【研究2】精神科病棟における誤薬の実態と事前回避関連要因の検討
研究目的
薬剤関連の有害事象を減らすことは医療の質を向上させる上で重要な課題である。精神科医療においては多くの患者が何らかの薬物治療を受けており、また向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬)は薬剤関連の有害事象に関与することが多いとされている。これらのことから、精神科領域において薬剤関連の有害事象に関連する要因の検討を行うことは意義深いと考えられる。有害事象の発生に関連する要因の検討はいくつか存在するが、発生した
有害事象の回避に関連する要因の検討は限られている。有害事象によって患者に不利益を与えることを防ぐという観点からは、発生の予防もさることながら、発生した有害事象が患者に到達する前に発見・回避することも重要である。そこで、本研究においては、精神科病棟において、処方過程で生じた有害事象(以下誤薬とする)のうち、患者に到達する前に発見・回避された誤薬と、患者に到達した誤薬について比較検討を行い、関連する要因を明らかにすることを目的として分析を行った。
研究方法
(1) 対象施設
調査期間は2ヶ月間であった。全国の精神科病院(162施設)に調査協力を依頼し、44施設より同意が得られた。44施設において代表的な病棟を3つ選出し、計132病棟を調査対象とした。
(2) 調査方法
調査には、調査班が作成したインシデント・レポートを使用した。インシデント・レポートは1)報告の対象となった処方を受けていた患者の属性調査(性別・年齢・ICD-10による診断・コンプライアンス・1日の服用回数・1日に服用する錠剤数)、2)報告を行ったスタッフの属性調査(性別・年齢・経験年数)、3)誤薬の詳細に関する調査(タイプ・予測される重度・結果)、の3つのパートからなっていた。また、対象病棟の施設特性(病床数・患者/看護師比)についても調査を行った。
精神科医、看護師、薬剤師など病棟のスタッフが、自分が関連した誤薬について、インシデント・レポートを用いて報告を行った。
報告の対象となる誤薬の定義は、「薬物治療に関する出来事で、患者に害を与える可能性があったもの」というものであった。インシデント・レポートにはあらかじめ誤薬のタイプが分類されていた。誤薬のタイプは【1)処方薬の間違い、2)処方量の間違い、3)調剤の間違い、4)服薬時間の間違い、5)処方回数の間違い、6)処方薬間の相互作用、7)患者の取り違い】であった。分析にあたって、1)2)3)を「誤った薬」、残りの4)から7)を「誤った施行」に分類した。
報告者によって、その誤薬の予測される重大さが評価された。評価にはオハイオ州立大学メディカルセンターによる定義1)を用いた。予測される重大さのカテゴリーは【1)生命の危機、2】きわめて重大、3)重大、4)臨床的な大きな変化、5)軽微】であった。
誤薬の結果については、【1)患者さんまで問題はいかなかった(事前に対応できた)、2)臨床的には患者さんに変化はおきなかった、3)観察頻度が増加した、4)追加の検査が必要、5)バイタル・サインが変化した、6)治療が必要であった、7)在院期間がのびた、または入院が必要となった、8)ICU等へあるいは他院へ転送した、9)後遺症が残った、10)インシデントが原因で死に至った】という分類によって報告された。
(3) 分析方法
「誤薬の結果」の分類から、1)患者さんまで問題はいかなかった(事前に対応できた)とされた誤薬を「回避群」、それ以外の誤薬を「非回避群」として分析を行った。
調査対象となった132病棟のうち、誤薬の報告がなかった47の病棟を分析から除外した。誤薬の回避に関連する要因を検討するため、Mann-Whitney検定とχ2検定によって回避群と非回避群の比較をおこなった。また、誤薬の回避・非回避を従属変数、患者属性・施設特性・誤薬の属性などを独立変数としたロジスティック回帰分析によって、患者属性・施設特性・誤薬の属性などが誤薬の回避と非回避にどのように関連しているかを検討した。
研究結果ならびに考察
(1) 誤薬報告のあらまし
