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平成19年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

スイスにおける精神障害の普及啓発とその日本への援用

Ⅸ 精神保健医療福祉の普及啓発を組織的・戦略的に推進するためのガイドライン

スイス連邦共和国における調査研究によって、我が国においてこれまで検討を進めてきた普及啓発の組織的・戦略的推進に関する指針の再構築を行った。ここで得た情報をもとに、平成19年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究事業「精神障害者の正しい理解を図る取り組みの組織的推進に関する研究」における「普及啓発を組織的・戦略的に推進するためのガイドライン」の整備に加わった。

なおこのガイドラインの本文は、平成19年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究事業「精神障害者の正しい理解を図る取り組みの組織的推進に関する研究」分担研究報告書「普及啓発の組織的・戦略的推進に関する研究」において報告されている。

構成:

1 普及啓発
2 普及啓発の方法
1)対象
2)ニーズの調査
3)メッセージ
4)実施の形態
3 運営の体制
1)組織づくり
2)地域でのネットワーク
4 進め方の実際
1)情報収集
2)現状分析
3)目標の設定
4)工程表の策定
5)進行の管理
6)評価
7)評価結果の活用
5 対象に応じた普及啓発
1)一般市民
2)地域生活上のキーパーソン
3)精神保健医療福祉分野の専門職
4)学校教育関係者
5)当事者・家族
6)マスメディア

精神保健医療福祉の普及啓発を組織的・戦略的に推進するためのガイドライン(抜粋)

1 普及啓発

精神保健医療福祉の普及啓発とは、精神障害者を国民にとって身近な存在として理解してもらう活動といえる。精神障害は、誰にでも起こり得るものであり、適切な治療によって障害が軽減するものである。しかし、その基本的認識は未だ十分には浸透していない。普及啓発によって、自分と関係ある問題と位置づけ、正しい知識を得られれば、精神障害に対する否定的なイメージは改善される。また、地域における様々な支援への理解に結びつく。

精神障害者に対する誤解や偏見は、当事者の地域での自立や就労等の社会復帰を阻害する要因となっている。普及啓発は、広報や教育といったあらゆる機会を通して、精神障害および精神障害者への理解を促進し、誤解や偏見を除去・軽減することを目的としている。精神障害に関する正しい知識を地域住民に提供することで、「精神疾患は遺伝する」、「精神障害者は危険である」、「精神障害は治らない」といった偏見の解消を図ることが必要である。

2 普及啓発の方法

普及啓発を効果的に実施するには、対象者を絞り、対象者のニーズを把握し、ニーズにマッチした普及啓発プログラムを開発することが望ましい。プログラムの開発には、ニーズを調査することに加え、どの対象者に、どのようなメッセージを、どのように伝えるか、を具体的に決める必要がある。対象者に応じた内容のプログラムを実施することにより、精神障害の正しい理解が得られ、精神疾患の予防や、精神障害者に対する誤解や偏見の解消に結びつく。

1)対象

普及啓発プログラムを開発するには、まず対象者を明確に決めなくてはならない。すべての者を対象にするだけではなく、プログラムを実施する対象者を絞り、その者に応じた適切な活動を行うことが必要である。

普及啓発の対象としては、一般市民、地域生活上のキーパーソン(雇用主・家主等)、精神保健医療福祉分野の専門職、学校教育関係者、当事者・家族、マスメディア等がある。

2)ニーズの調査

普及啓発活動を行うには、対象者を中心にすえることが大切である。そのためには、実施する担当者間で議論するだけではなく、地域住民、当事者、家族、保健医療福祉従事者、学校関係者等の対象となる者に広く聞き取りを行い、そのニーズを調査することが必要不可欠である。また、普及啓発プログラムの内容が決まった時点でプレテストを行うのもよい。対象者の一部に事前に意見をもらうことで、よりよいプログラムができる。

3)メッセージ

普及啓発のメッセージは、対象者やニーズ調査の結果から決定される。伝えるメッセージは正確でなくてはならず、誤った情報や、誤解されるような情報が載っていないか確認する。特に精神障害に関する情報は、医療や施策において刻一刻と変化しており、最新の情報を伝えるよう努力する必要がある。また、使用するポスターやパンフレット等の資材の間で内容にくい違いがないよう、一貫したメッセージを伝えるよう心がける。

