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平成17年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

統合失調症および精神病性障害に対する認知行動療法:
マンチェスター・モデルに基づく精神病性障害に対する
認知行動療法マニュアル

ニコラス・タリア

マンチェスター大学 医学・人間科学学部

目次

1. 本書の概要と目的
2. 精神病に対する認知行動慮法(CBTp)
  2.1 統合失調症と精神病のためのCBT(CBTp)の開発
  2.2 CBTpに対するエビデンス
  2.3 背景と関連要素
    2.3.1 病期と治療目的との関係
    2.3.2 関連する特徴と障害
3. CBTの手順:マンチェスター・モデル
  3.1 臨床モデル:コーピング―回復モデル 
  3.2 治療契約
  3.3 ケース・フォーミュレーションの目的と手続
    3.3.1 ケース・フォーミュレーションのABC
    3.3.2 システムの機能不全
    3.3.3 歴史的背景と脆弱性
    3.4.4 ホメオスタシス―崩壊と回復
  3.4 査定:The Antecedent and Coping Interview(ACI)
  3.5 介入
    3.5.1 コーピング方略
    3.5.2 行動の修正か認知の修正か
    3.5.3 認知内容の修正か認知過程の修正か
4.事例
  4.1 事例1
    4.1.1 問題
    4.1.2フォーミュレーションと介入
  4.2 事例2
    4.2.1 問題
    4.2.2フォーミュレーションと介入。
    2)事例2
5. 自己価値の低さに対するコーピング
  5.1 低い自尊感情-共通の問題として-
  5.2 患者の自尊感情を改善する
    5.2.1 段階1:認知的反応
    5.2.2 段階2:情動的反応
特定の問題
6. 再発予防
  6.1 早期再発サインの特定
7. 臨床における問題と困難
  7.1 思考障害に挑むにあたっての典型的問題と克服戦略
  7.2 妄想に挑むにあたっての典型的問題と克服戦略
  7.3 難治の精神症状
  7.4 生活ストレス
  7.5 自殺と自傷のリスク
  7.6 重複診断:アルコールおよび物質使用の併発
8. 実施上の問題点
  8.1 セラピーの実施場所
  8.2 ホームワーク
  8.3 多機関の精神保健サービスにおけるCBT
謝辞


1. 本書の概要と目的

 本治療マニュアルの目的は,統合失調症やその他の精神病性障害の治療において認知行動療法(CBTp)を使用する際の手引きを提供することである。この治療アプローチは,CBTpマンチェスター・モデルとして,著者により,1980年代後半からマンチェスターにて開発されてきたものである。
このマニュアルでは,読者が本治療法の根底をなす概念を理解できるよう,CBTpが開発された背景を説明している。また,本章および引き続く章において,読者の理解を助けるために臨床事例を提示した。エビデンスに関する記述は最小限にとどめ,詳細を学びたい読者のために参考文献を提示してある。障害の本質や関連する特徴については,それらがCBTpにどのような影響を与えるかについての説明と共に記述した。このマニュアルの主たる部分では,査定と治療に関する実際的な手引きを提示している。患者の精神病体験を理解するためのケース・フォーミュレーションによる査定について,そして個々の詳細な査定をいかにして戦略的な治療アプローチにつなげていくのかについて焦点をおいた。事例の考察や,起こりうる実際的困難や臨床的困難に関する記述を通して,具体的な治療例を提示した。標準的なCBTpに加え,CBTpにおいて重要な意味を持つと私が考えている自尊心の改善についての章も加えた。また,その他の臨床上の問題や,問題の解決法についての章も用意した(「特定の問題(6章以降)」)。この認知行動療法は,臨床的マネジメントのためのニーズに基づいた包括的アプローチの一部として用いるものである。

2. 精神病性障害に対する認知行動慮法(CBTp)

