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平成18年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

アハマド・アリフィン博士招へい報告

渡邉 高志
東北大学情報シナジーセンター

1.招へい理由

我々は、機能的電気刺激(FES)を利用して、中枢性下肢麻痺者の歩行を再建するシステムの開発を進めており、その中で、下肢麻痺者のFES歩行制御アルゴリズムの開発が重要な研究課題の1つになっている。アハマド・アリフィン(Achmad Arifin)博士は、以前に、国内にて我々と共同研究を実施し、cycle-to-cycle制御法に着目して、それを応用した歩行遊脚期の制御のためのファジィ制御器を開発し、股関節、膝関節、足関節の多関節運動への適用可能性を計算機シミュレーションにより明らかにしてきた。アリフィン博士は、帰国後も我々との共同研究を継続し、cycle-to-cycle制御法を用いて、より実用性を考慮したFES歩行制御法の開発を進め、ポータブル刺激装置の開発も実施している。これらの共同研究に関する成果に基づき、我々は、cycle-to-cycle制御法に基づく遊脚期のFES制御の検討を推進し、臨床に適用する際の課題を計算機シミュレーションで検討して、臨床適用の実現可能性を確認してきた。

上記のような研究の進展状況にともない、我々は、cycle-to-cycle制御に基づくFES歩行制御法の実験的検討を実施する準備を進めてきた。その中で、本制御方式に精通しているアリフィン博士とともに実験的検討を実施することが特に有効であると考えられることから、今回、アハマド・アリフィン博士を招へいすることとした。今回の招へいでは、計算機シミュレーションによりこれまでに検討してきた方法を、実際的な使用を想定した方法へ展開すること、及び、制御方式の基本的要素となる部分を、被験者での実験的検討により評価することを中心に、共同で実験的検討を実施した。

2.cycle-to-cycle制御方式の臨床適用のための実験的検討の概要

(1)今回の招へいでは、最初に、これまでに準備を進めてきたcycle-to-cycle制御に基づくファジィ制御器について、実際の使用を想定した場合に生じることが予想されるいくつかの問題について、予備的な試験を実施して制御方式及びプログラムの改良を行った。

まず、検討する制御法においては、制御された関節角度の極大値や極小値、制御の開始タイミングを自動的に検出する必要があるが、筋疲労や外乱、計測ノイズ等により、安定に、かつ、適切に検出できない場合がある。そこで、最初に、制御対象とした関節角度に対応する角度を安定に検出する方法を検討した。極大点や極小点の制御角度の検出については、健常被験者の膝関節伸展運動時に計測した角度から最大伸展角度を検出することを行い、サンプリングした3点の比較で概ね妥当な検出ができていたので、今回の実験では、3点での比較による最大角度の検出を採用することとした。次に、cycle-to-cycle制御では、動作を繰り返しながら制御を行っていくので、制御開始のタイミングを自動的に検出しなければならない。今回の実験では、制御器の基本的な能力を評価することを目的とし、座位での膝関節最大伸展角度を制御対象とした。そのため、制御終了後に、重力による受動的屈曲が生じ、初期位置付近で膝関節角度が振動する。そこで、関節角度がほぼ安定することを条件として、制御開始タイミングを検出した。その際、関節角度の変動幅と観測時間を健常被験者の膝関節の受動的な運動、ならびに、実際に電気刺激を印加して膝の最大伸展角度を制御する実験を実施して実験的に決定した。

写真 試験を行っている様子
写真 制御実験用プログラムの試験を行っている様子(アリフィン博士)

我々は、以前にも本制御手法の実験的検討を実施したが、その際には、制御角度の誤差だけを用いて刺激量を決定することとして制御器を構成していた。しかしながら、上記の刺激印加タイミングの検出のための予備実験における結果から、検出のための観測時間が不適切な場合には、制御開始時の角度が一定にならず、検出された角度の値が変動する結果となった。さらにそのような場合には、目標角度への到達後のcycleでも制御角度が振動する結果となることが確認された。この問題は、歩行を制御する際の制御開始タイミングの検出においても生じ得る共通の問題であり、歩行時の制御開始の関節角度も各cycleで変動することが予想されることから、制御アルゴリズムを変更することとした。すなわち、制御角度の誤差に加えて、制御開始時の関節角度から目標角度までの角度範囲も入力に用いることで、電気刺激により動かす角度がcycleごとに変動する問題を解決した。そのため、膝の最大伸展角度を制御する広筋群の制御器を2入力1出力のファイジィ制御器に修正した。