重要なのは、対象者にメッセージが伝わるかどうかである。情報が多すぎると伝わるものも伝わらないため、内容をあまり盛り込みすぎず、対象者や地域のニーズに合わせて厳選する。シンプルに理解でき、こころに響くようなものが望ましく、わかりやすく、視覚的に訴えるものがよい。専門用語や、回りくどい表現は避け、キャッチフレーズや図表、写真等を用いて視覚的に工夫し、伝えたいことが一目でわかるようにする。

4)実施の形態

普及啓発の代表的な実施の形態としては、広報資料の作成と配布、学習機会の提供、当事者と地域住民との交流がある。活動主体や地域の現状を踏まえ、どのような人を対象にし、何を目標とするかによって、必要な形態を検討することが重要である。

しかし、一つの事業のみにおいて、普及啓発の内容のすべてを満たすことはできないため、プログラムを組み合わせて普及啓発することにより、普及啓発の効果の向上が求められる。また、関心をもち続けてもらえるよう、持続的に活動することも必要である。

(1)広報資料の作成

比較的安価であり、広い対象に伝達できるという利点がある。広報資料の作成にあたっては、普及啓発の対象と目標を整理し、その方針に沿った表現、用語、あるいは資材を選定することが求められる。また、当事者団体が作成した既存の資源を活用するのも一つの方法である。広報資料として、広報誌、パンフレット、ポスター、ホームページ等がある。

(2)学習機会の提供

こころの健康に対する関心は年々高まっており、精神障害を自分の問題として学習する機会の提供は比較的受け入れられやすいと考えられる。また、実際にこころの健康に困難を感じている人に対し、医療や保健福祉サービスに関する情報を提供することは、地域全体への普及啓発を進める上で重要である。学習機会としては、市民向けの講座、専門家向けの研修、当事者・家族へのシンポジウム、学校での教育等様々な形式で開催する。

対象者が関心をもっている領域に焦点を当て、精神障害者に対する理解の程度に合わせた講演や研修を行うことが求められる。

(3)交流事業

普及啓発活動を通し、当事者と地域住民との交流の場をつくることは、精神障害者に対する肯定的なイメージを形成する効果をもつと思われる。広報資料や情報提供での間接的な働きかけでなく、直接ふれあう機会を提供することで、これまでの誤解や偏見を除去、軽減することに寄与する。また、当事者自身が交流事業において社会参加することにより、生活の質を高めることも期待される。交流事業としては、ボランティア体験、地域の行事への参加、学校での交流、バザー、スポーツ、レクリエーション、展示等がある。

3 運営の体制

1)組織づくり

普及啓発を推進する協議会等の組織づくりにあたっては、精神保健医療福祉に関する既存の組織の活用や、新規に協議会を設置することになる。また、全県的または地域的といった各レベルに応じた取り組みとなる。効果的に運営するために、既存のネットワークを活用し、関係者間で協議を行うことは重要である。地域全体の取り組みとして、関係者、関係機関・団体間の共通認識を図り、連携を密にしながら運営することが求められる。

協議会は、精神保健福祉センター、保健所、福祉事務所、医療機関および福祉施設等の精神保健医療福祉関連施設、教育機関、労働局や職域(企業)等の雇用関連の資源、社会福祉協議会やNPO法人等の地域活動の関連団体、健康づくり推進員等の地区組織や住民代表、マスメディア、当事者・家族等で構成する。

2)地域でのネットワーク

普及啓発活動は、地域のネットワーク構築が不可欠となる。普及啓発活動は一時的で完結できるものではなく、地域と将来に根づくものとなる必要がある。こうした普及啓発活動を支えるものが地域でのネットワークである。

(1)活動への協力者

普及啓発活動に取り組む際には、その地域の医療機関、福祉機関、教育機関、町内会、民生委員等の関係機関や関係者と、計画の準備段階から積極的につながりをもつように心がける必要がある。また、近隣の住民、ボランティア等も重要な人的資源であり、ネットワークの広がりとなる大切な存在である。