2.1 統合失調症と精神病のためのCBT(CBTp)の開発

 統合失調症のためのCBTは,英国を中心に,多くの機関において開発され,それらは共通のテーマと原則を共有しつつも,様々な理論的・概念的観点を取り込んできた。不安障害や気分障害治療における1980年代・1990年代のCBTの大きな発展は,統合失調症を心理学的観点から理解し治療しようと取り組んでいた臨床心理士にも影響を与えた。これは,成人精神保健サービスにおいて様々な障害の治療を行い,異なる診断グループに治療方法を応用しながら臨床を行なっていた英国の臨床心理士において特に顕著であった。
英国・マンチェスターでは,様々な資源を応用し,コーピングスキル・アプローチが開発された。まず,実証的研究によって,統合失調症を罹患している多くの患者が,幻覚や妄想に対処するためのコーピング方略を身につけていることが示された。次に,ターゲット行動を問題行動として同定し,異なった方法で反応できるようにするためにモニタリングを行なう自己制御に関する研究が多く行なわれた。このアプローチは,反応抑制,選択,そして実行を通して遂行機能のコントロールの強化を含むため,統合失調症に対して特に有用と考えられた。最後に,コーピング・アプローチの中心的技法である(その他のアプローチでも用いられるものであるが)ケース・フォーミュレーション・アプローチ(例 個々に合わせた詳細な査定を行なう)が精神病体験を理解するための手段として用いられるようになった。これによって,臨床家は,患者の精神病症状の決定因子の査定に基づいて治療法略が組み立てるようになった。コーピングスキル・アプローチの目的は,患者が精神病症状やそれによって生じる困難を低減する為に認知行動的方略を身につけられるようにする回復モデルと共通している。これにより,コーピングが嫌悪的な体験に対する正常な反応であることを強調し,患者が治療に対するとり組みを強める手助けにすることができる。コーピング・アプローチの特徴と用いられる技法については,3.5章で詳細に述べる。
統合失調症のための様々なCBTpモデルにおいて,多くの臨床的方略が共通している。
具体的には,治療契約と治療関係の構築を重視すること,精神病体験(症状)を同定し,この体験に対する反応として生じる特定の環境的文脈における患者の認知,行動,そして感情の関係性を明らかにするケース・フォーミュレーションを用いた個別査定の実施,そして,このフォーミュレーション結果に基づき,精神病症状や関連する情緒的問題を低減する為に認知行動的技法を用いて介入を行うこと,が挙げられる。患者は,自らの症状を認識し,それをコントロールする方法を学ぶように教えられる(例 注意をそらしたり,別の説明を考えることによって幻聴をコントロールすることを学ぶ)。これは,通常,まずコーピング方略を細分化して一つ一つ学んでもらい,その後,それらを組み合わせることで全体的な方略を形作っていくことで可能となる。これらのコーピング方略を患者がきちんと実行できるようにするために,治療セッション中に,繰り返し学習の機会を設ける。こうしたコントロール技法を学ぶことで,患者が自分自身の幻聴に対して持っていたかもしれない“この声をコントロールすることはできない”,“この声は絶大な力をもっている”,もしくは“私はこの声に従わなくてはならない”といった信念に自ら挑戦できるようになるのである。このようにして,注意を始めとする基本的な心理的過程のコントロール方法を,注意の切り替えや気ばらしなどを通して学ぶことで,患者は,体験や症状に関する信念に挑戦することもまた学ぶこととなる。行動実験や現実検証もまた,妄想的信念をはじめとする不適切な信念が誤りであることを示すために用いられる。ここでは,不適切な信念を強化する回避や安全希求行動を同定することに特に焦点があてられる。これらの行動を変えることは,信念や妄想を変化させる上で極めて効果的である。患者の行動変化は,自己教示や覚醒度を低減させるようなコーピング方略(呼吸法,簡易リラクセーション,誘導イメージや,肯定的な課題志向的内的対話positive task-oriented internal dialogueなど)を利用することによってより生じやすくなるかもしれない。治療抵抗性の事例の一部においては,患者は自分の妄想的信念に対して揺らぎようもない確信を持っており,その主観的体験の正当性を検証してみることも拒む場合がある。このような場合,臨床家は,症状そのものに焦点をあてるのをやめ,患者の感じている不快感の低減を治療目的として設定するようにしなくてはならない。これが上手くできない場合,患者の治療拒否につながりかねない。
既に自然に存在する証拠から臨床家によって行動実験や現実検証を通して意図的に示された証拠にいたるまで,何らかの矛盾する証拠があるにも関わらず,患者が妄想的信念に固執することはよくあることである。これらの妄想的解釈を弱める為に,治療者は,誘導による発見やソクラテス的質問法を通して,患者が出来事の説明に用いている証拠を再検討させ,妄想を弱めるために利用できる全ての機会を活用するようにする。矛盾する証拠をクイズのような,当惑したような物言いで指摘する“コロンボ技法”として知られている技法を用い,患者自身に矛盾について説明してもらったり,新しい証拠と矛盾する証拠を照らし合わせて自らの説明を振り返ることができるようにすることが望ましい。妄想が強固な場合には,変化に時間がかかることがあるが,それでも妄想的信念は弱まりうるし,あるいは,一部のケースでは,妄想的解釈がそのまま残ったり再発することはあるものの,その重要性や困難度が大きく軽減することがある。例えば,著者の患者に,非敬で卑猥な幻聴を経験している年輩の女性がいた。彼女は,自分の脳がトランスミッターの働きをしており,遠くの人にも聞こえるように自分のふしだらな思考を中継放送していると信じていた。彼女の主な社会的な関わりは,地元の教会とその教会のソーシャルクラブとの関係であった。ある日曜日,教会の礼拝時,彼女は声を聞き,その声に対する自分の思考が教会内の人々に大きな音で放送されていると確信した。彼女は屈辱感を感じ,強い恥辱の念にかられ教会を飛び出すと,それ以降は教会に行くことができなくなり,友達にも連絡をとることができなくなった。彼女は,自分が教会から追放されたと信じていた。その証拠について尋ねると,町で教会の仲間と会った際に完全に無視をされたと話し,その考えが恥辱感や自己嫌悪感を更に強化しているようであった。更に質問を進めると,それは舗道を歩いていた際,友達が少し離れたところを車で通り過ぎていったことがあると話してくれた。友達は,彼女に気づかなかった可能性が高いように思われた。そこで,この追放されたという考えを支える証拠に挑戦することとした。まず,彼女の状況解釈について検証するという治療目標につき同意を得た。教会に帰ると追い出されるという恐れが本当なら,実際に教会に戻ると嫌な対応をされるはずである。もしその恐怖が非合理的なものであれば,嫌な対応はされず,それどころか戻ってきたことを喜ばれるはずである。彼女は,教会に戻ることを考えると大変不安になったが,幻聴と不安に対処する方法を教え,教会に復帰してみることにした。すると,追い出されたり,無視されるどころか,温かく迎えられ,皆に心配されていたことを知り,驚いた。この体験により,他者に自分の思考が聞こえているという信念は大分弱まることとなった。数ヵ月後にこの出来事について尋ねてみたところ,彼女は今も他者に自分の考えが聞こえていると信じているものの,周囲の人はそれを気にする風でもなかったので,自分も気にしなくなったというのであった!この事例では,過去の出来事に対する妄想的解釈は再び生じていたものの,もはや困難を生じさせたり,社会的機能を障害するようなことはなくなっていた。
患者の自尊感情や自己価値観を改善することにも重点を置いた。これは,もっとも新しく治療方法に加えられたものであるが,効果的であり,患者からの評判も良い。本マニュアルでは,まず症状の低減を行ない,その後に自尊感情を改善していくという実際の治療上の流れを反映し,症状の治療について述べた後に自尊感情の改善について述べている。しかし,治療開始時からこの自尊感情の改善に取り組んでいけない理由など全くなく,事例によってはそうすることが望ましい場合もある。

