【訪問調査⑤】E大学 薬学部

E大学薬学部は6年制カリキュラムで、聴覚障害学生が2名在籍している。調査者は平成21年2月にE大学薬学部を訪問し、学生部学生課係長、研究室事務室事務主任および聴覚障害学生本人に別々の聞き取り調査を行った。(記録⑤-1、⑤-2)

1.障害学生への支援情報を提供する体制の充実

E大学では初めて聴覚障害学生を受け入れた際、聴覚障害学生への支援経験のある大学に問い合わせ、支援のあり方について学んだとのことであった。聴覚障害学生はもとより、大学職員の不安や悩みを取り除き、就学先を拡充するため、支援経験のある大学の実践や聴覚障害者情報提供施設等、聴覚障害者への専門的な支援を行っている機関の情報を集約し、広く大学職員や学生が容易に情報が得られる体制を作っていくことが大切だと感じた。

2.学生同士の交流の促進

E大学に学ぶ聴覚障害学生は先輩の障害学生と交流し、互いに相談しながら学んでいたが、大学内で障害学生が孤立せぬよう学生同士の経験交流も大切であると感じた。とりわけ幼少時から地域の学校で学んできた聴覚障害学生の場合、就学にあたって個人の努力に負うところが大きく、適切な相談を受けたり、周囲から支援を受けるといった経験がない学生もいることから、自発的な学習や研究活動を求められる高等教育機関において、どのように能動的に情報を収集し自らの学習・研究活動を進めるかの姿勢が問われた際、同じ障害があることや、同じ悩みや問題を抱える学生との交流は能動性、自発性を高める上で、極めて重要なポイントといえよう。

3.関係大学、機関への啓発

全国の大学関係者や実習受け入れ機関に対して、聴覚障害学生に関する啓発や対応のマニュアルなどを普及することも重要である。これまでも啓発が行われているが、もっとも必要とする部署に情報が届いていない場合もあり、有効に活用してもらえる部署が何処なのかについて受け入れ機関も含めて検討することが必要であろう。

4.学生のコミュニケーション能力の専門的評価と指導の必要性

今回訪問調査を行い、直接聴覚障害学生に面接する機会を得て、率直に感じたのは、医療分野では即時的なコミュニケーション能力が求められる分野であるにもかかわらず、コミュニケーションの方法が読話、もしくは残存聴力の活用といった、個々の聴覚障害学生の力や努力に委ねられている部分が大きく、手話の有効な活用環境が極めて不十分な状況にあり、聴覚障害学生が手話の有効性を十分に自覚できていないということであった。この点では、コミュニケーション能力について個々の聴覚障害学生の力や努力に任せるのではなく、医療分野に必要なコミュニケーション能力を専門的に評価し、不足している場合には手話の習得、コミュニケーション機器の活用など、能力を高めていく独自のカリキュラムが必要なのではないかとも思った。

調査者:柴田 浩志、近藤 幸一

【記録⑤-1】E大学薬学部学生部学生課係長、研究室事務室事務主任への聞き取り調査メモ(口頭)

調査日2009年2月12日

聞き取り調査相手 E大学薬学部 学生部学生課 係長、研究室事務室 事務主任

1.学内での教育保障

専門用語が多用される授業での支援内容とその効果および問題点

■支援内容

(1)パソコンノートテイク

主な支援は、パソコンノートテイクを活用。英語と体育実技以外ほとんど要約を入れている。その日の授業でのパソコンノートテイクの記録は、メモリースティックを本人に渡している。パワーポイントを授業で使用する場合は、専用のモニターを本人用に準備し当該学生は手元でパソコンノートテイクとパワーポイントのモニターの両方を見ている。

(2)専門的支援のための派遣職員を配置

全学で3人の聴覚障害学生がいるので、支援担当職員として人材派遣の職員を1人配置している。

(3)ホームページの活用

障害学生への支援に関する専用のHPを開設していて、聴覚障害学生をはじめ、一般の学生も活用できるようにしている。

(4)事前資料の配付

教員にまかせており、一律配布ではない。

■問題点・解決方法

(1)要約時の課題

早口で講義するなど、教授によって特徴があり、全部を要約できているわけでない。他学部の学生ボランティア支援では、専門用語を理解できない場合がある。

(2)支援に係る疲労

当初、試行的に、派遣職員にパソコンノートテイクを全て任せていたが、疲労が激しくて、やめた。それ以降、学生ボランティアを募集して現在の体制を作った。その、ノウハウが学生課に蓄積されている。

実習における支援内容とその効果および問題点 (学生の安全確保および対策を含む)

■支援内容

(1)1年次の学生について

当該学生の実習は未だ行っていない。

(2)他の学生の実習支援

3年次で聴覚障害(ほとんど聞こえていない)の学生がいて、その学生の場合すでに病院等での実習を行った経験がある。基本的には、同じ班になった同級学生がサポートしている。

