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平成17年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

イギリスにおける統合失調症に対する認知行動療法
--司法精神科患者への心理治療プログラム実施に向けて--

2.治療技法について

マンチェスターモデルによるCBTp

 1980年代後半から、ほぼ同時期に、イギリスの異なるいくつかの臨床家グループによって、統合失調症の認知行動療法が開発された。いずれも1980年代にそれまでもっぱら感情障害の心理療法として用いられてきた認知行動療法が、他の精神科的障害へとその適用を広げていった結果として、統合失調症へも適用を試行されるようになったといえる。
マンチェスターでは、CBTpはコーピング方略増強アプローチとして発展した。下敷きになったのは、統合失調症患者の多くが、幻覚・妄想への対処のために対処法略を自ら獲得しているという実証的研究である。さらに、患者が症状発現にいたる詳細なアセスメント(ケース・フォーミュレーション)法を確立することにより、治療的介入を患者と協働して計画することが可能になった。コーピング方略増強アプローチの目的は、患者自身が自分の精神病性症状ないしそこから生じる苦痛に対して対処するための認知的方略、行動学的方略を獲得することにある。
筆者は面接テープやビデオの視聴、面接の陪席を通じて、マンチェスターモデルに基づく介入の実際を調査する機会を得たので、以下に概説する。

マンチェスターモデルの臨床モデル

 マンチェスターモデルのCBTp治療を導く臨床モデルを図1に示した。このモデルでは、幻覚や妄想などの精神病症状の体験は内的・外的要因の相互作用から生じるとされる。内的要因は生物学的なこともあれば、心理的な場合もあり、先天的なこともあれば、後天的に獲得されることもある。このような内的要因が、精神病性障害に対する個人の脆弱性を高め、その状態で環境的なストレス(過労、孤立、対人関係上の問題など)にさらされることで、発症のリスクはさらに高まる。このような内的要因と外的要因の相互作用は、精

図1 精神病症状の発現と維持についての臨床モデル(Tarrier CBTpモデルより)

 神病性障害の発症だけでなく、その維持にも関連している。外的情報の処理の機能不全が過覚醒とあいまって知覚や思考が障害され、その状況下で個人が自分の体験を解釈しようとするため、熟慮というよりは、いきおい反応的とならざるを得ない。この解釈に従って情動的、行動的な反応が生じ、これが個人にフィードバックされるうちに症状が強化・維持されていく。
このようにして、精神病体験が機能不全な信念につながり、信念に従って行動することで謝った解釈が訂正されなくなる。このようなサイクルはEBACサイクル(Experience-Belief-Action-Confirmation サイクル:体験-信念-行動-確証サイクル)と呼ぶことが出来る(図2)。EBACサイクルがあることにより機能不全な信念や行動が強化され、症状が維持されると言える。つまり、患者の問題の発現と維持にかかわる先に図1に示したような全体像の中に、EBACサイクルのような強化・維持サイクルが内在していると捉えることが出来る。

図2 体験-信念-行動-確証サイクル(Tarrier CBTpモデルより)

図2
マンチェスターモデルによるCBTpの流れ

マンチェスターモデルによるCBTpの流れは、典型的には以下のようになる。
①治療導入
②アセスメント
③患者と協働作業によるケース・フォーミュレーション
④ターゲット症状/問題の同定、
⑤コーピング方略増強法、
⑥再発予防

 この中で、マンチェスターモデルに特徴的なのは、コーピング方略の獲得/増強に強調点がおかれている点である。妄想を含む信念の修正もコーピングの一つとみなされる。

コーピング方略トレーニングの特徴
1) 問題に対する、健常で一般的な対処法に強調点がおかれている。
2) コーピング方略を身につけることが回復プロセスの一部であると位置付けられる。
3) 過剰学習、シミュレーション、ロール・プレイを通して系統的に学習が行われる
4) コーピング方略は、組み合わせて使用することも可能である。一つの流れをつくるように組み合わせ、現実場面での使用につなげていくことが出来る。
5) 治癒をもたらす媒体としてではなく、持続的な問題に対して、過去とは異なる新しい反応セットを獲得し、これが対処法として機能できるようにすることが原理である。
6) 認知的コーピング方略の場合は、まずはその認知の内容を声に出して発語することから始め、徐々に声量を減らし、最終的にはその認知が「患者の内的コントロール下にある思考」という形態をとれるようにする。
7) 遂行機能を改善させる
8) 段階的学習または段階的リハーサルを通じて、認知的・行動的コーピング方略を身につける。
9) 体験の再評価、再帰属の機会を提供する。
コーピング方略の例

