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マリア コンセイサウン ド ロザリオ博士 招へい報告書

金生 由紀子
東京大学医学部附属病院こころの発達診療部

I.招へい理由

トゥレット症候群は、運動チック及び音声チックが慢性的に持続する重症チック障害であり、脳機能障害が想定されて発達障害に含まれる。チックの衝撃力に加えて、強迫性障害(OCD)、注意欠陥/多動性障害(AD/HD)などを高率に併発し、しばしば適応を妨げる。

生活に支障をきたすチック及び併発症状、治療や支援の実態及びニーズを把握し、それらを踏まえてよりよい治療や支援や普及啓発を行っていくことが必要である。この目的のために「トゥレット症候群の治療や支援の実態の把握と普及啓発に関する研究(H20-障害 -一般-006)」が展開している。その活動を進めてトゥレット症候群の治療や支援を改善するためにも、チック及び併発症状の適切な臨床評価の検討を深めることが必要である。十分なデータを蓄積して検討できるように多施設共同研究を目指すとすると、評価バッテリーの重要性はいっそう高まる。また、国際的な観点からトゥレット症候群の臨床評価に加えて治療や支援について意見交換する場を設定することで、より幅広い専門家などの関心を高めて普及啓発に資することが期待される。

そこで、トゥレット症候群及びその重要な併発症であるOCDに関する研究で国際的に知られているサンパウロ連邦大学精神科准教授のMaria Conceição do Rosário(マリア コンセイサウン ド ロザリオ)博士(以下、ロザリオ博士)を招へいして、共同研究を視野に入れた臨床評価の検討、講演会などでのトゥレット症候群に関する情報発信に重点を置いた 活動を行うことを計画した。

II.受入期間の活動

平成20年11月5日(木)~17日(火)の招へい期間に行った活動は、1.トゥレット症候群の臨床評価、治療や支援に関する検討、2.トゥレット症候群及び密接な併発症に関する講演会などの開催である。

1.トゥレット症候群の臨床評価、治療や支援に関する検討

トゥレット症候群で運動チック及び音声チックと同様に、時にはそれ以上にチックをやらずにいられないなどの特有の感覚が患者の生活に影響を及ぼし、その適切な評価は重要である。また、トゥレット症候群にしばしば併発する強迫症状について、治療反応性とも密接に関わるような評価を進めることが望まれる。これらを目指してロザリオ博士が作成に携わった評価尺度が、サンパウロ大学感覚現象評価尺度(University of São Paulo Sensory Phenomena Scale: USP-SPS)及びディメンジョン別強迫症状重症度尺度(Dimensional Yale-Brown Obsessive-compulsive Scale: DY-BOCS)である。DY-BOCSについては、報告者も原版の作成に参加した。この2つの評価尺度の日本語版を作成して、 東大病院では既に使用し始めている。そこで、収集したデータや面接場面のビデオなどを用いながら、ロザリオ博士との意見交換を繰り返し行った。さらに、この2つの評価尺度を含めた臨床評価バッテリーについてもロザリオ博士と意見交換を重ねて、将来的なブラジルとの共同研究の可能性を高めた。

日本とブラジルの児童精神医学・医療全般について相互に理解を深めつつ、トゥレット症候群の治療や支援のあり方についての検討も進めた。そして、トゥレット症候群の研究チームのみならず東大病院こころの発達診療部の職員全体に対しても、トゥレット症候群の臨床特徴及び治療について、ロザリオ博士には講義を行って理解を促進させた。

2.トゥレット症候群及び密接な併発症に関する講演会などの開催

11月8日(日)午前中に東京大学医学部附属病院大会議室で第16回トゥレット研究会を開催し、ロザリオ博士には一般演題に質問やコメントをして議論を深めると共に、「トゥレット症候群:臨床と研究の動向」の題で特別講演を行った。さらに、同日午後に同会場で「DY-BOCS及びUSP-SPSワークショップ」を開催して、ロザリオ博士にはこの2つの評価尺度の解説を含めた講演を行った。トゥレット症候群でしばしば併発する強迫症状をディメンジョン別に評価することが研究上も治療上も有用であること、トゥレット症候群で 目に見えるチックと同様に患者に苦痛を与えることが多い感覚現象の適切な評価が重要であることが強調された。どちらの会合も参加者は20名前後であったが、岡田俊先生(京都大学)をはじめとするトゥレット症候群に携わる専門家によってたいへん活発な意見交換が行われた。

11月14日(土)に「京都OCDカンファレンス2009」が開催され、ロザリオ博士にはOCDのカテゴリカルな検討においてチック関連OCDが重要であることを含めた講演を行った。講演及び質疑において、日本でも海外でも巻き込み型強迫は難治であることが確認されるなど、国際的な観点からの検討が進んだ。松永寿人先生(大阪市立大学)をはじめとする10数名のOCD研究の専門家に、トゥレット症候群及びチック関連OCDの重要性が理解され、今後の研究の発展及び治療や支援ネットワークの形成に向けて有意義であったと思われる。

11月15日(日)に京都大学百周年時計台記念館国際交流ホールで「国際トゥレット症候群シンポジウム」を開催し、ロザリオ博士には国際的なトゥレット症候群の臨床研究及び治療の動向について講演をすると共に、他のシンポジスト(岡田俊先生など)や参加者と討論を行った。参加者は約20名と比較的少数であったものの、NPO法人日本トゥレット協会理事をはじめとしてトゥレット症候群に携わる専門家ばかりであり、むしろたいへん密な意見交換ができて実り多いものとなった。トゥレット症候群に関する専門的な会合が関西地区で行えた意義も大きかったと考える。

III.事業の成果と今後の計画

東大病院の研究チームのみならず我が国のトゥレット症候群やOCDの専門家がUSP-SPS及びDY-BOCSの実際について理解を深めたことで、トゥレット症候群のより適切な評価が進み、国内外の多施設共同研究の可能性が高まったと思われる。同時に、専門家のトゥレット症候群への関心も高められ、本研究で目指している普及啓発にも寄与したと思われる。これらをいっそう本研究に還元したいと考える。

IV.謝辞

Maria Conceição do Rosário(マリア コンセイサウン ド ロザリオ)博士の招へいを 実現していただいた財団法人日本障害者リハビリテーション協会に感謝いたします。