8ヶ月齢から20ヶ月齢の乳幼児における社会的行動獲得の時系列
~広汎性発達障害児における社会的行動発達過程検討のための予備的研究~
稲田 尚子
国立精神・神経センター精神保健研究所
1.問題と目的
広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorders: PDD)は、①対人的相互作用の質的障害、②コミュニケーションの質的障害、③行動・興味・活動の限局された反復的・常同的な様式、の3領域の異常によって特徴づけられる障害である。しかしながら、これらの診断基準は、主に症状が最も顕著な3歳以降を対象として作成されているため、3歳未満のPDD児にはそのまま適用することはできない。3歳以前の特徴については別に考える必要があり、それらは、近年のPDDの乳幼児研究によって少しずつ明らかになってきている。PDD児の1歳の誕生日の回顧的なホームビデオ分析や、1歳代からの前方視的追跡研究によると、1歳代のPDD児では、定型発達児や非自閉の発達障害児と比べて大人と共同で遊ぶ、他者の顔の注視、模倣、共同注意(興味あるものを指さしたり見せに持ってくる、大人が指さした対象を見る、ものから大人へ視線をシフトする)、呼名反応などの対人相互的な社会的行動の頻度が低い、という結果が得られている(Osterling et al., 1994, 2002;Charman et al., 1997; Wetherby et al., 2004, 2007; Werner et al., 2005; Ventola etal., 2007)。このように、1歳代のPDD児では、社会的行動の発達が非定型であることが示されているが、彼らの社会的行動の発達の状況及び道筋を的確に把握するためには、これら早期に芽生える社会的行動について、まずは一般乳幼児における発達過程を詳細に検討し、対比する必要があると考えられる。
2歳までに芽生えるとされている社会的行動に関して、従来の一般乳幼児を対象にした研究では、行動発達を個別に扱ったものが多く、また実験・観察条件や評価の基準についてそれぞれ独自のものを使用しているため、先行研究から各行動の関連性や出現順序を比較検討することは難しい。そのような中で、Carpenter, Nagell, & Tomasello(1998)及び田中・黒木と税田(2006)の2つの研究は、1歳前後に芽生える共同注意行動やそれらを含む社会的行動を包括的に取り扱い、その出現時期や順序性を検討した点で注目に値する。Carpenterら(1998)は、24名の一般乳児に対して、生後9ヶ月から15ヶ月まで1ヶ月毎に、9つの社会的行動(共同の関わり〈物を見た後大人を見て、その後再び物を見る行動〉、提示・手渡し、子どもが行動を大人に遮られた際の大人への参照行動、模倣、指さし追従、視線追従、興味の指さし、要求の指さし、要求のジェスチャー)について、実験的手法を用いて行動観察を行い、縦断的に評価したところ、社会的行動の出現の同期性と順序性が明らかとなった。すなわち、調べた9つの社会的行動は、大半の乳児で生後9~12ヶ月の間に初めて出現し、また、約80%の乳児で9つの行動がその4ヶ月以内にすべて出現していた。さらに、それらの出現順序について明らかにするために、共同の関わり、提示・手渡し、子どもが行動を大人に邪魔された際の大人への参照行動などの近接した場面で大人の注意を共有したり確認したりすることが求められる課題(注意の共有・確認)、模倣、指さし追従、視線追従などのより距離のある外的事物へ大人の注意を追従することが求められる課題(注意の追従)、興味の指さし、要求の指さし、要求のジェスチャーなどの大人の注意を外的事物へと方向付けることが求められる課題(注意の方向付け)の3つの行動群に分け、その順序で獲得するのではないかという仮説をたて、各群の平均出現月齢を比較したところ、24名の子どものうち20名で彼らの仮説を支持する結果が得られ、一貫した発達順序性が見られたと報告している。
一方、田中ら(2006)は、地方自治体との共同縦断的悉皆調査の一部として、親記入式の質問紙を用いて11の共同注意行動(視線追従、指さし追従、後方の指さし追従、他者の視線・指さしに伴う交互凝視、要求の指さし、要求の指さしに伴う交互凝視、興味の指さし、興味の指さしに伴う交互凝視、応答の提示・手渡し、自発の提示・手渡し、動作模倣)の出現時期や順序性について検討した。1,518名の一般乳児の養育者に、乳児が生後8ヶ月から18ヶ月まで2ヶ月毎に計6回、11項目の共同注意行動に関する同一の質問紙に回答してもらったところ、延べ5876名が参加した。月齢に関して、各行動に対する月齢別の通過率を元にクラスター分析を行い、また各行動に関して、素データを元にクラスター分析を行った。それらをCarpenterら(1998)の結果と比較するために、彼らと同じ分類名を用いて、生後8~10ヶ月に注意の追従行動(視線追従、指さし追従、後方の指さし追従、他者の視線・指さしに伴う交互凝視)が出現し、続いて生後11~12ヶ月に注意の共有・確認行動(応答の提示・手渡し、自発の提示・手渡し、動作模倣)が出現し、最後に生後12~14ヶ月に注意の方向付け行動(要求の指さし、要求の指さしに伴う交互凝視、興味の指さし、興味の指さしに伴う交互凝視)が出現するとした。