調査期間内に85の病棟より221の報告が提出された。全ての報告は看護師からなされた。そのうち55件(24.9%)が患者に到達する前に回避されていた。報告された誤薬は55.2%が統合失調症患者、14.9%が器質性障害患者、7.2%が気分障害患者、6.8%が精神遅滞、15.8%がその他の患者に処方されたものであった。関与した患者のうち104名(47.1%)は女性だった。関与した患者は平均で1日10.6 (SD=9.7)錠の薬を服用していた。看護師1人あたりの患者数は日勤帯で平均5.6人(range: 2.9-20.0)、準夜帯で平均25.3人(range: 14.3-56.0)、夜間帯で平均24.9人 (range: 14.3-56.0)だった。統合失調症患者の1日あたりの平均服用錠剤数(11.8個)は他の疾患の患者の1日あたりの平均服用錠剤数(8.8個)より有意に多かった(t=2.25, df=192, p<.01)。統合失調症患者の平均在院日数(3510日)は他の疾患の患者の平均在院日数(1626日)より有意に長かった(t=3.41, df=194, p=0.000)。
(2) 回避群と非回避群の比較
回避群と非回避群間において、患者属性、スタッフ属性、病棟属性、誤薬属性の比較を行った(表7,8)。回避群の準夜帯の患者/看護師比が非回避群より有意に大きかったことを除けば、有意差はみられなかった(Z=-1.247,p<.01)。
表7.患者属性、看護師属性、病棟属性についての群間比較 | |||||
回避群(N=58) | 非回避群(N=163) | ||||
---|---|---|---|---|---|
属性 | N or平均 | % | N or平均 | % | |
患者 | |||||
年齢 | 55.8±15.7 | 57.2±16.2 | |||
性別 | |||||
女性 | 30 | 51.7 | 74 | 45.4 | |
男性 | 28 | 48.3 | 89 | 54.6 | |
診断 | |||||
統合失調症 | 39 | 70.9 | 83 | 53.9 | |
器質性精神障害 | 9 | 16.4 | 24 | 15.6 | |
気分障害 | 16 | 10.4 | |||
精神遅滞 | 3 | 5.5 | 12 | 7.8 | |
その他 | 4 | 7.3 | 19 | 12.3 | |
入院回数 | |||||
初回 | 27 | 50.9 | 70 | 45.8 | |
2回目 | 14 | 26.4 | 31 | 20.3 | |
3回目 | 5 | 9.4 | 13 | 8.5 | |
4回目以上 | 7 | 13.2 | 39 | 25.5 | |
在院期間(日) | 2979.4±4554.9 | 2592.0± 3999.4 | |||
1日あたりの服用錠剤数 | 7.92 ±5.86 | 11.51 ±10.58 | |||
1日あたりの服用回数 | 3.77± 0.96 | 3.73±1.24 | |||
コンプライアンス | |||||
良好 | 34 | 59.6 | |||
不良 | 23 | 40.4 | |||
病棟に同姓同名患者が* | |||||
いる | 0 | 0 | |||
いない | 58 | 100 | |||
看護師 | |||||
年齢 | 46.2±15.7 | 43.9±14.8 | |||
性別 | |||||
女性 | 41 | 75.9 | |||
男性 | 13 | 24.1 | |||
病棟 | |||||
患者/看護師比 | |||||
日勤帯 | 5.7±3.0 | 5.6±2.7 | |||
準夜帯** | 23.6±7.5 | 26.0±8.3 | |||
夜間帯 | 23.7±7.2 | 25.3±8.1 | |||
*p<0.1 **p<0.05 |
表8.誤薬の属性についての群間比較 | |||||
回避群(N=58) | 非回避群 (N=163) | ||||
---|---|---|---|---|---|
属性 | N or平均 | % | N or平均 | % | |
誤薬のタイプ | |||||
誤った施行 | 37 | 63.8 | 123 | 75.5 | |
誤った薬 | 21 | 36.2 | 40 | 24.5 | |
予測される重大さ | |||||
