【訪問調査③】C大学 獣医学部

C大学獣医学部には聴覚障害学生が1名在籍している。調査者は平成21年2月にC大学獣医学部を訪問し、聴覚障害学生の所属クラス担任のV教授に聞き取り調査を行った。(記録③-1)

C大学獣医学部在学中の学生は、普通校出身の高度難聴(入学時身体障害者手帳2級所持)であり、両耳に補聴機を使用している。現在、手話については勉強中であり、他大学に在籍する聴覚障害学生及び成人聴覚障害者との面識は無いようである。大学における授業保障の問題、本人への指導のあり方等については、1年次の夏に、本人を交えた聴覚障害学生支援に関する教職員の研修会が開催された。滋賀医科大学の垰田准教授、筑波技術大学の白澤准教授も講師として参加し、教養教育、基礎専門教育、臨床教育など教育レベルに応じて支援課題や困難さが異なることを具体的に提起した。

基礎専門教育をはじめる前に、獣医学部教員を対象とした研修会に再度滋賀医科大学の垰田准教授が参加し、滋賀医科大学での経験を話した。今回訪問して、大学においてこれまでの研修会を参考にして学部内の支援体制をつくり、取り組まれていることが理解できた。

ヒアリングの結果現在直面している問題は以下のように整理できる。これらの問題は、これまで滋賀医科大学で経験したことと一致しており、他大学においても同様の課題があると考えられる。

  1. 基礎専門教育の開始とともに爆発的に増える学習内容(新しい単語、概念)に当該学生の高校まで(正確には、大学の教養時代まで)の学習方法では太刀打ちできなくなる問題。
  2. 授業において、学習情報が十分得られない中で必死に努力し心身が疲労困憊し、授業への参加が消極的になっていく問題。
  3. 当該学生の自己判断による授業への欠席や疲労による遅刻などの積み重ねにより、支援しようとする教職員や学生との間に生じるズレ・誤解の問題。
  4. コミュニケーションの問題があり、友人が少なく孤立化している問題。
  5. 聴覚障害学生の支援業務が特定の教職員に集中し、課題克服の方法が見つからず膠着状況になっている問題。

調査者:垰田 和史、小出 新一

【記録③-1】C大学獣医学部V教授への聞き取り調査メモ(口頭)

調査日 2009年2月2日

聞き取り調査相手 C大学獣医学部 聴覚障害学生所属クラス担任 Ⅴ教授

■Ⅴ教員とのコミュニケーション方法

筆談。筆談では時間を有するため現在はパソコンを使用している。(当該学生は口型を読み取ることは苦手。)

■講義での情報保障

入学時はFM補聴器を使用し、講義は理解できていたようである。

現在は補聴器を使用すると頭痛が起きるために補聴器を外している。講義・実習ともに出席しても内容が把握できない状況である。

一部の授業では、当該学生に対して事前にプリント等を配付する方法をとっているが、全てではない。また、補聴器を外してからは授業への意欲が低下し、出席率も悪くなり、教員側に不信感が芽生えてきている。

以前に、パソコンノートテイクを市に依頼し、数回講義に配置した。講義の内容が大変よく理解できたようであるが、現時点ですべての講義にパソコンノートテイクを配置することは、人材および経費面で困難である。

手話通訳については、当該学生の手話は会話ができる程度であるため、講義への導入は考えられない。

■当該学生の頭痛の要因

ストレスが大きな要因と考えられる。(学内カウンセラーより)

本人より、直接的な原因としては解剖の実習の時に周りの雑音が大きくなったため、教員の声を聞くため補聴器を最大限の音量に調整したことが原因であるとの話がある。

当該学生は頭痛後に聴力検査をして、聴力レベルが110デシベルから113デシベルまで下がっていたことに大変衝撃を受けている。いつか完全失聴するのではないかと不安に感じているようである。

■現在の講義出席状況

当該学生は真面目な学生で入学時より学業に励んでいたが、2年次前期試験で一生懸命頑張ったのに好成績が取れないことに大きなショックを受けていた。

後期より頑張らなければ好成績が取れなくてもショックは受けないだろうとの思いがあり、出欠が厳しくない先生の講義は欠席し、特に勉強が必要でない場合は勉強をしない方法を取っている。

3年次より、補聴器のボリュームを下げて楽な方法で授業を受けることを勧める予定。

■大学の動き

平成18年度に障害学生を支援する基本文「修学に障害のある学生に対する支援に関する基本方針」を作成し、大学の条文に入れ込む。当該学生が入学後、平成19年C大学障害学生修学支援委員会を副学長下に設置。委員会は基本方針を決定する機関であり、実行や実務は現時点では行っていない。

学校方針は、大学としての特別な配慮はしない。当該学生が失聴した(頭痛のため補聴器を外した状態を大学としては完全に失聴と受け取り、補聴器で聞こえていた状態とは異なると判断していた)昨年12月に臨時会議を開催し副学長も含めて協議をしたが、学校方針の変更はなし。