しかし、同じペアが繰り返すと特定の同級学生に負担が集中するので、ペアを順番に変えている。

■問題点・解決方法

(1)6年次における学外実習

2.5か月にわたる実習が2回(病院、市内の薬局)あるが、特別の支援体制を組んでいるわけでない。

(2)5年次における実習

地域の範囲で調整機構が実習先を決めるので、個々の学生のニーズを調整することはできる。実習では、コミュニケーションスキルを重視しているため、問題点はこれから出てくると思われ、現在は支援体制について検討中。

学生の安全確保方法

■周りの学生が、聴覚障害学生に情報を入れることになるだろうが、実習中の安全問題については、これからの課題。調剤については、国家資格がないため実習でできることと、できないことがあるので、フィードバックはこれからの課題。

■問題点・対策

手探り状態で行っている。

2.病院実習等での教育保障

■病院などのスタッフへの周知の方法および問題点

聴覚障害についてのレクチャー。月に1 回の薬学部教員会議で、学生についての配慮は依頼しているが、特別な研修は実施していない。

3.当該学生に対する個別相談支援およびその効果と課題

■有効な相談内容

具体的な相談ができていない。性格がおとなしい学生と活発な学生とでは、要求の出し方が異なる。活発な学生からは補講の実習説明会の時折、手書きの要約筆記を入れてほしいとの要求があった。聴覚障害学生に対する個別の支援がないと、聴覚障害学生自身の力量に負うところが多くなる。

4.教職員、同級学生との協力関係作りについて、内容と課題。その支援の必要性に係る要否

■年度初めの説明会

大学では年度初めに学生ボランティアを集めて、問題点のヒアリングを行っている。また、カリキュラムが決まった後、支援ボランティアの割り振りを決めている。

■来年度の課題

来年度は、もう1人聴覚障害学生が入学する予定なので、その場合秋学期から、支援担当職員を2人にする予定。

5.支援組織のあり方など

■支援組織のあり方

(1)学生ボランティアの支援組織

当該学生を支援する学生ボランティアに対しては、学校法人が、時給880円を支払っている。また、当該学生とボランティアは懇親会で交流する程度。

(2)支援担当職員の調整

人材派遣会社から来ている支援担当職員の調整は、学生課係長が担当。

■財政支援の考え方と規模

(1)財政支援の考え方

予算は、大学の持ち出しで、聴覚障害学生の負担はなし。

(2)財政支援規模

大学としては学生ボランティアに支払う費用負担が大きいので、文部科学省の補助金を申請している。

■本人負担の考え方と内容

当該学生に負担を求める考え方はない。

6.教訓点など

■障害学生支援と普遍化の課題

薬学部に在籍する3年次の学生が初のケースだったので、他の大学に先例をきいて、パソコンでのサポートを開始した。大学相互の情報交換は、まだ、十分でない。全国の薬学関係の事務長会議などにおいて、聴覚障害学生に対する支援について話題になったことはない。そのため今回の調査結果を報告書として全国の薬学関係の大学に配布することは有効と考える。日本私立薬科大学協会など横の連絡はあり、協会幹事は持ち回りで57校が加盟している。

【記録⑤-2】聴覚障害学生本人への聞き取り調査メモ(口頭、筆談)

調査日2009年2月12日

聞き取り調査相手 E大学薬学部在籍 聴覚障害学生

聴力レベル:左110デシベル 右全く聞こえない

手話サークルには会員でないが参加している。現在は、口話と筆談でコミュニケーションをとっているが、これから手話を覚えたいと思っている。

1.学校の授業について

パソコンノートテイクとパワーポイント用の2台のパソコンを見て受講している。他に学生ボランティア2名から授業の進行状況を教えてもらっている。授業に慣れて前より分かりやすくなり、授業の進行状況がわかるようになってきたが、スピードが速いので、たまについて行けないことがある。1年次の実習はグループでの討議が中心で、同じグループの学生に依頼して、発言内容を筆談してもらっている。FMマイクを教員につけてもらう方法を2年次の実習から試行する予定で、板書との併用であれば一定理解できる。発言したいことは、タイミングを図って発言している

2.課外実習について

1年次夏の病院での実習に際しては、ボイスレコーダーに録音して、母親がテープ起こしをしたが、リアルタイムでないので、労力と時間がかかる割に、成果が上がらなかった。自分が聴覚障害学生であることは、アドバイザーである教授は知っているが、実習先の病院職員に慣れてもらうには時間が足りなかった。今後、事前に資料を読んでから、FMマイクなどの活用も試みたい。

3.学校で困った時の相談について

相談の内容によって先生や友人に相談したり、大学の事務室、家族に相談したりしている。これまで大学の事務室と相談してノートテイクのボランティア派遣やボイスレコーダーの貸し出しを受けた

4.周囲の理解

いつも一緒にいる友人はどのように困っているか理解してくれているが、話したことのない人は、何処まで理解してくれているかはわからない。先輩の聴覚障害学生には、相談したりアドバイスを貰っている。お互いに困った時は筆談で相談している。今後不安に思うことは今のところはない。

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