上記2つの研究では、調べた共同注意行動を含む社会的行動の出現時期が1歳前後に集中している、という点では一致した結果が得られているが、発達の順序性という点では結果が異なっている。この理由として、両研究で調べた行動の種類や定義が必ずしも同じではないということがあげられる。特に、視線の追従の定義について、Carpenterら(1998)は、乳児が視線の先の目標物を正確に捉えることとしているのに対し、田中ら(2006)は、乳児が大人の視線の方向に反応することとしており、視線の先の目標物を捉えることを評価に加えるか否かという点で大きく異なっている。また、Carpenterら(1998)は、各行動について仮説を立てた上で群分けをし、実証を試みたのに対し、田中ら(2006)は比較対照のためにCarpenterら(1998)と同じ分類名を用いているものの、各行動の月齢別の通過率によって群分けをしており、分類方法も異なっている。その結果、両研究において、注意の追従行動群と注意の共有・確認群の出現順序が入れ替わり、また模倣が含まれる行動群に違いが生じたと考えられる。一方で、上記2つの研究で調べた行動について、ほぼ同義と考えられるものを個別に比較してみると、指さし追従、模倣、提示・手渡しが出現した後に、要求の指さし、興味の指さしが出現するということは、共通していると言える。
しかしながら、これらの研究は、1歳前後に芽生える社会的行動の発達の順序性について調べているものの、PDDに特化したものではなく、PDD児の早期の社会的行動の非定型な発達過程を明らかにするためには不十分であると考えられる。PDD児に見られる共同注意の障害は、二項関係の障害を反映している(Leekam et al.,1998)という主張もあるため二項関係も含め、さらに幼児期早期のPDD児では頻度が少ないことが報告されている、大人の注意を喚起するような行動、興味あるものを見せに持ってくる行動や社会的参照などの社会的行動も含めて検討する必要がある。これらの行動を含めて、幼児期早期の乳幼児の社会的行動の発達過程を検討することは、PDD児だけでなく、一般乳幼児の社会的行動の発達を把握する上でも重要であると考えられる。その点で有用な質問紙として、乳幼児期自閉症チェックリスト修正版(Modified Checklist for Autism in Toddlers ; M-CHAT,Robins et al., 2001)が挙げられる。M-CHATはもともと、2歳前後で使用できるPDDのスクリーニングツールとして米国で開発された全23項目の親記入式質問紙であるが、その項目には生後数ヶ月から1歳半頃までに芽生える社会的行動が16項目と多く含まれているのが特徴である。そのため、M-CHATを1歳半までの一般乳幼児に対して使用することで、1歳半頃までに芽生える社会的行動の獲得時期及び発達順序性について検討することができると考えられる。日本では神尾らによって翻訳されており(神尾と稲田,2006)、また、はい・いいえの二者択一で回答するため簡便であり使いやすい。
従って、本研究では、PDDで非定型な発達過程を辿るとされる、通常1歳半頃までに芽生える社会的行動について、一般乳幼児で獲得される時期およびそれらの順序性について、日本語版M-CHATを用いて明らかにし、PDD児の発達過程を評価するためのベースラインを特定することを目的とする。
2.方法
対象 対象は、九州大学赤ちゃん研究員、独立行政法人科学技術振興機構(Japan Science and Technology Agency:JST)子ども研究員に登録している乳幼児、または福岡県、佐賀県、長崎県、愛媛県、東京都内の保育園、育児サークルに通う乳幼児で、生後8ヶ月~20ヶ月の者とした。主たる養育者に、質問紙である日本語版M-CHATを配布し、回収できた327件のうち、不備がある回答を除いた、有効回答318件を分析の対象とした。各月齢における対象児数は、表1に示す通りである。
表1 対象の特徴
月齢 | 人数 | 性比(男:女) |
---|---|---|
8ヶ月 | 21 | 17:4 |
9ヶ月 | 23 | 12:11 |
10ヶ月 | 18 | 14:4 |
11ヶ月 | 37 | 15:22 |
