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平成18年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

オーストラリアおよび近隣諸国における精神保健システム

4.考察

各種資料や視察を元にオーストラリアの精神保健戦略の概要とその課題について記述した。日本の精神保健福祉改革は始まったばかりであり、先行して改革を行ったオーストラリアから学ぶべきものは多い。これらの情報より日本への示唆について考察した。

・病院から地域への予算配分のシフト

比較する土台が同じでないため、一概には言えないが、日本とオーストラリアでは精神保健の費用のうち地域に費やす割合が大きく異なる。オーストラリアでは、地域への予算を増加することにより、改革前に29.4%であった地域への支出を、10年間で51.2%にまで高めており、日本においても地域への予算配分の増加が望まれる。また日本における人口あたり専門職数はオーストラリアと遜色なく、その多くが病院で働いていることに違いがある。今後地域においてこれら専門職の活躍できる予算を増やし、地域精神保健に関するトレーニング等を行っていく必要がある。

・地域精神保健サービスの充実

日本においては今後地域精神保健サービスの増加が見込まれる。オーストラリアにおいては様々な形態の地域精神保健サービスがすでに実施されており、訪問型のサービス、ケアマネジメント等参考になるものが多い。

・機能分化および専門サービスの拡充

日本においては精神科病床の機能分化が立ち後れている。オーストラリアにおいては、精神患者への早期介入、薬物依存との併存障害、精神障害と知的障害の併存障害、児童思春期、人格障害、などを持つ患者などへのサービスが発達している。

精神科病床については、急性期のケアを手厚くし、児童思春期・高齢者・併存障害・母子などの専門病棟を増やすとともに、療養病棟の機能の一部を地域に少しづつ移していくことが求められる。

・精神保健の普及および啓発

オーストラリアの改革において精神保健の推進と障害の予防は主要な目的の一つであり、代表的な成果として、中学・高校向けに開発された精神保健普及プログラムであるMindmatters、うつ病関連知識の啓発向上に取り組んでいるBeyond Blueがある。我が国における一般国民における精神保健の理解は依然低く、理解を促進するようなプロジェクトが必要である。また、オーストラリア連邦政府や、各州のホームページを閲覧しても、精神保健戦略など政策の説明や、National Mental Health Reportのような改革の結果などを分かりやすくまとめたものが簡単にダウンロードできるようになっており、このようなことも普及啓発には欠かせないのではないかと感じられた。また地域医療をになうGPへの精神保健についての研修を積極的に推進しており、このことも国民全体の精神保健のリテラシーの向上に役立っていると感じた。

・サービスの質の確保

オーストラリアにおける改革はすべて定期的にモニタリングされており、各サービスはアウトカムの測定を義務づけられている。また毎年その結果を公表している。わが国で改革を進める際にも、一貫した目的の設定のもとで計画を進め、定期的にモニタリングし、結果を分かりやすい形で公表することが必要とされると思われた。

またサービスへのコンシューマの参加は活発であり、68%のサービスで正式にコンシューマが参加している。サービスの質を高めるために、利用者の意見を聞いたり、運営に参加させることは意義があると考える。日本ではこの部分はまだ十分に浸透しているとは言いがたく、今後さらに進めていく必要がある。

オーストラリアの精神保健改革は、完全に終了したわけではなく、未だ改革の途上にあり、多くの課題が挙げられている。主なものとしては州によって達成度が異なっており、特に地域ケアについて格差が生じていること、入院病床が削減されすぎたため退院への圧力が高く、必要な治療が十分に提供されないままに退院になるケースがあること、などがある。実際に、救急病棟の後方病床を増加させる試みも始まっている。注意をしていたにも関わらず病床を減らしすぎた、と言う点は重要な点であり、改革が進み始めると一気に進んでしまう危険をはらんでいることが示唆されている。我が国においても、ただ病床を削減するのではなく、現在の資源を有効活用し、地域ケアに転換させていく仕組みが必要であると考えられた。

オーストラリアの精神保健戦略は、以上のように、多くの成果を達成するとともに、いくつかの解決すべき課題を抱えている。しかし、オーストラリアの精神保健戦略は5年ごとの見直しのたびにその課題を乗り越えようと努力することにその特徴があると考えられた。昨年度新たにCOAGによって承認されたNational Action Plan on Mental Health 2006 - 2011も常に改革を続けていくという意志の表れと言える。

今後も両国が精神保健に分野において密接に情報を交換していくことにより、オーストラリアの精神保健改革の長期的な成果を踏まえた上で、わが国の精神保健改革の参考とすることが必要であろう。この関係を維持することにより、これからのわが国が精神保健改革の経験を、オーストラリアにフィードバックすることも可能となり、両国間の利益となると思われる。このことを他の国にも広げていくことで、わが国の改革に有用な情報を蓄積することが期待される。