これらの関係機関や関係者に活動への協力を依頼し、情報交換をし、互いに知り合う中で、その地域における精神保健医療福祉の現在の状況がわかり、必要とされる普及啓発活動の目標設定ができる。

(2)既存の資源とのつながり

普及啓発は、一つの活動単体で実施することは難しく、既に地域に存在する資源と連携することが現実的である。地域資源の活動の目的と機能を十分理解し、普及啓発活動に必要なものを既存の資源で補完し、連携しながら進めていくことが、地域に根ざした活動につながる。

このように、既存の資源とのネットワークを整備することが、効果的な普及啓発を実施することにつながる。

(3)当事者と地域住民との交流

普及啓発活動は、当事者と地域住民との交流を通して、また、地域のネットワークがつくられることで強化される。講演会やバザー等に地域住民が参加することと、地域で行われるスポーツやレクリエーション等のイベントに当事者が参加することの双方向の交流の促進が、偏見の除去や、正しい理解の促進、適切な対応につながる。

このような関わりは、長期的・継続的な実施が重要である。一度の活動で大きな成果を得ることは必ずしも必要ではない。ふれあいの機会を発展させて、日常的な交流や理解に至ることが期待される。

4 進め方の実際

1)情報収集

普及啓発活動を進める最初の段階として、対象地域の精神保健医療福祉に関する実情や普及啓発活動の実施状況を知ることが必要である。これらの実態を知ることは、その地域に特有の課題の把握につながり、また、普及啓発活動の具体的かつ実際的な目標設定へと結びつく。

(1)精神保健医療福祉に関する実情

精神保健医療福祉に関する実情は、国、都道府県、医療圏、市町村等のレベルごとに把握することが重要である。さらに、個々の普及啓発活動をより大きな施策の流れの中に位置づけ、全国や他の地域の状況との比較から、対象地域に固有の実情を把握することで、戦略的かつ建設的な活動計画を立案することが可能となる。

①収集すべき情報

精神保健医療福祉に関連する行政の動き、精神科医療、精神保健医療福祉や障害者雇用に関する情報を収集する。これらの実態に関する情報は、単年度だけでなく複数年度にわたって収集し、その経年変化を知ることが重要である。

②情報収集の方法

情報を収集する際に利用可能なデータベースには、国レベルだけではなく、都道府県、市町村等地方自治体や精神保健福祉センターによっては、独自のデータをもっている場合もある。なお、精神障害者の雇用に関するデータは、各地域のハローワークの専門援助部門が精神障害者の有効求職者数や精神障害者の就職状況等を把握しているので、確認が必要である。

(2)各組織・団体による普及啓発活動の実施状況

効率的・効果的な普及啓発活動の計画立案のためには、当該地域における普及啓発活動の実施状況を知る必要がある。このような情報を通して、活動の重複を避けたり、あるいは相乗効果を図ったりすることが可能となる。

①行政機関による活動状況

都道府県、市町村によって実施された過去の普及啓発活動の実施状況、今後の実施予定を時系列的に把握する。可能であれば、個々の活動の目標や対象、さらに、その効果等も把握できるとよい。

また、精神保健福祉センター、保健所、市町村等で実施された精神保健医療福祉相談等の情報も、その地域の課題を把握するのに有用である。

②関係団体の活動状況

当該地域内の精神保健医療福祉関係団体の活動状況についても把握する必要がある。関係団体としては、社会福祉協議会、都道府県の精神科病院協会、個々の精神障害者社会復帰施設、当事者団体や家族会、その他のNPO法人等が考えられる。

これらの団体による過去の普及啓発活動の実施状況、今後の実施予定に関する情報を集め、時系列的に整理する。また、可能であれば、それぞれについての活動目標・対象・効果を把握するとよい。

2)現状分析

収集した情報を元に、当該地域内の現状を分析し地域特有の課題や利用可能な資源を把握することが、組織的かつ戦略的な普及啓発活動の計画を立案するために必要である。

(1)課題の整理

普及啓発活動の企画にあたっては、実態把握で得られたデータを分析し、当該地域特有の課題を把握する。

①課題整理の方法

収集した当該地域のデータを全国平均のデータや他の地域のデータと比較するだけでも当該地域の課題が明らかとなる場合が少なくない。さらに、別のデータを組み合わせて分析することで、課題をより絞り込むことが出来る。

