音声ブラウザご使用の方向け: ナビメニューを飛ばして本文へ ナビメニューへ

平成18年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

オーストラリアおよび近隣諸国における精神保健システム

(3)オーストラリアの精神保健戦略の成果

2005年にオーストラリア連邦政府が報告した、National Mental Health Report 2005(NMHR2005)は、過去10年(1992/93-2002/03)の取り組みを振り返る内容となっている。NMHR2005の主要な図を示し、概要を記述する。

精神保健への支出は1993年の約20億オーストラリアドル(A$)から、2003年には69%増加し約33億A$となった(図2)。ただし保健全体における精神保健の支出割合は約7%でほぼ横ばいである。国民1人あたりの予算は州政府が約100$、連邦政府が約60$という計算になる。1993年は入院への支出が71%を占めていたが、2003年には地域と入院で半々と地域への割合が大幅に増えていた(図3,4)。ここに示されている“ambulatory service”とは、病院及びクリニックの外来部門、訪問型サービス、デイプログラムなど、地域で暮らす患者に提供されるサービス全般を指す。

精神保健戦略では病床数を削減したが、病床数の減少という現象自体は1965年ごろからすでに始まっていた(図1)。精神保健戦略のねらいは、計画的とは言いがたい病床の減少をより計画的なものとすることにあった。したがって1993年以後は、急性期でない病床が主に減少しており、急性期病床はわずかであるが増加している(図5)。また病床の減少は主として単科精神科病院の閉鎖によるものであり、急性期入院治療の役割は総合病院の精神科に移されていった(図6)。

これらの転換の結果、図7に示すように、単科精神病院への支出が減り、総合病院や地域ケアへの支出が増えている。地域ケアの人員配置も93年と比較して約2倍になっており、常勤換算で人口10万人あたり37人である。しかし州によって値はばらつきがあり、州間の格差は広がる傾向にある(図8)。 精神保健戦略の大きな柱として利用者の権利の尊重や、サービスの質の向上が挙げられているが、その結果、利用者を施設の運営に参画させている施設が増え(図9)、利用者の満足度評価を収集している施設も大幅に増えている(図10)。

精神保健戦略は当初は公的病院を対象にしたものであったが、第2次計画からは民間病院の重要性を理解し、協力することを目的と挙げている。private hospitalの10年間の変化を図11に示す。病床数は1727とまだ少ない水準を保ってはいるものの、93年と比較し、病床数、人員配置等の指標は大幅に増えている。特に日帰り入院で治療プログラムを受ける患者が増加している。民間病院の中には在宅で医療をうけるサービスを始めているところもあるが、それらに関するデータはまだ得られていない。

また下記に記述する様々な普及啓発プログラムが開発されたことも改革の大きな成果の一つである。

(4)オーストラリアの精神保健福祉の現状

結果3にも述べたように、2003年の精神保健の予算は約33億A$であり、約半分を地域ケアに用いている(図2)。

精神科病床は2003時点で公的ベッドが6073床、民間ベッドが1727床である。公的精神科病床のうち、成人(18-64歳)が70%、高齢者(65歳以上)が18%、児童思春期(18歳未満)が4%、司法病床が8%である(図12)。年齢群別の人口10万対の病床数、24時間型ケア住居数を表1に示す。すべての病床をあわせると、病床数が人口10万対30.7、24時間型ケア住居ベッド数が7.1となる。成人に限ってみると、急性期が23.4、急性期以外の病床が10.4、24時間型ケア住居が5.0、その他に司法病棟が3.2となっている。居住型ケアは24時間でないものも入れると10万対11となるが、州の間のばらつきが大きく、州によっては約25倍もの開きがある(図13)。入院一日あたりのコストは500A$強である(図14)。

居住型以外の地域ケアも増え、人口10万対の常勤換算のスタッフ数は37人となっている(図8)。NGOの活用も進んでおり、規模は大小様々であるが、全国で440カ所のNGOが国の支援を受けサービスを提供している。精神保健への予算のうち約6%がNGOに対して使われている。

2003年の統計では民間病院は精神科病床の22%、1727床を担っている。46の病院のうち23は単科精神科病院で病床数の75%を占める。民間精神科病院ではデイプログラムに参加する日帰り入院患者が増えてきている。

実際に提供されているサービスモデルの例として、今回視察したVictoria州の精神保健システムの概要について説明する。Victoria州はオーストラリアの精神保健戦略で比較的成功した州と考えられ、地域への移行が良好に実施できたVictoria州のシステムを参考にすることは日本における改革推進に有用であると考える。

ビクトリア州では州を21のキャッチメントエリアに分け、それぞれのエリアに、人口を基本として、貧困率、高齢化率、民間サービスの有無などを考慮して予算の配分を決定している。一つのキャッチメントエリアの人口は約22万人である。サービスは年齢により区分されており、0-17歳の児童思春期、18-64歳の成人、65歳以上の高齢者に分けられている。また州全体へのサービスとして専門サービスもある。まずは成人を対象にしたサービスについて述べる。

急性期入院ユニットは1エリアにつき20-25床ある。視察したSt.Vincent病院の精神科がその中の一つである。スタッフは約30人、平均在院日数は15日程度である。入院費用(hospitalfee;医師による診察は別料金)は1日約400A$がmedicareから支払われる。公的病院では個人負担はない。

急性期病棟の後方病棟としてSecure Extended Careがあるが、Victoria州には2つしかなく、1エリアで利用できる数は5床程度と限られている。今後さらに増やす予定である。Secure Extended Careは重度な患者が入る施設で、自立した生活を送るための集中的リハビリテーションを行う。在院日数にはばらつきがあるが、典型的な患者は3-4カ月入院する。

民間病院には任意入院の患者のみが入院できる(Queensland州では強制入院も受け入れている)。入院費用については、最初の2週間は1日500A$が保険会社あるいは自費で支払われる。15-18日目は450A$、19-21日目は400A$と逓減されていく仕組みである。集中治療ユニットは700A$である。視察したMelbourne Clinicでは入院患者の約70%がうつ病であった。他には双極性障害、不安性障害、統合失調症が約10%ずつ在院していた。平均入院日数は約20日である。摂食障害のための入院プログラムも行っている。これらは病院ではあるが、医師が24時間いる必要はなく、夜間は呼び出されたときにかけつけて対応する。民間精神科サービスは大都市に偏っていて、地方住民にとってはアクセスが悪いという課題がある。

地域ケアユニット(Community care unit: CCU)は長期滞在型の居住施設で約25床の24時間ケア型集合住宅である。地域で自立した生活を送ることのできない患者にリハビリテーションのサービスを提供する。平均滞在期間は1-2年である。視察したFootbridgeでは2-3人がキッチン付きの家に住んでいた。中央に管理棟があり、20人のスタッフが交代で24時間常駐する。夜間は2人体制である。

精神科トリアージは救急部門にあり、24時間365日サービスを提供している。スタッフは後術するCATSチームが兼ねている。紹介はどこからでも受けつけ、ニーズに基づいてトリアージュする。

Crisis Assessment and Treatment Service(CATS)は、危機的状況における短期間の内科・外科を含むアセスメントと介入を行うサービスである。多職種からなるチームで日勤帯は4-6人が勤務している。精神科トリアージュとしても機能しており、アセスメントに基づいて適切なサービスへ紹介する。短期間の在宅における治療も行う。