の内容に注目したい。全般に自立支援法の新体系移行に対しての不満が予想していたよりも少なかったと感じられた。小規模ゆえに利用者のニーズに応えられていた事業体が、維持継続のために事業拡大、利用者増となることによっての懸念もうかがえることから、転機は好転の契機として捉え、今後の工夫が望まれた。利用者の個別ニーズを基本とした施設運営は、今後最も大切にすべきことである。

事業所アンケートと利用者アンケートの結果では、自立支援法施行当初最大の話題となっていた自己負担問題は、事業所が大きな課題、問題と捉えているのに対して、当の本人である利用者の自己負担に対する不満は少ないという意識のねじれ現象がみられた。これは、自己負担軽減対策による利用者負担の減額の結果と理解でき、利用料によって利用のしづらさは起こっていないことは何よりといえよう。

地域生活支援センターは相談事業と共に最も基本的な障害者地域生活支援の基本資源である。どこに暮らしていても、まず一歩の社会参加資源として、個別ニードを満たす次のステップへの地域生活拠点として位置づけられるべきと考えている。ここには彼らを充分に受け止められる相談支援専門員が配置され、次のステップ、就労や自立へ向かう相談支援へつなげることをしっかりとやれる相談機能が必要であろう。地域生活支援センターは相談支援機能を基幹型相談支援事業のような、地域ごと、圏域ごとの相談支援体制に合流しつつ、特性を生かす体制のあり方を模索することが望まれる。訪問・継続相談と直接支援を併せ持つ精神障害者特性に併せた相談支援事業としてのあり方を考えていくべきであろう。また、行政の窓口相談、諸手続き相談などの一般相談の中から、継続・専門相談へのトリアージ機能を持つ相談ができる相談支援体制が必要と考えている。

最後に、地域活動支援センターは今後大きな資源として注目されるべきである。精神障害者の地域移行が進み、現在入院している方々が地域生活を送ることによって、ケアマネジメントが必要となり、中学校区ごとに設けられるべき資源と考えられる。それぞれの生活圏域に必ずあるものが地域活動支援センターであろう。自宅から社会参加にいたる途中に通所機能の地域活動支援センターがあることにより、重要な役割を担い続けられると考えている。

一方相談支援は官民協働による基幹型相談支援センターが、市町村と複数の法人の所属する相談支援専門員との連携による相談支援体制が、どの地域にもあることが望ましい。

今は、旧体系と新体系の歴史的移行期にあたる。この過渡的状況はまだまだ続かざるを得ないことから、地域をベースにした障害者生活支援体制が、本人達の望むシステムとして確固たる存在になることを願ってまとめとしたい。

2.提 言

 当全国精神障害者地域生活支援協議会は、平成20年度障害者自立支援調査研究プロジェクトにおける補助事業として、「障害者自立支援法」施行後の地域生活支援関係事業所の、あらたな制度環境における運営・実践状況の把握~旧地域生活支援センター、共同作業所・小規模授産施設を対象として~、ならびに運営・実践課題や、今後の事業推進のための方策、事業所間の共同関係を推し進めていく視点の確保等々を眼目として、調査研究を実施した。さらに現在福祉サービスを利用している当事者の方々から、福祉サービス事業への評価や意見を集約する調査研究も併せて実施した。

 本調査研究事業全体を通じて以下の点が明らかになった。

 ◆事業運営の実情として、「実践を継続していくための環境条件作りの困難さ」(財政難やマンパワー不足)という事業者の苦境が際立っていた。事業移行に伴う委託費の減少(支援センター)、そして事業費確保のための登録者数増員の限界(作業所・小規模授産)が顕著であったことと、全体業務量の拡大化傾向~支援対象や実践範囲の広がりとともに請求事務を軸とする実務ボリュームの増加~のなか、職員の労働強化や運営合理化によって、かろうじて存続しているという、まさに痛々しい姿が浮き彫りとなった。

 ◆一方利用者の声としては、「福祉サービス利用の難しさ」が強調されており、医療費負担との合算による利用料への負担感や工賃の減少という、生活経済全体における収支の不安定に関する不安が明らかとなった。また前項との関係も色濃く、職員の業務過多による対応時間や対応範囲の減少への不満が顕在化する結果となった。

 端的に言って、本調査からは、財政難による事業運営の困難性と利用しずらい制度の中身があらためて強調される結果を得た。

 今後の施策展開に際しては、上記内容を踏まえ、大幅な財政投入、確固たる予算措置による現場運営、実践体制の構築を強化していくことが極めて肝要であることは言うまでもない。

 社会的ニーズの把握や、呼応すべき課題は、この間の地域全体を視野に入れた実践の中から見えてきているという現場感覚はあるものの、運営資金の不足による体制の不十分さにより、課題への取り組みが不十分である現状は早急に改善されなければならない。日々不安にさらされながらの状態を放置すれば、時間の経過にともない現行体制すらも疲弊の度合いを深め、いつしか体制の基盤すら失うことになりかねない。早急に状況を好転すべく、諸施策を実施されたい。

 いずれにせよ今後の地域生活支援の大いなる展開が、安心・安全を基調として、安定的に発展していくものに整備されることを願ってやまない。

menu