②課題整理につながる情報

精神保健医療福祉に関連した住民の反対運動や苦情、住民間トラブルの発生状況を知ることで、当該地域での課題の把握につながる場合もある。

可能であれば、何らかの調査を実施して当該地域住民の意識や知識を把握すると、より具体的な普及啓発の課題の把握につながる。一般住民のみならず、当事者・家族が普及啓発に求めていることを聴取することも課題の把握に有効である。

(2)活用可能な資源の把握

普及啓発活動を組織的かつ戦略的に進めるために活用可能な資源として、当該地域内の精神保健医療福祉関係団体も含めた様々の組織・団体や事業・活動を出来る限り把握しておくことは重要である。

特にボランティアについては、その活用自体が普及啓発につながるので、積極的に利用することが望ましい。活用方法としては、普及啓発イベント実施時のボランティア、または普及啓発資料配布時のボランティア等が考えられる。

3)目標の設定

(1)国や地方自治体の動きとの整合性

国の施策や地方自治体の「障害福祉計画」等を確認し、その流れの中に当該普及啓発活動を位置づけるような目的・目標の設定を行うことが望ましい。国や地方自治体の施策・事業との相乗効果を図れる可能性が高くなると考えられる。

(2)他の組織や団体の事業・活動との重複や補完性

当該地域や隣接する地域で実施された事業・活動や今後予定されている事業・活動との相乗効果を図れるような目的・目標の設定を行うことが望ましい。出来れば、同種の活動との重複を避け、他の活動と補完し合えるような目的・目標の設定を行う。

(3)課題への対応および現実との兼ね合い

課題の解決につながる目的・目標を立てるべきであるが、現実的には、予算、人的・物的資源、時間等の制限があるので、その枠の中で実現可能な目的・目標を設定することになる。このため、課題をすぐに解決できるような目的・目標の設定は難しいことも多い。その場合は、長期的な展望の中で目的・目標を捉え、長期目標と短期目標という段階づけを考えることが戦略的な普及啓発活動につながる。

また、当該地域の精神保健福祉分野の課題に優先順位をつけて整理し、順位の高いものから対応していくことも時に必要である。

(4)具体的な数値目標の設定

事後評価のために、出来るだけ具体的な数値目標を立てることが望ましい。

4)工程表の策定

普及啓発活動の計画立案にあたっては、具体的な準備作業等を時系列的に記載した年間計画または工程表を作成する。その中には、あらかじめ他の事業・活動や他の組織・団体の活動のスケジュールも合わせて記載しておくことによって、組織・団体間や各事業・活動との連携を確実に図ることが重要である。

また、計画策定の段階から当事者や一般住民が参画することで、普及啓発の効果が一層高まることになる。

(1)活動の時期の選定

普及啓発活動の時期によって、効果が異なる可能性がある。イベントであれば参加者数、資料配布型であれば配布数が時期の設定によって変わる。

他の事業や活動の実施時期との兼ね合いを考慮し、当該活動の実施時期を設定する必要がある。イベントを実施する場合であれば、他の事業との重複を避け、相互に宣伝することなどを通して、相乗効果や連動性を図れるような時期とすることが望ましい。また、パンフレットの配布については、他の事業や組織・団体等でイベントが開催される際に参加者へ配布できるような時期の設定を考えることが重要である。

さらに、パンフレット等の資料配布型の活動の場合、掲載情報を更新する必要性等から配布終了とする時期も決めておく必要がある。

「精神保健福祉普及運動週間」、「障害者週間」、「人権週間」等国レベルの事業と時期を合わせることで他の活動との相乗効果をねらうことが大切である。

(2)他の事業・活動、および他の組織・団体との連携

組織的かつ戦略的な普及啓発活動の展開のためには、他の事業・活動、および他の組織・団体の活動等の活用が不可欠である。

①普及啓発の場としての利用

他の事業・活動の場の一部を借りて、精神保健医療福祉の普及啓発活動を実施することが考えられる。他の事業・活動を普及啓発の場として利用するにあたっては、その事業の特性をよく把握し、その特性に合った普及啓発活動を企画することが重要である。

