音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

平成17年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

イギリスにおける統合失調症に対する認知行動療法
--司法精神科患者への心理治療プログラム実施に向けて--

菊池 安希子
国立精神・神経センター 精神保健研究所

 本報告書は、日本障害者リハビリテーション協会の研究補助金により、2005年10月~2006年3月までの5ヶ月間、マンチェスター大学を拠点として、イギリスにおける統合失調症患者に対する認知行動療法の実践と、司法領域におけるその活用について調査したものである。

はじめに

 平成17年度より施行された「心神喪失の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察に関する法律(以下、医療観察法)」においては、対象者の6割以上が統合失調症患者になるであろうことが予想されている。触法行為をなした統合失調症患者の包括的認知行動療法パッケージの開発を考える場合、以下の要素を含む必要がある:

①陽性症状、陰性症状へのアプローチ、
②攻撃行動のマネジメント、
③家族へのアプローチ

 これまで、本邦においては主に心理教育のかたちをとった「③家族へのアプローチ」についての実践・研究がなされてきた。しかしながら統合失調症の症状に対する認知行動療法(①)については、主に社会技能の回復/獲得に焦点をあてたSST(Social Skills Training)に関する報告が中心であり、その他の認知行動療法の実践・研究はいまだ乏しい。また、攻撃行動のマネジメント(②)は再犯防止に関係が深いと考えられるが、我が国では医療観察法下での患者の治療の実践が始まったばかりであり、試行錯誤段階にあるといえる。
本報告書では、日本における医療観察法対象者のうち、主に統合失調症患者に対する認知行動療法プログラムの開発に向け、「Ⅰ統合失調症患者への認知行動療法」「Ⅱ英国の司法精神科病棟における再犯防止に向けた治療プログラム」「Ⅲ指定入院医療機関における再犯防止のための心理プログラムへの提案」の3部構成で報告する。

Ⅰ 統合失調症患者への認知行動療法について

 本章では、まず現在までに完了している主要な「統合失調症への認知行動療法」の効果研究から得られたエビデンスを臨床現場に還元しやすい項目毎にまとめ、次に具体的治療技法について紹介したあと、認知行動療法の介入研究の方法論について概説する。

1.「統合失調症への認知行動療法」の効果

 「統合失調症への認知行動療法(Cognitive Behavioural Therapy for Psychosis:以下にCBTp)」とひとくちに言っても、実際の介入内容は個別の臨床家や臨床家グループによって幅があるのが普通である。しかしながら、効果研究をする際には、基本的な介入内容の再現性を担保することが必要であり、実際、治療プロトコルを作成して使用するのが通常である。用語の混乱を避けるために、本章では、Jones(2004)(1)に倣い、以下の基準をみたす治療法をCBTpとみなしている。


表1 統合失調症の認知行動療法の構成要素 (Jones, 2004)
 1)
 患者が、自分の思考・感情・行動の間のつながりを、ターゲット症状との関連で理解するようになるような働きかけ。
 2)  患者がターゲット症状にまつわる誤った解釈、非合理的な信念や推論、偏った推論を修正するようになるような働きかけ。
 3)  以下のうち1つ、または両方の働きかけ:
①患者がターゲット症状に関連した自分の思考、感情、行動のモニタリングをするようになる
②ターゲット症状に対しての対処方法が増強される。

 現在までに20以上の無作為割付対照試験が行われており、その成果は数々の総説にまとめられている(2-8)。以下にはその要点をまとめる。なお、本レビューには、包括的介入パッケージのごく一部にCBTを含む介入研究は含まれていない。

A.介入時期(慢性期、急性期、前駆期、再発予防)
慢性期

 投薬治療抵抗性の残遺精神病症状に対する心理社会的介入として試行されたという歴史的経緯もあり、CBTpの無作為割付対照試験(RCT)の多くは、慢性の統合失調症患者を対象に実施されてきた。その結果、慢性の統合失調症患者に対しては、標準的な精神科的治療に加えてCBTpを実施することで、持続性の精神病症状(陽性症状、陰性症状)の軽減に効果があり、しかもその効果は、治療終了後も最長2年程度維持されるとの研究結果が蓄積されてきた(9)。
CBTpを支持療法など、その他の心理療法と比較した研究における知見は混合している。
Tarrier(10)やDurham(11)はCBTpを支持療法と比較した結果、治療終結時の陽性症状改善度CBTpの方が大きいものの統計的な有意差まではなく、フォローアップによれば時間経過とともに差が無くなっていった。一方、Sensky(12)らは、CBTpをBefriendingと比較し、治療終了時に両療法間に差はないが、CBTp群の治療効果は、フォローアップ期間中も維持され、結果的に治療効果が消退するBefriending群よりも症状得点が良くなることを見出した。しかしながら、これらの研究では、基本的に同じ治療者が、患者の割付群に応じて、2種の治療アプローチを使い分けているため、介入方法にコンタミネーションが起きてないとは言い切れず、解釈が難しい。
よって慢性期の陽性症状・陰性症状については、CBTpの有効性は示されているが、CBTpのどの構成要素が有効なのかについては、要素研究が待たれるといえる。

