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平成19年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

スイスにおける精神障害の普及啓発とその日本への援用

Ⅳ 精神科医療機関における普及啓発の取り組み

1.研究目的

スイス・チューリヒ州における精神科医療機関における精神保健福祉の普及啓発に関連する取り組みを調査し、我が国に援用可能なプログラムについて検討する。

2.研究方法

2007年11-12月にチューリッヒ大学における精神科医療機関および関連機関を訪問し、精神科医師または精神保健福祉士等にヒアリングを行い、これまでに行われている普及啓発活動の情報を収集した。これらの訪問から得た情報をもとに、各医療機関における精神保健福祉の普及啓発の現状と課題について概要を示す。

3.研究結果

1)チューリッヒ大学付属病院一般精神科病棟

チューリッヒ大学付属病院は、大学教育での医学研究のほか、チューリッヒ州における基幹精神科病院として地域精神保健を担っている。一般精神科病棟は26床よりなり、ここでは統合失調症患者を中心とした開放処遇を実施している。病室の施錠や身体拘束等を行わず、インフォームド・コンセントを徹底するなどして、患者の権利の擁護に務めている。

また、平均入院期間は20日となっており、他病棟とあわせて早期退院の取り組みがなされているが、退院先の確保が難しいケースも10%程度あり、大学での広報等を用いた資源の開拓に取り組んでいる。

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2)チューリッヒ大学付属病院 デイホスピタル

チューリッヒ大学付属病院デイホスピタルは、チューリッヒ市の中心に位置し、精神科患者のリハビリテーションを行っている。対象となる疾患は、統合失調症や気分障害のほか、人格障害、物質使用障害など、多岐にわたっている。サービスは、作業療法やSST、就業訓練など、患者のニーズに応じた小グループで提供されている。過渡的雇用の支援に際しては、事業者へのカウンセリングを実施し、精神障害の知識の普及に取り組んでいる。 また、芸術療法も取り入れており、ここで作成された絵画等は、定期的に地域住民に向け展示されおり、地域の理解の促進に努めている。

3)ヴィンタートゥール精神科病院 外来サービス部門

チューリッヒにおける精神医療圏は五ヵ所に分割されており、ヴィンタートゥール精神科病院はそのひとつの基幹病院となっている。

ヴィンタートゥールにおいては、精神保健医療制度の改革にともない、Integrierte Psychiatrie Winterthur:IPWというシステムにおいて、入院によらない医療の実現に取り組んでいる。患者の主訴や治療ステージにあわせ、一般精神科、児童思春期、高齢者、物質使用障害など、地域に点在する各専門サービス間での連携において処遇するものである。また、家庭医との常時の連携によって、患者の社会的不利の解消を図るとともに、家族に対する心理教育・エンパワメントを行っている。

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4)ヴィンタートゥール精神科病院 地域精神科医療センター

圏域にある地域精神科医療センターでは、危機介入、デイケア、ケースマネジメント等のサービスを提供している。各センターは一般の住宅地に設置されていることで、精神障害者と地域住民との接触の機会の増進に寄与している。

また、危機介入センターのサービスは、自傷他害の恐れのある者や、症状再燃による不安感の強い者におおく利用され、アクセスを容易にすることで、当事者自身のセルフスティグマを低減させている。物質使用障害を対象とした専門クリニックも開設され、ここで提供される薬物置換療法によって、当事者の社会適応と一般社会の理解を促進しているといわれている。

5)ライナウ精神科病院 慢性期精神科病棟

ライナウ精神科病院は、チューリッヒ州郊外に位置し、自然に恵まれ療養環境のなかで、中長期的な治療を可能にしている。ここには、一般精神科病棟のほか、慢性期精神科病棟、司法精神科病棟があり、比較的重度の精神障害者に対するサービスを提供している。

各病棟において、治療共同体(Therapeutic Community)の概念が取り入れられ、患者の自主性を重視し、医療従事者との対等な関係性で処遇が実施されている。また、地域の資源と連携した職業訓練も行われ、患者の社会復帰の早期実現を支援している。

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6)チューリッヒ法務局 精神医学・心理学サービス

チューリッヒ法務局精神医学・心理学サービスでは、重大な他害行為を行った精神障害者に対する治療および社会復帰を、関係機関との連携において支援している。

当事者にかかる犯罪と精神障害という二重のスティグマを軽減する取り組みにおいては、社会的不利によるストレスへの対処技能を高めるとともに、一般市民やマスメディアに対する情報提供を行っている。また、医療従事者や司法関係者に対する教育の一端を担っており、他害行為の再発に関するリスク評価に客観性を与えることで、専門職のもつ偏見を払拭し、社会復帰の可能性を拡げている。

4.考察

スイス・チューリヒ州における精神科医療機関では、精神保健福祉の普及啓発に関連する以下のような取り組みがなされていた。

  • インフォームド・コンセントを徹底し、患者の権利を擁護する
  • 治療共同体の理念を取り入れた病棟で、患者の自己効力感を高める
  • 入院によらない医療の受療を勧奨し、また家庭医との常時の連携によって、社会的不利の解消に努める
  • 一般の住宅地に専門クリニックを設置し、アクセスを容易にするとともに、通院時における地域住民との接触の機会を設ける
  • 精神障害者の家族に対する心理教育を実施し、エンパワメントを行う
  • 各種の広報資材を用いた居住資源の開拓を図る
  • 地域の事業者への雇用相談や地域の資源と連携した職業訓練を行い、知識を普及する
  • デイホスピタルで作成される絵画を地域住民に向け展示する
  • 触法精神障害に関連し、一般市民やマスメディアに対する情報提供を行う
  • 医療従事者や司法関係者に対する教育において、専門職のもつ偏見を払拭する