②宣伝・広報への活用

他の事業・活動を通して、精神保健医療福祉の普及啓発活動を宣伝・広報することは最も取り組みやすい連携である。また、イベント実施型活動の場合は当該活動の効果を最大化するために欠かせない作業ともいえる。他の活動・事業や、他の組織・団体の活動をよく把握し、その場を借りて当該活動を広報する。

また、精神保健医療福祉関係の団体のみならず、地域住民、教育関係者、雇用関係者、マスコミ関係者等を巻き込んだ広報活動の展開も重要である。

さらに、普及啓発活動の事前広報だけでなく、普及啓発活動実施後に予定されている他の活動の広報を行うことも当該地域内の普及啓発活動全体の連動化・効率化のために必要である。つまり、当該イベントの後に続く他の組織や団体のイベントの広報に協力することで、イベント参加者の関心を持続したり深めたりするきっかけになる。

③ボランティアの活用

参加者の視点から考えると、受身的に活動に参加するのではなく、能動的に参加することで、よりよい普及啓発につながると考えられる。この観点から、普及啓発活動の実施にあたっては積極的にボランティアを活用することが望ましい。

ボランティアとして活用が考えられるのは、地域のボランティア団体、小・中学生、高校生、大学生等であり、地域のボランティアセンターや市町村の広報誌等を利用してボランティアを公募することが考えられる。

④共催・後援団体

イベントの実施にあたっては、共催・後援団体を広く求めていくことで、複数の団体から様々な形の協力を得ることも可能となる。

5)進行の管理

実施にあたっては、目的・目標を実現する方向で作業が進んでいるかどうかをチェックすることが必要である。その際、計画段階でより具体的な目的・目標を立てているほど、活動がそれに向かって着実に進んでいるかどうかを確認しやすい。また、活動を進める方向に迷った際も修正しやすい。

さらに、策定した年間計画に沿って作業を進めることも重要である。特に、他の事業・活動、他の組織・団体等との連携をタイミングのずれがなく適切に進めていくためには、スケジュールどおりに作業が進んでいるかどうかの進行管理を行う必要がある。

資料配布型のように、活動期間がある程度長期に渡る活動では、時期を決めて中間評価を実施することも有効である。中間評価を通して、活動の進捗やその阻害因子を分析し、活動計画の中身を改善していくことが可能となる。

6)評価

実施した普及啓発活動を将来の活動へと建設的に結びつけていくためには、目標達成度や効果の判定等の評価が不可欠である。地方自治体等の公共機関が実施する活動の場合は、説明責任を果たすために評価が必要となることも考えられる。

評価にあたっては、できるだけ具体的な評価指標を使うことが重要である。その際、評価したい項目、およびどのような型の活動を選んだかによって、必要な評価指標は変わる。

評価の方法としては、パンフレットの配布部数やイベントへの参加者数を測定したり、参加者に普及啓発の内容の理解度を計るアンケートやインタビューを行ったりする。また、量的な評価だけでなく、質的な評価も時に有効である。質的な評価としては、参加者の精神障害者に対する意識やその後の行動、当事者の意識の変化等を分析することが考えられる。さらに、活動の実施にあたった関係者からのフィードバックや、マスコミ報道のウォッチングを通して、活動の効果を知ることも重要である。

評価の時期としては、活動終了時の評価は不可欠である。それ以外にも、活動終了からある程度の期間が過ぎた時点で実施する事後評価も、活動の効果や影響を知るためには必要である。また、活動の種類によっては中間評価も有効である。

なお、評価は外部の機関に委託して実施することもできる。委託する機関としては、地域内の医学系・心理学系・社会福祉系の大学等を考えるとよい。

7)評価結果の活用

将来の普及啓発活動計画に評価結果を反映させることは不可欠である。評価から得た結果を活用することによって、普及啓発活動をより効率的かつ効果的なものにすることが可能となる。次年度も実施されるイベント等であれば、次年度の担当者に評価結果を引き継ぐことが必要である。