また、ファジィ制御器のパラメータは、計算機シミュレーションでの筋・骨格モデルと被験者との間では異なり、さらに、被験者間でも違いがある。そのため、ファジィ制御器のメンバシップ関数のパラメータを実験的に決定し、被験者間での差異を最終出力の刺激バースト時間のゲイン係数を調整することで吸収できるようにし、そのゲイン係数を実験的に決定した。

以上の予備的な検討結果をもとに、これまでに開発してきた制御アルゴリズムとともに実験システムとして実装した。

(2)膝関節の最大伸展角度を対象に、前述の予備的な試験に基づいて改良したファジィ制御器を用いて、健常被験者1名で実験的検討を行った。電気刺激は内側広筋と外側広筋に対し、同一量を与えた。1回の試行で、30歩以上に相当する制御を実施し、筋疲労の影響を考慮して15~20分の間隔で計3試行を1日分として実施した。

先の検討結果に基づいて実装した、最大伸展角度の検出、ならびに、刺激開始タイミングの検出は適切に動作することが確認された。また、制御角度も10回(10歩に相当)程度で目標値に到達することができ、ファジィ制御器が適切に動作することが確認された。しかしながら、ゲイン係数を固定にした場合、歩数が増加して筋疲労が原因と思われる筋力低下が生じると、制御角度がやや振動する場合もみられた。これに対しては、ゲイン係数を誤差の大きさに応じて調整することで対応できるものと考え、簡単な調整機能を設けて再度試験を実施した。その結果、比較的良好に動作することが確認されたが、ゲイン係数の範囲が試行ごと、被験者ごとに変動する傾向があり、少し広い範囲でゲイン係数を調整できるようにし、さまざまな状況に対応できるように改良する必要があることが、今回の結果から示唆された。

今回の実験的検討では、膝関節の屈曲角度と伸展角度の制御についても実験的検討を実施する計画であったが、ファジィ制御器の改良とパラメータ調整に時間を要したため、膝関節の最大伸展角度のみの制御実験までで終了した。しかしながら、今回の制御結果に基づいて、ファジィモデルを用いたゲイン係数の調整機能を設計し、制御実験プログラムに組み込むこと、さらに、制御実験用プログラムとして、膝関節の最大屈曲角度と最大伸展角度の同時制御を対象とした制御実験を行うための準備までは終了した。これにより、当面は、電子メール等の手段で情報交換を行いつつ、実験的検討を実施できる環境が整った。

3.第13回日本FES研究会学術講演会

12月2日に、久留米市で開催された第13回日本FES研究会学術講演会に出席し、これまでに得られてきた本研究に関連する成果をアリフィン博士が発表するとともに、今回の招へいにおいて実施した実験的検討の結果についても、国内のFES関連の研究者と討論を行った。この学術講演会では、毎年、臨床的に下肢を対象としたFESや、歩行のFES制御の経験を有する医学系研究者も多く参加している。今回の発表を含めた議論では、特に、大腿直筋と広筋群の刺激のタイミングについて有意義な意見が得られた。我々の制御方法では、制御を簡単化するため、最初は2関節筋である大腿直筋を膝関節制御に限定して用いてきたが、我々の最近の計算機シミュレーションでの検討結果から、股関節制御を大腿直筋で行い、膝関節制御を広筋群で行うことが臨床適用上有効になることを示唆する結果を得てきた。歩行に限らず、FESによる下肢の制御の場合、大腿直筋で股関節を制御することに肯定的な研究者もおり、本研究での制御方針が妥当であることを確認できた。

4.まとめ

今回の招へいでは、cycle-to-cycle制御に基づく歩行遊脚期のFES制御法について、これまでに開発してきたファジィ制御器の実験的評価を健常被験者の膝関節最大伸展角度の制御において実施した。電気刺激を印加しながらの試験では筋疲労の影響を避けるために休憩時間を十分に確保する必要があったため、多くの制御試験を実施することはできなかったが、提案してきた制御方式の実用的利用への展開のための課題のいくつかを解決することができ、本制御方式が膝関節の最大伸展角度の制御を十分に行えることを実験的に確認できた。また、制御器の改良を実施し、次の実験的検討のための制御プログラムの作成まで終了した。麻痺者を含むさらに多くの被験者での検討が必要ではあるが、本研究での制御手法の有効性を実験的に示すことができたといえる。