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【テレサ・M・ヴォーン氏 招へい報告】

森 浩一
国立障害者リハビリテーションセンター研究所

Ⅰ 招へい理由

近年、脳機能研究の発達と計算機および半導体技術の進歩によって、実時間に脳活動を記録して意図に関連する情報を取り出すことが可能になり、重度の身体障害がある人にも文字入力や環境制御、機器の操作が可能になるものと想定されるため、このような「脳インターフェース」の技術開発について世界中で盛んに研究されるようになっている。

アメリカ合衆国ニューヨーク州健康局ワズワースセンター神経疾患研究室においては、20年以上前から脳インターフェースの研究をしており、数年前から世界に先駆けて筋萎縮性側索硬化症(ALS)の患者に自宅で脳計算機インターフェース(BCI)によるコミュニケーション装置を使用させ、長期経過を追いながら、BCI装置のソフトウェエとハードウェアの改良、自宅適応する際の問題点の把握などを行っている。

報告者は障害保健福祉総合研究事業「重度身体障害を補完する福祉機器の開発需要と実現可能性に関する研究(H19-障害一般-010)」において、重度身体障害者のQOLを高めのための福祉機器の開発の問題点の抽出と、脳インターフェースを含めた最先端福祉機器の近い将来の開発需要、有用性と実現可能性を評価する研究を行っている。脳インターフェースをすでに家庭にて実使用している研究の実行責任者であるTheresa M. Vaughan氏を招いてその到達点を知り、かつ日本の現状との比較検討を行うことは、日本の重度身体障害者の近い将来の福祉向上のために大変有用である。殊に日本ではALS患者の過半数が人工呼吸を装着するため、脳インターフェースの潜在需要はアメリカ合衆国以上にあると考えられ、その対応が急務になっているからである。

Ⅱ 共同研究の報告

Theresa M. Vaughan氏らは、脳インターフェースのためのソフトウェアシステムをBCI2000として世界中の研究所に無料でライセンスしている。現在でもBCI2000システムを3名のALS患者宅に設置し、長期間の実用化試験を継続している。患者はBCI装置によって1分間に数文字以上の文字通信が可能であり、自発的な意思伝達や電子メールのやりとりが可能になっている。今回の共同研究で、特にTLSに近いないしTLSのALS患者で以下が明確になった。

(1) BCIを自宅で使うALS患者の選択基準

(2) BCIの操作性(本人・介助者にとって)、自宅適用の問題点・課題

(3) BCIを使用することによる満足度、QOLなどの向上効果

(1)については、眼球運動が不確実になり、透明文字盤等の他の手段ではコミュニケーションが保てなくなった時点であること、家族が装置の設定などを行えること、本人も含めて使いたい気持ちがあること、環境と状態が安定していること、さらに、実地テストで装置が使えることであった。

頭皮からの脳波でコミュニケーションを行うシステムを採用しているため、非侵襲的であって特にどの段階で試用しても倫理的には問題がある訳ではないが、ワズワースセンターでは他の手段が使えない段階で導入し、文字コミュニケーションが復活することを実証していることが特徴であり、誰にも納得ができる基準で被験者が採用されていると考えられる。本人が使えるという条件は、健常者でも8割程度の人が使えるのみであり、障害がある場合はおそらく7割程度の人しか使えないため、重度障害者が過度の期待を持つと困るということであり、さらなる技術開発が必要な部分である。

(2)としては、PCの基本操作と脳波電極の扱いができる介助者が必要であることは、先端技術を家庭に持ち込むに際して必須であり、また場合によっては困難なことであり、社会福祉制度のサポートを要する部分である。実際、長期間のモニター中には動作がうまくいかない日も時に認められ、大部分は脳波電極の装着が正しく行われなかったために脳波が記録できていないということで、装置やソフトウェアシステムの問題ではないことが多いとのことであった。

しかし、トラブルが発生した場合には研究者自らが出かけて対応しなければならず、このため、被験者の選択に大きな制限がかかる。基本的に研究所から車で数時間以内に在住している人で、一時には5人以内の被験者まででないと対応できない可能性があるということであった。この点についても、サポートする制度を作らないと普及が困難であるという点で、現状の日本の福祉給付制度そのままでは普及が困難であると思われた。

(3)自宅でのBCIの適用を最初に決断させたのは脳科学研究者であったとのことで、彼はその後、BCIを使って政府の研究費を申請して認められ、3人の研究員を雇用しているそうである。現在では2年半もBCIを家庭と職場で使用している。

満足度・QOLの測定については、さらに共同研究を実施しており、詳細について議論することができた。

ワズワースセンターの最新成果としては、視覚刺激の誘発反応を使うことで、文字入力が最速で7秒に1文字可能であることが示され、非侵襲のみならず、侵襲的な脳インターフェースを含めても現在では世界で最も速く、かつ実用に供されている。また、実際に機器を操作するための研究として、大脳運動野の活動を利用して、PC画面上でカーソルの動きを制御する研究が行われており、3自由度(3次元)以上の動きが可能であり、今までは侵襲式でしかできないと考えられていたロボットアームの操作が、脳内に電極を埋めなくても可能であることを示唆する結果であった。

今回の共同研究では、日本からは多数のALS患者が人工呼吸を使うようになること、そのために閉眼が不可能になって角膜潰瘍が生じるため、視覚を使った脳インターフェースが使いにくい現状と、市販の意思伝達装置についての情報提供と福祉システムの説明、臨床現場の見学・紹介・意見交換を行い、お互いに非常に有意義なものであった。

Ⅲ 受け入れ期間の活動

平成20年11月1日に国立障害者リハビリテーションセンターで「脳インターフェース(BCI/BMI)が拓く重度障害者の未来の生活」と題するシンポジウムを開催した。ヴォーン氏にはその主たる講演者を依頼し、厚生労働省と当センター研究所からも脳インターフェースに関連する発表を行い、多数の重度障害者、その介助者、障害者団体関係者、福祉機器開発関係者らの参加があり、大きなインパクトがあった。

これ以外にも、招へい期間である平成20年10月26日から11月8日までに、下記の施設でセミナーを実施し、意見交換を行い、さらに研究・臨床現場の見学と議論を行った。

1) 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)

2) 生理学研究所

3) 東京都立神経病院

4) 国立精神・神経センター

5) 国立障害者リハビリテーションセンター研究所

Ⅳ 事業の成果と今後の計画

今回の招へいで得られた多数の貴重な情報は、申請者が実施している障害保健福祉総合研究事業に密接に関連し、今後のわが国での脳インターフェース関連技術の開発方向の提案に結びつけることができ、非常に有益であった。今年度中には研究施設外で長期にBCIを使用した時の満足度とQOLへの効果について共同研究をまとめ、さらに今回得られた米国での実際上のノウハウの情報を生かし、来年度以降は当センターでも自宅での脳インターフェース継続試用の研究を開始する予定である。ワズワースセンターにおいては、来年度からBCIの大規模臨床試験が開始されるとのことで、今回の事業の成果がそちらにも生かされることと思われる。今後もワズワースセンターとは密接に連絡を取り、できるだけ早期に重度身体障害者が脳インターフェースをあたり前のように使えるようにしていきたい。

Ⅴ 謝辞

本共同研究を実施するにあたり、Theresa M. Vaughan氏の招へいを実現していただいた財団法人日本障害者リハビリテーション協会に感謝いたします。