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平成18年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

ニコラス・タリア博士 招へい事業報告

吉川和男
国立精神・神経センター 精神保健研究所

招へい理由:

厚生労働科学研究費補助金(障害保健福祉総合研究事業)「重度精神障害者の治療及び治療効果等のモニタリングに関する研究(16130901)」(主任研究者:吉川和男)の「1)重度精神障害者に対する指定入院医療機関における治療効果判定に関する研究」おいては、障害別(統合失調症、気分障害、薬物関連障害)に他害行為防止治療プログラムを開発し、RCT(無作為割付対象試験)を用いた効果検討を行うとしている。このうち、対象者の6割以上を占める統合失調症患者に対する心理社会的介入としては、認知行動療法の有効性を示すエビデンスが英国を中心とした欧米諸国で蓄積されているが、本邦ではその実践・報告共に不足してるのが現状である。今回招へいしたマンチェスター大学 Nicholas Tarrier教授のグループは、統合失調症に対する認知行動療法の実践においても、マンチェスタートライアルと呼ばれる認知行動療法の効果研究・追跡研究など一連の実証研究においても、数多くの業績を持つ。医療観察法対象者に、エビデンスに基づく専門的医療を開発し、効果検討をするためには、Tarrier教授のような同領域において臨床実践、および、薬剤治研とは方法論を異にする心理的介入のRCTを含めた臨床研究において経験豊富な臨床研究者の協力を得ることが最も望ましいと考えられた。そこで、外国人研究者招へい事業として、Nicholas Tarrier教授(Academic Division of Clinical Psychology, School of Psychological Sciences, Faculty of Medical & Human Sciences, University of Manchester)を、平成19年1月12日から1月25日まで招へいし、上記研究事業に資するべく討議ならびに、研修事業を行ったのでここに報告する。

招へいスケジュール

1月14日 「統合失調症患者家族への認知行動的介入」ワークショップの開催
(場所:国立精神・神経センター 精神保健研究所3号館)

英国のNational Institute for Clinical Excellence は、統合失調症に対する心理社会的介入として、認知行動療法、ならびに、家族介入を最も推奨される介入法として挙げている。日本においては、家族介入は主に、集団の心理教育の形式をとることが多く、タリア教授らが実践し研究してきた個別の認知行動的な家族介入については、いまだ紹介が不十分な状況であると考えられた。医療観察法対象者に対しての心理社会的介入の効果を見る際、家族介入は必要な一要素であるため、実際に治療提供を行う指定入院医療機関の多職種の臨床家に対して、実践的なトレーニングを提供するためにワークショップを開催した。なお、このワークショップ参加については、医療観察法関係者には限らず、広く精神科臨床に関わる専門職へと開いた。

ワークショップでは、統合失調症患者家族への介入について「歴史と背景」「家族の感情表出とコーピング、その影響」「家族介入の有効性(efficacy)と効果(effective)」の講義を行った。その中で、文化的差異に関係する研究についても紹介された。その後、実際に家族介入の方法論について、講義プラス演習の形式で、「実務的側面」「アセスメント」「(心理)教育」「家族のストレス・マネジメント」「ゴール設定と計画策定」について扱った。

1月15日 精神科病床の見学

医療観察法指定入院医療機関における統合失調症の認知行動療法の効果検討のための研究計画作成にかかわる意見交換に先立って、日本における精神科臨床の現場の実情の一端を理解してもらうために、国立精神・神経センター 武蔵病院において、医療観察法病棟ならびに一般精神科病床の見学を行った。

1月16日 「統合失調症の認知行動療法~医療観察法関係者ワークショップ~」の実施
(場所:国立精神・神経センター 精神保健研究所3号館)

「統合失調症患者の認知行動療法(CBT for Psychosis 以下、CBTp)」についてのワークショップを開催した。このワークショップでは、医療観察法対象者の事例を扱って実践的な内容にするために、個人情報保護の観点から、参加者を医療観察法関係者に限定して実施した。

午前中はCBTpのエビデンスについて数々のRCT研究を挙げて紹介した。午後にはタリア教授自身が対応した他害行為傾向のある患者の事例を挙げて、治療の流れを示した。そして、午後には医療観察法病棟における事例についてのコンサルテーションが行われた。

1月18日 「統合失調症の認知行動療法~医療観察法関係者ワークショップ~」の実施 (場所:国立病院機構 東尾張病院)

より多くの医療観察法関係者の参加を促すために、16日と同内容のワークショップを東海地区の東尾張病院でも実施した。午後の事例検討のみ、参加者からの事例を用いてケース・コンサルテーションとした。

1月22-23日 研究協議

CBTpプロトコル作成についての意見交換を行った。統合失調症の陽性症状への対応に限定せず、自尊心、自殺企図など、より広範囲の問題についての対応について話し合った。最大の課題は、治療者のトレーニングであり、数種類のスーパービジョンの方策を考え、実施する必要があることが再確認された。また、現在、医療観察法病棟対象者向けに作成中の、暴力の認知行動モデルについての意見交換も行った。

まとめ

今回の招へいにより、研究プロトコルの実際についての意見交換が出来たばかりでなく、実際にCBTpを提供することになっている数多くの医療観察法関係の臨床家に対して、CBTp第一人者のニコラス・タリア教授よりトレーニングを提供することができた。タリア教授に日本の実情も知ってもらえたことで、実際的な研究協議を今後も引き続き重ねていくことで、医療観察法病棟におけるより有効な心理社会的介入の開発につながると考えられる。

以上