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平成19年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

スイスにおける精神障害の普及啓発とその日本への援用

Ⅵ 医療従事者への教育システム

1.研究目的

精神保健の専門職のもつスティグマを軽減し、医療従事者に対する普及啓発活動を担う効果的な教育システムについて検討する。

2.研究方法

2008年2-3月チューリッヒ大学社会精神医学教室およびベルン大学公衆衛生学科を訪問し、大学教員、研究員等と情報交換を行い、医療従事者に対する普及啓発活動について情報収集を行った。これらの訪問から得た情報をもとに、チューリッヒ大学で開発された精神保健の専門職への教育プログラム(チューリッヒ・エンパワメントプログラム)について概要を示す。

3.研究結果

1)名称:チューリッヒ・エンパワメントプログラム(Zucher Empowerment programm)

2)目標:メンタルヘルス専門職に、患者へのエンパワメントを励行すること。

プログラムの目的は、専門職間におけるバーンアウトを防ぐこと、および精神保健医療に対するスティグマを減少させることの二段階にある。

3)プログラム作成の背景

①精神保健医療におけるスティグマ

精神保健医療の現場では、精神症状(妄想・幻聴)のコントロールに追われ、薬物療法の調整に大きく焦点が当てられている。サービスは症状に応じて提供され、患者の一般的な精神健康の問題、リカバリーやQoLは重要視されていないことがある。

このようななか、医療従事者は、診断名によって不注意にラベリングを行ったり、症状に否定的な予測を立てたりしやすくなる。臨床内容に関する一方的な意思決定や、それに対する患者のコンプライアンスのみを支持するようになり、患者を無力化させていくことになる。また、病院の経営システムに組み入れられ、しばしば組織の目標を優先するように強制されている。これによって、協力的な患者との治療関係の欠如や、患者に対する不適切な態度を引き起こすことになる。

このアプローチにおいては、精神障害の悪化を促進したり、ストレスによる患者の暴力をもたらしたりする。さらに、精神症状に対処させるよう、過度な薬物療法によって重大で目に見える副作用を与えることになる。

②バーンアウトとエンパワメント

上記のスティグマは、精神保健の専門職のバーンアウトとして悪循環を生じさせる。精神保健医療の現場では、専門職が効果的に働き続けられるようサポートを提供することが求められている。

それにはまず、医療の現場における専門職の孤立を防ぎ、メンタルヘルス専門職のリカバリーの態度を高めることが必要である。すなわち、他の医療従事者または患者とのあいだでの個々の協力関係を築いたり、治療への希望的な観測を与えるよう働きかけたりする。これによって、自己の職域での負担感を少なくし、自身のセルフケアを促進するようサポートしていく。

③バーンアウトの防止とスティグマの克服

メンタルヘルス専門職個人のバーンアウトの因子は、医療および患者への否定的感情を含んでいる。バーンアウトした医療従事者は、患者の肯定的な変化(雇用、リカバリー等)を予測することができず、患者の自己効力感やQoL、社会復帰に否定的な影響を与えている。非協力的な治療関係や精神症状の悪化時の薬物療法のみによっては、患者を無力化させ、介入の遅れにも至ることになる。これによって適切な精神科医療を提供することができなくなることは、反スティグマの取り組みへの重大な障害となる。

精神保健医療におけるスティグマを克服するには、メンタルヘルス専門職のバーンアウトを防止するリカバリー、エンパワメントへの指向が重要になる。患者の意思を処遇の決定に含め、医療サービスに希望感を共有することで、より治療的な意味をもち、アドヒアランスを高められることになる。したがって、患者の能力を信頼し、望ましくない精神症状を減らすことより対処技能を高めることで、医療への信頼感を高め、医療従事者のもつ余分な不安感を払拭することができるのである。

メンタルヘルス専門職への普及啓発において必要な戦略は、彼または彼女のバーンアウトを防止し、リカバリーへの態度を高め、効果的に働き続けられるようサポートを提供することにある。

