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平成18年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

オーストラリアおよび近隣諸国における精神保健システム

Ⅲ スリランカにおける精神保健システム

1.研究目的

発展途上国における精神保健システムの課題と現状について把握し、日本との共通点、相違点を検討する。

2.研究方法

2006年10月にスリランカを訪問し、保健省、大学、精神科病院、地域精神医療、UNICEF、WHO、JICAなどの専門家および実践家と情報交換および視察を行った。これらの訪問から得た情報などを元にスリランカの精神保健システムについての概要を示す。

3.研究結果

1)スリランカ精神保健システムの概要

  • 人口約2000万であり、人口密度は日本と同等。一人あたりGDP 1,087ドル(日本は37,566ドル)と低い。医師の月給200ドル、看護師の月給100ドルとのことであった。スリランカは日本と同じアジア地域にあり、お互いに仏教国であるという共通点を持つ。しかし、国民一人あたりのGDPは日本の20分の1以下と少なく、世界銀行における経済カテゴリでもカテゴリCとされている。
  • 地域保健システムは確立しており、人口約5万人あたり一つMOH(Medical Officer of Health)クリニックがある。地域の予防接種、母子保健の管理など、日本の保健所のような役割を担っている。医療は税金によってまかなわれており無料で提供される。
  • しかし精神科サービスについてはまだ整備されていない。精神科医は国内で30人しかいない。収容型の大規模な精神病院が国内で3カ所、その他大学病院数カ所、リハビリ病院数カ所がある。外来についても少ない。Brain Drain(頭脳の流出)が問題である。給料が高く、人材が足りないオーストラリアなどに優秀な人材が流れていく。メルボルンだけで30人ぐらいスリランカ人の精神科医がいるらしい。
  • 精神科医が少ないので、一定のトレーニングを受けたMOMH(Medical Officer of Mental Health)が最近派遣されるようになり、精神科のクリニックを開いている。一つのMOHエリアに一人が目標だが、現在のところ一人のMOMHが複数のMOHエリアをみている。その他Local NGO、国際NGOがサービスを提供している。民間のサービスはごく限定的。
  • 2006年にMental Health Policyが保健省より出され、現在新しいMental Health Act精神保健法の草稿を準備中。

2)精神科サービス視察

  • 精神科病院3カ所、MOMHクリニック2カ所、NGO2カ所を視察、現状を把握した。

(1)精神科病院3カ所

Angoda Hospital 国立病院 コロンボ

  • 強制入院を受け入れることのできる唯一の病院(精神保健法で定められている。改正が望まれている)である。そのためスリランカ中から重症の患者が入院する。
  • 病棟は患者が来た地域によって分かれている。すべて閉鎖病棟・男女別。
  • 一つの病棟は大きな一つの部屋で、50のベッドがずらっと並んでいる。他に4つの隔離室がある。カーテンなどはない。利用率は低く、約50%であった。
  • 開放的な雰囲気ではある。緑豊かな中庭もある。
  • 急性期患者が一時的に(数時間)入るユニットもある。アセスメントを行った後、病棟に移る。
  • ホームレス病棟と司法病棟もあり。司法病棟には犯罪を犯した患者の他、犯罪のおそれがある患者も入っている。
  • リハビリはあまり活発ではないが、園芸療法、OTなどが行われている。
  • 外来は行われていない。
  • スリランカ中から来るため、移送や、家族の面談などに問題がある。
  • 退院後は元の地域に戻るが、連携はあまり良くない。そもそもあまり地域でサービスが提供されていない。

Kulpitya Hospital 大学病院 ゴール(スリランカ南部)

  • Ruhuna大学の大学病院。総合病院。
  • 精神科は28床。うち14床は大学の病床で、14床は保健省の元にある。
  • 精神科医4名(1名は保健省から派遣されたprovincial psychiatrist)精神科研修医2名、医師5名
  • 外来:月14-16時、木14-16時 児童外来:土8-10時
  • 一回の外来に約200人来院。うち新患4人。
  • 狭くて暗い病棟であった。病棟は4つの部分に分かれていてそれぞれ6-8名の部屋。
  • 過去のカルテなどは乱雑に積んであり、外来カルテとの連携はなし。

Ridiyagama Hospital 精神科リハビリ病棟 ハンバントータ(スリランカ南部)

  • 全国に数カ所あるリハビリ用の精神科単科病院。40床。男性のみ。
  • スタッフ医師2名(精神科のトレーニングほとんどなし)、看護師3名、Workers17名、その他キッチンスタッフ
  • 外来はなかったが、月に一回のMOMHクリニックを開始した。
  • 5年間の歴史の中で、5名しか退院した患者がいないとのこと。
  • リネンや洋服は政府からの提供が少なく、足りていない。
  • 非定型以外の薬物は利用可能。
  • 医師へのコンサルテーションやスーパーバイズはほとんど行われていない。
  • 何らかの活動が毎日行われている。
  • 周辺は緑多く、環境的には悪くないが、スタッフの経験や絶対数が少ない。