2.2 CBTpに対するエビデンス

 多くの記述的レビューや系統的レビューが,CBTpが有意な臨床的利益を生じると結論づけている(Gould et al, 2001; Rector & Beck, 2001; Pilling et al, 2002; Tarrier & Wykes, 2004; Tarrier, 2005)。
エビデンスの多くは,慢性患者における残遺型の薬物抵抗性の症状に対する治療におけるCBTpの効用と有効性を支持している。急性統合失調症や再発予防の治療に対してはそれほど多くのエビデンスは示されていない。

2.3 背景と関連要素

2.3.1 病期と治療目的との関係

 統合失調症は,生涯続くことが多く,いくつもの病期をもつ複雑な障害である。例えば,本格的な精神病性エピソードの前に生じる前駆期は,非特定の症状群,不安,うつ,いらだち,不眠,準精神病性体験(例 魔術的思考,妄想的感覚)といった症状によって特徴づけられる。前駆期は,精神病性エピソードに発展し,もっとも華々しい精神病性の症状がみられ,機能を著しく障害する。精神病性エピソードは,しばしば入院を含む集中的な対応を必要とする。急性精神病性エピソードの回復後には,寛解期もしくは部分寛解期となる。回復期や寛解期にも残遺症状が残ることは珍しくないが,中にはほとんど回復がみられない場合もある。障害の病期によって,治療目標や治療方略は異なる。例えば,前駆期には,完全な精神病性エピソードに移行することを予防することが目的となり,急性エピソード時には回復を早めることが,部分寛解期には残遺症状を減らし再発を予防すること,そして寛解期には患者の良好な状態を保つことが目的となる。CBTの内容も,これらの目的やCBTを用いる障害の病期によって異なってくる。例えば,精神病性エピソードのために入院したばかりの時期には,患者はしばしば不穏な状態にあり,苦しんだり,動揺したりしている。よって,治療セッションは基本的に短時間に区切り,それを頻繁に行なう。一方で,地域に暮らす慢性患者においては,治療セッションは通常の外来の形態で行なわれる。どのような場合でも,治療は患者の状態に合わせて個別に仕立てる。一部の例外を除く全てのケースにおいて,CBTは適切な抗精神病薬治療と併せて行なわれる。