また、事後の情報提供や宣伝・広報を実施することで、普及啓発の効果をさらに高めることができる。

さらに、他の組織・団体の普及啓発活動担当者に対しては、普及啓発活動の実施への参考資料として、実施に至るまでのプロセスも情報提供できると望ましい。

5 対象に応じた普及啓発

普及啓発活動は、対象者を明らかにして、その対象に応じた目的やメッセージ、実施等が一致してはじめて有効となる。ここでは、具体的に、対象となる集団ごとに活動例を示す。なお、必ずしもすべての活動を行う必要はなく、地方自治体ごとに地域の情勢にあわせて活動を行うのが望ましい。

1)一般市民

一般市民への普及啓発活動は、市民を3群に分けると整理しやすい。すなわち、精神保健医療福祉に関心をもたない群、本人や家族が精神保健医療福祉上の悩みを抱えている群、精神保健医療福祉に関心の強い群である。ここでは、この3群にわけて普及啓発活動を整理する。

(1)精神保健医療福祉に関心をもたない群

①目的

精神保健医療福祉に関心をもたない群に対して、「偏見や差別を解消しよう」といったメッセージを送っても、そもそも関心がないテーマであるため、メッセージが到達しない。より一般的で身近なテーマを題材にし、関心を高めることが主要な目的となる。

②メッセージ

精神疾患の罹患リスクに自覚がない場合は、「自分には関係ない」と問題自体を自身の枠外にあるものと感じている。したがって、普及啓発活動を繰り返しても常に無効化される。そこで、精神保健医療福祉に関心をもたない群への働きかけは、「自分にも関係がある」という意識を高めることが重要である。そのために、有病率や支援が必要な状態のサイン等に関する情報を提供し、「自身にも関係のある問題」という意識を高めるメッセージが必要である。

(2)精神保健医療福祉上の悩みをもっている群

①目的

精神保健医療福祉上の悩みを抱えていながらも、相談や受診していない当事者・家族が潜在的に数多くいる。相談や支援、疾病に関する情報が、当事者・家族に行き渡っていないことが多い。また、精神科医療への特別視や不安も存在する。場合によっては、自殺にもつながりかねない。地域に潜在する精神保健医療福祉上の悩みを抱える人に向けた相談や受診の促進は重要な課題である。

②メッセージ

早期の相談によるメリットや、費用、プライバシー、入院に関する不安等を払拭する情報を掲載することが重要である。また、悩みに応じた具体的な相談先についての情報を提供し、具体的な相談や受診を促進する。

(3)精神保健医療福祉に関心の強い群

①目的

市民の中には、精神保健医療福祉に一定の関心をもっている群が存在する。彼らは、ボランティア活動等を通じた具体的な支援や、精神障害者に対する受容的な意見を広めるオピニオンリーダーとなる可能性を秘めている。しかし、精神障害者に福祉的支援が必要であるという認識は十分浸透していない、また、福祉への関心が精神保健医療福祉活動に結びついていない場合がある。一方、関心はあるが、どのように行動すればよいかわからないという段階にある人もいる。潜在する関心を顕在化させ、具体的な行動につなげるのも普及啓発活動の目的である。

②メッセージ

この群に対するメッセージで重要なのは、「どのようなことができるのか」についての行動の選択肢に関する情報を伝え、関心と行動を結びつけることである。例えば、「ボランティアに参加したいと思ったらどうすればよいか」、「差別しないということは、具体的にどのようなことか」、「精神障害への関心を示すバッジはどこで購入できるか」など、行動を起こすための情報を示すことにより、具体的な行動に取り組んでもらう。

2)地域生活上のキーパーソン

当事者の地域生活を可能にするためには、当事者と具体的な関わりをもつ雇用主、家主、不動産会社、警察関係者等への情報提供が必要となる。地域によっては、キーパーソンとなる者に焦点をしぼり、ピンポイントで精神障害者に対する理解を深めることが重要な場合もある。

なお、これらの地域生活上のキーパーソンが「偏見をもっている」と決めつけ、「その態度を是正する」という姿勢で臨むべきではない。むしろ、精神障害に関する情報にふれる機会が限られている中で、不安を感じるのは当然であると考えて、情報提供することで不安が軽減される、という対象者中心のスタンスが必要である。

