【訪問調査⑦】G大学 医学部

G大学医学部に聴覚障害学生が1名在籍している。障害学生支援専門部構成員で臨床医学を担当していらっしゃる准教授および聴覚障害学生本人より報告資料を提出いただいた。(報告資料⑦-1、⑦-2)

G大学は、国立の総合大学で古くから障害学生を積極的に受け入れ、支援を行っている大学のひとつである。2004年に医療系の学部に聴覚障害学生が入学した際にも、当初から本人を交えた面談を行い、即座にパソコンノートテイク等の支援を開始するに至っており、聴覚障害学生支援の第1の難関とされる「授業における情報保障者の確保」については、難なくクリアしている様子が見て取れる。また、通常の講義のみでなく、臨床実習に入ってからも、地域の派遣センター等との連携により手話通訳の派遣体制を組んでおり、そのための予算についても大学から支出がなされている。さらに臨床実習場面において手話通訳を行う際の課題についても徐々に整理されつつあるようで、諸般の課題はありつつも今後の聴覚障害医学生支援を支える1つのモデル事例として取り上げることができるだろう。

しかし、同時にこうした事例を見るにつけ医学という専門的な分野に挑む聴覚障害学生を支えていくためには、まだまだ十分に解決されない問題が残されていることを感じさせられる。特に以下の2点は全国の大学における共通の問題であり、今後の医学生支援を検討する上で重要な課題といえるだろう。

1.情報保障の質的強化

聴覚障害学生本人からの報告にも記載されているが、専門用語を多用する授業や実習における情報保障の質的向上は、情報保障者の確保と同時に現れる大きな難関といえる。通常医療分野における支援では、時間割が必修講義で埋め尽くされていることもあり、同学部の学生ではなく、外部資源を活用した支援体制の構築が大きな課題となる。この場合、どうしても医療に関する十分な知識がなかったり、臨床実習の場で何が行われるのか想像がつかない支援者が支援を行わざるを得ない問題が生じ、単に支援者を配置しただけでは問題解決に至らない点が指摘できる。これに対し、ある大学では支援者ために特別講義を実施して専門知識を補強したり、学部の授業を開放して通訳前後に自由に聴講させる等の工夫を行っていたとのことである。また別の大学では、実習等で生じるであろう問題を事前に教員に聴取し、聴覚障害学生と十分対策を練った上で実際の実習に望む工夫もされていた。G大学の場合もある時期大学院生によるログのチェックを実施していたり、今後手話通訳者とともに学習会を開くことを検討しているとのことであるが、今後さらに情報保障の質的補強に力を入れることで支援体制の強化につながるのではないだろうか。

2.聴覚障害学生に対する教育保障

聴覚障害学生が医師の道を志し大成していくためには、情報保障者の配置以外にもさまざまな支援が必要とされる。例えば聴覚障害故に生じやすい学習意欲の低下やコミュニケーション能力の不足に対しては、教員による個別の働きかけが不可欠であろう。また誰1 人として身近にロールモデルがいない中で、自分にとっての医師像を見いだしていかなければならない状況に対しては、聴覚障害学生とともに寄り添い歩いてくれるメンター的役割を持つ人材の配置が必要だろう。さらに、教育の過程で本人も目をそらしたくなるような社会的現実に直面した時には、これを正面から受けとめ咀嚼させていくための指導も求められる。こうした点を鑑みると、医療分野における聴覚障害学生への支援は、情報保障以上に教育保障の側面が非常に強く、これこそが本質的な支援なのではないかと感じざるを得ない。医療分野で先駆的な支援を行っている大学の例では、聴覚障害学生のために特別担任を割り当て、時にアメとなりまたムチとなって熱心な指導が行われている例もあるが、こうした事例を下に今後聴覚障害学生への教育をどう考えていくか改めて考えていく必要があるといえるだろう。

調査者:白澤 麻弓

【報告資料⑦-1】G大学医学部における聴覚障害医学生の支援について

G大学大学院循環器内科准教授

平成13年に医師法の欠格条項が廃止されてから、医学部にも聴覚障害を有する学生が入学するようになった。当大学も2004年に重度の聴覚障害を持つ学生を受け入れることになった。入学直後に現状と本人の修学上の希望の確認を行った。その結果、手話通訳が理想的であるが当時は手話通訳者は他地域に多く、遠隔地の当大学までは出張できなかったため、NPO団体に協力頂くことになった。

「講義形式の授業」ではパソコンノートテイクによる支援を行った。講義形式以外の授業・実習では個々の担当教員がそれぞれ工夫をして支援を行った。例えば解剖実習などでは支援者が入れないので、開始に先立ち支援の方策について打ち合わせを行った。すなわち、学生の方を向いてゆっくりはっきりと発音する、学生の傍らにホワイトボードを用意して必要に応じて図示を使う、頻回に理解度について確認に立ち寄る、などの支援がある。