急性期

 急性期については、いまだ研究が多いとはいえない。初期の急性期へのCBTp介入研究は、Druryら(1996ab, 2000)(13-15)によって実施された。回復までの期間が標準治療群に比べて25-50%早くなり、精神病症状も有意に減少することを示した。効果量も0.93と高かったが、この研究には、症状測定がブラインドでない、CBT群は家族介入も受けていた、などの問題点があったため、Haddockら(1999)(16)は、研究デザインを改善し、急性期患者に対するCBTp適用の効果を調べた。その結果、CBTp群は標準治療群に比べ再発までの期間、再発率、入院日数においていずれも低い値を示したが、統計学的に有意な結果までは得られなかった。その後、急性期のCBTp介入については、Study of Cognitive Reality Alignment Therapy in Schizophrenia (SoCRATES - Lewis et al., 2002)(17)が実施された。この研究では309人の急性期患者(80%が初発エピソード)を、CBTp群、支持療法群、標準治療群に割り付けて比較した。その結果、CBTp群及び支持療法群で標準治療群に比べ、有意に精神病症状の改善が見られた。しかしながら、CBT群と支持療法群の間に効果の有意差はなかったことから、症状改善の効果が治療アプローチに非特異的な面接による注意効果(attention effect)である可能性を否定することは出来ない。
このように、急性期のCBTp介入については、「実施が可能であること」、「ある程度、治療初期の回復速度を速める可能性がある」、「標準治療よりは、症状改善効果がある」ことが示唆されている。

前駆期

 近年、CBTが統合失調症の発症予防に効果があるかに関心が高まっている。統合失調症発症のハイリスク群に対し、レスペリドン服用とCBT介入をすることで、発症時期を遅らせられることを示唆するMcGorryら(2002)(18)の研究に引き続き、Morrisonら(2004)(19)は、58人のハイリスク患者を対象として、6ヶ月間のCBT介入の効果を調べるRCTを実施した。その結果、12ヶ月フォローアップ期間中、CBT群では有意に統合失調症の発症率が低く、PANSSによって測定された精神病性症状スコアも低く、かつ抗精神病薬を処方されるに至る率も低くなることが示された。現在、この研究を追試するための大規模RCTがマンチェスター大学にて始まっており、5年後には結果が出る予定である。

再発予防

 これまで行われてきたCBTpの効果研究のうち、再発に焦点をあてた研究は二つある。Bach&Hayes(2002)(20)は、ACT(Acceptance and Commitment Therapy)を入院患者に実施し、4ヶ月間のフォローアップ期間中の再発率が標準治療群では40%であるのに対し、CBT群では20%になることを見いだした。またGumley(2003)(21)は、最初に5回のCBT介入を提供した後、患者が再発の注意サインを示した時点でさらにCBT介入を提供するという方法を用いた結果、12ヶ月間での再発率が対照群では36%であるのに対し、CBT群では14%になることを示した。このように、再発に焦点化した研究では、有意な効果が見られているが、他のCBTpRCTのフォローアップ結果をメタ分析結果からは、CBTpが治療中、治療後12ヶ月、治療後1-2年において有意に再発率を下げるという結果は見られていない(NICE 2003)(22)。但し、治療期間別に見ると、3ヶ月以上のCBTp介入では、より短期の介入に比べてその後の再発率を下げる可能性が示唆されている(NICE 2003)。
再発率を下げるためには、より長期のCBTp介入を行った上で、再発防止に特化したCBT内容を再発リスクが高まった時点での提供するシステムを確立することが必要であることを示していると考えられる。

B.ターゲット症状(陽性症状、陰性症状、重複診断、自尊心、攻撃性)
陽性症状・陰性症状

 前述したように、CBTpが陽性症状及び、陰性症状の軽減に効果があるらしいことのエビデンスは蓄積されてきた。陽性症状の中でも、幻聴に関しては、CBTpは支持療法などその他の精神療法に比べても特に効果があるらしいことが示唆されている(Tarrier, 2001)(23)。

重複診断

 精神科の現場においては、重複診断患者に対する心理社会的ニーズが高く、効果的なCBT介入方法の模索が行われている。

①統合失調症と物質使用障害

 Barrowcloughらは(2001)(24)、統合失調症に加えて物質乱用/依存の診断を持つ患者に対し、家族介入および動機付け面接法を組み入れたCBTpを実施し、標準治療群と比較して効果を検討した。その結果、治療開始から12ヶ月フォローアップ時点では、CBT群は標準治療群に比べて、general functioning が有意に高く、かつ陽性症状の減少と、物質使用をしない日数が増加することが示された。しかしながら、この研究では、家族介入が同時に実施されているため、動機付け面接法を含むCBTp介入の効果を取り出してみることが難しく、患者が家族と連絡可能な者に限られていることから、現在、動機付け面接を含むCBTpの効果だけをみることを目的とした大規模RCTがマンチェスター大学d4で進行中であり、2009年に完了予定である。