12ヶ月 | 29 | 9:20 |
13ヶ月 | 33 | 18:15 |
14ヶ月 | 22 | 13:9 |
15ヶ月 | 18 | 11:7 |
16ヶ月 | 27 | 16:11 |
17ヶ月 | 19 | 11:8 |
18ヶ月 | 14 | 10:4 |
19ヶ月 | 17 | 9:8 |
20ヶ月 | 20 | 13:7 |
調査方法 九州大学赤ちゃん研究員、JST子ども研究員には、郵送にて質問紙の配布・回収を行った。福岡県、佐賀県、長崎県、愛媛県、東京都内の保育園、育児サークルには、調査協力を依頼し、園またはサークルごとに質問紙の配布・回収を行った。
調査内容 付録に示す、日本語版M-CHATは、1歳6ヶ月から2歳にかけての幼児の自閉的な障害の早期兆候をとらえることを目的として開発された養育者記入用の質問紙である。社会的行動に関する16項目、言語理解に関する1項目、自閉症に特異的にみられる行動4項目、及び、移動に関する2項目の計23項目から構成される。記入方法は、23項目に示される各行動について、主たる養育者が、「はい」「いいえ」のいずれかで回答するものである。
3.分析方法
社会的行動の獲得月齢 社会的行動16項目について、その項目を通過している対象児の割合(通過率)を月齢区分ごとに算出し、通過率75%に初めて達した場合に、その行動を獲得したとみなし、各項目の獲得月齢を調べた。
社会的行動の獲得の時系列 社会的行動の獲得の順序を検討するためにFriedman検定を行った。有意差がみられたものについては、Bonfferoniの補正後、Wilcoxon 符号順位検定による対比較を行った。統計解析はすべてSPSS 12.0J for Windowsを用いた。
4.結果
社会的行動の獲得月齢 社会的行動に関する16項目について、通過率75%に初めて達した月齢を獲得月齢とみなしたところ、大きく3つの段階に分かれると考えられた(表2)。身体を揺すると喜ぶ、他児への関心、イナイイナイバーを喜ぶ、合視、微笑への応答、呼名反応は、8ヶ月齢ではすでに獲得されていた(第1群)。みたて遊び、要求の指さし、興味の指さし、模倣、指さし追従、親の注意喚起は、11~12ヶ月齢で獲得され(第2群)、機能的遊び、興味があるものを見せる、視線追従、社会的参照は、15ヶ月齢以降に獲得された(第3群)。
表2 社会的行動の月齢別通過率(%)
項目 | 8m | 9m | 10m | 11m | 12m | 13m | 14m | 15m | 16m | 17m | 18m | 19m | 20m | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
第1群 8ヶ月以前 |
1 | 身体を揺らすと喜ぶ | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 |
2 | 他児への関心 | 100 | 87.0 | 100 | 97.3 | 100 | 97.0 | 100 | 94.4 | 92.6 | 100 | 100 | 100 | 100 | |
4 | イナイイナイバー喜ぶ | 100 | 87.0 | 96.4 | 94.6 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | |
10 | 合視 | 90.5 | 95.7 | 89.3 | 100 | 96.6 | 90.9 | 87.5 | 94.4 | 81.5 | 100 | 85.7 | 100 | 100 | |
12 | 微笑み返し | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | 100 | |
14 | 呼名反応 | 95.2 | 91.3 | 96.4 | 100 | 96.6 | 97 | 100 | 100 | 96.3 | 100 | 100 | 100 | 100 | |
第2群 11-12ヶ月 |
5 | みたて遊び | 9.5 | 13.0 | 35.7 | 48.6 | 79.3 | 69.7 | 84.4 | 94.4 | 88.9 | 100 | 100 | 94.1 | 95.0 |
6 | 要求の指さし | 9.5 | 13.0 | 28.6 | 43.2 | 75.9 | 87.9 | 87.5 | 100 | 92.6 | 100 | 100 | 100 | 100 | |
7 | 興味の指さし | 9.5 | 13.0 | 35.7 | 51.4 | 79.3 | 75.8 | 87.5 | 100 | 88.9 | 100 | 100 | 94.1 | 100 | |