その後、学年が進むと、「小グループ討論(チュートリアル)形式の授業」が多くなった。これは8人の学生がグループとなり、与えられたシナリオについて、問題点を見つけ出しながら、診断、病態、治療、などについて討議を重ねながら進めるというものである。コアカリキュラム(必須の授業)であり、時間数も講義形式とほぼ同じくらいである。3年次からこの形式が増えてくるが、この授業形式には対応が難しく、複数の学生が相手では必ず正面に対面して読話を使えるとは限らないし、パソコンノートテイクの方には、専門用語が難解である、同時に複数の学生が発言して対応できない、などの問題点があった。同級学生にはなるべく発言内容をプリントして配布するなどに努めたが、討論を理解し、そして参加するのは困難が伴った。

4年次からは「臨床実習」が始まるので、事前に検討した結果、「手話通訳」をお願いすることになった。ただし予算上の制限から1日3時間程度までである。実習の時間割の都合で、通しで3時間ではなく、朝と夕などに分割した実習にも対応して頂いたり、手話通訳の方には大変な無理を聴いて頂き、大変に感謝している。

「手術室実習」では、手話通訳の方にも術衣で入室頂き支援を頂いている。手術室での実習では、「術野などを見る」のと説明を「同時に聞く」必要があることが多いので、手話と術野を同時に見られないことや、術者が手術しながら説明する場合に下を向いて小声でくぐもった声でしゃべる、周辺のモニター機器の音やアラーム音が意外に大きいなどの点が、手話通訳の方を悩ませている。同様に「X 線画像などの画像資料の解説」では、「画像を見る」と「説明の手話」を同時に見られないことが困難な点である。

「病棟回診」や「症例検討会・カンファレンス」でも、多人数で討論を行うので、先のチュートリアルと同じ困難点がある。また病院内は大変広く入り組んでいるので、個々の学生にPHSを貸与して、学生の呼び出しを行っているが、PHSでの会話ができないので(呼ばれたこと自体はバイブモードで対応)、近隣の学生などに補助してもらっている。「聴診器」は、音として聴くことは困難であるので、音を「心音としてグラフィック」で表示するシステムを貸与対応しているが、ノイズを大きく拾うなどの欠点がある。

予算や、マンパワーなどの点で制約が大きいが、我々としても可能な限りの支援を与えて、無事医師になることを切に願っている。関係の皆様にも御協力を宜しくお願い申し上げたい。

【報告資料⑦-2】入学後から現在に至るまでの大学における情報保障

G大学医学部聴覚障害学生

■大学入学前について

ろう学校幼稚部で発音を訓練し、小・中学校の難聴学級へ通級し、地域の高校を卒業した。大学進学前は、講義の情報保障を受けたことがなく、高校卒業前に地元大学に通う聴覚障害学生による情報保障についての講演を聞き、大学のような高等教育現場では、情報保障の必要性がなおさら高まっていると感じた。しかし、教科書が講義内容の全てを網羅しているものでないこと、講義担当教員が頻繁に変わること、高校の同級学生がいないことなどから、高校に比べ非常に大変な思いをしなければならないのかという心配もあった。

■支援体制の構築過程や大学生活について

合格決定後、大学から「情報報保障を希望しますか」という連絡があり、すぐに「はい」と回答した。そして医学部内での情報保障支援の体制作りが始まった。入学前の3月末に、大学の聴覚障害学生支援室(以下、支援室)のスタッフと、医学部の先生方や事務員などを囲んだ協議が行われ、協議は講義に情報保障をつける方針で進められた。展開の速さに十分に理解できていないことも多く不安もあったが、だからこそ安心感があったもの事実だ。

大学での初めて情報保障は、宿舎の説明会だった。過去の説明会では配布資料にじっと目を通して内容を掴もうとしたが、情報保障の支援を受けると配布資料には掲載していない情報が余談として意外に多く話されているのだと感じた。

大学のカリキュラムでは、1~3年次は教養科目と専門科目を平行させた学習が進む。教養科目は他学部と同様に受け、専門科目は医学部内で受ける。3年次になるに従い専門科目は増えていく。専門科目には、講義、実習(実験)、チュートリアル(少人数討論式講義)がある。4~5年次は、附属病院の病棟内でほぼ全日、実習を行う。6年次には、総復習の講義を行い、卒業試験が行われる。

■大学内の講義面での情報保障について

1~3年次の情報保障は、教養科目と専門科目に分かれており、教養科目の情報保障は支援室に、専門科目はNPO団体(要約筆記)に依頼をした。教養科目については支援室の支援者である学生が長けていると考え支援室に依頼をした。専門科目では、支援室内に医療に関する専門知識を持つ学生が少なくまた支援学生も自分の専攻講義と重なることも多く、地域の要約筆記団体に依頼をし、医学支援専門として情報保障を受けるシステムを作った。しかし、専門科目は支援者が頑張っても、その支援者が医療専門職でないため情報に漏れが生じることもあった。そのため、先生に相談し、パソコンノートテイクの内容を大学院生に確認をもらい、訂正しながら進める案を教示いただき試みてみた。その結果、内容がとても充実したものとなったが、やはり専門科目の講義が多く、また大学院生も研究活動で多忙なため、人材の調整が困難となりこの方法は取りやめることとなった。

