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平成19年度厚生労働科学研究費補助金障害保健福祉総合研究推進事業報告書

精神障害者の自立支援のための住居確保に関する研究

長沼 洋一
国立精神・神経センター精神保健研究所

1.はじめに

厚生労働省においては、平成16年9月に厚生労働大臣を本部長とする精神保健福祉対策本部報告書「精神保健医療福祉の改革ビジョン」を公表し、「入院医療中心から地域生活中心へ」という基本的な方策を推し進め、立ち後れた精神保健医療福祉体系の再編と基盤強化を今後10年で進めることとした。また、平成17年10月には障害者自立支援法が成立、精神保健福祉法、障害者雇用促進法も改正され、障害者が地域で普通に暮らせるための持続可能な制度が整備された。

筆者は厚生労働省科学研究費補助金(障害福祉総合研究事業)「精神障害者の自立支援のための住居確保に関する研究」に参加し研究に従事した。本稿では平成19年度研究について報告する。

2.研究目的

「精神保健医療福祉の改革ビジョン」にあげられた課題について精神障害者の住宅確保は必要不可欠なものである。そのためには、精神障害者の住居確保に関して、住宅の紹介システム、契約関係、損害賠償等の保険活用、生活の支援と住宅の管理、退去時の管理、当事者の財産の保全・活用など、一般住宅を活用するために必要な取り組みの全体像を明らかにすることは重要である。

障害者自立支援法の施行に伴い、精神障害者も障害者居住サポート事業の対象として制度枠組み的には位置づけられた。しかし実際に精神障害者の自立支援に携わる際には、精神科医療の継続支援と危機介入体制の確保といった医療的課題、居住スタイルの選定・必要な社会的交渉から日常生活の家事遂行・その維持に至るまでの生活支援/福祉サービスコーディネートといった福祉的課題、精神障害者の住宅確保を支援する法整備や制度運用体系の整備といった制度論的課題が存在すると考えられる。本研究では、このような課題を整理しつつ、総論的に精神障害者の自立支援のための住宅確保に向けて必要な課題を明らかにすることを目的としている。

本年度の研究では、これに関わる問題として精神保健医療、福祉サービスおよびその政策・制度の情報を収集し、これらをまとめたものを情報発信することを目的とした。

3.研究方法

1)調査対象

都道府県・指定都市の精神保健福祉主管課とした。47都道府県と17都市が対象となった。

2)調査方法

質問紙調査法を用いた。郵送法にて調査票を配布・回収した。

3)調査期間

平成19年9月

4)調査票の作成

調査票の作成にあたっては、精神障害者の地域居住に関して先行研究を行っている研究者らにヒアリング調査を行い、項目を選定した。居住サポート事業に限らず、広く精神障害者の居住支援の取り組みについて、実情を調査することとした。

5)調査内容

調査内容は以下の三点とした。

(1)都道府県内・政令指定都市内での精神障害者のための居住支援のために行われている取り組み・工夫の実態について:実施主体、取り組み・工夫の内容、取り組み名称、ヒアリング調査の可否

(2)都道府県内・政令指定都市の精神保健福祉センターで行われている精神障害者の居住支援のための取り組み・工夫の内容について:取り組み名及び具体的な内容

(3)ホームページによる調査結果の公表に関する許諾について

この調査への回答により、管轄内での精神障害者の住居確保の実情に関する関心を高めるという介入的調査を意図したものである。また精神保健福祉センターの役割について別途取り上げたのは、近年行政における精神保健福祉の主管課と精神保健福祉センターとの連絡関係が、最近疎遠になってきている箇所があるとの指摘を受けたためであり、この調査が連携のきっかけになることも意図して、精神保健福祉センターでの取り組みについて「主管課」にたずねた。

4.研究結果

回収率は75.0%(48/64)であった。主な結果を以下に示す。

1)自治体管轄区域内において

住居確保に関する取り組み・工夫について

  • 情報あり:25カ所
  • 「該当するものがない」:19カ所
  • 「把握していない」:4カ所

であった。

実施主体は、市町村のほか、NPO法人、社会福祉法人、医療法人などが多かった。その多くは、障害者自立支援法における指定相談支援事業所の指定を受けていた。またいくつかの当事者団体によって構成される「連絡協議会」が実施主体となっている箇所もみられた。