13 | 模倣 | 28.6 | 26.1 | 71.4 | 81.1 | 82.8 | 81.8 | 87.5 | 88.9 | 77.8 | 94.7 | 92.9 | 100 | 100 | |
15 | 指さし追従 | 38.1 | 52.2 | 46.4 | 67.6 | 86.2 | 78.8 | 90.6 | 88.9 | 96.3 | 100 | 100 | 100 | 100 | |
19 | 親の注意喚起 | 57.1 | 56.5 | 64.3 | 75.7 | 86.2 | 72.7 | 78.1 | 83.3 | 81.5 | 100 | 100 | 94.1 | 95.0 | |
第3群 15ヶ月以降 |
8 | 機能的遊び | 14.3 | 8.7 | 14.3 | 27.0 | 41.4 | 21.2 | 40.6 | 72.2 | 66.7 | 78.9 | 92.9 | 100 | 95.0 |
9 | 興味あるものを見せに持ってくる | 4.8 | 8.7 | 7.1 | 29.7 | 44.8 | 48.5 | 62.5 | 83.3 | 81.5 | 89.5 | 92.9 | 82.4 | 95.0 | |
17 | 視線追従 | 47.6 | 52.2 | 53.6 | 48.6 | 69.0 | 66.7 | 62.5 | 83.3 | 70.4 | 94.7 | 85.7 | 76.5 | 95.0 | |
23 | 社会的参照 | 57.1 | 56.5 | 53.6 | 70.3 | 65.5 | 66.7 | 68.8 | 83.3 | 63.0 | 78.9 | 78.6 | 70.6 | 75.0 |
社会的行動の獲得の時系列 社会的行動の獲得順序を明らかにするために、第2群及び第3群に含まれる行動について調べた。17ヶ月齢児以上では、ほとんどすべての行動で75%以上の通過率を示したことから、行動獲得の途上にあると考えられる8ヶ月齢以上16ヶ月齢以下の児の回答データ(n=248)を用いて、第2群及び第3群に含まれる行動について、群ごとにFriedman検定を行った。第1群に含まれる行動は、8ヶ月齢児ですでにほぼ100%の通過率を示していたため分析から除外した。
その結果、第2群では6つの行動の獲得順位に有意な差が認められた(p<.001)。各6行動すべての組み合わせについての対比較を行ったところ、親の注意喚起、指さし追従、模倣の3つの行動と、興味の指さし、要求の指さし、みたて遊びの3つの行動との間にはすべて有意差があり、前者は後者より有意に早く獲得されていた(Wilcoxon 符号順位検定,すべてp<.001)。親の注意喚起、指さし追従、模倣の3つの行動間にはいずれも有意差はなく、また興味の指さし、要求の指さし、みたて遊びの3つの行動間にもいずれも有意差はなかった。
次に、第3群についてFriedman検定を行ったところ、4つの行動の獲得順序に有意な差が認められた(p<.0001)。各4行動のすべての組み合わせについての対比較を行ったところ、社会的参照と視線追従の2つの行動間には、獲得順位の有意な差はなかったが、それらはいずれも、興味があるものを見せに持ってくる行動と機能的遊びの2つの行動との間にはすべて有意差があった(すべてp<.001)。また、興味があるものを見せに持ってくる行動と、機能的遊びとの間には有意差があった(p<.001)。従って、社会的参照、視線追従が獲得された後に、興味があるものを見せに持ってくる行動が獲得され、その後機能的遊びが獲得されることが分かった。
5.考察
本研究により、幼児期早期のPDD児の社会的行動の発達過程を検討することを目的として、日本語版M-CHATを用いて8ヶ月齢から20ヶ月齢の一般乳幼児の横断的なデータに基づいた幼児期早期の社会的行動の発達過程に関するベースラインが特定された。
社会的行動の獲得時期
今回調べた16項目の社会的行動は、大多数の児で17ヶ月齢までに獲得されることが明らかとなった。また、これらの行動は、月齢別の通過率により、獲得時期が大きく3つに分けられた。すなわち、8ヶ月齢前には合視や呼名反応などの、自己-他者の二項関係に関する行動がすでに獲得され、12ヶ月齢前後には、親の口をとがらせるとその顔まねをしようとするような模倣行動、親の注意を自分の方にひこうとするような親の注意喚起行動や、何かを別のものに見立てたり、ないものをあるかのようなふりをしたりして遊ぶようなみたて遊びに加え、指さし追従や指さし産出などの、自己-対象-他者の三項関係に関する行動を獲得した。さらに15ヶ月齢以降には、視線追従や興味があるものを見せに持ってくるなど、第2群に含まれる行動と比べて複雑さを増した三項関係に関する行動を獲得することが明らかとなった。視線の追従は、指さし追従と比べて社会的手がかりが少なくなる。また社会的参照は、ある状況を理解しようとする時、その状況に対する他者の解釈を利用すること(Feinman, 1982)であるため、行動に情報探索という要素が含まれてくる。さらに興味あるものを見せに持ってくる行動は、他者と自分の興味を共有しようとするだけでなく、持っていくという移動の要素が含まれる。また遊びに関しても、オモチャを口に入れたり落としたりするような感覚的遊びから解放され、積木を積んだり車のミニチュアを走らせたりするといったオモチャの機能に合った遊び方をすることが圧倒的に多くなる。以上より、15ヶ月齢以降は、12ヶ月齢前後に獲得した社会的行動をより複雑なレベルで使用する段階であると考えられる。