 コーピングに際しては、認知行動療法的技法のどのようなものでも使われうるが、CBTpにおいて比較的使用頻度が高いのは以下の技法である。

a) 注意の切り替えattention switching
まず、治療者の合図のあとに注意を肯定的イメージに切り替える練習を行う。徐々に、患者自身に合図から注意の切り替えまでを行えるように面接中に練習してもらう。妄想なり幻聴なり、症状が発現したら注意を切り替える練習を面接中、そして徐々に現実場面において練習してもらう。

b) 注意の狭窄化 attention narrowing
特定の事物に視点を定める、視線を下げるなどして、視野に入る刺激を意図的に減らす。

c) 自己教示modified self-statements and internal dialogue
自動化している機能不全の思考を同定し、修正的で適応的な自己教示を選ぶ。その上で、合図(例:幻聴に気付いたら手を挙げるなど)のあとにまずは声に出して自己教示することを面接中に練習する。その後、徐々に合図のあと、内心で自己教示できるように練習してもらう。

d) 再解釈 re-attribution
症状など、ターゲットとする体験に対する別の解釈を面接中に考えてもらう。そして、現実生活の中でその体験が生じたら、考えた「別の解釈」を考えてもらう。別の解釈を考えることで、苦痛レベルが下がるなどしたら、そのことを「無力感」や「声の全能性」に対する反証として利用する。

e) 自己モニタリング awareness training 
陽性症状の始まりに即座に気付くことが出来るように練習する。たとえば、治療者が患者の演技指導のもとで、幻聴を実演し、その「声」が聞こえてきたら即座に合図する(例:手を挙げる)などの練習を行う。

f) 覚醒低減技法 de-arousing techniques
複雑な練習を必要とするものでなく、患者が日常的に取り入れられるものについて、まずは面接内で練習する。最初は治療者が誘導し、徐々に患者自身で開始できるようにする。静かに座ること、呼吸法、簡単なリラクセーションなどがある。

g) 活動レベルを上げる increased activity level
幻聴などの陽性症状は、患者が一人で座るなど動かない時に生じやすい傾向がある。そこで、症状発現時にあらかじめ取り組める活動を計画しておくことが役に立つ。症状は、不安など、一般的な精神症状でもよい。たとえば、恐怖を感じ始めたら「散歩する」「本を読む」など比較的準備なくその場で始められる活動を計画しており。

h) 社会的相互作用の調節 social engagement and disengagement
患者が日常生活の中で、自分の耐性に合わせて、社会的相互作用の刺激量を微調節する方法を身につけることによって、結果的に、社会的相互作用から来る刺激に圧倒されることなく耐性自体を高めていくことが出来る。

・ 社会的相互作用刺激量の低減例
短時間部屋を離れる、短時間自分から会話に参加するのを控えて静かにその人の輪の中に身を置く、視線を下げ気味にして視野に入る刺激を減らす

・ 社会的相互作用の増やし方例
患者自らが対人接触をすることだけでなく、対人相互作用に貢献するようなスキルをSSTなどで身につけることも役に立つ。

i) 信念の修正 belief modification
患者は、自らの信念について、その根拠を検証し、別の解釈も検討してみることで、結果的により適切な信念へと修正していく方法を学ぶことが出来る。方法としては、その他の認知行動療法とかわるものではないが、統合失調症患者では、性急にならず時間をかけて行うことが必要である。最終的には、患者が非適応的思考(妄想など)が生じても、その場で信念修正を自ら出来るようになることが肝要である。

j) 現実検討と行動実験 reality testing and behavioural experiments
信念の検証のための強力な方法は、現実の中でそれを何らかの行動をもってためしてみることである。患者はまず自分の信念が何であるかを同定し(例:「食べないことによって攻撃を避けている」)、これと競合するような予測を立て(「食べても攻撃はされない」)