(1)雇用関係者

①目的

雇用関係者に対する普及啓発活動には、以下の2つの目的が考えられる。

  • 障害者雇用の拡大:精神障害者の雇用率を上げるには、就労に関する支援体制を整えると同時に、雇用主の理解を広める。
  • 従業員のメンタルヘルス:企業内には、職場のストレスから精神的不調を訴える従業員も少なくなく、治療や休職を要する場合もある。その際にサポート可能な職場環境とするため、管理監督者や雇用主に対して情報を提供する。

なお、これらの活動を推進するにあたっては、ハローワーク、地域障害者職業センター 等を活用することが不可欠である。行政機関は、これらに呼びかけ協力を求める。

②メッセージ

労働者としての能力、疾病の管理、雇用主として配慮すべき内容等雇用主の関心事に配慮した情報提供が重要である。また、雇用主、障害者をサポートするジョブコーチ等の制度を紹介し、障害者雇用に関して安心してもらうことも必要である。

また、障害者を雇用することの社会的意義や、障害者の労働能力、各種助成金等経済的な保障を伝える。このように、雇用される障害者にとっても、雇用主にとってもメリットがあるというメッセージを伝えることが必要である。これらに関しては、障害者雇用を受け入れたことのある事業者や、職場で発病した当事者等の体験談が重要である。

(2)その他のキーパーソン

当事者が地域生活を送る上でのキーパーソンには、住居という点から家主や不動産業者が挙げられる。特に、障害者自立支援法による市町村地域生活支援事業の住宅入居支援事業(居住サポート事業)を行う上で、家主、不動産業者に対する働きかけは重要である。説明会、相談会の開催や、パンフレットの作成等が求められる。

さらに、警察関係者もキーパーソンとなる。自傷他害の恐れがある場合や、放浪からの保護等、精神障害者が警察に保護されることは少なくない。しかし、その者が精神障害者であることに警察官が気づかない場合や、医療対応が適切な場合でも、司法対応がなされることもある。当事者、警察スタッフが適切なサポートを得られるよう、行政関係者と精神科医療機関、福祉施設等が連携し、警察関係者に相談会、研修会を行うことも重要である。

3)精神保健医療福祉分野の専門職

①目的

精神保健医療福祉分野の専門職が、当事者・家族に対して偏見をもつことは許されない。しかし、医療、福祉の名のもとに当事者を抑圧し、人権を奪う事件が起こってきたことも事実である。また、通常の治療、支援の場面でも、専門職の態度や言葉が意に反し当事者・家族を傷つけてしまうこともある。

人権に関する配慮は専門職の教育課程の中にもある。また、自らの支援や日常的な接遇を反省的に捉え、研鑽に励んでいる専門職も多い。しかし、その取り組みは個人の努力にのみ任されるべきものではない。公的機関が専門職への普及啓発活動を行う姿勢をもつことで、より多くの専門職の意識づけや内省の機会となり、全体のレベルアップを図ることができる。

いずれの場合も、企画段階で当事者・家族の参加を依頼し、どのような点が当事者・家族の気持ちを傷つけるのかという意見を反映させることが必要である。また、対象となる医療機関や関係機関の理解と協力を求める必要がある。

当事者・家族が「人権を侵害された」、「不当に扱われた」と感じた場合の人権相談に関する窓口を設置することや、その存在を当事者・家族に報知することも、専門職の支援行為の質を高めるという点で、間接的な普及啓発活動となる。

②メッセージ

誰しも陥りがちな偏見があることを意識し、振り返ることを習慣化する。また、専門職のどのような振る舞いに違和感を覚え、傷つくのか、当事者・家族からの声を集め、専門職に提示することも、ケアの質を高める具体的なメッセージとして有効である。

4)学校教育関係者

①目的

精神疾患の早期発見・早期治療の観点から、学校における情報提供は重要である。また、障害者に対する態度を形成している途上である学童期・思春期における偏見解消の教育プログラムは、成人後の態度の改善を図るプログラムよりも、はるかに高い効果をあげる。

近年では障害者施設や高齢者施設に児童・生徒が見学・ボランティアに行く機会も増えているが、精神保健医療福祉の分野での取り組みは立ち後れている状況にあり、今後一層の取り組みが必要である。