具体的な取り組み内容は以下のように分類された。

(1)地域の関係機関のコーディネート/ネットワーク構築

地域の関係機関がそれぞれ個別に日常生活支援、緊急時における医療的ケア、ショートステイ、夜間相談、といった支援を提供している。精神障害者が単身で地域居住を継続するために、これらの関係機関との連絡調整を図ったり、ネットワーク化を進めたりしているという回答が見られた。

(2)相談支援

障害者自立支援法において「相談支援事業」の中に居住サポート事業が位置づけられているためか、相談支援を行っているとの回答は比較的多かった。相談支援の内容は、さらに以下に分類されるような入居時の支援や公営住宅の活用支援など、より具体的な支援に展開しているものと考えられる。

(3)退院促進事業との関連付け

精神障害者の場合には、退院促進事業と関連づけて実施している、との回答は比較的多く見られた。退院促進事業の担当者が民間アパートの活用を依頼する、グループホームへの体験入居を助成する、といった回答がみられた。またグループホームやケアホームの入居者への家賃助成を行っている自治体もみられた。

(4)地域生活体験支援

1カ月程度の宿泊体験プログラムへの助成や、家具設備があり保証人不要の短期賃貸マンションを活用したアパート生活の体験入所支援、といった方策を実施中、また検討中の箇所がみられた。

(5)物件確保

住宅確保に際しては、本人と一緒に物件探しを支援すること、不動産業者に対し物件斡旋を依頼すること、公営住宅の活用を進めること、などの回答がみられた。物件確保のために、関連団体から既存の職員寮を借り受けて改修し、実施主体がアパートとして運営し当事者へ借り出すなどの工夫をしているという報告もあった。

(6)民間賃貸住宅の入居関連

民間賃貸住宅への入居を推進している地域では、不動産業者との連携が目立った。主な連携方法としては、不動産業者への訪問や交流会や意見交換会、研修会等を開催し、連携できる体制を構築している箇所が多かった。また、国土交通省によるあんしん賃貸支援事業を活用している(または活用を検討中である)箇所もみられた。

また、特に民間賃貸住宅への入居に際しては保証人問題が大きな課題であり、地域の不動産業者による保証人協会の利用状況について調査により把握している地域、居住支援事業の実施主体が場合によっては保証人を代行している地域、自治体が保証会社と契約を交わし、保証人を得られない精神障害者の場合には指定保証会社を利用できる地域などが見られた。

多くの地域では、貸主との調整を行い、貸主の不安を軽減することや、本人に対し入居契約時の支援も提供していた。

(7)日常生活支援、居住継続支援

機能訓練やパソコン教室、就労支援プログラムといった日中の活動の場の提供と組み合わせて支援を提供しているとの回答もみられた。

また、入居後の緊急時の支援や関連機関との調整、24時間相談体制など、入居後の居住継続支援体制に配慮しているとの回答も15箇所から得られた。

2)精神保健福祉センターにおいて

住居確保に関する取り組み・工夫について

  • 情報あり:3カ所
  • 「該当するものがない」:39カ所
  • 回答無し:6カ所

との回答が得られた。

精神保健福祉センターでは精神障害者の地域居住支援のための取り組みや工夫を行っている場所はあまり多くなかった。

3)今回の情報をHPに紹介すること

  • 可:31カ所
  • 否:11カ所
  • 回答なし: カ所

という調査結果が得られた。

この結果に基づいて、「精神保健福祉の改革ビジョン研究」ホームページにおいて、「住宅確保の取り組みの情報」を閲覧できるページを作成し、平成19年12月に公開した。

(掲載 URL http://www.ncnp.go.jp/nimh/keikaku/vision/areai.html図1にそのページのスクリーンショットを示す。県名の色が赤くなっている箇所をクリックすると、より詳細な情報が記された別ウィンドウが立ち上がる仕組みになっている。

なお掲載に際しては、具体的な団体名や取り組み名の掲載が難しい場合には伏せた形で掲載したり、公開前に掲載形態と内容の確認を依頼したりするなど、倫理面に配慮し回答者の意思を尊重した。