今後、獣医学部に新たに聴覚障害学生が入学し、聴覚障害学生が同学部に複数在籍するような場合には、学生支援の現状からみて、対処できない現実がある。

■実務担当者

実務担当者は、障害学生の入学する学科の学務係(学年担任)となる。

  • 1年次~:Ⅴ教員
  • 3年次12月(ゼミ)~:研究室指導教員
  • 6年次(就職活動)~:就職活動担当教員

*1年次(教養課程):大学教育センター(全学共通組織)が窓口となり、教員に対して要望等を行う。(今回サポート教員が献身的であった。担当教員が変われば同様の対応は望めない)

*2年次(専門課程):Ⅴ教員が窓口。獣医学部に障害学生学習支援委員会(4名)を設置。Ⅴ教員より委員長に相談すれば委員長が動いてくれる。Ⅴ教員は、今後実務担当者から直接的に外れることになっても、個別の指導は自らが担当しなければならないとの意識を持っている。

■聴覚障害に関する個別の研修

1年次に教職員対象にしての研修会を垰田准教授(滋賀医科大学)や白澤准教授(筑波技術大学)を招き2回実施。

2年次には講義担当教員が獣医学部教員(30 名程度)に限定されるため、会議の場で当該学生に対する配慮等の話をⅤ教員より繰り返し行っている。

当該学生が頭痛により補聴器を外し失聴した現状にあることも、Ⅴ教員より教員に報告をした。

■教職員への配慮等依頼

「授業中の配慮事項」を作成して講義担当教員へ配付し、講義の資料を事前に作成して当該学生に渡すことなど依頼。資料をウェブサイトにアップしている教員もいる。

現在、教員が当該学生のために事前資料を準備するが、学生が講義に出席しない場合があり、学生に振り回されていると感じる教員もいる。当該学生の支援に協力する気持ちが失せつつある教員も出てきている。

過去の実体験に基づき、授業にでなくても同級学生のノートを見せてもらえば十分だろうとの認識を持つ教員もいる。

■支援体制(サポート体制)

学内での当該学生個人に対する支援体制(チーム)の確立は財政面、人材面で困難である。大学として支援者に謝金を支払うことはできない。

他団体との協力関係は現在持っていない。他団体との協力に時間を割くことができない現状がある。大学から当該学生個人に対して支援組織の立ち上げ、その立ち上げを要請することができないので、今後は大学外組織・個人が発議する形で、県内もしくは外部で当該学生を支援する組織を立ち上げてもらい、そこが支援をする方法が良いのではないかと考える。一度社会福祉協議会と話したところ、支援する場合は、当該学生より「獣医師になりたいという強い決意を示してもらう必要がある」との意見をもらう。

→アドバイス)県に聴覚障害者情報提供施設があり、当該学生に対する支援は可能であろう。

施設は聴覚障害者支援のノウハウは持ち合わせているが、大学への情報保障支援の経験は乏しくノウハウの蓄積は無いと考えられる。しかし、今後大学への聴覚障害学生の入学増も考慮し、地元で大学の講義に対応できる支援者を育ててくいことは両者にとって多いにメリットはあると考えられる。

パソコンノートテイクの団体に依頼をすることを考慮する。

→アドバイス)実習時はパソコンノートテイクの導入は困難なのでTA(教育補助員:大学院生などに賃金を大学が払って教育補助業務にあたらせる制度)の配置が効果的である。

■同級学生の支援

獣医学部は1クラス(30人)である。同級学生の支援組織は無いが、同級学生がノートのコピーなどして支援している。しかし、支援している同級学生も支援したいが支援ができないというジレンマを抱えており、支援している同級学生がまいってしまう可能性が現時点で大いに考えられる。今後は支援学生へのカウンセリングが必要であり、支援学生の負担をできるだけ軽減したいと考える。

当該学生は、ぜひ現在の同級学生と進級したいと強く思っている。

■親との関わり

2年次の前期試験成績が予想より悪かったため、当該学生と母親がⅤ教員のもとに面談にくる。母親からは情報保障支援がないために起こる結果ではないかと意見があった。

当該学生には、面談には母親と一緒でなく1人で来たほうが良いと伝える。

母親はノートテイクに対する期待値が高く、パソコンノートテイク配置の要望を数回寄せている。大学側からは、パソコンノートテイクをつけることは現実困難であるとそのたびごとに回答している。

学内カウンセラーより、現在当該学生は補聴器を外し失聴している状態であるが、今後も大学として特別な体制での支援はできないことを当該学生および母親に伝えるべきであるとの話があり、学生へはすでにⅤ教員よりその旨を伝えた。

■国家試験

当該学生入学後に獣医事所轄(農林水産省)に聴覚障害を持つ受験生の受験および免許交付について問い合わせたところ、卒業できれば受験資格を与えられるが、免許交付については審議会での審議事項との回答を得る。聴覚障害を持つ受験者は、当該学生が初めてである。

■卒業後の進路

現時点で当該学生は臨床獣医師になりたいと考えている。

Ⅴ教員:ぜひとも獣医師の免許を取得してほしい。臨床の道や、個人経営病院の獣医師として働くのは困難ではあると思うが、公務員もしくは、専門職として、1人で研究を進めるようなことも適しているのではないかと考える。

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