2.3.2 関連する特徴と障害

 統合失調症に対するCBTの結果をよりよいものにするためのもう一つの方法は,障害の症状のみに注目するのではなく,関連する特徴や同時に起こっているその他の要素にも注意をはらうことである。これは,注意のような基本的な心理的過程に対する障害の影響から,自殺のリスクのような臨床的な問題,更には社会的孤立や雇用機会の不足といった社会的問題まで様々な要素を含む。これら関連する特徴を,表1にまとめた。
表1 統合失調症に関連する特徴:統合失調症の心理学的治療において査定すべき特徴と起こりうる困難

心理学的特徴

  • 障害された,もしくは遅滞した思考過程
  • 様々な情報の中から必要な情報を区別することにおける困難
  • 限局された注意
  • 社会的相互作用に対する過度の感受性
  • 社会的シグナルの処理困難
  • 平板で限局された感情
  • 過覚醒と,覚醒度の調節における障害
  • ストレスやライフイベントに対する過度の感受性
  • うつや絶望の高いリスク
  • トラウマの影響
  • スティグマ
  • 低い自尊感情と自己価値観
  • 物質乱用及びアルコール乱用の高いリスク
  • 自殺と自傷の高いリスク
  • 障害の発症による通常の青年期及び成人期初期の発達の妨害


心理社会的特徴

  • 家族や対人環境(治療チームによって作られた環境も含む)に対する過度の感受性
  • 暴力を振るったり,暴力の被害者になるリスク


社会的特徴

  • 社会的孤立の状態
  • 貧しい住居
  • 社会的立場の下降
  • 非就労と望ましい就労を続けることにおける困難性
  • 限局された社会的ネットワーク
  • 精神科既往があるために生じるその他の社会資源利用の制限

 重要なのは,これらの問題が生じ得ることを臨床家が前もって理解していることである。こうした問題のいくつかは,わかりやすく,短い言葉で,何度も繰り返しメッセージを伝えることで解決されうる(すなわち,対処方略の繰り返し学習)。患者が重要なポイントを継続して記録できるような簡単な‘ワークブック’を用いるなどして,わかりやすくポイントを書き出し,思い出せるようにすることも有用である。これは,あまり読まれることがなく,しばしば行方がわからなくなってしまうプリントを用いる方法よりも有用であることが多い。セッションの中身や時間を,患者の忍容性に合わせてバランスよく構築することが重要である。最初のうちは,セッションを短くしたり,患者がもう十分だと思った時には帰ることができるようにするのが望ましいであろう。治療における1対1の関係性はとてもストレスフルであり,初期のセッションでは,臨床家と一緒にいることによる社会的ストレスに慣れさせることだけを目的とすることもある。患者に,緊張や不安に対処する簡単な方略(簡易リラクセーションなど)を教えることは,患者を治療状況に慣れさせるのに役立ち,その場で注意を集中する具体的な課題として使うことができる。面接室の中にあるいくつかのものに短時間意識を集中させるといった簡単な注意集中課題は,患者の意識に対する余分な刺激の影響を減らすことに役立つかもしれない。また,強いストレス,うつ,もしくは自殺のリスクがある際に一般的にみられる言語的,非言語的てがかりについて,統合失調症をもつ人々はそれを与えてくれない場合があることを認識しておくことも重要である。感情が平板化していたり,不適切であるため,臨床家がリスクの重要なサインを見落とすことに繋がりかねないのである。これは,その患者の人となりと反応パターンを良く知り,精神状態を簡単に仮定しようとせず,そして,治療開始時より患者の生活や気分に重要な変化が生じた際には治療者に知らせてくれるよう患者と約束しておくことによって,その一部を防ぐことができる。
残念なことに,社会的状況をはじめ,治療者には変化させることができないいくつかの問題に直面することがしばしばある。しかし,権利擁護者としての役割をとったり,患者が患者自身の状況を良くしようとする過程を援助し患者をエンパワーすることは,それ自体が重要なことである。最後に,治療者は非批判的なアプローチを用い,治療の進展が当初考えていたよりもスローペースであってもイライラしないでいられるようにすることが重要である。統合失調症の症状には,患者を扱いにくい患者にしてしまう要素もあるが,治療者はこのことをあらかじめ認識し,辛抱強く対応できるようになる必要がある。

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