②統合失調症と社会不安障害

 Halperinら(2000)(25)は、20人の統合失調症患者を無作為に社会不安障害の集団CBT群と、ウェイティング・リストコントロール群に割り付け、社会不安、気分、QOLを比較したところ、CBT群は、コントロール群に比べ有意な改善をみせたことを報告している。この研究は、Kingspegら(2005)(26)によっても追試され、同様の結果が得られた。

③その他の重複診断

 対照群を用いた研究ではないが、統合失調症患者の不安障害(Good, 2002)(27)やパニック障害(Hofmann, G., 2000)(28)についての予備的研究も行われており、認知行動療法の可能性を示唆している。

自尊心

 低自尊心は被害妄想の形成にも関連している可能性があり、また、統合失調症を発症した結果として社会的偏見などの影響から生じるとも言われている。Hall & Tarrier(2003)(29)は、低自尊心の統合失調症患者に対してCBTpを実施し、自尊心、精神病症状、社会的機能が、介入の3ヶ月後、12ヶ月後に標準治療群に比べて改善が見られることを示した。

攻撃性

 PICASSO(Psychological interventions for coping with anger in schizophrenia:study of options)は暴力の既往のある統合失調症患者(入院&外来)に対するCBT介入研究であり、結果はいまだ未公表であるが、予備的結果についての報告が行われている。この研究では、77人の対象者をCBT群と社会活動療法群に割付、25セッションの介入を行った後、結果を比較した。どちらの介入群も治療終了時及びフォローアップ時点でPANSSスコアが改善しており、群間に有意差はなかったが、下位項目で見ると、CBT群は妄想スコアが社会活動療法群に比べて有意に改善していた。怒り及び攻撃性については、病院スタッフからの評価によれば、治療終了時も、フォローアップ時点でも改善が見られた。

C.介入様式(集団、個別)

 CBTpのRCTにおいてはしばしば、CBTに熟練した心理士がCBTp専門家のトレーニングを受けた後にスーパーバイズを受けながら介入を行っており、その結果を持って、一般の精神科臨床現場にすぐに実施可能ではないことが指摘されている。事実、近年のCBTpのRCTにおいて、支持療法などその他の精神療法との介入効果の有意差を出せないのは、CBTp提供者がもはや初期の頃のような、介入を開発したエキスパート自らでなく、介入研究用にトレーニングを受けた治療者から成るからではないかとの指摘があるくらいである。このような理由もあって、マニュアル化がしやすく、その意味で再現性が高いと考えられる集団形式のCBTpへのニーズが高まってきた。さらに、臨床現場においては、人的資源の限界から、CBTpの効果研究で採用されているような週1回程度の介入は難しい施設が多く、その意味からも集団療法へのニーズは高い。
これまでのRCTは、Druryら(14)の研究を除けば、基本的に個人療法によってCBTpを提供しており、集団療法についての無作為割付試験は始まったばかりである。Wykes(2005)(30)は、幻聴のある統合失調症患者を集団CBTp群と標準治療群に割り付け、社会的機能と幻聴に対する効果を検討した。その結果、社会的機能については集団CBT群においてより改善が見られたものの、幻聴に対しては標準治療群に比べて有意な改善は見られなかった。しかしながら、下位分析の結果、グループ効果が大きく、熟練したCBT治療者が実施している集団CBTにおいては、幻聴も減少していることが示されたため、集団CBTpの効果が否定されるとも言い難いが、やはり臨床現場の実施には治療者のトレーニングが課題であることが示されている。

D.介入期間・頻度

 2002年にPillingがNICEガイドライン作成のために行ったメタ分析結果(22)によれば、10回以下で3ヶ月以下で実施された場合、うつ状態の改善には有効であるが、精神病症状には影響がないことが有意に示されている。一方、10回以上の介入を6ヶ月間以上提供した場合、フォローアップ期間終了時の全般的精神症状(BPRS、CPRSスコア)が、対照群(標準治療または支持療法など)に比べて低得点になる傾向を示すエビデンスがある。

まとめ

 このように統合失調症に対する認知行動療法については、1990年代より主にイギリスにおいて効果検討研究が相次ぎ、有効性についてのエビデンスが蓄積されてきた。2002年にはイギリスNICE(National Institute for Clinical Excellence)統合失調症ガイドラインにおいて、家族介入と並んで、統合失調症に対する心理社会的治療の第一選択肢として推奨された。現在の研究の動向はむしろ、「重複診断に対する認知行動療法の開発と効果検討」、「発症予防」、「いかにして治療現場にこの治療技法を広げていくか」、「一般精神科以外の領域への拡大(司法精神科領域など)」と多方向に広がっていることが分かる。

次へ