軽微 | 38 | 65.5 | 87 | 53.4 | |
臨床的な大きな変化 | 9 | 15.5 | 24 | 14.7 | |
重大な変化 | 11 | 19.0 | 52 | 31.9 | |
*p<0.1 **p<0.05 |
また、誤薬の回避・非回避を従属変数、患者属性・施設特性・誤薬の属性などを独立変数としたロジスティック回帰分析を行った。表9に最終的なモデルを示す。1日あたりの服用錠剤数が多いこと、4回以上の入院歴を持っていること、統合失調症以外の疾患であることが、誤薬が回避されないことと関連していた。また、準夜帯における患者/看護師比がより大きいことが、誤薬が回避されないことと関連していた。
表9.誤薬の回避の失敗を予測するためのロジスティック回帰モデルa | |||||
95%信頼区間 | |||||
B | p | Odds比 | 下限 | 上限 | |
1日あたりの服用錠剤数 | .053 | .035 | 1.055 | 1.004 | 1.109 |
入院回数 | |||||
初回 (reference) | .126 | ||||
2回目 | .071 | .88 | 1.074 | .424 | 2.721 |
3回目 | .643 | .445 | 1.902 | .366 | 9.891 |
4回目以上 | 1.242 | .024 | 3.462 | 1.174 | 10.214 |
統合失調症 | -1.381 | .002 | .251 | .105 | .603 |
患者/看護師比(準夜帯) | .054 | .04 | 1.055 | 1.002 | 1.111 |
aこのモデルによって76.5% が正しく分類された。χ2 = 21.38, df = 6, p < 0.005 |
(3) 考察
本研究では、精神科病棟において発生した誤薬の発見・回避に関連する要因を初めて検討した。多施設から共通のインシデント・レポートによって収集した誤薬の事例を分析した結果、1日あたりの服用錠剤数が多い患者、準夜帯における患者/看護師比が高いこと、入院回数が多い患者、統合失調症以外の診断を受けている患者、という要因が、誤薬の発見・回避の失敗と関連していることが明らかになった。
錠剤数が多いことは、誤薬の発生の関連要因であることが先行研究で明らかになっている2、3)。また、錠剤数の多い処方は多剤併用処方であった可能性がある。多剤併用も誤薬の発生と関連することがわかっている4)。以上は誤薬の発生に関する研究の結果であったが、今回の研究結果の通り、錠剤数が多い処方で誤薬が発生した場合、それを発見・回避することも錠剤数が少ないときに比べ困難になると考えられる。よって、誤薬の発生を防ぎ、また誤薬の発見・回避を容易にするためには、錠剤数及び薬剤数が少ないシンプルな処方が有効であると考えられる。
また、統合失調症の診断を有する患者において、他の疾患の患者よりも誤薬の発見・回避が容易であるという結果が得られた。統合失調症患者は他の疾患の患者よりも在院期間が長く、また数も多かった。統合失調症患者の処方に対してスタッフがよく知っており、誤薬の後の回避がより容易になった可能性が考えられる。誤薬の発見・回避を増すためには、薬剤処方に関するスタッフの知識を増すことが有効な手段となりうる。
患者の入院回数が多いことは、患者の症状がより重症であることと関連していると考えられる。誤薬を発見・回避するのはスタッフだけではなく患者自身によっても行われうる。症状の重篤さによって、患者自身による誤薬の発見・回避が困難だったことが考えられる。また、症状が不安定な患者には定時薬以外に屯用薬が処方されていたり、頻繁に処方が変更された可能性がある。一定しない処方で発生した誤薬について、発見・回避が困難になったとも考えられる。今後、患者の重症度を含めた調査が必要である。
日勤帯の患者/看護師比の平均が5.6:1であったのに対し、準夜帯における患者/看護師比の平均は25.3:1であった。誤薬の発生時間と回避には関連がみられなかったため、準夜帯における患者/看護師比と誤薬の発見・回避がどのように関連しているかは不明である。患者/看護師比と関連のある、何らかの施設要因が誤薬の発見・回避に関連していた可能性がある。