行政機関の必要な取り組みとして、学校教育分野での普及啓発プログラムの検討会や実行チームをつくることが求められる。メンバーは、関係する学校の教職員やスクールカウンセラー、養護教員、精神科医療機関、福祉施設、当事者団体、大学の研究者等が考えられる。なお、学校における普及啓発活動にあたっては、教育委員会からのトップダウン方式でのオーソライズが効率的なこともある。行政担当者はこの点を踏まえ、教育委員会との連携を図ることが重要である。

②メッセージ

本来は、あらゆるメッセージを取り上げることが必要である。しかし、対象となる児童・生徒の年齢や、保護者、当該学校の関係者の関心、およびカリキュラム上の時間制限があるため、自らのこころの不調に気づく早期発見・早期予防、ストレス管理、偏見・差別や共生社会の問題等にテーマは絞られる。

5)当事者・家族

①目的

当事者自身や、その家族自身が偏見や差別を内面化していることがある。当事者自身が、自らの能力や価値に否定的な思いを抱いていることは少なくない。内面化された偏見や差別は、疾患の予後や、生きることについて影を落としている。

また、身内に精神障害者を抱える家族自身も、必ずしも偏見から自由であるとはいえない。精神障害者に対してもともとネガティブな偏見をもっていたり、精神障害に関する情報について触れる機会をもたなかったりする家族が、患者の理解や対応について戸惑うのは不自然なことではない。このことが、患者に対する拒否的な態度や、精神疾患は「本人の性格や弱さのせい」、「怠けの問題である」といった誤解につながることもある。また、「精神疾患になったのは自分たちの育て方が間違ったからだ」という罪悪感を抱いている家族も多い。

さらに、精神保健医療福祉に関する各種のサービスや社会資源、薬物療法等の重要性、症状への対処方法、年金、生活保護等の諸制度に関する情報等は、当事者・家族が必ずしも十分に知っているとはいいがたい。

このような観点から、既に受診・相談をしている当事者・家族が、精神疾患やそれにまつわる事柄に正しい理解を得られるように、また、自らの精神疾患に適切に対応し、生活を向上できるようサポートすることも重要である。

②メッセージ

基調となるメッセージは、当事者・家族の自尊心を低下させる誤った情報を是正し、当事者・家族をエンパワメントする内容が必要である。また、社会資源や相談先についての情報も併せて必要である。

6)マスメディア

①目的

市民の精神障害者に対する考えは、マスメディアによる描写の影響が少なくない。マスメディアによる精神障害者の描写は、事件報道やドラマ・映画における描写等、暴力が関係するものが多く、人々の差別や偏見を助長しているという知見も存在する。マスメディアは、報道によって精神障害者への偏見を助長してきたという経験を自覚し、この経験を繰り返さないようにすべきである。

一方、マスメディアは、当事者の生活や思いなどを報道し、精神障害者への差別や偏見をなくす機能ももっている。マスメディアに対しては、そのような意識づけを行っていくような普及啓発活動を期待したい。

②メッセージ

伝えるべきメッセージは、報道上の表現の問題と、精神障害や精神保健医療福祉に関しての積極的、啓発的な側面の報道をより活発化させることについてである。

前者については、不適切な表現や、犯罪事件報道に関する倫理コード等を紹介する必要がある。後者については、報道側が必要な情報を得られるように、情報や記事等の提供体制を整えることが重要であるといえる。

編集:

普及啓発の組織的・戦略的推進に関する研究班(平成19年度厚生労働科学研究費補助金)

主任研究者 保崎 秀夫 (社団法人 日本精神保健福祉連盟)
分担研究者 上田 茂 (財団法人 日本医療機能評価機構)
研究協力者 河野 眞 (国際医療福祉大学)
小林 清香 (東京女子医科大学)
佐野 雅隆 (早稲田大学)
澁井 実 (国際医療福祉大学)
瀬戸屋雄太郎 (国立精神・神経センター精神保健研究所)
立森 久照 (国立精神・神経センター精神保健研究所)
野口 博文 (社団法人 日本精神保健福祉連盟)
吉田 光爾 (国立精神・神経センター精神保健研究所)