4.プログラムモデル

精神保健医療におけるスティグマは、一般社会のなかや日々の臨床活動、医学教育の一部に顕在している。また、精神保健医療の現場における高ケースロード、高責任制、サポートの欠如、競争的な状態によって補強されている。これらは、メンタルヘルス専門職の孤立、感情の枯渇、個人的な達成感の欠乏として、個人のバーンアウトの要因となっているのである。

チューリッヒ・エンパワメントプログラムのモデルでは、メンタルヘルス専門職の態度を変容させることを目指している。このプラグラムにおける各段階での目標とモジュールは、以下の通りである。

①メンタルヘルス専門職への支援のニーズを発掘する。

  • バーンアウトのリスクを評価する
  • ストレスマネジメントと対処可能性を高める
  • 就業時間を調整し、個人的なリソースを拡げる

使用する尺度

Workplace empowerment (Conditions for Work Effectiveness Questionnaire Ⅱ [CWEQ-Ⅱ], Laschinger et al. 2001)

Psychological empowerment (Psychological Empowerment Scale, Spreitzer 1995)

Effort-Reward-Imbalance (ERI-Questionnaire, Siegrist 2004)

Work engagement (Work Engagement Scale, Schaufeli et al. 2002)

Burnout (Maslach Burnout Inventory [MBI-D], Maslach & Jackson, 1996)

Provider attitudes towards client empowerment (Provider Attitudes towards Client Empowerment Scale [PACE] (scale currently devel.)

②サービス提供者の態度と技能を改善する。

  • 過去の臨床活動や医学教育における偏見を特定する
  • リカバリー指向による利点に焦点を当てる
  • 治療関係において協働する技能を高める
  • 他の医療従事者と治療方針を共有する

③「ほかに代わることのできない自分自身“Nothingaboutmewithoutme”(筆者による訳)」に気付く

  • 地域で自立生活をしている当事者と交流する
  • 精神障害に関連しない社会的役割とリカバリーの過程を紹介してもらう
  • サービスの実施計画に患者の意思を交えて決定する、その準備をする

なお、プログラムの実施の際に使用される以下のツールを、チューリッヒ大学Beate Schulze先生より提供いただいたので、本報告書「13.資料」において掲載した。これは筆者も参加した、第15回ヨーロッパ精神医学会において報告されたものの抜粋である。

1)バーンアウトの予防とは

2)バーンアウトの理解

3)対処の戦略

5.考察

本来医療従事者においては、精神障害者およびその家族に対し、回復への希望を示し肯定的に接することが求められている。現実にはしかしながら、精神症状への過度な反応や精神保健医療システムの効率性に影響され、スティグマ・差別意識をもつことがみられる。このことが、通常の臨床場面における否定的な態度で患者・家族を無力化させ、地域での自立生活を阻害する要因となる。また、専門職自身にも、強いストレスとしてバーンアウトにつながり、医療の質の向上を妨げることになるのであろう。

メンタルヘルス専門職のスティグマを減らすには、精神保健医療におけるリカバリーへの態度を改善し、効果的に働き続けられるようサポートを提供することが重要である。これに向け、就業環境におけるストレスマネジメントのプログラムを開発するとともに、社会復帰を実現させた当事者と交流を持ち、精神障害に関する対処可能感を高めることが求められている。

なお、本章の関連項目については、資料「普及啓発ガイドライン5対象に応じた活動6(文責:吉田光爾先生)」によって整理されているので参照されたい。

Aim 1: Meeting staff needs for support - Staff empowerment

Contents 1: Burnout prevention, improving stress management and coping capacities,time management, developing personal resources

Aim 2: Developing provider attitudes and skills shared decision-making of recovery Contents 2:

a) addressing stereotypes related to medical education/training in the helping professions, the history of psychiatry and the own hospital

b) raise awareness of the benefits of provider attitudes of recovery

c) developing skills for collaborative treatment relationships and

Aim 3: “Nothing about me without me!”- Facilitating user empowerment

Contents 3: Contact with service users living successfully in the community to present them in different social roles but the sick role and show successful recovery,

prepare decision-makers for user involvement in service planning (moderating skills, etc.)