実際に行動によって試してみる。患者の生活の中で、不適切な信念のために、何らかの回避行動が生じている場合には、回避をやめることが行動実験課題になることがある。

コーピング方略増強法

 コーピング方略は、注意のような認知的プロセスをコントロールするための単純で直接的な方法にはじまり、認知の内容を修正するようなより複雑で自己調節的な方法へと時間をかけて増強されていく。しばしば、いくつかのコーピング方略が組み合わされ、症状による苦痛を緩和し、自己効力感も高めることにより、現実検討をすすめるための行動実験を試みる余裕を患者にもたらす効果を持つ。

3.研究方法論について

 統合失調症の認知行動療法のエビデンスが積み重ねられてきたのは、無作為割付対照試験(Randomized Controlled Study: RCT)が数多く行われてきたからに他ならない。無作為割付対照試験が最も多く行われているのは、治験など薬剤の効果検討の領域においてである。しかしながら、薬剤効果のRCTの方法論には、そのまま心理療法のRCTに使用できない部分もあることが分かっている。そこで、ここでは、特定の心理療法の治療の効果を検討するためのRCTの基本的方法論について、概説する。

なぜ事例報告の蓄積ではエビデンスにならないのか

 まず、なぜ、心理療法の効果検討において、数多くの事例報告の蓄積ではエビデンスとして不十分なのかを整理しておきたい。理由は大きく4つに分けられる。
第1の理由は、「多くの精神科障害は自発的に状態が改善するから」である。つまり、時間経過の中でおきた回復を治療効果とみなしてしまう危険性がある。
第2の理由は、「平均への回帰現象」が見られるからである。精神科障害の多くは、良くなったり悪くなったりと波があることが多い。しかしながら、患者が治療を受けるのは、もっぱら調子の悪いときである。すると、障害の自然経過として、治療の内容が回復を積極的に阻害するものでない限り、状態は改善するが、臨床家はこれを治療効果とみなしてしまう危険性がある。
第3の理由は「治療の非特異的効果」であり、この中には「偽薬効果」を含むことがある。誰かに関心を示し、耳を傾け、注意を傾け、何かしてもらえるのではないかと期待させることは、それ自体で治療的介入になるということである。それ故、カリスマ性のある医師の患者が回復しているのは、実は治療法の効果ではなく、医師の人柄の効果かもしれないのである。
第4の理由は「選択バイアス」の影響を免れないからということである。特定の心理療法を提案した場合、全ての患者がそれを受け入れるわけではなく、参加を決める者は、特定の特徴を持つ者である可能性が高い。例えば、治療意欲が高いなどである。その結果、治療に参加した者は、もしかしたらその治療の有無に関わらず予後の良い者なのかもしれないのだ。

なぜ無作為割付比較対照試験が重要なのか 

 上記の1~4の理由のうち、1&2については、対照群を用いた研究デザインによって克服することが出来る。3についても、「治療の非特異的効果」を持つ別の治療法との比較デザインにすることにより、対応が可能だ。1-3全てに対応するためには、介入群、標準治療群、対照群(無介入)の3群比較デザインにすることも出来る。しかしながら、第4の選択バイアスの回避のためには、無作為割付をすることが必要となる。無作為割付によって、交絡要因が割付群のそれぞれに均等に分配されるが、その利点は、あらかじめ分かっていた交絡要因だけでなく、気がついていなかった交絡要因まで分配されるということである。
無作為割付比較対照試験は、自発回復や時間経過、非特異的治療効果、選択バイアスの全てについてコントロールした上での治療効果検討になるため、当然のことながら、事例報告や無作為割付けせずにコントロール群を用いた比較試験に比べると、治療の有効性を示すことは難しくなる。しかし、それ故に治療効果のエビデンスを示すためのGold Standardであるとみなされている。