平成19年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書
スイスにおける精神障害の普及啓発とその日本への援用
Ⅴ 関連する研究と効果評価
1.研究目的
スイス・チューリヒ州における精神保健福祉の普及啓発に関連する研究と効果評価について現状と課題を把握する。
2.研究方法
2008年1-2月にチューリッヒ大学および関連機関を訪問し、大学教員等と意見交換を行い、現在行われている研究概要等の情報を収集した。これらの訪問から得た情報などをもとに、精神保健福祉の普及啓発に関連する主な研究と効果評価について検討する。
3.研究結果
1)精神疾患、精神障害者、精神科医療とサービスに対するスイス国民の意識調査
“What people think about mental illness, mental patients, psychiatric treatment and psychiatric services - a population survey in Switzerland EPKIS”
反スティグマキャンペーンは、統合失調症に関する一般の理解を拡げ、それによって精神障害者への偏見や差別を減らすことを目指している。これまでに、高い教育水準をもつ人々は、統合失調症や精神障害者等に対し、より正しい知識を得られていることが示されている。一方で、スティグマと差別の意識をはかる社会的距離については、十分に調査されていない。
この研究では、統合失調症の症状に関する知識と、統合失調症患者への社会的距離との関連を調査している。スイス国民を代表するサンプルにおいては、性別と教育歴では有意な差はみられなかったが、精神疾患に関する高い知識量をもつ群、高年齢層の群では社会的距離を増徴させるという結果が示された。したがって、精神疾患およびその症状に関する知識の習得に焦点を当てた反スティグマキャンペーンでは、当事者への差別意識を助長させる危険性をはらんでいると考察されている。
Supported by: Swiss National Research Foundation (SNF-Grant-No: 3200-052571.97)Principal investigators in Switzerland: Wulf Rossler, Zurich, Luis Falcato, Zurich Scientific collaborators: Carlos Nordt, Zurich, Christoph Lauber, Zurich
2)精神障害者の社会的統合とクオリティ・オブ・ライフ
“Social Integration and Quality of Life of Mentally Ill Persons (SIPSY)”
この研究は、精神障害者の職業的および社会的統合における以下の問題点に関する縦断的研究である。
- 精神障害者の社会的ネットワークへの統合と職業との関連について
- 精神障害者に特有の、経時的な職業キャリア・パターンについて
ここでは、精神障害者の職業状態とQoLが、精神病理学、社会的支援やネットワークなどの要素によってどのように影響を及ぼされるか調査しているところである。仮説として、これらは、精神症状、障害のレベル、ストレス要因と社会的支援、および就業構造のようなリソースとの相互作用によって位置づけられると考えている。
Supported by: Swiss National Research Foundation (SNF-project 32-67971.02)
Principal investigators: Wulf Rossler, Christoph Lauber
Scientific collaborators: Brigitte Muller, Carlos Nordt
3)メンタル・ヘルスサービスにおける重度精神障害者へのスタッフの態度
“Staff attitudes to severely mentally ill persons in mental health services SAMS”
この研究では、精神科入院病棟での治療および通院患者サービスにおける、メンタルヘルス専門職による重度精神障害者に対する態度を評価するのを目指している。専門職の重度精神障害者への態度は、個人、病棟、サービスレベルのあいだで評価されている。研究結果は、メンタルヘルス専門職によるスティグマの問題を気付かせることに貢献しており、またメンタルヘルス専門職への職業教育を改善する基礎として役立たせている。
Supported by: Swiss National Research Foundation (SNF-Grant-No: 3200-067259.01)
Principal investigators: Wulf Rossler, Christoph Lauber
Scientific collaborators: Catherine Braunschweig, Carlos Nordt
4)チューリッヒ・エンパワメントプログラム―メンタルヘルス専門職のためのストレス対策とバーンアウト防止―
“The Zurich Empowerment Programme. Stress Management and Burnout Prevention for Mental Health Professionals”
メンタルヘルス専門職の直面する心理社会的ストレスは、専門職と患者との相互作用、およびメンタル・ヘルスサービスに対する社会的圧力を通して起こるといわれる。現在、メンタル・ヘルス問題は拡大しており、専門職に支援を求める人々は増加している一方、保健医療制度改革では、より財政的な制限と人員削減を要求されている。
その結果、特にメンタル・ヘルスプロバイダーは、クライアントへの否定的な見方を助長するとともに、バーンアウトする傾向が強くなっている。メンタルヘルス専門職のバーンアウトは、専門職の健康問題のみではなく、効果的なサービスを提供するのにも脅威となっている。
この研究の概要(詳細については、「5.医療従事者への教育システム」で紹介する。):
- スイス人のメンタルヘルス専門職へのフォーカス・グループによって、職業関連のストレスとリソースを調査し、バーンアウト防止へのトレーニングの必要性を評価する。
- バーンアウトに至る過程およびその結果を調査し、専門職がどのように患者に関われば、バーンアウトの予防に結びつくか理解する。
- メンタルヘルス専門職のQoLを改善するために、組織と個人との両面へのエンパワメントと介入、対処技能のトレーニングプログラムを開発する。
Principal: Wulf Rossler
Investigators: Beate Schulze
4.考察
スイス・チューリヒ州における精神保健福祉の普及啓発に関連する研究をみると、実施した反スティグマキャンペーンを将来の活動へ建設的に展開するには、活動の効果評価は不可欠である。評価を行う際に必要となる視点は、次の通りと考察される。
1)評価項目
普及啓発活動において目標とした課題が達成されたか検討し、目標達成への阻害因子があれば、それを特定する。また、普及啓発活動の与えた影響に関し、キャンペーンへの参加者や地域住民、政策面におけるインパクトを評価する。これらと活動にかかった費用や時間、人的・物的資源とを比較し、コストパフォーマンス等における効率性を算定する。
2)評価指標
普及啓発活動の実施方法と評価項目に応じ、できる限り具体的な量的および質的な指標を用いる。例えば、キャンペーンへの参加者数と参加者の属性(年齢・性別・教育歴等)、参加者の知識や態度を数値化する。また、どのような媒体を通して参加に至ったか、その後の行動を捉え、計画していた対象者層との適合性を評価する。
3)評価方法と時期
評価方法については、キャンペーンへの参加数や冊子やポスターの作成数といった実数を測ることに加え、参加者や地域住民の知識や態度を測る質問紙調査・インタビュー調査等があげられる。これらの実施にあたっては、キャンペーンの前後、一定期間が経過した時点での再評価を行うことが求められる。
なお、本章の関連項目については、資料「普及啓発ガイドライン4進め方の実際6(文責:河野眞先生 渋井実先生)」によって整理されているので参照されたい。