また、第2群及び第3群に含まれる行動の獲得時期に関する本研究の結果は、実験的手法を用いた直接行動観察により調べられたこれまでの知見(Hornik et al.,1984;Butterworth, 1995; Corkum & Moore, 1995; Desrochers et al.,1995)と同様の結果を示しており、一般の養育者は子どもの社会的行動の発達についてほぼ正しく評価できることが示唆された。
社会的行動の獲得の時系列
本研究では、幼児期早期の社会的行動の獲得時期が特定されたが、個別の行動について詳しくみると、獲得の時系列があることが示唆された。
Carpenterら(1998)、田中ら(2006)の研究から共通して導かれた、指さし追従、模倣、提示・手渡しが出現した後に、要求の指さし、興味の指さしが出現するという知見は、本研究では調べていない提示・手渡しを除いては、本研究でも支持された。Carpenterら(1998)は、模倣学習の観点から、この発達的順序性を論じている。彼らは、他者の意図的行為を観察し、そして自らが他者と同じ目的を持つならば、その他者と同じ行動手段を使用できることを理解する観察学習のプロセスを体験することで、乳児が新たな社会的行動を学習するとしている。彼らは、注意の追従行動に、模倣学習が介在して、注意の方向付け行動を獲得すると推察しており、本研究においても、指さしに関する行動については、そのことを支持する結果となった。一方で、本研究では、先行の2つの研究では調べられていなかった親の注意を喚起する行動についても検討したところ、親の注意喚起行動は、指さしの注意の追従、模倣と同期して、注意の方向付け行動である指さし産出の前に獲得されるということが、新たに明らかになった。この行動は、親の注意を自分に惹きつけ、何かを共有しようとする人とのコミュニケーションに対する能動的な働きかけを意味し、大人が使用しているジェスチュアの模倣学習と組み合わされることによって、学習したジェスチュアを他者に対して使用して注意を方向付けようとする行動が現われると考えられる。
田中ら(2006)はまた、ものの提示・手渡しが、注意の追従と方向付けを介在する可能性も指摘している。彼らは近接した距離でものを見せたり渡したりするどうかを尋ねているのに対し、本研究で用いた日本語版M-CHATでは、ものを見せに持ってくるかどうかという移動を含めて尋ねており、定義が異なる。そのため、本研究では上記のことについての検討を行うことができず、今後の研究が必要である。
臨床場面への応用と今後の課題
本研究によって特定された、幼児期早期の社会的行動の発達過程に関するベースラインと、日本語版M-CHATを用いて得られたPDD児の社会的行動データとを比較することを通して、幼児期早期のPDD児がたどる社会的行動の発達過程の非定型性について検討することが可能になると考えられる。この検討を通して、幼児期早期のPDD児に対して、どの社会的行動が芽生えているのかを評価でき、次の発達課題は何なのかについて把握できるようになるため、いつどのような介入を開始すべきなのかに関する有用な情報を提供することが可能となる。つまり、本研究で得られた結果は、幼児期早期のPDD児に対して社会的行動獲得のための支援計画を立てる際の基準となると考えられる。
しかしながら、各月齢の人数分布にはバラツキがあり、まだサンプル数が十分ではないため、今後はさらに横断的及び縦断的なデータを蓄積し、1歳前後の幼児の社会的行動の発達過程について詳細に検討する必要がある。本研究は、養育者回答の質問紙調査であり、そのため、質問項目内容についての理解や、子どもの社会的行動についての気づきの程度により、子どもの社会的行動を主観的に過大または過少に評価しているなど、回答結果に養育者側のバイアスがかかっている可能性がある。従って、より客観性を高めるために、今後、養育者と保育士など異なる記入者間における回答の一致度を検討する必要もあると考えられる。
文献
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