4章 研究協力者からの講評

(1) 「ペアレントトレーニングの手法を用いた保育実践の効果と啓蒙」の意義について

奈良教育大学 特別支援教育研究センター
センター長 教授 岩 坂 英 巳

本実践は、「ADHDの診断・治療ガイドライン研究班」にて、ペアレントトレーニング を国内ではじめて実践し、その効果を確認した北道子医師によるあらたな試みである。 北 医師らが開発したペアレントトレーニングの標準版は、本来10回のセッションを半年間かけて行うものであるが、 保育現場で幼児に適用する場合には、半年間という長い期間の設定が困難なことと、タイムアウトやトークンなどの行動療法のテクニックが幼児には理解困難であることを 加味して工夫する必要がある。 本実践は、全5回の幼児版プログラムを開発、実践し、その効果が幼児のみならず、保育士自身にとってもプラスになることを 証した貴重な実践研究である。

幼児期には発達障害の診断がまだついていないグレーゾーンの子どもも多く、診断がついた場合も具体的な親と子への支援方法が不足している。 「この時期に自分が大事に思われているという安心感、自分がうまくできているという自信の土台をつくること」 「その土台をもとにしてその後の社会性や自己コントロール力の形成が可能となる」という北医師も述べているが、 本実践は発達障害児およびその親への早期支援の有用な手立てとして 今後さらに発展していく貴重なものであろう。 また、連続5回のプログラムが受講できない保育士への2回の研修会も実施し、 保育現場で「ペアトレ的な」すなわち、良い行動に 注目してほめていくことの重要性を伝えている。 これらの複数の精力的な試みは、より多くの保育士の元々の保育力を高めるとともに、発達障害のない定型発達の子どもの心の成長にも寄与し、 結果として発達障害のある子どもにとっても好ましい環境つくりにつながるものであり、今後の本研究全体の発展に大きく期待したい。

(2) 「発達障害児に対する早期からの地域生活を効果的に行うための調査研究」について

お茶の水女子大学 人間発達教育研究センター
教授  榊 原 洋 一

2003年の文部科学省の全国小中学校通常学級在籍児童生徒を対象とした調査で、児童生徒 の6.3%に、注意欠陥多動性障害、 高機能広汎性発達障害ないしは学習障害の行動特徴が見られることが明らかになった。 また、保育園幼稚園における調査でも、小中学校と同等あるいはそれ以上の頻度で発達障害の行動特徴を有する園児がいることが明らかになってきている。

発達障害についての社会的認知も近年急速に進み、保育士、幼稚園教諭の多くが、園でさまざまな「気になる行動」を有する幼児の中に、 発達障害を持っている子どもがいることを認識するようになってきている。

しかし発達障害の行動特性を有する保育園幼稚園児への対応については、専門家による 巡回相談などの対応策が徐々に整備されてきているが、 園での日常生活上でのさまざまな 行動への具体的な対応方法についての知識と技術の普及は遅れている。

さらに、「子どもの行動を受容し寄り添う」というわが国固有の保育の基本的姿勢により、行動上課題のある児童への積極的なかかわり(介入) が忌避される傾向も指摘しておかなければならない。

本研究は、地域の中核的な療育施設が、周辺の保育園の保育士に対して、保護者が家庭で行う行動療法を中心とした教育プログラムである 「ペアレントトレーニング」講習と感覚統合訓練の講習を行い、その成果を検討したものである。 ペアレントトレーニングの中心は、好ましい行動を強化し、好ましくない行動を消去する具体的な保育行動の講習とロールプレーによる実習を、 多忙な保育士でも容易に習得できるような課程に組みなおしたものである。

特記すべきこととして、好ましくない行動を「無視」することで消去するという行動療法的対応をきちんと提示したことがある。 好ましくない行動に対しても、受容し寄り添うという保育の原則に従って行動することが慣用化している保育士にとって、 本ペアレント トレーニングは大きなインパクトを持ったであろう。 今後の課題としては、ペアレントトレーニング講習による実際の園児の行動の変化を中長期に亘って追跡し、その成果を具体的に確証することがあげられる。

感覚統合の手法の導入も、これまでは療育期間などで行われていた同手法を、保育園にまで敷衍したという点で注目に値する。 ペアレントトレーニングによる行動療法的なアプローチと、感覚統合的手法の組み合わせによる効果などについての今後の研究が期待される。

発達障害を有する子どもへの療育的なアプローチは、その高い頻度(有症率)により、 従来の施設中心型の療育から、 保育園や自宅にベースを置いたものに移行していかざるを得ないと思われる。そのような状況の中で、本研究はきわめて時宜を得た研究であろう。

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