そこで、講義の配布資料を事前に支援者に配布し、あらかじめ目を通してもらうという方法を取った。学びやすさは改良されたが、配布資料を事前にもらえない講義もあり、学期の初めに配布される講義詳細の予定表を参考に、自ら講義で用いる語彙や内容を事前に支援者に伝えて対策を取った。その結果、若干は学びやすい情報保障になったと思う。

チュートリアル(7~8人グループで行われる討論式講義)とは、シナリオが提示され、シナリオ内の問題点を提起し、解決へ向けてメンバーで協議をする講義である。医療現場ではコミュニケーション能力が必要であると思い、当初は情報保障をつけずに討議に参加を試み、読唇や隣の同級学生に要約筆記をお願いした。しかし、やはり読み取れないことによる情報量の少なさで誤った判断してはいけないと考え、ノートテイクやパソコンノートテイクを依頼した。しかし、発言からノートテイクで情報を得るまでに時間を有し、自分の発言の機会を逃してしまうことが度々あり、参加できない状況が続いていた。そこで、発言の際は挙手をしてから発言するようにお願いをした。また、通訳時間の早い手話通訳をつけるようにした結果、自分も積極的に発言することができるようになり、参加しやすい討議会となった。

■実習面などの情報保障

4年次病棟実習では、移動性であることと、音声を用いたコミュニケーションが多くあることから手話通訳を希望した。実習は終日まであり、手話通訳を1 日中配置するのは予算等で困難なため、1日あたり3時間までの配置と決まった。手話通訳者は、地域の手話通訳派遣センターにコーディネートして頂いた。初めての病棟実習では、すべての体験が新鮮で、体験の1 つ1 つが重要なものであり、それらは情報保障を通してきちんと理解できるようにすることが大切だと思う。患者とのコミュニケーションは、医師と患者の当事者同士でするべきものであると考えている。そのため、手話通訳者をつけるのは多人数で行われる物事(討論会、講義、手術等)に限定している。やはり、実習でも専門用語を用いることが非常に多く、手話通訳者も通訳しにくい状況が起きている。その問題に対しては、手話通訳者と学習会を開き、それぞれの科のイメージを持ってもらったり、専門用語に対応する手話を考え確認する必要があると思う。現在までに1回開催したが、専門用語の確認だけではなく、実習中の問題点や希望等の意見交換も可能であり、この学習会は大きな意味を持つものだと思った。

手術では、自分の担当患者の手術時には手話通訳をつけている。全員がマスクと帽子を装用するため、口の動きはもちろんのこと表情もまったく見えない。そのため、当初は韓国製の透明マスクを試験的に先生に着用して頂いたが、手術中は終始下を向くため、口が見えず読唇には向かないことが分かった。むしろ、手話通訳者が透明マスクを着用したほうが、口の動きもあわせて読み取れたのではないかと思った。手術室における手話通訳に関する問題点は、先生の話声が小さく、また周りに機器が多くあり機械音がうるさく聞き取れないときが多くみられる点である。解決方法は、主治医にFM マイクを装着していただき、手話通訳者に音が伝わるようにする方法を考えている。さまざまな機器がある手術室においてFM マイクの持込が可能かどうかは今後の課題である。

最後に、患者とのコミュニケーションについては、入学当初から考えていた大きな問題である。初めて外来を受診する患者の場合は話していることが読み取れないことが多く、手話通訳者をつけている。しかし、入院中の患者の場合は、毎日会うため読唇もできるようになり、筆談で会話することもできるようになっているため、手話通訳はつけていない。初めて外来を受診する患者とも、できるだけ通訳を介さずにコミュニケーションできるようになりたいと考えている。救急時に手話通訳者はいない。その時は自分のコミュニケーション能力と医学的技量が試されるときだと思っている。この課題については今後しっかり考えて実践して臨みたい。

■まとめ

上記私が経験してきた情報保障について述べてきたが、個々それぞれ自分に適した情報保障の方法があると思う。うまく行かないだろうと思っても、実践してみてほしい。実践することで良い点が見つかり、応用することもできるようになる。失敗ももちろんあるが、恐れずにチャレンジしてほしいと思う。

大学では、先生方と情報保障について一緒に考えていただける機会が沢山あった。印象に残ったことは、上記にも述べたが講義の情報保障の際に大学院生が内容の確認に来てくれたことだ。これは先生方の案であり、また先生がいなければできなかったことであると思う。大学では、情報保障支援者は少ないが、医療専門職の方がたくさんいる。医療専門職は、質の高い情報保障を受けるためにはとても大きな力となる。また、講義をする先生方や同級学生にも理解を広めながら、聴覚障害学生が学習しやすい環境を作っていくこともとても大切だと思う。

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