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平成18年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

オーストラリアおよび近隣諸国における精神保健システム

瀬戸屋 雄太郎
国立精神・神経センター精神保健研究所

本文

本報告書は、日本障害者リハビリテーション協会の研究補助金により、2006年8月~2007年2月までの6カ月間、メルボルン大学を拠点として、オーストラリアにおける精神保健システムについて調査したものである。

また、ニュージーランドおよびスリランカの精神保健サービスの状況についての訪問調査、および国際的な精神保健の状況および課題について、メルボルン大学の主催するInternational Mental Health Leadership Program(iMHLP)に参加した結果より報告する。

Ⅰ オーストラリアにおける精神保健システム

1.研究目的

日本、オーストラリア両国において精神保健システムの改革は喫緊の課題である。

オーストラリアにおいては1992年よりNational Mental Health Strategyとして改革が始まり、現在第3次National Mental Health Plan(2003-2008)を実施しているところである。

一方、我が国においても、2004年に精神保健改革ビジョンが出され、2005年に障害者自立支援法が成立するなど、過去に例のない精神保健システムの改革期が始まったところである。両国の状況、問題点など異なる点も多いが、一致する課題も多い。

本研究ではオーストラリアの研究者や専門家と情報交換を行い、精神保健施設を訪問することにより、オーストラリアの精神保健福祉の現状と、精神保健改革、および今後の課題について検討した。

2.研究方法

オーストラリアの精神保健関係者(オーストラリア政府、州政府、病院関係者、研究者等)と精神保健システムについて情報交換するとともに、精神保健サービス(司法、急性期、児童等精神科病棟、地域精神保健サービス、NGO等)を視察した。

本報告書は、これらの訪問から得た情報、訪問時に提供を受けた冊子、関連文献およびWebsiteで公開されている情報をもとに、精神保健システムの歴史や、精神保健を取り巻くシステムの現況について概要を示す。またその中より日本の今後の精神保健改革への示唆を得る。

3.研究結果

1)オーストラリアにおける精神保健福祉施策の状況

(1)オーストラリア国およびオーストラリアの保健福祉制度の概要

人口は約2000万人であり、最も人口密度の低い国の一つである。5人に1人はオーストラリア以外の国の出身という多民族国家である。国土は8つの州及びテリトリー(以下、州)に分かれ連邦制を採用している。連邦政府の他、各州にそれぞれ政府があり、独自の法律を持つ。連邦政府は所得税およびGST(Goods and Service Tax; 物品サービス税)を集める。

連邦政府は直接のサービス提供は行わず、各種の予算を提供するとともにAustralia’s National Mental Health Strategyの調整を行っている。また各種指標のモニタリングを実施している。

1984年からMedicareという公的医療保険制度が施行されており、公的医療の医療費および民間医療の医療費の一部はこの制度によりカバーしている。Medicareは税金を財源とするもので、公的医療は無料で提供されている。そのうち、ヘルスケアにかかる費用の約7%が精神障害者によって使用されている。

各州政府は公的ヘルスケア(公的病院、地域サービス、健康増進および疾病予防)に関する責任を負い提供する。

各州がどのように精神保健サービスを提供しているか、についての例として、視察を行ったVictoria州について説明する。Victoria州では州を21のキャッチメントエリアに分割している。St. Vincent病院はそのエリアの1つを担当する病院である。州は病床数の確保やコミュニティケアの提供を条件にSt. Vincent病院に補助金を交付する。St. Vincent病院はその補助金をもとに精神保健サービスを提供するが、人員配置など、どこに予算を多くかけるかについては一定の裁量権を有している。

また州はPsychiatric Disability Rehabilitation and Support Services(PDRSS)として主にリハビリテーションの分野についてNPO(非営利組織)へ委託して行っている。NPOには多くのサービスを持つものもあれば、一つしかサービスを持たないものまで、規模は幅広い。

以上の公的セクター以外にも、サービスの提供主体としてprivateセクターが存在する。医師の診察では公定医療費の85%をMedicareが負担するが、それ以外の費用は自由に設定できる。Private hospitalへの入院費用は、医師の診察の85%を除き自己負担であるが、民間の保険に加入している場合はその大部分を保険会社が負担する。患者がPrivateセクターに診てもらう場合、どこで誰に診てもらうかは患者の選択である。民間病院は株式会社による再編が進んでおり、3社ほどの大きなグループが存在している。例として、視察を実施したMelbourne clinicおよびSydney clinicはともにHealthscopeという株式会社に属している。Healthscopeは46の病院を持ち、420床の精神科病床を持つ。

(2)オーストラリアの精神保健戦略の概要

“Australia’s Mental Health Strategy”は、1992年に開始された国家規模の精神保健戦略である。様々な調査により権利の濫用・侵害が明るみに出てケアシステムの内での不適切な状況が判明したことがその契機であった。当初の計画では5カ年計画であったが、その後も第二次(1998-2003年)、第三次(2003-2008年)と継続して実施されている。第一次から第二次の10年間で国家としての精神保健政策を明確にし、入院医療システムからよりバランスのとれたサービス分配システムへと移行が進められた。

注目すべき点として、オーストラリアにおける改革は病床を減らすために行われたわけではない点である(図1参照)。病床の減少はすでに1960年代から行われており、ピーク時の1/3程度まで減少していた。精神保健改革は、無秩序に行われた病床削減をより計画的に行うことに意義があった。

この戦略の大きな目的は、(1)精神保健の推進と精神障害の予防、(2)障害による影響(インパクト)の軽減、および(3)精神障害者の権利の保障、である。当初は急性期を念頭においていたが、現在ではより広い対象を念頭においている。この点を除いて、以上の目的は現在も一貫して同じである。これらの計画の成果は継続的にモニタリングされている。オーストラリア連邦政府は、州・準州へ、「改革とインセンティブ」の助成金を交付する。国家目標の実現に向けて進むことは州と準州の合意するところであり、オーストラリア連邦政府の発行する白書(The National Mental Health Report)に、「合意されたことを実行したか」、「何を、どのように、いつ実行したか」など毎年の進展具合を報告している。

第一次(1992-1997)では重症の精神障害に重点を置き、公的な精神保健サービスを、以下のような方向へと導くことに力点が置かれていた。

  • 地域中心サービスへのよりいっそうの転換
  • 精神保健サービスの向上および総合医療・保健サービスへの統合(mainstreaming)
  • 単科精神病院への依存度の改善
  • サービスへの責任および利用者の権利(consumer rights)の尊重の向上

第二次では、第一次の目的を継承しつつも、精神保健の推進、精神障害の予防、公的な精神保健セクターと他のセクター(民間の精神科医、GP、一般科、救急サービス、NPOなど)との協力によるサービス改革、およびサービス提供の質と効率の改善を新たな目的として実施された。

第三次でも、これまでの目的を継承するとともに、下記の4つの点を主な目標としている。

(1)こころの健康づくりと精神保健上の問題(自殺を含む)と精神障害の予防
(2)(特にサービスへのアクセス、ケアの継続性、家族や介護者への支援についての)サービス提供への責任を強化
(3)サービスの質の強化
(4)調査研究の振興・イノベーションの推進・持続力の育成

オーストラリア精神保健改革の開始より10年以上が過ぎ、改革の成果や課題について様々な議論がなされている。それらについては(5)で述べる。また、それらの課題を受け、2006年7月にThe Council of Australian Governments(COAG:オーストラリア首相および各州の首相等からなる)の会合において精神保健について話し合いが行われ、National Action Plan on Mental Health 2006 - 2011への合意がなされた。これについては(6)で述べる。