5.考察

精神障害者の地域における住宅確保においては調査対象となった64箇所のうち、48箇所から回答を得たが、住宅確保に関する何らかの情報があるのは25箇所にとどまり、23箇所では住宅確保に関する取り組みや情報がなかった。

情報が寄せられたうちでは、市町村や社会福祉法人、NPO法人が中核的な役割を担っていた。支援内容は、地域によってかなりの違いが見られ、ほぼすべてで行われていたのは「相談支援」のみであった。支援の位置づけに精神障害者の退院促進事業と関連づけている箇所は複数みられ、精神障害者の自立生活支援を総合的、包括的に展開していると考えられた。

支援の提供を住宅入居にまつわるいくつかの段階で分類すると、体験入所の段階、入居前の物件確保の段階、民間賃貸住宅への入居に関連した段階、入居後の日常生活や地域居住継続支援の段階に分けられる。

体験入所は、本人の自立生活スキルが獲得されているか確認する場、またその後の生活に向けて必要なサービスのニーズをアセスメントする機会として活用しうるであろう。また、入居前の物件確保に際しては、公営住宅の活用と、地域賃貸物件の開拓、またグループホームの設置、活用といった展開がありうる。とりわけ民間賃貸住宅を活用するためには、不動産業界との連携が必須であり、そのために国土交通省のあんしん賃貸支援事業を活用する自治体もみられる。また不動産業者との交流を推進するためのさまざまな工夫もみられた。貸主の理解を得るためにも、仲介業者である不動産業者との連携は不可欠な課題であろう。また保証人問題に関しては、保証会社を指定する、実施主体が保証人代行を行う、といった工夫がみられた。入居後の日常生活を継続する上での支援としては、就労援助など日中の活動の場を提供し、地域生活を継続する上で問題が生じた時の相談支援体制、緊急時の危機介入といった支援を提供するなどがみられた。

こうした支援を円滑に提供するために、地域の複数の関係機関のコーディネートを行ったり、ネットワーク構築に力を入れたりすることも重要であることが示された。特に市町村の場合、直接サービスを提供していくにはマンパワーの限界があるかもしれないが、関係各機関をコーディネートし、関連法人によるサービスの開拓、展開を支援していくことは有用であると考えられる。財源的支援を工夫し、こうした活動を展開している自治体も見られた。

精神保健福祉センターは精神保健および精神障害者の福祉に関する法律第6条においてその役割を「一 精神保健及び精神障害者の福祉に関する知識の普及を図り、及び調査研究を行うこと。二 精神保健及び精神障害者の福祉に関する相談及び指導のうち複雑又は困難なものを行うこと」等と規定されているように、知識の普及や相談・指導を主役割としている。そのため、精神障害者の居住支援に関する実践的な取り組みについては、NPO法人や社会福祉法人、各種団体の連絡協議会など、多様な手段を取れる実施主体のほうが活動しやすいのかもしれない。もっとも、精神保健福祉センターでは、精神障害者の福祉に関する複雑または困難なものを行うことが主役割であるため、管轄内に十分な居住支援体制が無い場合には、精神保健福祉センターがコーディネート業務を担当し、各地の展開についての情報提供と既存の社会資源を結びつける連絡協議会を立ち上げるといった活動が要請されるかもしれない。

6.まとめ

精神障害者の住宅確保に関する取り組みについて、都道府県及び政令指定都市の精神保健福祉主管課に対する調査を行った。まだ住居確保に関する取り組みは始まったばかりであるが、いくつかの自治体内においては、地域機関の連携やネットワーク構築、不動産業者との関係構築、公営住宅の活用、入居前/契約時/入居後の地域生活の各段階における相談支援といった取り組みに着手していることが示された。また調査結果については、承諾の得られた範囲でホームページに公開した。

今後は、こうした各種の取り組みについてより詳細な情報を整理し、各段階、課題ごとに具体的な支援が展開できるように取りまとめを行うことが課題である。

図1 住宅確保の取り組みの情報 ホームページのスクリーンショット
図1 住宅確保の取り組みの情報 ホームページのスクリーンショット