(2)MOMHクリニック2カ所

MOMH clinic at Beluwara Hospital

  • ここに勤務しているMOMHは、5月から派遣されているが、それ以前の精神科のトレーニングを受けておらず、付近のKultara hospitalの精神科医にコンサルテーションを受けている。担当範囲は2MOHエリアだが、片方は精神科のあるKultara地域なので実質1MOHエリア。恵まれている、と言っていた。他の地域では5つの地域の担当のMOMHもいるらしい。
  • 週一度District Hospitalの一室を借りて精神科外来を行っている。しかし、まだ約10名しか患者は来ないらしい。2週に一度は児童外来も開く。MOHクリニックと合同で学校を訪問したり、地域の精神保健の普及啓発活動も行っている。

MOMH clinic at Ridiyagamma Hospital

  • 初めてのMOMHクリニックを開催していた。今後月に一回開く予定。
  • その日は患者が20名来た。クリニックが開催されることはMOHやNGOを使って通知を行った。
  • International Medical Corpsのコンサルタントがスーパーバイザーとして来ていた。
  • MOMHはハンバントータに2名いて、それぞれ日替わりで複数の地域でクリニックを開催している。ハンバントータ市内のクリニックでは一日に50名ほど来るとのこと。

(3)NGO2カ所

Basic Needs

  • 国際NGO。イギリス発祥。精神保健に特化したNGO。
  • 現在8カ国にケアを提供。India, Laos, Tanzania, Uganda, Kenya Colombiaなど。
  • Developmental approachというものを採用。

1.まず村を訪問し、Consultation workshop を行う。

ここでは精神障害者自身が講演をしたり、参加者が今困っていることを語り合ったりする。参加者は、当事者、家族、若者、村の関係者などに分かれて困っていることを話し合い、その後集まって報告する。同じような結果が出ることが多い。村の人々が問題のpriorityをつけることが重要。もし一番困っていることが精神保健関係ではない場合、他の機関と連携してそれを解決した上で精神保健の問題にあたる。例えば過去の例では一番のPriorityが飲み水の確保だったことがある。

ワークショップの最後に村の人から10名ほどのボランティアを募集する。家族やユーザーがなることもある。ボランティアの役割は、新たな精神障害者を発見したり、Medical Campや、Followup Clinicの企画などを行う。

ボランティアには手当はないが、トレーニングなどを無料で提供する。ボランティアが経験を積んで、自分の出身地以外でケアを提供する場合には手当を支払う。

2.Medical camp

地元の医療機関と連携し、精神科医を含めたチームを村に派遣。診療を行う。

3.Follow up clinics

月に一回など定期的に、地元の医療機関によるフォローアップ外来を行う。

  • 上記のように、その地元に密着して、それぞれの村のキャパシティを高めるようなアプローチを採用している。定期的に外来を開催する必要があるので、そのようなインフラが地元にない場合は、介入しない。
  • 現在スリランカに2500人のボランティアがいる。
  • その土地土地でボランティアがクリニックの開催などを企画しているので、Basic Needsがやっていると言うよりは、ボランティアたちが自分たちでやっている、という意識を持つ。
  • 実際に、ボランティアから発展して地元のNGOを設立することもある。

Sahanaya (Medical council of Mental Health)

  • スリランカの精神科医が1982年に発足したNGO。コロンボ郊外で活動。
  • 3つのメインの活動がある。

1)アセスメント

精神科医、精神科研修医、心理士によって行われる。
常勤の精神科医が1名、その他日替わりで非常勤の精神科医が行う。

2)リハビリテーション

日本のデイケアのような場所を提供している。
患者はここに来所し、金銭管理、食事の準備などのADLを学ぶ。
患者は月に1000Rs支払う。約1100円。
交通費と食費は生活保護より支払われる。

3)教育およびトレーニング

様々な教育活動を行っている。例を挙げると、

  • コロンボ大学の医学部と連携し、地域精神保健の実習を行っている。
  • Angoda病院の看護師がリハビリテーションについて研修を受けに来る。
  • 学校の教師への研修:生徒への精神保健の教育法の研修を行っている。

4.考察

様々な施設を視察し、研究者、行政関係者、臨床家と情報交換することにより、スリランカの精神保健の現状を把握することができた。

スリランカにおいては精神科医療がまだ遅れており、精神科医や看護師などのスタッフも不足している。精神科医については人口2000万人に対し30人しかいない。 全国的には精神科病床はまだ少ないが、国に一つしかない強制入院施設では長期入院患者の問題も発生していた。また地域においては国内外のNGOによるケアが行われており、そのような草の根的な活動は日本においても参考になるものがあった。

入院病床の極端に多い日本と、病床の少ないスリランカが、ともに地域精神医療を目指し、地域における実践を広めようとしている共通点を持っていたことは特筆すべきことであると感じられた。